第五話:導かれる旅
「お待たせ。じゃ、始めましょっか」
占術師らしい装束に身を包み部屋に戻ってきたエスカさんは、部屋のやや小さなテーブルの椅子に腰を下ろした。
私達は立ち上がると、そんな彼女のテーブルを囲み近くに立つ。
燭台に乗った蝋燭を二つテーブルに立て火を灯すと、エスカさんは取り出したカードをシャッフルすると、彼女の手前にすーっとカードの束を裏にしたまま綺麗にテーブルに広げていく。
占術のひとつ、占い用のカードを使ったディスト占いをするみたい。
「場所を占うならやっぱりこれね。今からあなた達が選んでいく九枚のカードを、縦三枚、横三枚の四角になるように、あなた達が言った場所に並べていくわ。誰かに場所の指示をして欲しいんだけど、いいかしら?」
「なあ。誰が選ぶんだ?」
「そりゃロミナじゃろ」
「そうだね。ロミナ、頼むよ」
「はい。エスカさん。お願いします」
突然指名されてちょっと緊張しちゃったけど、私は周囲の皆に頷いて見せると、エスカさんを促した。
「じゃ、行くわね」
彼女の指示で順にカードと場所を伝えて、彼女はそれを指示通りに並べて行く。
そして、九枚のカードが出揃うと、彼女が順に外周の八枚を開いていったんだけど……たった一枚だけ正位置……彼女から見て正しい向きで見える並びになっていた。それ以外は逆さ向き。
「……ここまではっきり指し示すなんて。本当に珍しいわね」
エスカさんにとって予想外の結果だったのか。驚きを隠せていないけど、私達はこれを見ただけじゃ何も分からない。
「エスカ。勿体ぶらずに説明しな」
呆れ顔で師匠が催促すると、ハッとした彼女が「ごめんね」と謝りながら、ここまでの結果について教えてくれたの。
「この九枚のカードの内、外周の八枚は、自分達のいる場所から見て、どの方向に求めるものがあるかっていう方角を指すの。私から見て手前が南で奥が北ね。そして、私から見て正位置に見えるカードの方角、カードに描かれた絵柄に、探し物に関する何かがある可能性が高いって事なの」
「つまりこれは、
「ええ。とはいえそこに探し物があるのか。そこで何か手がかりが掴めるだけなのか。そこまでは分からないわ。とはいえ本来ならもっと曖昧で、複数枚正位置のカードが出る事が多いんだけど……流石に驚きね……」
「じゃあ、西の、お城?」
キュリアが首を傾げると、エスカさんが頷く。
確かに正位置にあったカードに描かれていたのは城。それは西を指すエスカさんから見て中段左側の位置にあったんだけど。
ここから西の城って言ったら……。
「……これは、王都ロデムかのう?」
「そうかも。ここから西でお城があるの、あそこだけだよね」
「そうね。因みに、このめくっていない中央のカードは何を示すのかしら?」
「ああ。これはその探し物に対し、あなた達に何が起こるか、何が必要かなんかを表すカードなの。開くわね」
私達が固唾を呑んで見守る中。エスカさんがゆっくりと開いたそのカードに書かれていたのは、正位置を向いた男女が手を繋いでいるカード。
「これ、どういうカードなんだ?」
「……ふふっ。あなた達らしいカードよ」
ミコラの言葉に、エスカさんはふっと笑みを浮かべると、そのカードを片手に取り私達に向け見せる。
「このカードの意味は『仲間』、『親愛』、『絆』。逆位置ならそれらが失われたりする暗示。正位置なら、それらを得たりそれらが導いてくれる暗示。あなた達をきっと導いてくれる何かが、そこにあるのかもしれないわね」
「ロデムの城っていや、あんた達と共に魔王と戦ったマーガレス王がいたね。王に会えば何かが掴めるかもしれないって事かい?」
「そこまでは占いじゃ分からないけど。心当たりがあるなら、そうかもしれないわね」
「ロデム……」
その言葉を聞いて、私はすこしほっとしたのと同時に、少しだけ不思議な気持ちになったの。
もし、ここで道が途切れてしまったたらどうしようって思ってたのもあったから、ほっとしたっていうのもあったけど。
なんて言うんだろう。
私達パーティーが導かれるように、旅をする先が自分達が過去にして来た旅の場所をなぞるように進んでいる。そんな気持ちになったから。
……でも何で、カズトはマルージュで亡くなったのに、私達はどんどん離れているんだろう?
