エピローグ③:カズトを知る者

 魔王を討伐した翌日の午後。


 マルージュの城で王と謁見し、魔王討伐についての報告すると、数日後、この件に関する祝典を執り行う為に参加して欲しいと頼まれた。

 流石に国王様の願いだったし、断りはしなかったけれど。本当はあまり乗り気にならなかった。


 以前魔王を討伐した時もその後が大変だったって思ったのもあるけど……正直、昨日の件を引き摺っていたから。


 師匠が尋ねてきた相手、カズト。

 私達パーティーは皆、誰もその相手を知らなかったのに、妙に心に引っ掛かってて。皆も同じでずっとその事で考え込んでいる。


 師匠は忘れてるって言ってた。

 それがあいつの望みだって。


 忘れられてるのが、望み?

 あの言葉が妙に引っ掛かったけど、師匠の居場所なんて知らないし、今日にはもうウィバンに戻るって言ってたから、その真意を聞けないまま。


 こんな事考えてばかりだったから、正直謁見中に何処まで何を話したかもあまり覚えてなくて。だから、ダラム王が一人で私達と話をしたいと言われた時も、何となくで承知しちゃってたけど……。

 もしかして、粗相があって咎められるんじゃって、そんな心配しかできなかったの。


   § § § § §


「なあ。俺達、何かやらかした訳じゃないよな?」

「流石に大丈夫だと思うわ。ただ、ちょっとロミナはぼーっとし過ぎだったけど」

「その……ごめん」

「良いのじゃ。リーダー故に何時も率先して話して貰っておる。迷惑をかけておるのはこっちの方じゃ」

「うん。ロミナ、がんばった」

「……ありがと」


 一旦待合室で待機した後、従者の案内で王のいる応接間の前までやって来た私達は、深呼吸して気持ちを切り替える。


「じゃ、行くね」


 皆が頷くのを見て、私達は豪華な扉をノックすると、


「入り給え」


 という、しっかりとしたダラム王の声がした。


「失礼いたします」


 扉を開けて中に入ると、豪華な部屋の中、国王がテーブルの最も奥に付いていた。

 既に人数分の紅茶やデザートも用意されたテーブル。


「時間を割いていただき感謝する。そこに座ってくれ」

「はい。失礼いたします」


 私達が左右に分かれ、王を横に見るようにテーブルに着くと、ダラム王はメイドさん達に人払いの指示をし、私達だけがそこに残された。


「余のわがままに付き合わせてしまって申し訳ない」

「いえ。お声がけ頂き光栄です」

「まずは楽にしてくれ。もうみなの前でもない。堅苦しいのは抜きだ」

「いよっしゃー! 流石ダラムさんだぜ!」

「これミコラ。幾ら我々を知る相手とはいえ、いきなり羽目を外し過ぎじゃ」

「ミコラ。だめ」

「そうよ。相変わらず礼儀がなってないわね」

「ははは。構わん。その方が余も楽に話せるというもの。あの時と同じだ」


 

