第三話:死者を追う意味

 その日。

 私達はダラム王に謁見をし、魔誕の地下迷宮を貸しきれないか相談をした。

 お忍びで行けなくもないけれど、魔王を倒して有名人になりすぎちゃって、最近は街の中ですら落ち着いて歩けないんだもの。


 話を聞いたダラム王は、迷う事なくそれを許可してくださり、ジャル様がその手続きを進めてくれた。


 そして翌日。

 私達はこっそりフィリーネのお屋敷の裏口から家を出て、魔誕の地下迷宮へと足を運んだの。

 勿論皆や師匠、アンナさんも一緒に。


    § § § § §


「さて。問題はここだね」


 私達は寄り道すらせずひたすら先に進み、地下五階の広間にやって来た。

 そこにある四つの転移門。

 私達は初めてだったけれど、その不可思議な力は確かに普通の魔力と違うように感じる。


「こっからどうするんだ?」

「ポータルは順番にしか入れない。だからロミナから入って貰おう。前回もカズトが先に進んであたし達が後から入ったけど、ワースの前に出たからね」


 師匠の真剣な顔。だけど何処かこの場所が辛いのか。師匠とアンナさんの表情には影がある。

 私も、もしワースに会えた時どうすればいいのか。正直まだ戸惑いもあった。

 だけど後戻りはしたくなくて、師匠に頷いて見せたの。


「ちなみに会えん場合、どうなるのじゃ?」

「ポータルの向こうに見える部屋に出るだけさ。その時は素直にもう一回ポータル潜ってこっちに戻りな。……ロミナ。準備はいいかい?」

「……はい」


 私は頷くと一度深呼吸する。

 この先、何が待ってるんだろう。

 私はワースと会った時、責める心を抑えられるんだろうか。


 そんな不安を心にしながらも、同時に願ったの。

 ワースに会わせて欲しいって。


 ゆっくり、ポータルに歩み寄る。

 向こうに見えるのは別の部屋の展示品の数々。

 私はゆっくりとそのポータルを潜って行ったんだけど。その先の光景を見た時、私は落胆を隠せなかった。

 そこはポータルから見えていた、展示品が飾られた味気のない部屋と同じだったから。


「……これは、見えていた部屋よね?」

「そのようです。私達わたくしたちが捕らわれた時の部屋では……」

「こりゃ……だめだったか……」

「何だよ。折角気合いいれてたのによー」


 背後から続いて現れた師匠達の落胆の声に、私も振り返る。

 期待していた景色じゃなかったのはやっぱり残念で、少ししょんぼりしちゃったけど、四霊神や宝神具アーティファクトなんて、やっぱりそんな簡単には出会えないよね。


 皆して肩を落としていると。


「キュリア。どうしたのじゃ?」


 キュリアだけがゆっくりと、何も言わずに展示品のある部屋の奥に、すたすたと歩いていく。

 皆が首を傾げその光景を見守っていると、彼女は黒い召魔水晶サモナー・クリスタルのレプリカの側面に回り。


「こっち」


 そう言って、突然召魔水晶サモナー・クリスタルに手をかざした。

 その瞬間。


「……キュリア様!?」

「なっ!? あいつ何処に消えたんだ!?」


 慌てて皆でキュリアがいた場所に駆け寄った瞬間、黒い水晶らしからぬまばゆい光が私達を覆って。思わず私達は腕で光を遮り、眩しさに顔を背け目を瞑ったの。 


「な、何なの!?」

『何なのもへったくれもないわい。まったく。騒がしい』


 フィリーネに応えるように届いた不機嫌そうな老人の声に、私ははっと目を見開いた。

 そこは今までと違う、展示品などなく古さも感じない、だけど遺跡の迷宮らしさをひしひしと感じる静かな部屋。


 そして、私達の視線の先に立っているのは、ひとりの老人。


『何故この道に気づきおった?』

「……何となく」

『何となくで見つけるでない! まったく……』


 キュリアの返事に不貞腐れた顔をした老人……この人が、もしかして……。


「久しぶりだね。ワース」

