第九話:戻りし記憶
「……覚えてるのか?」
何処か戸惑った顔をしたカズトに私が首を横に振ると、ミコラが代わりにこう説明してくれた。
「覚えてねーけど、全部シャリアやダラム王から聞いた」
「……さらっと約束破ったのかよ、あの王様は」
不満げにまたも頭を掻きながら、彼は視線を逸らし、ため息を漏らす。
「貴方が、カズトなのよね?」
「……ああ」
「お主、よもや幽霊ではあるまいな?」
「まあ、一応な」
私達の問い掛けに、少し気まずそうに返事するカズト。
それは、私の心を少し気遅れさせた。
もしかしたら、やっぱり私達に逢いたくなかったんじゃ……。
そんな不安な気持ちが蘇っちゃって、胸に当てた手をぎゅっと握りしめてしまう。
「……ったく。相変わらず、あんたは変わらないね」
「……カズト。お久しぶりです」
後から追いついた師匠とアンナさんの少し震えた声にはっとしたカズトは、目を細めると優しい笑みを返した。
「良かった。二人共無事で」
「……あんた。そりゃ卑怯だろ。いきなりそんな顔してそんな事言われたら、謝るに謝れないじゃないか」
「別に謝らなくって良いって。無事ならそれでいいんだよ」
気恥ずかしげに笑うカズトを、私は何処か羨ましげに見てしまう。
きっと彼なら私達にもそう言ってくれる。そんな気持ちではいるんだけど。
さっきの不安がどうしても拭えなかったから。
私がどんな顔をしていいか分からずにいると。
「……でしたら、ロミナ様達にもそう仰って下さい」
ぽつりと、アンナさんがそう、涙声で言った。
「皆様は記憶を失いました。ですがダラム王やシャリア様の話で真実を知り。ずっと苦しみ、後悔し、不安でいらっしゃったのです。カズトが死んでしまったと泣いていらしたのです。……ですから、どうか記憶を呼び戻し、同じ声を掛けてあげては、頂けませんか?」
私達の心を代弁してくれたアンナさんに対し、カズトは少しだけ唇を噛む。
「……俺がパーティーに戻れば、確かに皆にも俺との記憶が戻る。でも……俺は、皆が沢山傷ついて、沢山苦しめる道を選んだ。だからきっと、皆が辛い事とか、後悔した事とか沢山思い出して、もっと酷く傷つくかもしれないし、それこそ俺の事が嫌になって、すぐ離れたくなるかもしれない。……それでも……覚悟、できるのか?」
寂しげにそう語るカズトに、誰も、何も言えなかった。
確かに。私達はそんな恐れや不安を抱いていたんだから。
……でも。
そんな沈黙を最初に破ったのは、ミコラだった。
「……皆。あいつをパーティーに入れようぜ。俺達、ずっと忘れてて後悔してるんだ。思い出して後悔しても、そんなに変わらねーだろ」
「……そうね。前にも言った通り、私達は思い出した上で、後悔もしたいし、喜びもしたいもの」
「私も。カズトの事、思い出したい」
「その為にここまでお主を追って来たのじゃ。愚問じゃな」
皆が次々にそんな思いの丈をカズトに向けると、思わず目を丸くした彼は、ふっと小さく笑う。
「ロミナも、大丈夫か?」
心配そうに、だけど優しく掛けられた声が心に沁みる。
確かに不安だし、後悔するかもしれないけど。
皆が一緒にいるんだもん。
そして……カズトが生きて、ここにいるんだもん。
だからきっと。
「大丈夫」
私は覚悟を決め、強く頷いたの。
そんな私の反応を見て静かに頷いた彼が、一度ふぅっと息を吐いた後、真剣な表情で問い掛けてくる。
「ロミナ。俺を……お前達のパーティーに、入れてくれるか?」
一度だけ大きく深呼吸した後、彼の凛とした表情を受け止めた私は、
「うん」
そう、短く応えたの。
──瞬間。
目まぐるしく思い出される数々の記憶。それらが一気に私の頭と心を支配した。
皆もきっとそうだったのか。
暫く、誰も声を発しなかったんだけど。
「……ははっ!」
最初に嬉しそうな声を上げたミコラは、私の脇を勢いよく駆け抜けると、突然カズトに殴り掛かったの。