もしかして……ううん。まさかね。
§ § § § §
翌日。
私達はフィネット様の墓碑で祈りを捧げた後、慌ただしくライミの村を後にした。
勿論次の目的地はロムダート王国の首都、ロデム。
迷霊の森を抜けて、すぐ街道に戻った早馬車は、穏やかな天気が続く中、軽快に進んで行く。
「しっかし。あんた達とこうやって長旅する日が来るなんてね。旅自体、
ふと、正面に座り窓から景色を眺めていた師匠がこんな声を掛けてきた。
「師匠が弟子入りした私を鍛える為、修練場に連れて行ってくださった時位ですね」
「あれは近くの山に行った程度だったけど、もうそんな前かい。こんな経験できるなんてほんと、カズト
「そうですね」
師匠の笑みに微笑み返すと、師匠がふっと目を細める。
「……あたしさ。最近ふと思っちまうんだ」
「何をですか?」
「……もしかして、カズトが生きてるんじゃないかって」
予想外の言葉に、皆の視線が師匠に向けられる。
その視線が重かったのか。師匠は苦笑した後、また窓の方に目を向けた。
「……あたし達がいたはずのマルージュで、あいつは死んだと思ってた。ライミの村でエスカがあいつを見た話だって、きっと嘘じゃないだろうさ。だけど、あたし達は遺品のひとつでもありゃケジメが付くのに、そんな物は見つからず、どんどん遠くに向かってる。まるで旅するみたいにさ」
「確かに。死人の遺品がこんな離れた場所にあるというのも不可解じゃな」
「でも、それでは私達が記憶を失った理由が結びつかないわよね」
「カズト、生きてたら、記憶あるよね?」
「どうじゃろうな。我等はカズトが
「でも、私が死んだ魔王の呪いに掛かり続けた事もあるし。呪いの効果だけが残ってて記憶が消えているって可能性もあるよね?」
私達がそんな疑問を交わし、考え込んでいると。
「……別に。そんなの気にしなくていいじゃねーか」
少し不満げに口を尖らせたのはミコラだった。
「俺さ。ワースに色々言ったけど、本当はずっと思ってるんだよ。カズトはきっと生きてるって」
「何故なのですか?」
「……だって、嫌じゃん」
アンナさんの問いかけに、ミコラはぎゅっと何かを堪えた後、私達に目を向けず、天井を見上げながら話し続けた。
「確かにあいつの事さっぱり記憶にねーよ。だけど死んだのも見てねーし、遺品だってねー。どっちか分かんねー時に、勝手に死んだって思うの、何か嫌でさ。勿論死んでるのかもって不安はずっと持ってる。だけどきっと生きてる。いや、生きてて欲しいって気持ちを持ってねーと、もしカズトに逢えた時、生きてるって事すら信じてやれなかったのかって、後悔しそうだしさ」
「……お主も珍しく、ちゃんと考えておるんじゃな」
「うるせー。ルッテはいちいち一言余計だって」
相変わらずの二人のやり取りが場を和ませたのか。私達は思わずくすっと笑うと、馬車の中の空気も柔らかくなる。
「カズト、生きてたら、嬉しい」
「そうね。勿論遺品だけが見つかったりしたら、諦めればいいしケジメもつくでしょう。でも今、まだ答えすら分からない時まで、勝手に死んでいると思い込むのは可哀想だし、申し訳ないわね」
「……そうだね。あたし達が決めつけちゃ、いけないね」
「……はい」
まるで想い出を語るように、皆がそんな気持ちを吐露し、微笑みあった。
……うん。
そうだよね。私だって、心の奥底では思ってるもん。
生きててくれたらいいなって。
そこにどれだけの希望を寄せていいか分からないし、結局亡くなってた時にすごくがっかりするかもしれない。
でも、生きててくれて、記憶を取り戻せて。
彼の事をまた知れたら、喜べるかもしれないし。
……実は、正直ちょっと、ほっとしちゃった。
こんな事思ってたの、私だけかな? って思ってたから。
そして同時に決めたの。
もう少しだけ。せめて答えが出るまで、彼が生きているんじゃって、信じてみようって。
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