第七話:成せる者

「前にも話したけど、カズトやあんた達が傷ついたのは今でもあたしのせいだと思ってるし、カズトを死なせたのもあたしだと思ってる」

「そんな事ありません。私がもっとカズトを早く受け入れていたら──」

「別にあんたがそう思ってもいい。だけど同じさ。あたしからしたら、あたしがワースに仕掛けなきゃ、あんたがカズトを嫌わなかったんだ。そして、こうやって悔やむのは、互いに変えられない」


 師匠の横顔を見ると、流石にしんみりとしたのか。切なげな顔をしてる。


「……あたしとアンナは、あいつが死んだ事実を受け入れようって思って旅を始めた。あんたもそうだろ?」

「……はい」

「でもね。あいつが生きているかもしれない今。あたし達はチャンスを貰えるかもしれないんだ」

「チャンス……ですか?」

「ああ。あいつが生きていた事に喜んで。あいつに謝って。あいつに感謝して。あいつの無茶に怒って。あいつの本音を聞いて。そしてあいつとまた旅ができるかもしれない。想い出だって作れるかもしれない。そんな沢山のチャンスをね」


 ……沢山の……チャンス……。


「死んでたらそれは叶わない。一方的に叫んでも届いてるか分からないし、応えてはくれないからね。シャルムみたいに夢に出てきても、それが本当にあいつなのか。自身の願望で見たのかだって分からない。それと比べたらよっぽど幸せなんだよ。生きてる奴に逢えるってのはさ」


 ふっと微笑んだ師匠がこっちを見る。


「いいかい? 悩んだって仕方ない。悔やんだって始まらない。死んでたらそれまで。だけどもし生きて逢えた時には、不安も感謝も全部ぶち撒けな。後悔は、伝えてからでもできるしね」

「……そうですね。ありがとうございます、師匠」

「いいって事さ。聖勇女の師匠だしね。それっぽい事は言っておかないと」


 自嘲するように笑い、私の肩をぽんっと叩いた師匠に私も釣られて微笑むと、改めて星空に目を向ける。


 ……そうだよね。

 逢えないと思ってたんだもん。逢えるかもしれないのは、きっとチャンスなんだよね。


 きっと色々な言葉が心から溢れ出ると思うけど。

 すごく後悔もすると思うけど。


 それでも。

 もし逢えたら、ちゃんと伝えてみよう。

 きっと伝えられない今なんかより、よっぽど良いはずだから。


 私達を夜風がふっと優しく撫でる中。私は天に向かって笑って見せたの。

 カズトにも何時かこうやって、笑いかけられるように。


   § § § § §


 翌日。

 私達は早馬車で早々にロデムを後にすると、大街道を南下し、マーガレスが教えてくれたキャダルの街へと急いだ。


 まだ、忘れられ師ロスト・ネーマーが事件を解決したなんて決まってないのに、皆何処か浮かれ気味でそわそわしてる。

 そこには旅を始めた時みたいな、哀しき決意はもうなくって。

 何処か私達に笑顔を増やしてくれたように感じたの。


   § § § § §


 ロデムを離れて四日。

 昼過ぎにキャダルの街に着いた私達は、着いて早々に冒険者ギルドに足を運ぶと、受付で例の誘拐事件について、色々と聞きたいって伝えたの。


 マーガレスが事前に手を回してくれて、私達へのクエスト情報の開示は許可されていたから、話はスムーズに進んでくれて。私達はそのままギルド内の応援間に案内され、ソファーに座りながらじっとその時を待っていた。


「お待たせ致しました……って、お前。シャリアじゃないか!」


 色々な資料を手に部屋に入ってきたのは、この冒険者ギルド長さん。やや厳つい獣人族のおじさんなんだけど、師匠を見るや否や、びっくりしちゃってる。


「よお、ギグ。久しぶりだね」

「本当だな! 元気してたか?」

「まあね。そっちはどうなんだい?」

「ま、ぼちぼちだ」


 二人が互いに笑い合うと、ギグさんはじっと私達を見ると、深々と頭を下げた。


「まさか聖勇女様達にお会いできるとは。私がここのギルド長を務めますギグと申します」

「私がパーティーのリーダーを務めます、ロミナです」

「おいおい。随分あたしとの格差があるじゃないか。これでも聖勇女の師匠なんだけどね」

「うるせーお転婆娘が。若い頃に散々迷惑かけといて、今更一丁前の振りするなっての」


 師匠の茶茶に呆れ顔をしたギグさんは、師匠に呆れ顔をすると、私達の向かいのソファーに腰を下ろしごほんと咳払いをすると、改めて真剣な顔で私の方を見た。


「足を運んでいただいたのは、誘拐事件について知りたいとの事でしたな」

「はい」

「まずはこちらが事件についてまとめた資料です。事件の概要、解決までの流れ、犯人達の証言など、事細かに控えてありますので、自由にお目通しを」

「ありがとうございます」


 差し出された資料を手に取った私は、背後のソファーから身を乗り出した皆と共に、その内容を確認していく。

 ……ざっと見た感じ、マーガレスが話してくれていた通りの話ばかりかな?