「はあっ!?」
突然向けられた拳を彼は慌てて手で払ったけど、ミコラは目を潤ませ、笑顔のまま間髪入れずに拳や蹴りを繰り出していく。
「この感じ! やっぱりカズトだ! な! そうだろ?」
「お、おい!? ミコラ!? 危ないだろ!」
「ははっ! 生きてたんだな! 本物なんだな! カズト!」
嬉しさを堪えられず、くるくる周囲を回りながらミコラが繰り出す技を、何とか同じように回転して受け止めるカズト。
まるでそれは、軽快に男女がくるくる舞い踊るようにも見えたけど、そんな微笑ましい光景は長くは続かなかった。
「だから危なっ──!?」
ずるりと踵を滑らせたカズトが大きくバランスを崩し、倒れそうになったその瞬間。
「カズト!」
容赦なく、彼の胸に勢いよく飛び込んだのはキュリアだった。
「うわっ!」
飛び込まれたカズトはそのまま勢いよく草むらに倒され、咄嗟に地面に跳んだアシェは、巻き込まれなかった事にほっとした顔をする。
「いってー。キュリア。お前──」
「カズト、生きてた! カズト! 逢いたかった! カズト! カズト!」
痛みを堪え声を荒げそうになったカズトを遮るように、仰向けに倒れた彼の胸に収まったまま、キュリアは泣きじゃくり感情をぶつけまくる。
あまりに突然の事に唖然としていたカズトとミコラだったけど、二人が顔を見合わせ思わず苦笑しあうと、彼は優しげな顔になって、キュリアの頭を撫で始めた。
「……おいおい。泣きすぎだぞ、キュリア」
「だって! 嬉しいの! カズト、生きてて、嬉しいの!」
「……ったく。ごめん。心配かけたな」
「うん。でも、良かった……。カズト……生きてた……」
彼のお陰で少しずつ落ち着いてきたのか。
顔はあげないけど、キュリアの嗚咽が少しずつ収まっていく。
「まったく。お主らはカズトを何じゃと思っておるんじゃ?」
「本当よ。ミコラもキュリアも手荒すぎよ。それじゃ、カズトに嫌われるわよ」
ゆっくりと呆れた笑みを浮かべ、今度はルッテとフィリーネが彼の元に歩いていく。
「キュリア。気持ちはわかるけど、少しは私達にも再会を喜ばせなさい」
「……うん」
ぐしぐしとカズトの道着で涙を拭いたキュリアに、流石のカズトも目を丸くしたけど。そんな事も気にせずに彼女は彼から離れ、立ち上がると横に
「今だけは、素直に言わせてもらうぞ。よう戻ったな、カズトよ」
「そうね。私達にまたこき使われるかもしれないのに」
涙目のまま、満面の笑みを浮かべるルッテと、目を潤ませたままくすりと悪戯っぽく笑ったフィリーネが、互いに倒れたカズトに手を伸ばした。
「おいおい。本気で言ってるのかよ!?」
「貴方だって分かっているでしょう? 私達がこういうメンバーだって。……お帰りなさい。カズト」
「……ああ。ただいま」
少しほっとしたような笑みで、彼が二人の手を借り起き上がる。
「さて。我等の手を借りるとは。この貸しは大きいのう。また何処ぞで美味い飯でも食わせてもらうかの」
「は!? それは勘弁しろよ。ミコラがまたどれだけ食うか分からないだろ!?」
「悪いけど遠慮なんてしねーからな!」
「ミコラ。カズト困らせるの、ダメ」
「そうね。じゃないと、また嫌になって逃げ出すわよ」
「別に嫌になったわけでも、逃げた訳でもないって。俺だって色々考えただけだ」
「へー。じゃあ後でじっくり言い訳聞かせてもらわねーとな」
「は? まじかよ!?」
「そりゃそうじゃ。勿論、我等も聞きたい事は山程ある。覚悟せい」
「ったく。はいはい。分かりましたよ」
涙目ながら笑う皆に囲まれて、カズトが肩を
そこにあるのは、私も望んだ笑顔の皆で。
そこにいるのは、私が望んだ優しいカズトの姿。
そこに、待ち望んだ彼がいるはずなのに。
……私は、彼に歩み寄る事が、出来なかったの。
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