第二話:絆は繋がる?

「済まないね。あんたの家で世話になるなんて」

「お気になさらないでください。何時もお世話になっておりますし。まさか我が家にまでログマを届けてくださるなんて」

「折角来るんだし、初の交易だからね。記念だよ」


 私達はフィリーネの家の食堂で、皆でテーブルを囲み、出されたタルトと紅茶を堪能していた。

 林檎を使ったこれ、甘味が程良くって凄く美味しいんだよね。


「メイドであるわたくしまでおもてなし頂けるなんて、大変恐縮にございます」

「いいのよ。アンナも客人なのだから、今日位ゆっくり羽を伸ばしなさい」

「そうじゃぞ。後でミコラに追い回されそうじゃしな」

「うるせー!」


 嫌味を言ってにんまりするルッテに、べーっと舌を出したミコラが不貞腐れながらケーキを頬張る。

 その光景に、皆がくすっと笑うと。


「……あんた達。ちゃんと吹っ切れたみたいだね」


 シャリアが目を細め、微笑んできた。

 勿論、その言葉の意味はわかってる。


「はい。師匠のお話をダラム王から伺って、忘れてしまった記憶を知りましたから」

「まったく。あの王も口が軽いんだから。……悪かったね。辛い想いさせただろ?」

「いいえ……とは流石に。でもお陰で私達は、忘れてしまっていたカズトの事を知ることができましたから」


 少しだけ胸が痛むのを堪えて、私が笑みを見せると、師匠もふっと淋しげな笑みを浮かべた後、こんな事を聞いてきた。


「……ロミナ。あの時の事を思い出させて悪いんだけどさ。ひとつだけ教えてくれるかい?」

「あの時、ですか?」

「ああ。魔王と戦い終えた後の事だ」

「あの時って言っても、血溜まりこそありましたけど、他に誰もいなかったって事位しか……」


 強い視線を向けられ戸惑いながらも、私は覚えている事だけを口にする。


「あんた、カズトの名前すら知らなかったんだよね」

「あ、はい」

「って事は、その場にギルドカードとかも残ってなかったって事かい?」

「え? あ……」


 思わず私はパーティーメンバーと顔を見合わせる。


「私が見渡した限り、そんな物は何も……」

「俺もそんなの見てないぜ」

「命を失い身体が滅べば、確かにそこに何かしか残るはずじゃな……」

「カズト、生きてる?」

「でも待って。カズトが死んでパーティーを離れたからこそ、私達の記憶から消えたはずでしょう? それとも、ロミナが彼を追放したとでも言うの?」


 フィリーネの疑問に、アンナさんが口を開く。


「……わたくしとシャリア様が最期に見た皆様の姿は、ロミナ様達がカズトの記憶から消えるのを嫌だと仰ったあの時まで。ですが、ロミナ様がカズトをパーティーから外すようなお話など、するとは思えませんでした」

「だからあたしの見立てでは、カズトは死んでるけど、肉体が消える前に何処かに移された。そんな気がしてる」


 真剣な顔で話す師匠だけど……でも待って。


「……師匠。私が一ヶ月前に師匠と最後に会った時、師匠達もカズトが死んだと思っていましたよね?」

「……ああ、そうだね」

「それが何故急に、そんな風に思い立ったんですか?」


 そう。

 あの時の師匠って、本当に痛々しい位に強がって、落ち込んでた。

 絶望しか感じなかった位。それなのに、何故今こんな疑問を呈したのかが分からなかったの。


 私の問いかけに、師匠は真剣な瞳のまま。

 その目をじっと見ていると分かる。この目は昔から見せる、前向きな師匠の目……。


「恥ずかしい話。魔王との戦いを見届けた時、あたし達はあいつを死なせたってショックで憔悴しきってて、そんな事すら気づけなかったのさ。だけどウィバンに戻ったその日。あたしとアンナは夢を見たんだ」

「夢?」

「ああ。しかもまったく同じ夢をね」

「どんな、夢なの?」


 不思議そうに首を傾げたキュリアの反応に、


「シャルムが夢に出てきたのさ」


 少しだけ遠い目をしながら、師匠が語り始めた。


「あたし達二人の前でシャルムが言ったんだ。『カズトはきっと、姉さん達の事を責めなんかしないよ。だから前を向いて。そうすれば、絆は繋がるから』ってさ」

「絆は繋がる? どういう意味だよ、それ」

「さあ。正直今でも分からない。だけど翌日その話を二人でした時、アンナがはたと気づいたんだ」

「何をじゃ?」

「カズトの宿の荷物です。私達わたくしたちが宿を引き払う際に一緒に預かったものの、私達わたくしたちはカズトを思い出す辛さから、ずっと目を背け、見る事をしなかったのです」

