第三話:未来への選択

「……ま、そう言うわけで。俺はアーシェのおかげで何とか生き返れて、旅を始めたんだ」


 皆が落ち着いた後、俺達はシャリアの屋敷の応接間で、互いにソファーで寛いでいた。


 上座の一人がけのソファーに俺が。テーブルの左右にある長いソファーにロミナ達とシャリア、アンナが座っている。


 アシェはといえば、キュリアの膝の上で丸くなり、彼女に撫でられて気持ちよさそうだ。

 お前は昔っからそうされるの好きだったもんな。


 部屋には扉の横に立つ、ディルデンさんとウェリックの姿もある。


 何とも大所帯な応接間でまず話題になったのは、死んだ俺がどうなったのか。

 死んだのに生きている。この理由を説明しなきゃいけなかったし、皆も気になったろうからさ。


 俺はその時の事を思い返しながら、掻い摘んで皆に話をした。


 実際死んだ俺を、アーシェがワースの力で天地の狭間に飛ばし、二人の力で蘇らせてもらった事や、旅の始めにフィネットの墓碑の前を選んだ事。

 そして、旅先にシャリア達がいるであろうウィバンを選んだ事と、ロミナ達がきっと俺を忘れてると思ってたから、その時点では戻るつもりはなかった事までは、覚悟を決めて話をした。


 流石に俺が勇者の末裔って話はしなかった。

 こっちだって初耳だったし、実感もないし。

 別にこんな話はする必要もないだろうしな。


「なんかあんたと絡んでから、四霊神やら絆の女神様やら、現実味ない話や経験ばかりしてるんだけど。あたしの頭がおかしくなったわけじゃないね?」

「まあ、信じられないかもしれないけど。生きてる理由はそれしかないからさ」


 俺が困ったように頭を掻くと、シャリアが彼女らしい笑顔を見せる。


「まったく。相変わらず真面目だね。大丈夫だよ。あたしだってワースに会ったんだし、そこに喋るアシェもいるんだ。ちゃんと信じてるよ。しっかし。どうりでエスカがあんたを幽霊と勘違いした訳だ」

「言われてみれば、確かにそう見えるかもな」


 シャリアが納得した顔をするけど、そりゃ血塗れの道着の俺がすっと消えたら、幽霊って勘違いしそうだな。


 俺とシャリアは普段みたいに笑みを交わす。けど、他の皆はあまり笑ってくれてはいなかった。


「……結局貴方は、私達と離れる選択をしていたのね」

「……ああ。悪い。けど思い出して分かったろ? 俺のせいでお前らが色々辛い想いをしてた事はさ。当時は皆それらを忘れてるって思ってたし、ダラム王が話をしてるなんて思ってもみなかったしさ」

「……まあ、お主らしい気遣いではあるんじゃがな」


 そう言葉を返したフィリーネとルッテだったけど、何処かやり切れない不満を持った顔をしてる。


「でも、カズトが言ってた通りだったよね……」


 ロミナもまた、少し申し訳なさげにそんな事を口にした。


「ん? 何がだ?」

「前に話してくれたでしょ? 私達が旅をしたら、また魔王との戦いみたいに恐怖する事かもしれないから、私の呪いを解いた後に皆の記憶を消したんだって。当時の私達はそんな想いを知らずにあなたを追いかけちゃったけど、結局現実になっちゃったよね……」 

「そんな気遣い要らねーって思うけど。……結局、お前が正しかったんだよな。封神ほうしんの島でも。今回もさ……」


 ロミナとミコラが少し悔しげに奥歯を噛む。


 確かにそうかもしれない。

 巨人達に仲間を奪われる恐怖も、魔王が復活した恐怖も味わったんだし。

 もしかしたら……俺が死ぬのだって、怖かったかもしれないもんな。


「あー。まあ、確かにそうなったけどさ。結果こうやってお前達といるんだ。気にするなって」


 俺が笑いかけてやると、あいつらもこっち見ると、何とか笑う。

 でも、それもすぐ鳴りを潜めて、何とも気まずい空気が辺りを包んだ。


 ……再会の雰囲気から、もっと気楽に話せるかと思ったけど。流石にそれは甘いか。

 ロミナ達だって、心の傷を負ったんだろうしな……。


 重くなった空気を察してか。

 アンナが沈黙を破るように、話しかけてくれた。


「カズト。キャダルの街での誘拐事件は、やはり貴方様が?」

「あー。あれか。まあ、一応」

「そういやありゃ、どういうからくりだい?」

「いやさ。あの宿泊まろうとした時に丁度宿の主人が脅迫状を見ててさ。それで宿だけ取ってすぐ出たら、俺が冒険者ギルドに助けを求めると思った監視役が付いてきたんだ。だから軽くあしらった後、強引にそいつとパーティー組んでやったんだ」

「は? 野盗の仲間とかい!?」

「ああ」


 シャリアの驚きも最もだろう。

 まあ普通敵とパーティー組もうなんて考えないし。


「後はそいつの案内でアジトに行って、子供達を先に助けて。その後他の犯人を全員動けなくして全員縛り上げてから、監視役を起こして無理矢理パーティー解散を告げたんだ。これで正体を明かさず誘拐犯を捕らえてやったって訳」

