第二話:生なる旅路
改めて生を噛み締めていたその時。
俺はふと、ある事を思い出した。
それはさっき見た夢と、アーシェ達の会話。
「……なあ、二人共」
『どうしたの?』
『何じゃ?』
「……俺、勇者の息子か何かか?」
俺の言葉に、はっとした二人が顔を見合わせる。
『どうして急にそんな事を思ったのよ?』
「その……目覚める前、変な夢を見てさ」
『変な夢、じゃと?』
「ああ。勇者と聖女みたいな二人が、死に間際にワースに赤子を託してて。もしかしてそれ、俺だったのかなって……」
そこまで俺が話すと、観念したようにワースが口を開いた。
『……そうじゃ。お主は
「わざわざ向こうに? この世界に安全な場所はなかったのか?」
『あの時代は色々とあってな。済まぬ』
「構わないさ。お陰で無事だったんだし。って事は、もしかしてアーシェって、元々俺を頼って、あっちに来たのか?」
『……まあ、そういう事ね』
「だから俺にはお前が視えたし、お前がこっちの世界と繋がってるとか言ってたのか……」
『別に隠すつもりはなかったけど。説明する前にあなたがあっさり一緒に来るのをOKしてくれたから、結局言いそびれちゃった』
何処か歯切れの悪い彼女。
多分、本当は話すつもりなかったんだろ 。
ま、それは別に良いんだけど。ひとつ引っかかった事があった。
「でもさ。お前が助けを求めた時、俺が魔王を倒す訳じゃないって言ったよな?」
そう。
俺、勇者の末裔だとしたら、魔王を倒す使命とかあったんじゃないのか?
何となく俺が知ってるファンタジーなら、そういう話になると思うんだけど……。
『当たり前でしょ? 血を引いているからって強い訳じゃないし、子がそのまま勇者ってわけじゃないわ。大体あっちの世界で平凡に暮らしてたあなたが、簡単に勇者として認められるはずないでしょ。聖剣位は抜けたかもしれないけど』
アーシェは俺の腕から抜け出し胸の上で立ち上がると、腕を組んで呆れた顔をする。
言われてみたら、俺が勇者だったらきっと、
まあでも、だからこそ試練を受けるだけの資格が残されたのかもしれないし、それは良かったって思っておくか……。
でも何かこう、勇者の血縁って凄いイメージがあったから、何とも悲しい現実を突きつけられると、ちょっと複雑だな……。
とはいえ。どうせ世界を背負う勇気もなかったんだ。結局俺にはただの武芸者がお似合いか。
ふっと自嘲気味に俺が笑うと、アーシェは優しい目を向けてくれる。
『いい? あなたが聖勇女達を護ったからこそ、世界は救われたの。少しは胸を張ってもいいわよ。勇者様』
「……いーや。俺はCランクの、ただの武芸者だって」
アシェに戻ってしまった彼女とそんな会話をしながら、俺は微笑んでやる。
別に俺は勇者になりたかった訳じゃないし、こうやって生き返らせてもらっただけで充分さ。
「アーシェ。ちょっと
『いいわよ』
俺はアーシェに一旦退いてもらうと、ゆっくりと上半身を起こしてみた。
まだ身体が重いけど、痛みはない。手を握って開くと、ちゃんと意識通りに動いてくれる。
「もう消えかけたりはしないのか?」
『勿論よ。あなたが死んだりしなければね』
アーシェはにこにこと話すけど、ある意味重い言葉。
一度死んでいるからこそ、またそうなりたくはないって本気で思うな。
「そういや、皆はちゃんと無事だよな?」
『安心せい。お嬢ちゃん達はちゃんと解放してやったし、聖勇女達も無事じゃ』
「そうか」
その言葉にほっとしたけれど、同時にもうひとつの疑問が心に浮かぶ。
「……俺、まだ呪いは残ってるのか?」
その言葉には、流石のアーシェも切なげな顔を見せる。
『……あなたの肉体は消えなかった。だから、しっかり残ってるわよ』
「じゃあ、ロミナ達の記憶は……」
『死んでパーティーを抜けた事実は変わらないし、呪いが消えたとしても、消えた記憶が戻る事はないの。だからあなたの事は綺麗さっぱり、何も覚えてないわ』
「そっか。……良かった」
……うん。良かった。
ワースの試練や俺が魔王との戦いで死んだ時、あいつらはあれだけ苦しんで、悲しんだんだ。きっと辛い想い出だろうしな。
ちゃんと忘れさせてやれてるなら安心だ。
そりゃ寂しさはある。
けど俺は
俺は床に置かれていた
すっと構え、軽く素振りしてみる。
うん。何とか振れそうだな。
「そういや俺、どれだけ意識なかったんだ?」
『二週間ほどじゃ』
「そんなに!?」
『神とはいえ、滅びゆく肉体に生を宿すのは簡単ではないし、時間も掛かるもの。その間ずっと力を使い続けた嬢ちゃんは、それだけよう頑張ったという訳じゃ』
『ふふーん。ちゃんと感謝しなさいよね』
軽快に俺の身体を駆け上がり、首に巻きつくように肩に乗ったアーシェが自慢げな顔をする。
「そうだな。ありがとな」
