エピローグ⑤:忘れられ師の英雄譚

 あれから二日後。

 魔王を討伐した祝典が、マルージュ城前の広場で大々的に行われた。

 広場前には多くの人達が集まっていて、とても賑やか。


 そんな中、ダラム王が先に、広場が見渡せる城のバルコニーより顔を出した。

 皆が盛り上がる中、「静粛に」と場を収めたジャル様の言葉の後。静まり返った人達を前に、ダラム王が直々にこの度の事件の顛末を語ると、


「この度の不手際。本当に済まなかった」


 と、深々と頭を下げた。


 予想外の事に広場が少しの間静まり返ったものの。直ぐに王の名を叫び、王を慰め、賞賛する声があちらこちらからあがる。

 マーガレスもそうだけど。こういう時にこそ、その人がこれだけ国民に愛されてるって強く感じるよね。

 

「では、この街を──いや。この世界を改めて救った、聖勇女一行をご紹介しよう」


 ダラム王が横にはけると、私達をバルコニーに促す。

 私達は互いに笑みを交わし合った後、横一列に並び、一緒に歩み出た。


 皆が同じ純白のドレス。

 前は普段の装備のままだったんだけど、今回はフィリーネのご両親がこの方が良いって、私達の分までこれを用意してくれたの。


 確かに聖勇女っぽい雰囲気はあるけど、控室でずっとミコラが、


  ──「動きににくくってたまんねーぜ」


 なんて言ってたのは、ちょっと同感だったかも。


 私達がバルコニーに姿を見せると、広場が一気に最高の盛り上がりを見せる。


 眼下に見える多くの人達が、各々おのおのに私達の名を呼んでくれるのはちょっと気恥ずかしかったりもするけれど、一度同じような祝典を経験していたし、そこまで緊張はなかったかな。


「静粛に。では改めて、お一人ずつご紹介させていただきます」


 再び場を制したジャル様が、私達を順番に呼び始めた。


「古龍術師、ルッテ殿」


 一歩前に出て、落ち着いた動きでドレスの裾を摘み、静かに頭を下げるルッテ。


「万霊術師、キュリア殿」


 一歩前に出たキュリアは、小さくぺこりと会釈する。


「聖魔術師、フィリーネ殿」


 一歩前に出て、ルッテ同様ドレスの裾を摘み、優雅に頭を下げたフィリーネ。

 流石に故郷の天翔族だけあって、歓声が一際大きくなる。


「武闘家、ミコラ殿」

「いえーい!」


 ミコラは一人、普段通りお転婆感満載のガッツポーズ。

 流石に住人の方々から笑い声が漏れたけど、子供達なんかは釣られてガッツポーズしてて楽しそう。


「そして。聖勇女、ロミナ殿」


 最後に名を呼ばれた私がルッテやフィリーネと同じように丁寧にお辞儀をすると、多くの歓声が聞こえてきた。


「では、一行のリーダーであり、聖勇女であるロミナ殿より、一言頂いてもよろしいでしょうか?」

「……はい」


 私は更に一歩前に出ると、バルコニーの手摺りの前に立つ。

 温かな日差し。柔らかい風。皆の歓声。

 何処か夢心地にも感じる世界を見ながら、私はゆっくりと、思いの丈を語り始めた。


「……この度私達は、残念ながらその記憶を利用され、魔王を蘇らせる手助けをしてしまう事となりました。ですが、何とか復活した魔王を倒せた事にほっとしています」


 この言葉に皆の歓声が強くなったけど、


「ただ……この勝利は、私達だけで成し得たものではありません」


 次に私がこう言うと、皆が一気にざわめいた。


「私達は魔王との戦いで、普段以上の力を発揮し、誰一人怪我をする事なく魔王を圧倒しました。ですが……その戦いの場には、激しい血の跡も、ありました。共に戦った者なんて、私達の記憶にはないのに。それは本当に、激しい戦いを物語った……命が消えてしまったのではと思う程の血が、ありました」


