第七話:弱気の虫

 夕食を終えた俺は、一度部屋に戻り閃雷せんらいを手にすると、屋敷の裏庭を出て一人演武に明け暮れていた。


 できれば心にある不安とか邪念を祓いたかったんだけど。振っても振っても余計な事を考えて、正直酷い演武。


 ……これじゃ鍛錬にもならないし、今日はここまでにするか。


 刀を鞘に戻した俺は、ふっと空を見上げた。

 夜空は曇りない澄んだ星空。

 ウィバンは晴れが多いからな。こういう空がよく見れるんだ。


「……ったく。何やってんだか」


 無意識に呟いた俺は、ゆっくり裏庭を後にすると、そのまま一人、夜の街に繰り出した。


 観光地としても人気のこの土地らしく、夜になっても街中は明るいんだけど。以前より何処か華やかさがある夜の街並みには、流石に目を奪われた。

 道や公園には普段より多くの夜店が軒を連ねてるし。大道芸人が芸を見せたり、魔法による華やかな演出が街を彩ったり。そんな街の明るさと賑やかさが人々を笑顔にしている。


 ……生き返って、あいつらに逢えて。

 あいつらが俺達の為に泣いてくれて。笑ってくれて。それは凄く嬉しかった。


 けど。今は弱気の虫が騒ぎ過ぎて、正直周囲を歩く人達の笑顔が羨ましく見えてしまう。


 折角再会できたし、俺も変わらないとって、少しは本音を見せたり、俺の隠してた過去も話してみたけど。


 結局死ぬまでの間、沢山皆を傷つけて。

 生き返っても、皆を微妙な空気にしてる。


 ……空回り。

 そんなつもりはないけど、皆にはそう映ってるのかもしれない。

 もしかしたら一緒に旅できるかもなんて期待したのは、やっぱり俺の我儘わがままだったのかもしれない。


 まあ、追放されてからも色々あったし。

 早々昔と同じなんて、いかないもんなのかもな。


「……って。そういう所だぞ、俺」


 ほんと。すぐそうやって自信をなくす。

 弱気なのも困ったもんだ。


 俺は賑やかな大通りを避けるように、街外れにある真新しい教会に足を踏み入れた。

 昼間は礼拝に訪れる人の多いここも、夜ともなれば他の街同様、人のほとんどいない場所になる。


 実際今、ここにいるのは俺だけ。

 教会内を照らす淡い蝋燭の灯りの中、外の賑やかな喧騒が一気に小さくなり、何処か遠い場所に来たかのような静けさに包まれている。


 扉から左右に並ぶ礼拝者用の長椅子。正面には色鮮やかなステンドグラスと、絆の女神アーシェをかたどった像が見えた。


 大人びた雰囲気の慈愛を感じる女性が、両手を広げ、想いを受け止めるかのように存在している。

 だけど、残念ながら実際のアーシェは何処か気が強いし、こんな聖女っぽさなんて皆無で似ても似つかないんだよな。まあ、本物も結構可愛かったけど。


 何となくアーシェ本来の姿を思い出し、ふっと笑みを浮かべると、俺は一番前の長椅子に腰を下ろした。


 以前はこんな教会は殆ど見られなかった。

 魔王が現れ、聖勇女の存在が知られ。聖勇女が信仰する絆の女神の名が広がってから、こうやって礼拝できる教会が多くの街に造られたんだ。


 魔王を倒した際に姿を現したとされるのもあって、今や疑う者もない女神様。

 俺なんかの為にまた力を失うとか、ほんと何やってんだよって今でも思ってる。

 けど、きっとそれだけ人情味があるからこそ、魔王の存在を憂い、何とかしようと向こうまでやってきた、優しき女神様なんだろう。


 ……世界を救う、か。


 俺は両親がどんな人かなんて知らない。

 でもあの二人もまたきっと、この世界を救い、護ろうと必死になって、そんな二人をアーシェやワースも見守って、力を貸したんだよな。


 ……俺は、どうだったんだろう?


 俺なりに必死に頑張って、ロミナ達の頑張りで世界は救われて。あいつらもシャリア達も無事だった。


 だけど。

 今でも少し不安だ。


 結果として皆を護れたけど、アーシェに無理して生き返らせて貰って迷惑を掛けたし。

 再会した事で喜びを分かち合えたけど、同時にロミナ達に辛い記憶を思い出させたんだし……。


 ……俺は、皆と出会って良かったんだろうか。

 再会して良かったんだろうか。


 何処かネガティブに向いた思考を止めようと、ぼんやりと女神像を見つめてどれ位経ったんだろう。

 ふと、教会の扉がゆっくりと開く音がしたかと思うと、何かが素早く近づいてくる小さな音と共に、俺の首にくるりと巻き付く奴がいた。


「……アシェ」


 俺の顔を何処かほっとした顔で見ながらも、こいつは何も言わない。


「カズト。こんな所にいたんだね」


 そんな彼女の代わりに、声を掛けてき相手に、俺は肩越しに顔を向けると。

 そこに立っていたのは、何処か安堵した聖勇女パーティーの面々だった。一緒にアンナまで付いてきてる。


「どうしたんだ? 皆して」

「カズト。部屋に、いなかった。だから、探したの」

「お主、みなに話もせず何処に行っとるんじゃ」

「そうだぞ! 勝手にいなくなるつもりだったんじゃねーよな?」


 おいおい。

 何か凄い剣幕だけど、俺だって一人でのんびりもしたい時だってあるんだぞ?