軽くアーシェ頭を撫でてやると、彼女は満更でもない顔をした。
……っていうか。
久々のはずなのに、昔と変わらないな。
この世界に来た頃を思い出し、懐かしい気持ちになった俺は、自然に頬が緩む。
「さて。ここにいるのも飽きてきたし、そろそろ元の世界に帰りたいけど……ワース。頼めるか?」
『構わん。じゃが、これで儂は力をほぼ使い切る。お主に手を貸せるのはここまでじゃ』
「充分だよ。今まで本当にありがとな」
俺がすっと手を差し出すと、ワースが驚いた顔をした。
『……カズトよ。儂はお主と大切な者達を傷つけたのじゃぞ? 恨まれども、感謝される筋合いなどないじゃろ?』
「何言ってんだよ。お前が力を貸してくれたからロミナ達を救えたし、俺もこうやって生きてるんだろ」
『……ふん。やはりお主は変わり者じゃ』
小馬鹿にするように呆れた笑いを見せたワースは、ふっと優しい顔になり、俺の手を握り返す。
『さて。新たな生の旅。何処からがお望みじゃ?』
「そうだな……。フィネットの墓碑の前って行けるか?」
『余裕じゃよ。じゃが今は深夜。それでも良いのか?』
「ああ。その方がばれずに墓参りもできて都合がいいし。いいよな? アーシェ」
『私はいいけど。それよりそろそろ昔のように呼びなさい。あっちでその名前口にしたら、変な顔されるわよ?』
「確かに。じゃ、行くか。アシェ」
「ええ」
『では。二人の旅路に幸があらん事を』
俺達が頷き合ったのを見て、ワースが最後に笑顔でそう口にすると、俺達の視界に映っていた景色がすっと変わり。俺達は一瞬で、天地の狭間と同じ薄暗さを持つ、泉の前に場所を移していた。
その奥には、勿論、巨大な世界樹も見える。
俺は僅かな虫の声だけが聴こえる静かな島への橋を渡り、フィネットの墓碑に歩み寄った。
「……フィネット。あんたのせいで相当苦労したんだぞ」
ふざけて愚痴っぽく言った俺は、ふっと笑う。
「でも、お前とキュリア。その仲間達のお陰で本当に助けられたよ。大きな貸しができたけど、それはキュリアを助けてやったんだ。それでチャラにしてくれ。……ありがとな」
俺は立ったまま目を閉じ、
これからもキュリア達を見守って、力を貸してやってくれよな。
そんな願いを込めて拝み続けていると。
「……カズト?」
背後から突然聞き覚えのある声がした。
げっ!? この声、エスカさんじゃないか!?
思わず振り返ると、橋の向こうにいる彼女に気づき、俺は咄嗟に無詠唱で
近くまで駆け寄ってきた彼女は、俺を見失ったのか。歩みを止める。
「あれ? いない……」
戸惑いつつ周囲を見渡す彼女を避けると、俺はこそこそとその場を離れて橋を渡っていく。
──『何で隠れちゃったのよ?』
いやだって。キュリア達が来た時に、生きてたなんて話されても困るだろ。
首に巻きついたまま念話で話しかけてくるアシェに、俺はそんな言い訳をした。
ちなみに彼女は絆の呪いで結ばれてるせいか。俺に引っ付いてる時にはパーティーに入ってなくても一緒に
──『……ロミナ達の所には、戻らないの?』
……ああ。
俺を忘れてるなら、それでいいんだ。
正直辛い想いばかりさせたし、思い出させる方が絶対辛いだろ。
記憶があるなら逢いに行こうかと思ったけどな。
──『まったく。あんたはもう少しわがままになればいいのに。でもあなたが決めたなら、それでいいわ』
分かった。
ありがとう。アシェ。
──『で? これから何処に行くの?』
まずはロデムでも経由して、ウィバンにでも向かうか。
まずは旅の支度も整え直さなきゃだし。シャリアとアンナも無事なら、せめて二人には無事だって報告しないと。
──『そう。じゃ、私は寝てるから、後はよろしくね』
おいおい。
旅が始まるってのにそれかよ!?
──『私はあなたを生き返らせて疲れてるの。それに夜なんだから、夜更かししたらお肌に悪いもの。久々にこの特等席でゆっくり寝させなさい』
ったく。
はいはい。分かりましたよ。
呆れ顔をした俺は、ライミの村を静かに抜け、暗い迷霊の森に足を踏み入れる。
さて。
また一人……いや、二人旅か。
もうすぐ三年前位になっちゃうのか。
この世界でこいつと旅を始めたのは。
正直、ロミナ達との別れは寂しい。
けど、こいつがいてくれる懐かしさが、それを紛らわしてくれる。
ほんと、一人じゃなくって助かったな……。
さて。
まずは着くまでにシャリア達に会う心構えをしないとな。
二人の号泣する顔を想像したら、ちょっと気遅れするし。
やっぱり、人の泣き顔を見るのは嫌だしさ。
──こうして俺は、再び生者としてこの世界に戻り、一人の冒険者として、また旅を始めたんだ。
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