第四話:後悔を背負っても
「あのな! 人が死ぬってそんな甘くねーんだよ! 俺達はまだいいさ! 記憶がねーんだからな。だけどシャリアやアンナは覚えてるんだぞ! 俺達が聞いただけで悲しむ程の現実を見て。カズトの言葉も聞いて。それを忘れられねーでいるんだぞ! だからこそ下手な希望も持っちまうし、前を向く為にケジメつけたいって思ってるんじゃねーか! 大体お前のせいなんだぞ! お前のせいでカズトは死んだんだぞ! 俺達があいつを忘れたんだぞ! シャリア達がこんなに傷ついてんだぞ! それなのに他人事なんてふざけんな! 俺達は、俺達だけで笑いたかったんじゃねー! あいつと一緒に笑いたかったんだ! 返せよ! 俺達のカズトを! あいつとの記憶を!」
鼻を啜り、人目を
……私も。キュリアも。ルッテやフィリーネも。本当は皆、そんな気持ちを何処かに持ってたんだと思う。
だけど、言えなかった。
言っちゃいけないって、思ってた。
カズトが命懸けで私達に未来を遺してくれたんだからって、ずっと思ってたから。
「……よく言うたわ。ミコラ」
ルッテが優しい顔で彼女の肩をポンッと叩くと、ミコラはぐっと口を真一文字に結び、俯いたまま武道闘着の袖で涙を必死に拭う。
「
「……そうね。辛い想い出も沢山あるでしょう。だけど、楽しくて。嬉しくて。幸せだった想いも持っていたんだとしたら。きっと、もっと悲しみ、もっと感謝し、もっと彼との想い出を
ルッテとフィリーネが目を潤ませ、そんな思いの丈を語ると、シャリアとアンナさんも切なげな顔で彼女達を見つめる。
『……ほんに。変わり者の
と。
ワースが突然そんな事を言うと、ふっと優しそうな顔で目を細めた。
『お嬢ちゃん達二人が捕らわれておる時。
「……まったく。カズトらしいね」
「……そう、ですね」
感慨深そうに師匠とアンナさんが涙目のまま微笑み、私達も釣られて小さく笑う。
『……どうしてもケジメを付けたいというのなら、ライミの村にでも行くがよい』
「……え?」
突然の言葉に、私が思わず疑問の声を上げると、ワースは笑みを浮かべたままこっちを見た。
『万霊の巫女とやらは、占術もこなせるのじゃろ?
「エスカがかい?」
『そうじゃ。ただし。死者を追うなら覚悟せい。その先でお主らは、より心を痛めるじゃろう。泣きもするじゃろう。それでも、後を追うか?』
凛とした表情に、何処か威厳を感じる雰囲気に、私達は少し緊張したけど。
「今更だね。あたしは覚悟してここに来たんだから。だろ? アンナ」
「……はい。
師匠とアンナさんは物怖じする事なく涙をそのままに、しっかりと見つめ返す。
「ロミナよ。どうするのじゃ?」
「行くに決まってるよな?」
「私、行きたい」
ルッテも、ミコラも、キュリアも。涙を拭うと私に真剣な瞳を向けてくる。
「ですってよ。どう? そろそろマルージュも飽きてきた頃だし、丁度良いんじゃないかしら?」
そしてフィリーネもまた、指で目尻の涙を拭うと、そう言って微笑んできた。
……きっと、真実を知るのって、辛いと思う。
……きっと、現実を知って、泣いちゃうと思う。
……でも。
私は少しでもカズトの事を知りたい。私達を助けてくれた、仲間の事を。
だから、私も心に決める。新たなる旅路を。
「うん。行こう」
『……では、儂との話は終いじゃ。そこのポータルからとっとと出ていくとよい』
はっと気づいて振り返ると、背後に先ほどまで消えていたポータルが存在していた。
……これを潜ったら、旅の始まり。カズトのその先を知る、新たな旅の……。
「ワース。感謝するよ」
『礼はちゃんと望みに辿り着いてからにせい。聖勇女よ。済まぬな。力になれず』
「いえ。道を指し示してくださっただけで十分です」
『そうか。……皆の旅に、絆の女神の加護があらん事を』
にっこりと微笑むワースに頭を下げると、私達は順番にポータルを出て行く。
そして、最後に私がポータルを出た瞬間。
『良かったのう。カズトよ』
愛おしそうなワースの声が小さく聞こえた気がして、はっと振り返ったんだけど。
気づいたらもうそこは五階の広場で、彼の姿を見る事はなかったの。
§ § § § §
翌日。
準備を終えた私達は、師匠の準備したやや大きめの早馬車に乗って、一路迷霊の森にあるライミの村に向かった。
皆で色々話はしたけど、普段より口数は少なく、やや緊張気味。
そこの先何を知ってもいいように、覚悟をしなきゃって思いがきっと、何処かにあったんだと思う。
そして数日後の夕方。
私達は無事、ライミの村に到着した。