 思わずため息をいた俺は、やれやれと呆れながら立ち上がり、皆を見た。


「あのさぁ。俺の荷物は部屋に置きっぱなしだったろ? そんな状況で何処か行くかよ。流石に心配し過ぎだって。大体お前達の答えだって聞いてないんだぞ?」

「確かにそうかもしれないわ。でも……私達だって、心配なのよ」


 フィリーネは何処か不安そうな顔で俺を見ると、他の奴らにも伝染うつったのか。少し不安さを顔にする。


 ……まあ、非正規の冒険者なら兎も角。正規冒険者なら、パーティーリーダーの権限なしに強引にパーティーを離れる方法も確かにあるからな。


 実は冒険者ギルドに加入している冒険者同士がパーティーを組んでいる時、メンバーを外れる方法は三つある。


 ひとつ目は俺がこの間なったように、死んでしまった時。

 これは非正規も正規も関係なく、メンバーが存在しなくなる。

 だから死んだ瞬間、強制的に外れてしまう。


 ふたつ目はメンバーが異議申し立てをして、ギルド内裁判にて争った結果、不当な扱いを認められた時。


 これは結構認められるけれど、俺のいた世界と一緒で円満なんて事はあまりないし、結果を他の冒険者に全く知られないってのは難しくてさ。

 互いに曰く付きになって、冒険者活動に支障が出やすくもなる代物でもあるらしい。

 それもあって、こき使われてても追放待ちしてしまう冒険者も多いって聞く。


 そして最後は、パーティーにいながら離れている事。といっても、クエストを受けずただ別の場所にいるとか、同じクエストの為に別行動ってのが問題になるわけじゃない。


 冒険者ギルド所属の冒険者にはランクがあるのは知ってるだろ?

 あれ、殆どはクエストクリアによる評価ポイントを貰って昇格判定するんだけど。

 やっぱりどこにでもいるんだよ。楽してランク上げようとする奴って。


 例えばパーティーに入って、ダンジョン攻略クエストに行くのに、一人残ったまま残りのメンバーだけで攻略しても、パーティーでクエスト登録していたらパーティーでクエストクリアになる。つまり残ったメンバーにも評価が入るんだ。


 ギルド設立当初、これがかなり問題になったらしくてさ。

 今はパーティーを組んでクエストを受けた際にはメンバー同士の距離や、本人が戦闘に関係した回数なんかもギルドカード経由で厳密にチェックされてて、そういった不正のチェックが入るようになった。


 だからこのルールに抵触すると、そいつはパーティーを外され、悪質な場合はギルドからも追い出されるんだ。


 実際シャリアとその仲間はギルドカードを持っているけれど、今はディルデンさん以外はパーティーになっていない。

 それはさっきみたいにルールに抵触しない措置って訳。


 忘れられ師ロスト・ネーマーの俺が、ロミナ達に魔王討伐前に追放されたのだってある意味そう。

 俺だけをパーティーにいながら置いていけば、結果として同じ措置を受ける。だから俺に悪評がつかずに済む追放を選んでくれたんだろう。


 まあ、パーティー外れたって組み直せばいいだけって気持ちはあったと思うし、俺にここまでの呪い例外があるなんて思ってなかったろうけどさ。


「だから。心配し過ぎだって」


 何となく苦笑いするけど、まあ今までも勝手にリーダー権限でパーティー解散宣言したりしたし。疑われても仕方ないか。


「まあでも、俺を探してただけならもうこれで安心だろ。折角だし夜の街でも楽しんできたらどうだ?」

「カズトはどうなさるのですか?」

「俺? あー……ここに来たのは偶々たまたまだけど、折角だし本物のアーシェが像のイメージとどれ位違うか、もう少し考えて──痛っ!」


 瞬間。首に絡まった奴が強くペチペチ尻尾で顔を叩き出す。心持ち首も強く締まったような気も……。


「ちょ!? アシェ。尻尾で顔叩くな。悪かったって! お前がこんな聖女っぽい感じじゃなくって、生意気な女神だとか思って──ぐえっ! 馬鹿! 本気で締めるなって! まじ冗談だから! ごめん! ごめんって!」


 最後の方は本気で呻き声みたいな声になったせいか。呆れ顔をしたアシェが締め付けを緩める。


 ゲホゲホッ。

 お前本気で殺す気かよ!?


  ──『あなたがふざけるからよ』


 悪かったって。でもあれ見たって似てないだろ?

 お前あんなに胸なかったし──って、だから首絞めるの止めろって!


「……ふふっ」


 俺がバタバタとアシェとやり合ってる光景が面白かったのか。ロミナから漏れた笑い声から、皆が笑顔になっていく。

 さっきまでの何処か心配そうだった表情も消えたし、俺も少し安心し──痛っ。


  ──『ロミナ達に見惚みとれる位なら、一緒に帰りなさい。あの子達はあの子達なりに不安なのよ。やっとあなたに再会できたんだから』


 ……ったく。

 お前はお節介焼き過ぎだって。

 

「なんかアシェが五月蝿いし、仕方ないから屋敷に戻るかな。一緒に帰るか?」

「うん」


 俺の言葉にロミナが相槌を打つと、皆がほっとした笑みを見せてくれる。


 ……やっぱ俺、こいつらの笑顔に弱いな。

 それだけですぐ安心するとか。単純過ぎるって。

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