第二章:忘れられ師の後日譚

第一話:死者の生還

 ──俺、カズト・キリミネは、あの時魔王によって傷だらけになり、ロミナ達の活躍を見届けて、そのまま命を落とした。


 前に試練で死に戻りは経験してたけど、ちゃんと死んで魂になるって経験は味わった事がない。

 だから死後がどんな感覚かもよく分かってないんだけど。


 何となく意識が戻り、ぼんやりとした頭の中。

 俺は、夢を見た気がした。


 荒い息をした、傷だらけの男女。

 方や聖剣を背負った男性。方や白きドレスを纏った聖女のような女性。

 女性は一人の赤子を抱えながらも術を使い。

 男性もそんな二人を必死に守り、聖剣で戦っている。

 燃えている城の謁見の間。周囲にはおびただしい血が流れている。


 怪我の酷さを見ればわかる。

 もう、二人は助からないって。


 彼ら二人を囲う魔族達。そんな敵達を見ながら、彼らは口惜しそうな顔をする。


『残念ながら、ここまでか』

『そのようですね』

『せめてこいつだけでも、何とか助けないとな』

『ええ。平和な未来を生きられるように』


 最期まで何かを諦めなかった男女が、ふっと笑う。


『ワース、最期の願いだ。この子を平穏なる世に送り届けてくれ』

『……任せよ。二人とも、安らかにな』


 ワースらしからぬ若き声。

 その返事と共に、赤子だけがふっと姿を消した。


『……さて。勇者として、花道を征くとするか』

『……はい。お供致しますよ。あなた』

『絆の女神よ。我等に最期の加護を』

『世界を救う、最期の奇跡を』


 二人がそう祈った直後。

 彼らを強き光が包み。


 俺の夢もまた、そこで途絶えた。


 ……何故、こんな夢を見たのか。

 理由は分からなかったけど。


 凄く心が痛んで。凄く悔しくって。

 凄く切なくなったのを覚えている。


 そしてまた、ぼんやりとした時を過ごしていた、その時。


『……ト! 起……て!』


 凄い遠くから、声が聞こえた気がした。


『カズト! 起きなさいよ! あなたには待っている人が沢山いるでしょ! 目を覚まして! 還ってきなさいってば!』

『もう諦めよ。これ以上力を使えば、それこそお主の存在が消えるぞ?』

『そんなの構わないわよ!』

『構わなくあるまい! お主は神じゃろ、世界を見守らねばならんのだぞ?』

『うるさいわね! 私は許せないの! あの子は向こうの世界で平和に暮らしてただけ。それを私のわがままで巻き込んだわ。でも何よ! 私に力を貸した理由が笑顔じゃなかったからだなんて! そんなのあり得ない! 馬鹿げてるのに! カズトは最期まで私を信じてくれて、私達を救ってくれたのよ! 私は力を取り戻して、ただのうのうと天に還って、ただ世界を見守ってるだけ。力を貸す事すらもまともにできなかったのに! ロミナ達の為に! 私の為にって! 必死に戦って、私達の代わりに命を落としたのよ!』

『じゃからといって、世界の皆の前から神が消えてどうする? カズトが護った世界を見捨てる気か?』

『まだ消えると決まった訳じゃないわ! カズト、お願い! 目覚めなさいよ! もう時間がないの! 早く! お願い! お願いだから起きてよぉ!』


 ……おいおい。

 何か今、さらっと凄い話をされた気がするけど……聞かなかった事にした方がいいのか?

 しかもアーシェの奴、また泣いてやがるし。


 ……お前さ。

 たった一人の人間の為に、どこまで泣くんだよ?

 世界の人々を見守る女神の本分はどうしたんだよ?


 少しずつ大きくなる声に、色々愚痴りたくもなったけど。


「……アーシェ。うるさいって」


 とりあえず、その一言で我慢してやった。


『カ……カズト!!』


 驚きの声を耳にしながら、ゆっくりと瞼を開く。

 星々が瞬くような空間。そこは見覚えがある気がした。


 仰向けになった俺の身体に乗り、うっすらと光りながら、涙を零し顔を覗き込んでいたのは……アシェか?

 側には、驚いた顔で立つワースの姿もある。


「……天地の狭間、か?」

『そうじゃ。よう覚えておったの』

「まあ。トラウマになった、場所だからな」


 俺は笑おうとしたけど、中々上手く表情にできない。

 この身体の重さ……死ぬ前の感触に近い……って。


 あれ?

 俺、死んだんだよな?


『カズト……良かった……』


 疑問符だらけの俺をそっちのけで、淡い光が消えた幻獣姿のアーシェが、ずっと胸に顔を埋めて泣きじゃくってる。


 ……うーん。

 これ、どうすりゃいいんだろ?

 頭を掻こうと思ったけど、やっぱりまだ身体が重い。

 あ、別にアーシェが重い訳じゃないぞ?


「えっと……俺、死んだんだよな?」

『うむ。死んだのう』

「って事は、俺は魂としてここにいるのか?」

『いんや。生きておる』

「……は? この世界じゃ身体が消えるから、蘇生なんてできないだろ?」


 そんな疑問はあるんだけど。ぱっと見身体はちゃんとあるし、魔王に受けた傷も塞がってる。

 流石に道着は血塗れでズタボロのままだけど。


 俺の質問に、ワースが大きなため息をく。


『嬢ちゃんが無茶しおったんじゃよ。お陰で嬢ちゃんの力も、儂の力もほとんどすっからかんじゃ』

「は? どういう事だ?」

 

 その問い掛けにも、ワースが泣きっぱなしのアシェに代わり答えてくれた。


 俺はあの時確かに死んだ。

 死んだけど、肉体が朽ちる前にアーシェが無理矢理ワースの力を借り、俺をこの天地の狭間に転移させたんだそうだ。


 俺も初めて知ったんだけど。

 人って、死んだ者は肉体が消えても死んだって思ってるだろ?

