第一章:聖勇女達の後日譚
第一話:時は過ぎて
祝典を終えてから約一ヶ月半。
私達はフィリーネ一家のご厚意もあり、今もマルージュに滞在していた。
本当は、旅に出ても良かったんだけど。
やっぱり、今でもちょっとショックが大きいっていうか……ここを離れたら、カズトとも離れ離れになるんじゃって感じて、踏ん切りが付かなくって。
結果的にある約束も出来て、旅に出そびれちゃったの。
私達パーティーの生活は、約一ヶ月半経ってもそれ程変わっていない……って、言いた所だけど。
祝典で語った
それは、
皆が正体を知らない事をいい事に、我こそが
しかも、
……私は、悪戯にそういう人達を増やしたかった訳じゃないのに。
何かカズトが侮辱されているみたいで、私達は凄く複雑な気持ちになっちゃってた。
でも、流石に誰も
だから、各国の人達はそんな酷い人達に取り合わなかったし、冒険者ギルド側も下手な混乱を招かないよう、
だけど、未だに私達が
今でもそんな人達への対応はちょっと大変なんだよね……。
今、フィリーネの家の住み慣れたこの部屋でテーブルについているのは私、キュリア、フィリーネの三人だけ。
ルッテとミコラはその件で表に出ているんだけど……。
「まったく。ほんに面倒じゃのう」
「いいじゃんよー。俺は最高だぜ! 気晴らしになるしな」
勢い良く扉を開けて入ってきたのは、ルッテとミコラ。少し疲れた顔でため息を
「お帰りなさい。どうだったのかしら? 今回は」
「当たりなどおる訳なかろう。ただ働きも楽ではないわ」
「確かに、今日は肩慣らしにもならなかったもんなー」
「お疲れ様。お菓子、食べる?」
「お! やっりー! いっただっきまーす!」
本当にミコラは元気ね。キュリアが差し出したクッキーの器を見て、ささっと席に着くと満足そうに口にしてる。
彼女達が何をして来たのか。
それは
名乗りを上げた者を闘技場に集めて、相手側にパーティーを組ませて、より強い加護を得るかを確認するんだって。
以前私が魔王の呪いに掛かってた時、ルッテが
そこで二人がちょっとだけ全力を見せたら、殆どの人達は縮み上がって逃げちゃうみたい。
まあミコラはあまり手加減しないし、ルッテも怒らせると怖いから、相手からしたらきっと怖いだろうけどね。
ごく稀に情に訴えてくる人もいるみたいだけど、そういう人達は大体ルッテに論破されて終わり。
でも、ほんと。本意じゃない話で、こういう身にならないやり取りするのって、結構疲れちゃうんだよね……。
そういう意味じゃ、何かと頑張ってくれてる二人に頭が上がらないかも。
最近はこの試験も随分と有名になって、街にいる人で名乗り出る人はいなくなったけど。他所の街から来る冒険者なんかはそれを知らずに下手に名乗ってくるから、今でもまだこういう事をする羽目になってるの。
……うーん。
これだったら旅をしてた方が気ままなのかな?
でも……どこか旅に出たいって気持ちも、あまり沸かないんだよね……。
「しかし……記憶にはないが、あやつは我とロミナを助ける旅をしたのじゃろう? 我の眼鏡に掛かったのじゃろうか?」
空いた席に腰を下ろしたルッテがふっと笑みを浮かべると、フィリーネが彼女に微笑み掛けた。
「そうね。貴方が相手の実力を見誤る訳ないもの」
「うん。きっとそうだよね」
私も釣られて笑みを向けると、少しだけカズトに想いを馳せる。
別に意識しているつもりはないんだけど。
あれから私達は、会話の端々で記憶にないカズトについて口にするようになっていた。
……確かに語り継ぐって決意したけど。
何となく名前を口にしてないと、彼を忘れていってしまいそうだから。
「ねえ、ロミナ」
「どうしたの? キュリア」
「今日、シャリア、来るの?」
「あ。そういえば伝書でそんな事言ってたね。遅れるって話もないし、予定通りならそろそろ到着するかな?」
キュリアの言葉で思い出した。
今日は師匠が初めてこの街との交易に訪れる日なの。
……私は祝典の後、師匠に伝書を送ったの。
ダラム王から師匠の話を聞いて、カズトっていう武芸者が私達を助けて、命を落としたのを知った事。
師匠と同じく私達も後悔している事。
そして、それでも彼の為に笑おうって決めた事を。
そうしたらね。師匠も返事をくれたの。
今でもまだ後悔している事。
だけど自分は大商人。皆の生活もあるから落ち込んでいられない事。
そして、今度また交易でマルージュに向かうから、旅に出ていなければ一度会おうという言葉もあった。
別れた日。元気がなかった師匠を見たのが最後だったから、ちょっと不安になって、師匠と会おうと思ってマルージュに残ったんだけど。
予定ではキュリアの言う通り、今日マルージュに到着する日なんだよね。
「元気だと、いいね」
「うん。そうだね」
私が不安そうな顔をしたのに気づいてか。キュリアが安心させるように微笑んでくれる。
受け答えは相変わらずだけど、最近彼女は随分感情を顔に見せるようになった気がする。
師匠もこんなキュリアの表情を見たら、驚いてくれるかな?
