第三話:それが似合うんだ
目一杯遊園地で遊びこんだミコラと俺は、近くのオープンカフェで少し遅い昼食を頼み、互いに景色を見ながら向かい合っていた。
「すげー楽しかったな! カズト」
「まあな。とはいえお前そんなに景品取ってどうする気だよ。旅じゃ邪魔になるだけだろ?」
彼女の脇に置かれた大きな布袋には、例のぬいぐるみだけじゃなく、可愛げある貯金箱やら、別のぬいぐるみやら可愛いスリッパやら。様々な景品が目一杯詰め込まれていた。
途中から各ゲームコーナーの店員さんが、来るな来るなって目でこっちを見てたのに俺は気づいていたからな。
「これはシャリアに頼んで実家に送ってやるつもり」
「あー。そういやお前、四人姉妹の一番上だったっけ」
「そうそう。まだ下の妹も小せーし、孤児院の子供達もこういうの結構喜ぶんだよ」
屈託のない笑顔で語るミコラは、そう言うとハムサンドを口に頬張った。
そういや昔聞いたっけなその話。
ミコラはマルヴァジア公国より更に東、砂漠の国フィベイルの出身らしいんだけど、家族はそこで元気に暮らしてるんだったな。
こいつが冒険者になったのも、最初は実家の孤児院の経済難を助ける為って理由だったらしい。
今や聖勇女パーティーのメンバーとして有名となったお陰で、実家の孤児院も国からの支援を受けられて、経営も安泰って話は以前ミコラ達とロミナの呪いを解く四人旅の最中に教えてもらったんだよな。
ちなみにこいつが意外に料理上手なのも、家族や孤児達に食事作ったりしてたから。
奇しくも孤児院出身だった俺は、その話を聞いて妙に共感したもんだ。
「……なあ、カズト」
一通り頼んだメニューを食べ終え、冷たいジュースを口にした後、ミコラはふっと俺の顔を真剣な顔で見る。
「ん? どうした?」
「……嫌な話、してもいいか?」
「……ああ。今日はそういう話もする日だしな」
そう答えながら、俺は重苦しくなり過ぎないよう笑う。
「あのさ。ワースの呪いがあったとはいえ、俺に殴られたじゃねーか」
「そうだな」
「あれ……めっちゃ痛かったよな?」
「まあ、稽古で受け損なってた時より間違いなくな。本気でミコラは強いなって改めて痛感したよ」
俺はおどけた感じで笑ってやるけど、ミコラは表情を曇らせると、視線をカフェから見える遊園地に向ける。
「……お前さ。何で怒ったり、責めたりしねーんだ?」
「ん? だってワースの試練で受けてた呪いもあったし、無理矢理お前らに絡んだのだって俺だろ? 別に責める要素なんてないしな」
「でもお前は痛い思いしたじゃねーか。お前はちゃんと寸止めで、俺に手加減してくれたのに」
色濃い後悔で顔を歪めるミコラに、少し俺も心が痛くなる。そんなきっかけを作ったのは結局俺だしな。
だけど、そんな顔されるのは、ちょっとな。
「……お前さ。折角そんな可愛い格好してるんだ。こういう日は笑うもんだぞ」
「……へ?」
俺の突然の言葉が意外だったのか。ミコラが思わず顔を上げる。
「いいか? 俺だって怒る時は怒る。覚えてるか? ロミナを助ける為、俺がディアの元に向かおうと宿を出る直前。やってきたお前とフィリーネに俺が怒ったのを」
「そういや……そんな事もあったな」
「だろ? 俺は、悪いけど仲間が大事だ。だからあの時みたいにロミナを
「でもよ。色々辛かったんだろ? だからルッテと俺の前で泣いたじゃねーか……」
「……まあ、そりゃ辛い事も沢山あった。独りは本当に孤独だってのも知ったし。仲間に嫌われる怖さとか辛さだってあったし」
俺の言葉にあいつは少し唇を噛む。
まったく。だからそういう顔するなって。
「前にお前に言ったよな? ロミナを助ける為に旅してた時に、『死ぬより怖くて、嫌な事がある』ってさ」
「……ああ。覚えてる」
「あの時俺はロミナが死ぬのが嫌って言ったけど。俺はそれがお前だったとしても、同じなんだよ」
「え?」
小さく驚いたミコラに、俺はふっと微笑んでやる。
「俺はお前達がどう思ってようが、お前達を仲間だと思ってるし、仲間を失うのは怖いんだ。だから俺はロミナの為にディアに挑むと決めた。実際お前達の同行を認めた時だって思ってたんだぜ。絶対お前達だけは死なせないって」
「……だからあの時、闘技場で残ってもいいなんて言ったのか?」
「そうさ。残ったって、共に戦ったって、仲間が無事であればいいって思ってたからな」