「まさか、忘れられ師ロスト・ネーマーの呪いを、そんな風に使うなんて……」


 流石に頭の回るフィリーネでも、そんな使い方は考えなかったか。

 まあかく言う俺も、色々とこの呪いを理解できてきたから思いついただけなんだけどさ。


 あ、ちなみにアシェにはパーティーを組む前に先に宿の方に戻っておいてもらったから、パーティー組んだ所も見られてないし、記憶に影響なし。

 結構ちゃんと考えてるんだぜ。


「そこまでしておいて、何で堂々と名乗らなかったんだよ?」

「別に有名になりたい訳じゃないし。クエストだった訳でもないしな」


 ミコラの問いにそう返していると、


「カズト」


 じっと俺を見ていたキュリアが、俺の名を呼んだ。 


「ん?」

「やっぱり、優しくて、いい人」


 ここまで淡々と話を聞いていた彼女が、突然にこっとはにかんだんだけど。


「そ、そんな事ないって。結局好き勝手にやってただけさ」


 その柔らかな表情に、俺は恥ずかしさもあってどぎまぎしてしましまった。


 ほんと。前よりはっきりと表情を見せるようになったけど、その分破壊力がやばいんだよ。

 見慣れるまでは当面緊張させられそうだな、こりゃ。


 フィネット。

 あんたも美人だったけど、娘も近い将来モテモテだぞきっと。


「しかし、これであんた達も晴れて元通り。良かったじゃないか」

「……その事なんじゃが」


 シャリアの言葉に対し、何処か歯切れ悪くルッテがそう口にすると、少し不安げな顔で俺に視線を向けてくる。


「隠すのは苦手じゃ。本音を伝えても良いか?」

「……ああ。言ってくれ」


 俺もしっかり気構えし、真剣な顔で見つめ返すと、ルッテはため息をひとつ漏らした後、話し始めた。


「我はお主と再会できて喜んでおるし、パーティーに戻ってくれて良かったとも思うておる。……じゃが、同時に少し不安じゃ。共にまた旅する中で、お主をまた傷つけるのではないかと」


 ぎゅっと唇を噛み俯くルッテに釣られて、フィリーネも不安そうな顔をする。


「……私もそれは強く感じているわ。幾ら試練での呪いの最中さなかにあったとはいえ、貴方に術を向け傷つけて、酷い暴言も吐いたわ。その時の記憶が戻ったからこそ、それが少し、怖いのよ」

「……確かに。俺もお前の胸倉掴んだり、ぶん殴ったりしちまった。しかも全力でだぜ。カズトはすげー優しいから、まったく俺達を責めようとしねーけど。なんていうか……それはそれで、ちょっと……辛い」


 ミコラも耳をしゅんっとさせて、視線を合わさず悔しげな顔をしてる。

 ……まあ、きっと逆の立場だったら同じ気持ちにもなるだろう。試練でロミナを斬るのだって辛かったし。皆に刀を向けるのだって、斬る気がなくても心にはきたしな。


「……私は、カズトと、一緒がいい」


 そんな中、皆と同じ少し寂しげな顔ながら、キュリアは短くストレートに感情を向けてくる。


「……私も。後悔とか不安は沢山あるけど。やっとこうやって逢えて、こうやってパーティーを組めたし。できれば、一緒に旅をしたいな」


 ロミナは何処か腹が据わっているのか。

 しっかりとした瞳を俺に向けてくれている。


 ……やっぱりこれだけ人がいりゃ、意見だって割れるよな。

 その方が人間味があっていいと思う。

 でも、笑い飛ばしていい話題でもないか。


「……カズトは、どのようになされたいのですか?」


 アンナの問いかけに、俺は一旦目を閉じて、心を決める。

 ……何も言わないより、本音は伝えておきたかったから。


「……俺は……一緒に旅しても、ここでパーティーを離れて記憶を消しても、どちらでもいいと思ってる」


 目を開き、真面目な顔でそう話し始めると、皆が俺に顔を向けてくる。


「ただ、俺もわがままだからさ。ひとつだけ嫌な事があるんだ」

「……それって?」

「聖勇女パーティーが解散する事」


 ロミナの短い問いに俺がそう返すと、彼女達は少し驚いた顔をした。


「俺なんて偶然お前達のパーティーに拾って貰ったようなもんだ。そんな俺が理由で、ずっと仲良くやってたお前達がパーティーを解散するなんて望んでない。それに今回追放されたら、お前達だけじゃなく、ここにいる皆の記憶からも俺は消えるんだ。だから悪いんだけど、皆でしっかり話して決めて欲しい。俺をパーティーに残すか。追放するか」

「……あんた、本気で言ってるのかい?」


 覚悟を試すように確認してくるシャリアに、俺は「ああ」と小さく頷く。


「別に今急いで決めろなんて言わない。数日掛かってもいいから、皆が納得いく形で決断してくれ。ただ、同時にこれだけは言っておく」


 俺は未だ不安を覗かせる皆の顔を見ながら、俺のもうひとつの本音を語って聞かせた。


「お前達がどんな決断をしても、俺はお前達を大事な仲間だと思ってる。今も昔も。この先も勝手にな。だからお前達が記憶をなくしてても、お前達に何かあるって知ったらきっとまた首を突っ込むし。共に旅してたら、お前達を護ろうって必死にもなる。それだけは覚悟してくれ」


 そこまで語った俺はすっと立ち上がり、普段通りに笑ってやる。


「悪いけど、ちょっと部屋で休ませてもらうから。また後でな」


 その言葉に誰も何も返せぬ中、俺は一人、応接間を後にした。

 皆に、未来を委ねて。

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