§ § § § §
その日の午後。
フィリーネの家の方より師匠の率いた商隊が到着したと聞き、私達五人は家を出ると、倉庫街に足を運んだ。
普段は静かな場所だけれど、こうやって交易の品が運び込まれる時は、人も多くて活気もあるんだよね。
馬車から荷物が降ろされ、台車で倉庫に運び込まれていく中。そのやり取りを役人さんと見つめ、何かを会話しているのは──師匠だ。
そのすぐ側には、何時の通りのメイド服姿のアンナさんも立っている。
二人の顔色は悪くないし、師匠がお役人さんと話してる時も、普段見せてる笑顔。
……良かった。
以前よりは全然元気そう。
ひとしきり話を終え、契約書にサインを書いて握手を交わすと、役人さんが笑顔で去っていく。
と。その時アンナさんがこちらの姿に気づき、笑顔で頭を下げてくれた。
「ん? お、ロミナ達じゃないか」
アンナさんの反応に気づきこっちを見た師匠が、笑顔で手を挙げると、私達は通り過ぎる台車を避けつつ、小走りに二人の元に走り寄った。
「師匠。お久しぶりです」
「ああ。お久しぶり。元気にしてたかい?」
「はい。お陰様で。師匠は……」
「私かい? ああ、元気にしてるよ。今日の商談も良い話を貰えたしホクホクさ」
……うん。この感じ、普段の師匠っぽい。
なんていうか、この間より何か吹っ切れた感じがしてる気がする。
「アンナ。お久しぶりね。元気にしてた?」
「はい。フィリーネ様や皆様もお変わりなさそうで安心しました」
笑顔で微笑んだアンナさんに、私達も笑みを返していると、一人うずうずしていたミコラが堪らず声を上げた。
「なあなあアンナ! 落ち着いたら手合わせしようぜ! 久々にさ!」
「これミコラ。二人ともマルージュに着いたばかりで疲れておるに決まっておろうが。少しは空気を読め」
「だってよー! 最近はロミナも稽古に付き合ってくれねーし、カズトの偽物殴ったって物足りねーしさー」
両手を頭の後ろに回し不貞腐れる彼女を見て、アンナさんもくすくすと笑い、師匠も呆れた顔をする。
「後は仲間に任せられるし、折角だ。何処かでデザートでも食べながら、ゆっくり話でもするかい?」
「お! それいーねー! ちょっと腹減ってきてたんだよなー」
「ミコラ。食い意地、張りすぎ」
「さっきまで稽古稽古言うておいて、流石に
「だってさー。ルッテが二人が疲れてるって言ったしさー。あー残念だなー。まあでも、美味しいもん食ってたらゆっくり休めるしさー。仕方ないよなー」
悪ふざけするように話すミコラに、少し不貞腐れるルッテ。
そんなやり取りに私とフィリーネは顔を見合わせると、思わずくすりと笑う。
……なんとなく、ウィバンにいた時みたいな楽しい時間。
そんな懐かしさを感じて、私は少しほっとしたの。何となく私達の日常が戻ってきた感じがしたから。
でもね。
その時は全然思っていなかったの。
この再会が、新たな始まりだったなんて。
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