エピローグ④:仲間だからこそ

 語られていく話に、私達は言葉が出なかった。


 師匠とアンナさんが四霊神ワースに捕らわれ、カズトはその試練として私達のパーティーに加わらなければならなかった事。


 試練で課された呪いで、私達は彼をカズトと思えないまま、酷く嫌い、傷つけた事。

 それでも諦めない彼に、私は行方不明事件を解決したらパーティーに加えると条件をつけた事。

 彼は必死に事件を追ったけど、犯人に辿り着いた時にはもう遅かった事。


 魔王が復活し、魔王の眼前で捕えられた私達の前に、彼が一人で姿を現し、私の科した魔王を倒せという無謀な条件に挑んだ事。

 それを成せず、傷だらけになりながらも、彼はパーティーに入れて欲しいと願い、私が彼をパーティーに加えた事。


 結果。

 彼は師匠達を助け、私達に力を貸し。

 魔王を倒したのを見届けて、命を落とした事。


 ……そんなの、全く覚えてない。

 酷い事をした記憶も。助けられた記憶も。

 だけど、あの時床に残った血溜まりを思い出した時。これが、嘘だなんて思えなかった。


 ……つまり。

 カズトが死んだのは。死なせちゃったのは。

 私達の……いえ。私のせい……。


 私はあまりのショックに、無意識に涙を見せてしまっていた。


 私がもっと早く彼を受け入れていたら、カズトは助かっていたかもしれないのに。

 私は、とても酷い事をしちゃった……。まるで彼を見捨てるみたいに……。


 しかも、そこまで私に傷つけられても私達を助けてくれた相手なのに。

 私は全く覚えてない。まるで、罪から逃れたみたいに……。


「……何で俺達……そんな大事な事、全く覚えてないんだよ……」


 同じく涙を見せながら、悔しそうに呟いたミコラに、ダラム王はひとつため息を漏らす。


「彼こそが、忘れられ師ロスト・ネーマーだったからだ」

忘れられ師ロスト・ネーマー、じゃと?」


 力なく返されたルッテの言葉に、ダラム王はしっかりと頷いた。


「そうだ。だからこそ、カズトとパーティーを組んだ貴女等きじょらは魔王をも凌駕する力を発揮し、あの男が命を落としパーティーを外れた時、彼との記憶を失ったのだろう」

「でも……何故カズトは私達の為に、そこまで命なんて掛けたの? 幾らなんでも魔王相手に一人で挑むなんて、無謀過ぎるじゃない……」


 俯き、涙声でフィリーネが悔しげに口にする。

 だけど国王は、落ち着いた表情のままこう言ったの。


「あの男にとって、貴女等きじょらこそ、真の仲間だったからであろうな」

「私達が、仲間?」


 涙目のままぽつりと口にしたキュリアに、無言で王が頷く。


「ロミナ殿。もし貴女きじょが謁見の間で、我が家臣より仲間を侮辱されたとしたら、仲間の為に叫ぶ覚悟はあったかね?」

「……いえ。辛いですが、そのような不敬は、流石に……」

「そう。それが正しい。そして実際ロミナ殿はあの日その選択をした。だが、覚えておらんであろうが。カズトは貴女等きじょらの名誉の為、侮辱した者に対し強く叫びをあげたのだ」

「は!? そいつはそんな事やらかしたのか!?」


 思わず驚いたミコラに、ダラム王は頷く。


「あの時の叫びは壮快だった。まさかその後、余の家臣に刀で一撃を喰らわすとは、思いもよらなかったがな」

「そこまで酷い不敬を、カズトとやらは我等の為にしたと?」

「うむ。無論、余はその想いを汲み取り、あの男を咎めはしなかったがな。仲間として歩み、苦楽を共にしたからこそ。その侮辱を許せなかったのであろう」

「……そんな以前から、私達はカズトとパーティーを組んでいたと言うのですか?」


 私はその時の事すらも、何も覚えていない。

 だからこそ、思わずそう尋ね返してしまう。


「そうだ。当時の事は余がよく覚えておるからな。ただ、貴女等きじょらの優しい気遣いで、魔王との決戦直前に一度パーティーを去ったと本人より聞いておるし、その後ロミナ殿の呪いを解く為に奔走したという話もシャリア殿から聞いておる」

「は!? 嘘だろ!? あの時、俺とフィリーネとルッテの三人だけで旅をしたはずだぞ!?」

「きっとその時も、カズトなりに理由あってパーティーを組み、離れたのであろうな」


 私は、それだけ彼に命を救われながら、その全てを忘れている……。

 しかも、そこまでの恩人であるはずの彼を、私は傷つけてしまっていたなんて……。


 募る切ない想いに堪えられなくなって、私はまた泣いてしまう。

 皆もそう。無力さと後悔のせいか。涙と共に、悔しそうな顔で俯いてた。


 今なら師匠が辛そうだった気持ちも分かる。

 きっと私達と同じなんだ。自分のせいで、カズトが死んでしまったんだって、後悔したんだ。


 ……私は、聖勇女パーティーとして、この五人で頑張れてるって思い込んでた。

 だけど……現実は、そんな事なかった……。

 私は大事な人を忘れて、自分の都合のいい今だけを見てたんだ……。


 あまりのやるせなさに、私達がただ涙していると、ダラム王は寂しげな笑顔で、語りかけてきた。


貴女等きじょらが己を責める気持ちも分かる。だが、悔やんでやるな」

「でも! 私達は彼を助けられなかった! 彼に頼ってばかりだった! そんな大事な人を傷つけるだけ傷つけて! 覚えてすらあげられなかった! 罪すら忘れてしまった! 私は、そんな自分が許せる気がしない!」