 でもこの世界のことわりでは違うらしくて。


 死とは命が消え、肉体が消えるまでの短い間だけ。そして肉体が消え魂だけとなった時。人は死を終え、無となるんだってさ。


 天地の狭間では生死の時間が止まる。

 だから以前俺は、死んでも死ねなかった訳だけど。


 同じ理由で、人が死から無になる時間も止まるらしくって。

 だから俺は死んだけど、肉体が消える直前で、この天地の狭間に留まったんだ。

 仮死状態って感じなんだろうか? 例えが上手く思い浮かばないけど。


『この場所にお前を転送させた嬢ちゃんは、神の力で、お主を無理矢理生き返らせようとしたんじゃよ』


 呆れ顔のまま話してくれた内容は、俺にとって世界の違いすぎる話だった。


 まず、アーシェがゆっくりと神の力を注ぎ、俺の朽ちかけた肉体を再生し、生き返らせようとしたらしいんだけど。

 実は神もまた決して万能じゃないらしくて、異世界フェルナードでは彼女も現世のことわりを越えられないんだ。

 つまり、死者を蘇らせるなんてできない。


 だけど、そのことわりを超えたこの場所でなら、それが可能だったらしい。


 とはいえ、それも簡単な話じゃない。

 何たって天地の狭間では死ねないのと同じで、そのままじゃ生き返る事はできない。死に戻されるからな。


 だから、アーシェの力で俺に生が宿った瞬間。ワースの力で俺の身体を一旦異世界フェルナードに戻し、生きた状態で再び天地の狭間に転移し直したんだって。


 一歩間違えば今までの力を無駄にする行為。

 だけど二人はそれを何とか成し遂げた。


 ただ、天地の狭間は異世界フェルナードと次元の違う世界。

 だからこそ、女神がことわりを超えるのにも、ワースが人を転移させるにも相当力がいったんだとか。


『流石にこれだけの転移を連続でさせられれば、儂とて力も失うわい』


 なんてワースは愚痴ってたけど、表情は何処かほっとしてたな。


 人を生き返らせるって行為も、神の力があったって奇跡みたいなもん。

 だから結局俺を生き返らせる為に、アーシェは絆の女神の力を一気に失って、昔みたいにこの姿に戻ってしまったんだって。


 それでも俺が目覚めないもんで、必死に魂を目覚めさせようと、彼女は必死に力を行使した。

 結局このまま力を使い続けてたら、アーシェが世界から消える所だったってのが、目覚める前の顛末だったらしい。


 ちなみに、魂は意識が切れた時点で肉体と離れちゃう場合もあるらしくって。生き返っても魂がなくて目覚めない可能性もあったんだとか。

 ……ってお前。既に魂が離れてたらどうするつもりだったんだよ。


「……アーシェ。無茶し過ぎだろ?」


 俺が呆れた声を上げると、彼女はぐしぐしと前足で涙を払う。


『うるさいわね! あんただって無茶しかしない癖に! それが感染うつっただけよ!』

「そう言ったって……。大体お前の力は祈ってくれた皆がお前にくれたものだろ? 何で俺の為だけに使ってるんだよ!?」

『あなたが世界を救ったからよ! あなたがいなかったら、新たに生まれた魔王に、ロミナ達も、皆も倒され滅ぼされてたのよ! だからいいでしょ! ずっと苦しんで。ずっと傷ついて。それでも私を女神に戻してくれて。世界まで救ってくれたあなたが……少し位……良い思いしたって……』


 泣きながらアーシェがそう口にするけど。


 ……お前さあ。

 どれだけわがままだよそれ。

 俺なんかより、もっと皆を見守ってやりゃいいってのに。


 正直呆れはした。

 けど、それを口にはできなかった。

 だって俺なんかの為にここまでしてくれたんだぞ? それでちょっと胸が熱くなっちゃってさ。


 込み上げるものを誤魔化すように、俺は視線を逸らし天を見上げ、ふっと笑いながら頭を少し撫でてやる。


「……ごめん。俺のせいで、またこんな姿にさせちゃって」

『本当よ、まったく。でも今は絆の女神も信仰されてるもの。一、二年もすれば、また力も戻るわ』

「一、二年って……。お前、その間どうするんだよ?」

『あら? 誰かさん言ってたでしょ? 生まれ変わったら一緒にまたパーティー組んで旅したいって。生き返ったんだし丁度いいじゃない』


 ……あ。

 ふっと俺は、以前ここでそんな事を願った記憶が蘇って、バツの悪い顔をしてしまう。

 それが可笑しかったのか、くすっとアーシェが笑う。


『私も久々に、あなたと旅をしたかったし。結果こうなっちゃったけど。たまにはいいわよね?』

「……まあ、いいっちゃいいけどさ」


 俺は呆れ笑いをすると、未だ胸の上にいるアシェをぎゅっと抱きしめる。

 何かに触れる温もり。それをまた感じられるなんて、思ってもみなかったな……。


『カズト?』


 戸惑うアシェに視線は向けず、潤んだ瞳を堪え天を見つめたまま。


「アーシェ……ありがとな」


 俺はそう、感謝を口にしたんだ。

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