第六話:希望と不安と

 ライミの村を離れて更に十日。

 私達は、ついに王都ロデムに帰って来た。


 占術の予言で示されたのはお城。そして絆。

 だからこそ、私は先んじて伝書をマーガレスに送っておいたの。

 もしかしたら、彼に会ったら何かあるのかもって思ったから。


 そのまま城に向かった私達は、城の敷地内、一時住まわせてもらっていた懐かしい王宮へと案内された。


   § § § § §


「済まないね。待たせてしまって」


 夕方。

 私達が王宮の応接間で待っていると、部屋にマーガレスが入ってきた。

 彼に会ったのは久しぶりだけど、相変わらず優しい笑顔にほっとさせられる。


「シャリア様もお久しぶりです」

「久方ぶりです。マーガレス王子も、随分ご立派になられましたね」


 流石に王族の前。師匠も丁寧な口調で喋り出したんだけど……。


「シャリア。話し方、気持ち悪い」

「ほんと。思わず鳥肌立っちまったぜ」


 さらっと本音をぶつけるキュリアとミコラに、師匠が露骨に怪訝な顔をしたのを見て、思わず吹き出しそうになっちゃった。


「あのねぇ。あんた達はパーティーも組んだ仲だから良いだろうけど、こっちからすりゃお偉いさんだし、大事な商売相手なんだよ?」


 ……師匠。

 それを本人の前ではっきり口にするのもどうかと思うけど……。

 でもマーガレスなら、この程度の事は気に留めないかな?


「シャリア様。ここはおおやけの場ではありませんので。ロミナ達同様、気軽にお話しいただいて結構ですよ」

「……いいのかい?」

「ええ」

「そっか。じゃあお言葉に甘えるよ。ありがとう、マーガレス王」


 マーガレスの笑みに、緊張感から解放された師匠が何時も通りに笑って見せる。

 本当、彼って昔から人に優しいんだよね。こういう気遣いができる王様って、やっぱり凄いと思う。


「ロミナ。伝書は読ませてもらったよ。君が探していたカズトという人物の遺品について、調査してるという話だったね?」

「うん」

「一応確認なのだけど、彼が忘れられ師ロスト・ネーマーだという話は本当なのかい?」

「ロミナ達には記憶がないけど、あたしはあいつからその話を聞いていてね。実際こいつらは一度パーティーを組んでるんだけど、魔王との戦いでカズトを失ったせいか。あいつの記憶がすっぽり消えてるんだ」

「そうでしたか。以前ロミナは曖昧ながらも彼と思わしき人物との事を覚えていたので、今回の魔王との戦いは、余程のショックがあったのかもしれないですね……」

「そうじゃったのか?」

「ああ。それを覚えていたからこそ、彼を探し出す約束の為と、皆と旅立ったんだからね」


 余程の、ショック……。


 マーガレスが教えてくれた話を聞いて、私の心が強く痛んだ。


 以前は少し、彼の事を覚えていた。

 それすら忘れちゃう程のショック。それはまるで、記憶が消える直前、余程辛い何かを経験したようにしか、聞こえなかったから……。


 あの時、私達は確かに泣いていたはず。そして、私から記憶は消えた。

 つまり……やっぱりあの時、カズトは……。


「……大丈夫かい?」


 心配そうなマーガレスの呼びかけにはっとする。

 私が落ち込んだ顔をしていたのか。皆が心配そうな、だけど同じ切な気な顔を向けて向けてきてたの。


「あ、ごめんね。大丈夫だから気にしないで。それよりマーガレス。何か手がかりとかあったの?」


 私は無理矢理笑うと、取り繕う様に話を元に戻す。


「残念ながら遺品の手がかりは特に。念のため冒険者ギルドの履歴も追ってみたが、ウィバンからマルージュへの護衛任務以降、クエスト受領、達成などの動きもなかった。ただ……」