「だからあたし達は意を決して、鞄やらの中身を確認してみたんだけど。そこにギルドカードなんかはなくってさ。それでやっと気づいたのさ」

「そうは言ってもよー。誰が死体をどっかにやったんだ? それにそんな事した所で、何かできるもんなのかよ?」


 ミコラの疑問も最もだよね。

 正直、私もその答えがさっぱり思い浮かばないもん。

 師匠も流石にその言葉には表情に影を落とす。


「まあ、理由はさっぱりわからないね。けど、やれるか否かって言ったら、やれる奴が一人だけいる」

「……転移の宝神具アーティファクト、ワースじゃな?」

「そういう事」

「でも、それを知ってどうするの? カズトは死んでいるのでしょう?」


 フィリーネがそう尋ねると、師匠の表情が歪む。

 それは一ヶ月前に見た、あの時と同じ顔。


「……あたしはね。まだ、悔やんでるのさ」


 組んだ両手をテーブルに付き、やや前のめりになった師匠は、視線をテーブルの上に向けるとふぅっと息を吐くと、ぐっと手に力を込め、何かを堪える。


「あたしがカズトの言う事を聞かず、不用意に仕掛けたその一回で、あたしはあいつやあんた達の運命を狂わせちまった。あんた達共々カズトを苦しませ、魔王にまで挑ませて、結果死なせちまった。カズトに勝手に『シャルムと旅する夢を見させな』なんて言っといて。シャルムと同じように、あたしのせいで死なせたんだ。……それが、許せないのさ」


 ぎゅっと唇を噛む師匠に、隣に座るアンナさんも寂しさに身を震わせてて。その二人の姿に、私達も釣られてしんみりとする。

 私達は忘れてしまっていて聞いただけ。でも、師匠とアンナさんは、それを見続けた。だからこそきっと、もっと辛いんだと思う。


「……ですが、きっとカズトは仰ってくださるはずです。笑って欲しいと」

「……そう。だからあたしはケジメをつけたいんだ。死んだなら死んだ事実を見届け、ちゃんと受け入れたいのさ。ロミナとカズトが、シャルムをあたしの元に帰してくれたように。あいつにも、せめて帰って来て欲しいからさ」


 涙は見せず、何とか笑う姿に、私の心も強く痛む。

 私も、ワースの呪いがあったとはいえ、自分の不安でカズトをパーティーに入れようとせず、魔王を倒してなんて言っちゃった。

 私があんな事言わず、皆の意見を聞いてすぐパーティーに入れていたら……。


「……ロミナ」


 不安そうに覗き込んできたキュリアの声にはっとした私は、自分が酷く落ち込んで、歯を食いしばっていた事に気づく。


「あ、うん。大丈夫だよ」


 私は何とか微笑み返すと、キュリアも安心させようと微笑んでくれる。


 ……うん。

 私は笑おうって決めたんだもん。

 ちゃんとしなきゃね。


「……なあシャリア。ワースに会う当てはあるのか?」


 随分と真剣な顔でミコラがそう尋ねると、師匠はきょとんとした顔をする。


「どうしたんだい? そんな顔をして」

「いや。ワースに会えるんだったら、一緒に付いていきてーなーって」

「どうしてだい?」

「決まってんだろ。ぶん殴る」


 そう言うと、ミコラは少し歯がゆそうな顔で、拳とてのひらをぱんっと合わせたの。


「確かに試練だった。きっとカズトが選んで、覚悟もした。けどよ。やっぱ許せねー。あいつのせいで俺達はカズトを傷付けたんだ。あいつのせいでカズトを憎んだんだ。カズトをそこまで傷つける試練じゃなくたってよかったじゃねーか。だから、一発ぶん殴らないと気が済まねー」

「……相変わらず、お主は馬鹿じゃの」

「じゃあおめーは許せるのかよ!?」

「許せる訳なかろう」


 少しずつ熱くなったミコラに対し、茶々を入れたルッテが呆れる。


「じゃが、理由は異なれど、それでシャリアやアンナは捕らえられたのじゃ。お主が敵う訳あるまい」

「うるせー! やってみねーとわからねーだろ!」

「それに大体お主みたいに喧嘩っ早い奴を連れて行っては、ワースとて会いたくもなくなるじゃろ。我が同じ立場なら、一生顔など出さんわ」

「ぐっ……」


 流石のミコラもそれを言われるとぐうの音も出なくって、思わず悔しげに黙り込む。

 そんな二人のやりとりを見ていたシャリアがくすっと笑う。


「まあ、殴れる以前に、会えるか分からないさ」

「どうして?」

「ワースはカズトに興味を示したからさ。あたし達は一緒だったから偶々たまたま出会えただけ。最後だってカズトの死を見せまいとしたのか。突然『もう顔を出すな』って言葉を残して迷宮の広間に戻されたしね。行っても会ってくれるとは思えない」


 シャリアが肩を落とすと、問いかけたキュリアも残念そうな顔をする。いえ。それはアンナさんも、皆もそうだったんだけど。

 そんな中、フィリーネがはっとすると、私を見たの。


「ロミナ。辛いかも知れないけれど、私達も付いて行きましょう」

「え? どうして?」

「……奴も、宝神具アーティファクトじゃからか」

「ええ。宝神具アーティファクトを試練もなく使えるのは、世界を背負う聖勇女か魔王のみと、以前ディアが教えてくれたわ。であれば貴方は宝神具アーティファクトを使うだけの資格があるはずだし、ワースが興味を示し、出会える可能性もあるかもしれない」


 私が、ワースに会う……。

 カズトに試練を与え、呪いで私にカズトを嫌いにさせ、傷つけさせ、命を奪うきっかけを生んだ相手に……。


 その人が私に興味を持つのか。そんな疑問の前に、私は思ってしまう。

 ワースに会った時、私は許せるのかって。


 ……でも。

 同時に思ったの。

 師匠がカズトがどうなったのかを知りたいように、私もカズトの事が知りたいって。


 心で少し迷い、ひとつ息を吐いた私は。


「……うん。行こう」


 そう、決意したの。

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