「にしたって限度があるだろ。お前はいっつもそうだ。自分だけかっこつけて。苦しんで。挙げ句の果てに本当に死んで……。何やってんだよ……。馬鹿じゃねーのかよ……」
「ああ知ってる。そして俺の世界ではこんな言葉もある。『馬鹿に付ける薬はない』ってな」
何かを口にする度、ミコラはせっかくの衣装に似合わぬ顔をするけれど。俺は絶対にしんみりしないと決めて、笑顔で居続けた。
「俺はきっと変わらない。死んでも馬鹿は治らない。でもそれが俺だ。お前達にとっちゃ、俺が口にする仲間って言葉は重過ぎるかもしれない。けど、嫌われようと。離れようと。孤独になろうと。忘れられようと。お前達が死ぬよりマシだ。残念だけど俺は、そういう馬鹿でいいんだよ」
「……ったく。こっちの悩みも少しは考えろってんだ」
何とも複雑そうな顔でミコラが頭を掻くと、またジュースをぐびっと飲む。まだ表情は晴れてはいなそうだけど、まあいいさ。
「それよりお前、今日何でそんな格好してきたんだ?」
「これか? これは、その……もしかしたら、二人っきりなんて最後になるかもしれねーし。だからせめて、俺だって女なんだぞって、思い知らせてやろうって思って」
俺の唐突な質問に、顔をほんのり赤らめつつ、少し言いづらそうにミコラがそう口にする。
「そっか。じゃ、笑ってくれよ。俺ですら、もしお前達にパーティー追放されたら忘れられるのかもしれなくたって、こうやって笑ってるんだぞ? どうせ覚えておくなら、互いに笑顔でいようぜ。どんな選択をしても、後悔しないようにさ」
「……ったくよー。お前はいっつもそういう事簡単に言いやがってさー」
俺の言葉を聞き、彼女はふっと呆れ笑いを浮かべ、俺も普段通りに笑い返す。
「悪いけどこれしか取り柄ないからな。それに、滅多に見れない格好だったら、やっぱり笑顔を覚えておきたいしな。さっきまで遊園地であれだけ笑ってたろ? お前にはそれが似合うんだ。それだけは忘れるな」
「勝手な事ばかり言いやがって。……ま、でもそうだよな。俺がくよくよしてるなんて、やっぱ似合わねーもんな」
「そうそう。お前のそんな笑顔と性格に、俺もロミナ達も沢山助けられてきたんだからな」
「そっか。それなら、もう少しサービスしてもらおっかなー」
ん?
ミコラが何処か吹っ切れたような会心の笑みを浮かべると、一気にジュースを飲み干し立ち上がる。
「よーっし! 残りも徹底して楽しもうぜ!」
うん。良い顔だ。
お前はやっぱりそうじゃないとな。
「いいぜ。次は何処に行く? 屋台の食べ歩きでもするか?」
「お、いいじゃん! 因みに荷物位は持ってくれるよな?」
「は? ったく。急にズケズケと。ま、今日はサービスしてやるよ」
俺は立ち上がると、片手に景品の袋を手にし、店の軒下から道へ出て歩き出す。
「じゃ、こっちは俺が持ってやるよ」
と。急にミコラは反対の腕に両腕で絡み付くと、少し顔を赤くしながら悪戯っぽい笑みを浮かべたんだけど。
それが思ったより可愛くて、俺はまたドキっとしてしまう。
「お、おい。お前なぁ。そういうのは止めとけって」
「お? 流石のカズトも照れるのか?」
「あ、当たり前だろ!? こういうのは慣れてないんだって!」
「へー。カズトって案外
「うるせえよ! お前だって顔赤いだろ!」
思わず顔を真っ赤にしつつ、口を尖らせそっぽを向くと、上目遣いのミコラが少しだけ不安そうな顔を覗かせる。
「……こういうの、やっぱ嫌か?」
……ったく。
何でこんな時に急にしおらしくなってんだよ。
「……別に。お前がそれが良いなら、今日はそれでいいって」
「……本当か?」
「ああ。でも今日だけだからな」
俺は手提げを肩で担ぎ、空いた手で頭を撫でてやる。
知ってるぞ。お前はこうしたらさ。
「……へへっ。ありがとな。カズト」
ほら。
すぐ満足そうに笑いやがる。
俺はその笑顔を心に刻むと、二人でそのまま歩き出した。
ミコラ。
お前はちゃんと、何処にいたってそうやって笑っとけ。
それが仲間を幸せにするし、元気にするんだからさ。
俺はそんな事を心で願いながら、その後もミコラに振り回されつつも、一緒に一日を楽しんだんだ。
……流石にちょっと食い過ぎで、家に帰ったらまともに動けなかったけどな。
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