既にマルージュでの出来事は村にも伝わっていた事。そして久々にキュリアが戻ってきたから、私達の目的もそっちのけで、いきなり祝宴が村で盛大に開かれちゃって。正直戸惑っちゃった。
でも、これだけ皆が喜んでくれたのは、やっぱり嬉しかったな。
§ § § § §
祝宴の後。
夜。私達は用意して貰った家で、万霊の巫女であり、師匠の旧友であるエスカさんとテーブルを囲い、皆で話をしていた。
「え? カズトが!?」
「……ああ。遺品とかがなかったんだけど、多分ね」
シャリアからカズトの死を聞いたエスカさんは、はっきりと落胆すると、視線をテーブルに泳がせ、こんな事を口にしたの。
「……あのね。一ヶ月位前かな。私、カズトと思わしき人影を見たの」
「え!?」
思わず皆が顔を見合わせると、エスカさんが慌てて何かを否定するように両手を振る。
「あ、あの、ごめん。その……どっちかといえば、幽霊かも。ふっと消えちゃったから……」
「何処で見たんだい?」
「フィネット様の墓碑の前よ。その日の夜、妙に寝付けなくって、何となく気分転換に泉に行ったんだけど。そこで武芸者っぽい後ろ姿を見かけて。血の跡がはっきり残ってるボロボロの道着や袴を着ていたけど、あの背格好は間違いなくカズトだった。だから思わず声をかけたんだけど。そしたら彼ははっと振り返って、そのまますっと消えちゃったの」
消えちゃったんだ……。
それを聞いて、私の心が少し痛んだ。
ボロボロの姿っていうのが確かに幽霊みたいで。
カズトが改めて、この世界にいないんだなっていう気持ちになっちゃったから。
「そこに何か残ってなかったのかい?」
「ええ。何も」
希望に縋ろうとした師匠だったけど、エスカさんが残念そうに首を振ると、皆も少し落胆した顔をしちゃったんだけど。
「……そういえば、先日伺った際、カズトは何を占って頂いていたのでしょうか?」
ふと、アンナさんがそんな質問を投げかけると、エスカさんがより表情を曇らせたの。
「この先の旅についてだったのだけど……。『光を追わねば闇に消え。光を追えば、闇が共に消える』。そうフィネット様が、私の身体を借りて口にしたって、カズトは言ってたわ」
「お母様が?」
「ええ、多分。カズトはそう言ってたけど、実際私は占った時の事、全然覚えていないのよね……」
「光と闇って……もしかして、ロミナと魔王か!?」
ミコラがはっとして驚きの声を上げる。
確かに、フィネットさんが予言したのならそんな気がする。
でも……だとしたら……。
「まさか、カズトはそこまで知りながら、魔王に挑みおったのか?」
「……そうかも、しれないわね。だから最後まで諦めず、私達を追い続けてくれた……」
「……カズト……」
「……くそっ。馬鹿野郎」
皆が奥歯を噛み、ぐっと何かを堪える。
……やっぱり、あなたのお陰なんだね。そんな未来を知って尚、私達を助けようって、頑張ってくれたんだね……。
それなのに、私は……カズトに……。
心が失意に押し潰されそうになった時。
「……なあ、エスカ。悪いんだけど、ひとつ占って欲しいんだ」
まるで悲しみを断ち切るように、師匠が笑顔でエスカさんに声をかけた。
思わず貰い泣きしそうになっていた彼女は、慌てて涙を拭き誤魔化すと、師匠に笑顔を向ける。
「え? あ、うん。いいけど、何を?」
「カズトのギルドカードの行方さ」
「え?」
「私は、あいつの死を見てない。だからまだ覚悟が決め切れてなくってね。もし死んでるにしても、あいつの遺品となりそうな物だけでも形見として手に入れたいんだ。……できるかい?」
笑顔だけれど、何処か真剣な目をした師匠をじっと見つめ返したエスカさんが、こくりと頷く。
「……うん。やってみる。これから時間ある?」
「ああ。ちなみに皆も一緒でもいいかい?」
「構わないけど、あそこじゃ流石に手狭だからここで占っちゃうわ。準備してくるから、ちょっと待っててくれる?」
「ああ。済まないね」
師匠と言葉を交わすと、エスカさんが一度家を出て行ったんだけど。それを見届けた後、師匠は私達に呆れた笑みを見せた。
「あんた達。ワースの所で覚悟したんだろ? 簡単に泣くもんじゃない。涙は、最後に答えが出るまで取っておきな」
「……師匠って、強いですね」
「全然。あんた達の方がよっぽど強いって」
師匠の普段のような雰囲気。
それが強がりかもしれなくても。
私達は、その笑みに心を救われた気がしたの。
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