 私達がじっと資料を眺めていると、師匠がギグさんと話を始めた。


「ギグ。あんたはその時どうしてたんだい?」

「ああ。手紙を見てすぐ、編成したパーティーを率いて現場に突入した」

「現場はどんな感じだったんだい?」

「子供達が捕まってたと思われる簡易な檻を守っていた野盗は三人ほど。こいつらは打撃で意識を飛ばされていた。野盗のリーダー達がいた部屋の敵は、大半は魔術で眠らされていた」

「眠りの雲かい?」

「いや。あの眠りの深さは深き眠りの森だな」

「でも、どちらも詠唱が必要な術。野盗に気づかれなかったのかしら?」


 二人のやり取りが気になったフィリーネが口を挟むと、ギグさんが彼女に視線を向けた。


「きっと気づかれはしたのでしょうが。今回の野盗は、リーダーと側近を除けばほとんどDランク以下の腕の者達。きっと詠唱を断つのも間に合わなかったのでしょう」

「残った奴らの戦闘の跡だけど。棒状の物って報告されてたけど、あんたは何だと思う?」


 師匠の問いかけに、ギグさんは顎に手をやり少し首を捻ると、考えを整理するように説明を始めてくれた。


「入口付近に残っていた真新しい土の足跡を見るに、多分助けに入った奴は一人だけ。俺は術の事もあって、相手は魔術師じゃないかと考えている。だから見立ては細めの棍や両手杖の柄辺り……と、思ってはいるんだが……」

「何か気になった事でもあったのかい?」

「……ええ。ロミナ様。少し先の間取り図を見て貰えますか?」

「あ、はい」


 ギグさんの指示でペラペラと資料をめくると、出てきたのは野盗のいた建物の間取り図だった。

 それほど大きな屋敷ではないけど、リーダー達のいた部屋はかなり広い。


「深き眠りの森は扉越しにも掛けられますが、効果が著しく弱まります。この部屋の全体にかけようとするならば、扉を開けなければまず不可能でしょう。奇襲を掛けたとすれば、尚の事、扉の側にいたはずです」

「確かにそうじゃな」

「ですが……リーダー達が倒れていたのは扉と真逆。この距離で彼等と戦うのに、わざわざ術師が踏み込むと思いますか?」

「考えにくいわね。もし仮に私が同じ立場だったとしたら、離れたその場で攻撃系の魔術を仕掛けるわ」

「ですよね。そうなると魔術剣士かとも考えましたが、それなら逆に、わざわざ棍や両手杖など持たんでしょう」

「確かに。剣で斬り伏せる方が楽ですもんね」


 私もギグさんに納得して頷く。


 剣は基本両刃だから打撃なんて不可能だし。魔術剣士は剣じゃないと技が放てないのに、自ら踏み込むのにわざわざ不利になる棍や杖を持つなんてあり得ない。

 しかもリーダーは椅子の側のまま。きっと素早く一気に踏み込んでいるはず……。


 ……魔術師でもなく、魔術剣士でもない。

 ……じゃあもし、それがカズトだとしたら?


 そんなを重ねた時、私ははっとする。


「……刀での、峰打ち?」


 脳内に浮かんだイメージに、師匠やアンナさんがはっとする。


「武芸者であるあの方なら……もしや……」


 みるみる内に、喜びに満ちるアンナさん。


「いやいや。魔術を使ってるんですよ? しかも武芸者なんて最近はめっきり減りました。そんなレアにレアを重ねたような二職持ちなんているんですか?」


 怪訝な顔をするギグさんに、師匠はニヤリとして見せる。


「……もしそうだったら、どうする?」

「いや、どうするったって……。それに、だいたい犯人は相手を覚えてないんだぞ?」

「そこは不問にしな。噂話も馬鹿にできやしないしね」


 師匠の言葉に強く戸惑うギグさんだけど、それは仕方ないよね。


 でも、私達にはあり得るの。

 刀を振るい、術を操り。記憶から消える人を知ってるんだから。


「ギグ。悪いんだけど、事件当日に武芸者が宿泊した宿がないか調べられないかい?」

「あ、ああ。それは構わんが。……さっきの件、まさか本当か?」

「あたし達にとってはね。な、ロミナ」

「はい」


 ギグさんは私達の反応に腑に落ちない顔をして頭を掻いたけど。


「ったく。まあいい。協力してやるから、後で酒でも奢れ」

「ああ。たまにゃ一杯やろう」


 師匠の笑みに呆れつつ、何も聞かず笑ってくれた。


「夕方までには情報を集めてみせるが、ここで待つか?」

「いや。今の内に泊まる宿を探しとくよ。夕方また顔を出す」

「分かった。では聖勇女様方。一度失礼します」

「ありがとうございました」


 ギグさんに皆で頭を下げ、先に部屋を出た後。私達は互いの顔を見る。


「……カズト、いい人」

「おいおい。決まった訳じゃねーだろ?」

「ほう。ではお主は疑っておるのか?」

「そうも言ってねーだろって。ったく」

「ミコラは素直じゃないのね。一番最初に喜ぶかと思ったのだけど」

「うっせー!」

「まあまあ。まずは落ち着こう?」


 一気に賑やかになった皆の顔には、はっきりと笑顔が浮かんでる。

 皆をなだめた私だってそう。心で膨れ上がった希望に、思わず笑顔を見せちゃった。


 ……きっと。カズトは生きてる。

 ……カズトはきっと、旅をしてる。


 そんな期待はもう、現実に思えちゃって。

 まだ分からないはずなのに、信じちゃって。


 私達の心は、カズトに逢いたいという気持ちで、いっぱいになってたの。

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