「ただ?」

「あ、いや。ロミナ達が魔王を倒してから、忘れられ師ロスト・ネーマーを語る者が増えただろう?」

「確かに増えたわね。ここでも結構問題に?」

「ああ。最近はやっと鎮静化してきたんだけれどね。ただ、そんな中。南のキャダルの街で、最近妙な噂が立ったんだ」

「キャダルっていうと、ウィンガン共和国の国境に近いあの街だね」

「なあ。そこで何があったってんだ?」


 思わず食い入るように皆がマーガレスに視線を向けると、彼は少しだけ苦笑した後、両手をテーブルの上で組み、語り出したの。


「二週間ほど前。ある宿屋の夫婦の子供達が拐われる事件があったそうなんだ」

「誘拐事件?」


 私の問いかけに、彼は小さく頷く。


「ああ。結果として拐われた子供達二人は無事保護されて、犯人も全員捕らえられ無事解決したんだけれど……ひとつ不可解な事があってね」

「どういう事じゃ?」

「誰が子供達を助けたのか、わからないんだ」

「誰も名乗り出てないって訳かい?」

「それもありますが、その状況がやや不可解でして。世間じゃ『忘れられ師ロスト・ネーマーの仕業じゃないか』とまで噂されているんだ」

「えっ!?」


 思わず私達は皆、目を丸くして驚いた。

 忘れられ師ロスト・ネーマーであるカズトが、生きているかもしれない。

 そんな話が突然降って湧いたんだから。


「済まないが、過度な期待はしないで聞いてほしい」


 私達の表情の変化に気づき、マーガレスは凛とした表情で私達を一瞥すると、そんな前置きをした後、続きを話し出した。


「その事件が解決したきっかけは、助けられた子供達が、自らの足で彼等の隠れ家から冒険者ギルドに逃げて来たから。子供達が手にしていた一枚の手紙には、犯人達の隠れ家が示され、そこに向かうように書かれていたからこそ、冒険者ギルドも犯人たちを捕えることができた。でも、子供達は誰からその紙を受け取ったのか、分からなかったそうなんだ」

「子供達も恐怖の最中さなかにあったのでしょうし。気が動転して覚えてないというのも仕方ないんじゃないかしら?」


 フィリーネが、幻想なんて受け入れないかのように静かに口にすると、マーガレスは小さく頷いた。


「それだけならばね」

「まだ何かあったのかい?」

「ああ。慌てて冒険者ギルド側が組織したパーティーが現場に向かったんだが。犯人達は結構な人数が魔術で眠らされ、残りも気絶させられ全員が縛られていた。リーダー格の男と幹部数人。それに子供達を捕らえていた檻の番兵には、正面から強く長い棒の様な物で強く打たれた傷跡もあったらしい。だけど彼等を取り調べた結果、誰一人覚えていなかったんだそうだ。誰に倒されたのかをね」

「眠らされた奴はともかく、正面から殴られたなら、覚えてないってありえなくねーか!?」

「そもそも術で眠らせていたなら殴るのは意味がないわ。とすれば、誰かが眠らなかった相手の意識を奪ったのは間違いなさそうだけれど……」

「そう。だが、犯人は皆、戦った記憶がないというんだ。結果誰一人、子供達を助けた者を知らない。だからこそ噂になったんだ。そこに忘れられ師ロスト・ネーマーがいたのではってね」


 ……マーガレスの話を聞き終えた時、私はどんな顔をしてただろう。

 ただ、ほんのりと心の中に生まれてしまった期待が、胸を高鳴らせるのだけは分かったし、皆も同じ気持ちだったのも、その顔を見たら分かったの。


「……カズト、かな?」

「……分からん。記憶を消すのであれば、他の誰かとパーティーを組むなりし、相手に見られた上で戦い、最後にパーティーを解散せねばなるまい。そんな手間のかかる芸当を、彼奴あやつ独りで成せるとは思えぬし、別の善意ある者達が成した可能性もある。じゃからこそ、ぬか喜びはいかん。……いかんのじゃが……」

「……悔しいわね。もしかしたらって気持ちが、頭から離れないわ」


 キュリアの期待したような問いかけに、ルッテとフィリーネは少し身を震わせつつ、嬉しそうになる表情を堪えようとする。


「……シャリア様。わたくしは……」

「行きたいってんだろ? キャダルに」

「……はい」

「ま、断る理由はないね。どうせウィバンに帰らないとだ。通りがかりに寄ってきゃいい」


 真剣なアンナさんに、冗談混じりに返す師匠だけど、何処か普段より笑みに力がある。


「手掛かりったってこれだけだろ? 行ってみようぜ! な? ロミナ」


 完全に浮かれたミコラが、勢いよく声を掛けてくる。


「……うん。行ってみよう」


 そんな皆の表情を見て、私も頷いて見せたけど……。

 私は、胸の高まりとは別の不安を心に抱えていたの。


   § § § § §


 夜。

 皆が楽しく歓談する中、私は一人、部屋のバルコニーに出て、夜風を浴びていた。

 夜空には綺麗な星達が瞬いていて、肌を撫でる風も丁度心地良い。

 でも、私の心は晴れなかった。


 ……もし、本当にカズトが生きていて、彼に逢えたとしたら、きっと嬉しい。

 嬉しいけど……私は、彼に逢う資格なんてあるの?

 私は、彼にした数々の仕打ちを許せるの?

 そして、カズトは記憶の戻った私を見て、どんな顔をするだろう……。


 夜の闇のように、心に広がる不安の暗がり。

 私は、そんな現実にため息を漏らす。


「どうしたんだい?」


 そんな時。ガラス扉が開くと、私に声をかけてきた人がいた。


「……師匠」

「……ったく。随分と辛気臭い顔をして」


 師匠は私の横に並ぶと、手摺りに両腕を横にして付き、空を見上げる。


「どうせお前の事だ。カズトに逢えた時の事、考えてたんだろ?」

「……はい。……私……彼に逢えたとしても、どうすればいいのか、分からなくって……」


 そんな弱気な心を吐露とろすると、


「じゃ、記憶のある偉大な師匠から、アドバイスでもしようかね」


 師匠はそんな事を言うと、私を見ることなく、呆れ笑いを見せた。

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