 少し声が震えてしまって、私は一度深呼吸して心を落ち着ける。

 うん。今は、泣いちゃだめ。

 彼はきっと、笑顔でいて欲しいんだから。


「……私達はきっと、そこにいたであろう英雄に助けられた。だからこそこうやって、魔王を倒しここに立てているのでは。そう思いました。でも、残念ながら、私達はその英雄の名も、顔も、覚えていないのです。……この事実に気づいた時、私達は思いました。きっとそこにいたであろう仲間こそ、忘れられ師ロスト・ネーマーなのではないかと」


 その言葉に、街の人達が大きくざわめく。

 きっとそうよね。忘れられ師ロスト・ネーマーなんて、噂だけの存在だもの。


 でも、違うの。

 彼は存在したの。

 私達も忘れてしまったけれど。

 でも。間違いなく、そこに存在したの。


「そこに流れていた血が、もし忘れられ師ロスト・ネーマーのものだとしたら。その人はきっと、私達やこの国を……いえ。この世界の人々を救う為、必死に、命がけで戦ってくれたのだと、思います……」


 ……やっぱり、声が震える。目が潤む。

 悔しさが、心に募る。寂しさが心に募る。


 でも、私は聖勇女。

 だからこそ、最後まで語らなきゃ。


「残念ながら私達は、その者の生死すら知りません。もしかしたら命を落としているかもしれませんし、笑顔で世界を旅しているかもしれません。ただ、皆様に忘れて欲しくないのです。魔王から私達を救ってくれた忘れられ師ロスト・ネーマーがいてくれたからこそ、私達が魔王を倒せたという事を。……どうか。この英雄譚に存在した、忘れてはならない者を、皆様も語り継いでください。ずっと。何時までも……」


 ……ごめんね。カズト。

 私、やっぱり寂しい。

 やっぱり悔しい。


 あなたを覚えていない事が。

 あなたを沢山傷つけた事が。

 あなたに沢山感謝を伝えたいのに、伝えられない事が。


 だから、こんな晴れ舞台なのに、涙が止まらなくなっちゃって。その所為で、皆も静まり返っちゃった。


「……よく言ったわね。上出来よ」

「……そうじゃな。立派じゃったぞ」

「……カズト。泣いても、許してくれる」

「……きっとそうだな。その代わり、泣くのはここまでにしようぜ。何となくあいつ、泣くなって笑いそうだしさ」


 皆が私の脇に立ち、目を潤ませながら笑う。

 私は、思わず隣に立つルッテに抱きつくと、その胸を借りて泣いた。


 そんな私の耳に、少しずつ皆の声がする。


「聖勇女一行万歳! 忘れられ師ロスト・ネーマー、万歳!」


 大きくなる歓声。

 そこにはちゃんと、彼を讃える声もある。


「……奴に、届くかのう?」

「大丈夫。きっと、見てる」

「これだけ騒がしいもの。嫌でも耳にするわよ」

「今頃騒がしいなって苦笑いしてるぜ。きっと」

「……うん。きっと、そうだよね」


 私はルッテから離れると、涙を拭って皆と空を見上げた。


 きっと、皆に忘れられてもいいって思うカズトの事だもん。有名になりたくないかもしれないから、あなたの名前は出さなかったけど。


 でもこれできっと、皆が覚えてくれたはずだよ。

 あなたの事──忘れられ師ロスト・ネーマーの事を。


 ……私も、ずっと語り継いでいくよ。

 私達を助けてくれた、あなたの──忘れられ師ロスト・ネーマーの英雄譚を。


 だから、ずっと見守っててね。

 これからはちゃんと、あなたの分も笑ってみせるから。



                〜Fin〜
























 ──何処からか。

 読者あなたの心に、優しく語りかけてくる声がする。





















『絆を諦めれば、物語はFinale終わり

    絆を信じれば、Future in Next未来は紡がれる






















『……あなたは……絆を、信じますか?』

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