『お嬢ちゃん達もしつこいわ。儂は言ったはずじゃぞ。もう顔を出すなと』

「ああ。だけどどうしても、あんたにもう一度会いたくってね」


 師匠が真剣な顔で答えると、ワースと呼ばれた老人はため息をき、コツンと手にした杖で床を叩いたんだけど。

 瞬間。彼の背後にひとつの古びた木の揺り椅子が現れて、彼はそのままゆっくりと腰を下ろしたの。

 凄い……一瞬で椅子を呼び出すなんて……。


『で。そこの獣娘けものむすめが飛びかかって来そうな勢いじゃが、一体何用じゃ? また皆で仲良く水晶にでも入りに来たか?』

「これミコラ。気持ちはよう分かるが落ち着け」

「分かってるよ! その代わり、仲間に何かしたらぜってー許さねーからな!」


 牙を向き威嚇するようにワースを睨みながらも、必死に気持ちを堪えるミコラ。彼女は気づいてないけど、ルッテだってその表情に歯がゆさを見せてる。きっと色々言いたいのを抑えてるんだ。


「ワース。あんたも長居されたくないようだし率直に聞くよ。あんた、カズトを何処にやった?」


 師匠の言葉に対し、椅子に腰を下ろしたまま、ワースが前屈みになると、視線を師匠に向けたままため息をく。


『……死者を追って、どうするつもりじゃ』

「あたしのせいであいつを死なせた。そのケジメを付けたい」

『ケジメなぞ、心の問題じゃろ』

「……確かにそうかも知れません。ですが私達わたくしたちは、貴方の遠見の術でカズトの一部始終を見させていただいたものの、あの方の命が消え、その身が消える姿を見る前にこの部屋を出されてしまいました。それでは、命を落とされたかもわからないのです。もしかしたら生きている……そんな希望を、持ってしまうのです……」


 小さな嗚咽と共に、堪えきれずアンナさんが涙する。

 ……確かに。私達には分からない。カズトが本当に死んでしまったのかも。

 それでも割り切らなきゃって思うけれど……きっと二人は今でも記憶があるからこそ、より強い後悔と未練があるんだよね……。


 ……私は聖勇女。

 私に、宝神具アーティファクトを使う資格があるのだとしたら……。

 私はひとつ決心すると、真剣な顔でワースに向き直った。


「ワース。あなたの力を、聖勇女である私に貸してくれませんか?」

『何をする気じゃ?』

「きっと、カズトは亡くなっていると思います。私達パーティーのカズトとの記憶が消えているんだから。でも、それならせめてカズトの遺品だけでも回収したいんです。だから……そこまで、私達を転移して貰えませんか?」


 じっと何かを見定めるように、私に視線を向けてきた彼だったけど。小さくため息をいた後、顔に見せたのは申し訳なさだった。


『……本来なら聖勇女の頼み。力を貸すべきやも知れん。じゃが、今は無理じゃ』

「何故ですか?」

『……お主らを助ける為、カズトにこき使われたのでな。今の儂には、転移の宝神具アーティファクトとしての力はないに等しいのじゃよ』


 ふぅーっと長い息を吐くと、ワースは視線を逸らし俯いた後、上目遣いにこっちを見る。


『良いか? 彼奴あやつは戦いの中、死すら受け入れおった。お主ら聖勇女達を苦しめたくないからこそ、忘れられる覚悟を決めてな。遺品じゃなんじゃと言うが、聖勇女の言う通り、奴が死んだからこそ記憶を失った。それでケジメとせんか? でなければカズトとて報われまい』


 ……ワースが改めて突きつける現実に、私達は思わず俯く。

 きっと死が視えた時、カズトは色々な覚悟をしたんだよね……。


 師匠とアンナさんも、悲しげな顔で俯くと、悔しそうに唇を噛む。けど、反論なんてできなくって。

 誰もが何も言えず、押し黙った時。


「ふざけんな……」


 ぽつりと、ミコラが口を開いたかと思うと。


「ふざけんなよ!」


 悔しそうに天井を見上げ、強く叫んだの。

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