第六話:語られし過去

 俺達は食堂で皆と合流したんだけど。

 着いた矢先、その異変に気づいた。


 そこにいる彼女達が皆、何とも言えない、しかし何処か緊張した面持ちで待っていたからだ。


「とりあえず座んな。ロミナとアンナもね」

「あ、ああ」


 シャリアだけは、何かを期待してるのかにやにやしてるけど。あいつがこういう顔をする時、大抵ろくな話にならないんだよなぁ。


 そういやアシェも、テーブルの隅でごろりとしながら、何処か悪戯っぽい目をしてるけど……こいつら絶対同類だな。


 言われるがまま俺達は席についたんだけど、その間も皆にじーっと見つめられている。


「……あのさ。何があったんだ?」


 流石に空気に耐えきれず、俺が口を開くと。


「……カズトよ。パーティーどうこうは一旦置いておき、我等はお主に尋ねねばならぬ事がある」


 意を決したように話し出したのはルッテだった。

 ただ、やっぱり彼女も何処か緊張した面持ちが崩れない。


 ったく。居心地悪いなぁ。

 思わず頬を掻いた俺は、自然にため息を漏らす。


「いや、まあいいけど。で、何だ?」

「……お前、マルージュで俺とルッテと一緒に話した時、確かこう言ってたよな? ロミナがカズトを殺す夢を覚えてて、苦しんでたってさ」

「……ああ。言ったな」


 ミコラがそんな事覚えてるなんてな。

 ちょっと驚きつつも、神妙な顔で返事をする。

 あの時の事を思い出して、ちょっと気が重くなっちゃってさ。


 その反応に、フィリーネ、ミコラ、ルッテの表情が、やっぱりかと落胆した顔をした。

 キュリアもちょっと寂しそうだし……ロミナに同情したのかと思ったんだけど。


「となると可笑しいわよね。貴方がロミナの呪いを解いた後、マルージュで私達に再会するまでの間、嫌われもせずまともに話ができる状態でロミナと逢えた時があったとすれば、それはウィバンで正体を隠し、カルドとして逢っていた時期だけのはずよね?」


 というフィリーネの追及に、俺ははっとした。

 ロミナがさっき、顔を真っ赤にして、謝ってた……って事は……もしかして……。


「カズト。あんたはあたしとアンナの追跡を撒いて、一人で出掛けた日があったね?」

「……あ、ああ。あったな」

「実はロミナも、俺達を撒いて出掛けた日があったんだけどよ」

「そこから考えられる可能性は、ひとつだけね」

「……二人だけで、逢ってたの?」


 ……って、他の奴等もそうだけど。キュリアは何でそんな露骨に切なげな目を見せるんだって。良心が痛むだろ。


 はぁ……。

 きっとさっきのロミナの反応からしても、どうせばれてるんだろ。


「……悪い」


 ちょっと後ろめたい気持ちになりつつ、ため息と共に肩を落とし、視線を伏せたんだけど。


「それはよい。本題はここからじゃ」


 と、ルッテが仕切り直すようにそう口にしたけど……。

 は? その話じゃないのか?


「カズト。お主、ロミナが襟元に付けているブローチ、覚えておるか?」


 ……そりゃなぁ。

 ルッテが口にしたブローチは、丸みのある淡い黄色の小さな花をイメージしたブローチ。

 覚えてないわけない。っていうか、どうせそこまで確認済みなんだろ?


「……ああ。俺がプレゼントしたやつだろ?」


 隠しても無駄って分かったし。

 開き直ってさらっとそう返したんだけど。


 瞬間。

 ロミナの顔がより真っ赤になり。

 今その話を初めて知ったっぽいアンナが愕然とした顔をして。

 ルッテ達四人は信じられないといった驚きを見せ、

 シャリアとアシェのにやにやが、より酷くなった。


 ……え?


 正直俺に生まれたのは戸惑いだ。

 っていうか、何で皆、こんな顔してるんだ?


 思わず俺がぽかーんとしていると。


「……何で、プレゼント、したの?」


 じーっとキュリアが俺を見つめながら問いかけてきた。

 なんか覚悟を決めたような顔してるけど、瞳が潤んでるのはどういう事だよ?


 しかもルッテ、フィリーネ、ミコラも緊張した顔で、固唾かたずを呑んで見守ってくるし。アンナも何処か落胆した顔してるし。


 ……正直この話を説明するのは色々面倒っていうか、手間なんだよなぁ。話して信じて貰えるのか?


「……えっと。話すと少し長くなるんだけど──」

「回りくどいのはいいからよ! まずは理由をぱぱっと教えろよ!」

「そうね。大丈夫よ。覚悟はできてるから」

「は? 覚悟?」

「御託なぞよい。さっさと話さんか!」


 口々に催促するミコラ、フィリーネ、ルッテの表情にも、緊張感が漂ってるっていうか、なんていうか……。


 まあ、隠しても始まらないんだけど、結構理由を話すの恥ずかしいんだぞ。

 ったく……。


 俺は気恥ずかしさにそっぽを向き、頬を掻きつつゆっくりと口を開いた。


「あの時、俺と一緒に戦ったロミナが俺の正体に気づいたんだけど。その時俺を自分で見つけられてないのに助けられてばかりだって悔やんでてさ。だから、ロミナから約束を果たして再会してもらう為、敢えてお前らには正体を伏せ、一旦別々に旅に出て別れる事にしたんだけど。で、そのブローチは俺の知っている花に似てて。俺、花言葉なんて大して知らないんだけど、その花の花言葉は知ってたんだよ。だから、それで、その……花言葉に想いを重ねて、プレゼントしたんだ」

「……ちぇっ。マジかよ」

「……やはり、そういう事なのね」

「……まあこればかりは、本人の想いもあるんじゃろうて」

「……つまり、カズトはロミナ様を……」


 皆が皆、何かを諦めたような達観した雰囲気を見せてるけど、何だ?