「……だがあの男は、ロミナ殿がそうやって苦しむ事を望んでおらんだろう」

「何故そんな事が分かるの!?」


 私はもう、不敬すら忘れ泣き叫んでいた。

 だけど、ダラム王はそれでも気丈にこう言ったの。


「……シャリア殿から聞いたのだ。捕らわれた彼女等を助けるために受けた、宝神具アーティファクトの試練。そのせいでカズトは貴女等きじょらに嫌われるようになった。だが、そこから最期の魔王との戦いで命を落とす間際まで。シャリア殿や貴女等きじょらを責めなかったそうだ。たったの一度もな」


 それを聞き、私は目を見開く。

 そんな……そんな事、ある訳……。


「あの男は死に間際も、皆を勇気づけ、励まし、謝り。そして心が傷ついた貴女等きじょらに、そんな物は忘れるから安心しろと、告げていたそうだ」

「……彼奴あやつは我等の心の傷を消し去るべく、命を落としたとでも?」

「いや。きっと生きたかったに違いない。大事な仲間と再会したのだからな。だが、死が視えたからこそ。慰める事もできなくなるからこそ。忘れられるのを喜んだに違いあるまい。あの男は、そういう男だ」

「くそっ! だったらちゃんと生きれば良かったんだ。俺達だけ助けて消えるなんて卑怯だろ! 俺達ばっかり助けられて、何も返せないんだぞ!」

「そうよ! そこまでしてもらったのに、私達は彼を覚えていないなんて! そんなの、あんまりだわ……」

「カズト……きっと、優しかったの。……でも、それなら、一緒にいたかった……。サヨナラ、嫌だった……」

「……そうじゃな。愚痴のひとつも言ってやりたいが、側にいないのではな。まったく。酷い奴じゃ」


 悔しげに。口惜しげに。寂しそうに。切なそうに。皆が、涙を隠さずに声を出す。

 でも、それに応える声なんてなくって。私達はただ、そこで涙する事しか出来なかった。


 嗚咽と涙ばかりが支配して暫く。


貴女等きじょらに、頼みがある」


 ぽつりと届いたダラム王の言葉に、私達はゆっくりと顔をあげる。


貴女等きじょらは確かに忘れてはいた。だが、今カズトという仲間を知ったはず。だからこそ、今語りし事を忘れずにいてやってくれ。そして、できれば笑ってやってはくれまいか。あの男が望んだのはきっと、皆の涙ではなく、皆の笑顔。そんな気がするのでな」


 ダラム王がそう語り終えた、その時。


  ── 「今まで、ありがとな」


 そんな優しい声と共に、ふっとを脳裏に過った人がいた。


 黒髪の、優しそうな武芸者。

 彼は涙を流しながらも笑顔を見せ、そのまま踵を返し手を上げた後、扉を開け部屋から去って行く。


 たったそれだけの、ほんの短い記憶。


 それが何時、どんな時の光景だったのか。

 そこにいた彼が誰なのか。

 私には思い当たらないし、何で思い出したのかも分からない。


 だけど……きっと彼がカズトじゃないかって、何となく思ったの。


「……あれ、カズト?」

「キュリア。貴女も何か視えたの?」

「うん。泣きながら、笑ってる人」

「は? お前もかよ!?」

「ミコラ。まさかお主もか?」

「ああ。黒髪の武芸者。見覚えは、ねーけど」

「確かに、この男性と出逢った記憶はないわね。ロミナは?」

「……うん。私も視えたし、声も聞こえたよ」

「我等が皆、同じ者の姿を思い浮かべるとはのう……」


 思わず茫然と互いの顔を見合わせていると、ダラム王は少し唖然とした後、ふっと笑みを浮かべる。


「……その容姿風貌こそ、間違いなくカズト。どうか、覚えてやっておいてくれ。貴女等きじょらを仲間と信じ続けた、忘れられ師ロスト・ネーマーだった者の事をな」

「……はい」


 私達は、王の笑顔に涙を拭うと、しっかりと頷く。


 ごめんね。

 忘れてしまって。


 ごめんね。

 傷つけてばかりで。

 助けてあげられなくて。


 だから、せめて忘れない。

 ほんの僅かな記憶と、聞いた話でしか心に留めておけないけれど。

 語ってくれたダラム王も、師匠も信じているから。


 だからカズト。

 あなたの事、ずっと覚えておくよ。

 大事な仲間として。

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