 まあいいけどさ。


「ああ。俺はあの時、ロミナやお前達にちゃんとカズトとしてまた逢いたかったからさ。だから『再会』の花言葉があるそいつを選んだんだよ」

「……え?」


 瞬間。

 周囲の空気ががらっと変わった。


 っていうか。ロミナも。アンナも。キュリア達も。あのシャリアやアシェまでも。全員が同じ顔をしてる。きょとんって。


 まあ、そうなるのはある意味想定通り。だって異世界の花言葉なんてこいつら知らないだろ。


「ま、そんな顔にもなるよな。だから話が長くなるって言ったんだよ。ったく。……信じて貰えるかわからないけど、証人であるアシェもいるし、ここだけの話と思って聞いてくれ」


 未だ呆気に取られている面々に対し、俺は椅子に座り直し、両手をテーブルの上で組むと、ゆっくりと語り始めた。


「俺さ。この世界じゃない、別の異世界から来たんだよ」

「は!? 異世界ってどういう事だい?」

「説明が難しいんだけど。俺が住んでいたのはこことは全く別の世界なんだ。簡単に行き来出来るようなもんじゃないし、文明も文化も、何もかもが違うそんな場所さ」

「何故そのような場所からやってきたんじゃ?」

「アーシェがアシェの姿で俺の世界に現れてさ。魔王に対抗したいけど、当時忘れ去られかけた神様だった彼女は力を失ってて。それで彼女がまた信仰されて力を取り戻せるように、俺に協力してほしいって言ってきたのさ。それで」

「もしかして、貴方が持つ絆の女神の力や、呪いはその時のものなの?」

「ああ。流石に知識も経験もない俺が、いきなりこっちに来たって死ぬだけだからさ。それで何か力が欲しいって思って。ただ、当時アーシェは力を殆ど失ってて、呪いでしか力を授けられないって言うから、それでもいいからって頼んだんだ」

「頼んだってお前……まさか呪いで自分が忘れられるって知ってて頼んだのかよ!?」

「ああ。ついでに俺はこの呪いのせいで、もう向こうの世界にも戻れない。それも知ってた」

「だからあの時、故郷には戻れないと……」


 そういやエスカさんに占ってもらう前、アンナにそんな事話してたな。

 どうやらその時の言葉を思い出したのか。彼女が寂しげな顔をする。


「カズト。貴方様は何故、そこまでしてアーシェ様の力になろうとしたのですか?」

『こいつが馬鹿だからよ。あたしが助けた時に笑ってなかったのが嫌で、助けたら笑ってくれるかもって思って私の願いを聞いたっていうのよ。そんなのあり得ないわ』

「そういやお前何でそれ知ってるんだよ?」

『ワースに聞いたのよ。あなた本気で馬鹿でしょ。何でそんな理由で私と一緒に来たのよ!?』


 アンナの問いかけに割って入ったアシェが、少し涙目になり強い口調でそう口にする。

 馬鹿って何だよ、とは思ったけど。今は言い返すのは止めておくか。


「……カズト。あなたは本当にそんな理由だけでこの世界にやってきて、こんな辛い想いをしてきたの?」


 唖然としたまま、だけど何処か哀しそうな顔で、ロミナが俺に問い掛けてくる。


「向こうに未練もなかったし、役に立てるならって思ってさ。まあでもこっちの事何も知らなかったし、実際呪いのやばさを知ったのもこっちに来てから。だから辛かったは辛かったよ。実際来た矢先にゴブリンに襲われて死に掛けたし。冒険者になってからも武芸者としては実力不足だったからさ。結局色々なパーティーで追放され、その度に色々な人に忘れられたし。まあでも、今はアシェもさっきみたいに笑うようになったし。こうやって皆に出逢えて、目的は何とか果たせたんだ。ま、結果トントンかな」


 暗くならないように笑ってやったけど。話を聞いた皆の顔には、はっきりと影が落ちていた。


「ブローチの花言葉、向こうのお花?」

「そう。真葛さねかずらって言うんだけど、ブローチがほんとその花にそっくりだったんだ」


 キュリアのいいパスを拾って説明しても、皆はやっぱりショックから抜けれてない。何かどんどん気まずくなってるな……。


「ま、この話はもういいだろ。お前達もこれでスッキリしただろ。シャリア。そろそろ飯にしようぜ」

「あ、ああ。そうだね。アンナ。皆に食事の準備を伝えて貰っていいかい?」

「は、はい。承知しました」


 こうして俺達は微妙な空気のまま、皆と共に夕食を食べたんだけど。

 何とか話しかけてくれるのはシャリアだけ。

 皆は何処か、腫れ物を触るかのように、話しかけるのに困っていて。


 何処か気まずさの抜けない雰囲気に、俺って本当は場違いな存在なのかって、ちょっと申し訳ない気持ちになったんだ。

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