 それが、以前魔王討伐に道中で謁見した時の事だってすぐに分かった。


 謁見の間で家臣に無礼があったと、こうやって場を設けて平謝りされた時には随分驚いたもん。

 ちなみにあの時もミコラはこんな感じで、王様相手でも馴れ馴れしかったのよね。

 まあ、ある意味彼女のお陰で場の空気が和んだ事に、私もちょっとほっとしてたけど。


「まずは折角のデザート。召し上がってくれ」

「うん。いただきます」

「いっただっきまーす!」


 キュリアとミコラが早速迷う事なくデザートに手をつけ始める。満足そうな顔してるのはいいけど、流石に食い意地張り過ぎだよね。


「しかし、この度はハインツの所為で色々と迷惑をかけてしまったな。誠に申し訳なかった」

「いえ。私達も行方不明事件の事が気になっていたとはいえ、不用意でしたわ。ですので王がお気に病む必要はないございません」

「気遣い、感謝する」


 フィリーネが丁寧に言葉を返すと、ダラム王は軽く頭を下げる。


「しかし、よく魔王を倒せたものだ。恐ろしくはなかったか?」


 ……そういえば。

 魔王と戦った時、私は怖さなんて感じなかったな。なんていうか、勇気だけが湧いていたし、負けないってずっと思ってた気がする。


「その、まったく怖くなかったかと言えば嘘になります。魔王が蘇った時には強く恐れを感じました。ですが、戦い始めてからは、まったく」

「だってよー。戦い出したらめっちゃ身体は軽いし、魔王を圧倒できたんだぜ! ロミナと一緒に前に出た時も、全然恐ろしくなんてなかったぜ!」

「ミコラ! 相手は国王じゃぞ。お主はもう少ししゃんとせんか」

「ルッテは気を遣いすぎだっての」


 悪びれないミコラに、ルッテはやれやれと呆れ顔をする。

 私達はそんなやりとりに微笑んでいたんだけど。

 ふっとダラム王に視線を戻した時、私はどきっとしたの。


 目を細めた優しそうな顔。

 だけど……それが寂しげに見えたから。


 私はその顔を知っている。

 そう。昨日の師匠と、同じ……。


「ダラム王」

「ん? どうした? ロミナ殿」

「突然の質問、申し訳ございません。……国王は、カズトという武芸者を、知っていますか?」


 私が思わずそう問い掛けると、皆も、ダラム王も少し驚いた顔をする。


「ロミナ殿は、覚えておるのか?」

「……いえ」


 思わず俯き唇を噛む。

 何となく、知らない事が悔しくて。


「……ダラム王。無礼やもしれぬがお聞かせ願いたい。国王は今、ロミナにと言われましたな?」

「ああ」

「それは、我やロミナ。そして皆がカズトを知っていた。そのように聞こえるのじゃが……合っておるじゃろうか?」


 私の前に座るルッテの視線に真剣さが増す。

 彼女だけじゃない。キュリアも、ミコラも。フィリーネも。私も自然に食い入るように、同じ視線を向けてしまう。


 私達の視線を一身に受けたダラム王は、怯む様子もなく、凛とした表情のまま、こんな事を言ったの。


「……直接見た訳ではない。だが、此度こたびの聖勇女達の戦いの一部始終を、余は知っておる。勿論、そこにいた武芸者の事もな」

「え!?」


 私達が思わず顔を見合わせると、ダラム王は静かにこう続けた。


「今朝、シャリア殿が旅立ちを前に顔を出したのだが。あまりに憔悴しきっておったが故、事情を聞いたのだ。本当は話したくなかったようだが、余が事情を話すと、シャリア殿も全てを聞かせてくれてな」

「それはどんな話なのですか!?」


 思わずフィリーネがそう口にすると、ダラム王はじっと真剣な目で私達を見つめてくる。


「……余が話してやる事はできる。だが、もしみなが忘れし話を知りたいと言うのなら、傷つく覚悟もしてもらわねばならぬ」


 どこか重々しいダラム王の言葉に、私達は再び顔を見合わせる。


 ……確かに。

 そこに傷つくような話があるからこそ、師匠もあれだけ辛い顔をし、それでも話さずに去って行ったのかもしれない。


「……私、知りたい」


 最初に口を開いたのはキュリアだった。

 何を感じたのか分からない。だけど、とても真剣な瞳を向けてくる。


「……我も構わん。昨日からずっと、気分が晴れんでの」


 大きくため息をついた後、ルッテがそう続き。


「そうね。もしそこに覚悟がいる話があるのだとしたら、私は戒めとして心に刻んでおきたいわ」


 フィリーネも何かを覚悟したように呟く。


「……ちぇっ。デザート不味くなるような話は嫌だったんだけど。ま、でもずっともやもやしてるのは俺も同じだし。何となく、知っておかないといけないって、思うし……」


 冗談混じりに話そうとしたけど、ミコラも本音を見せる。


 ……うん。

 私も、知るべきだと思う。

 傷つくかもしれないけど。それでも、知らないままは嫌。


「分かった」


 私は皆に頷くと、再びダラム王に向き直る。


「お願いです。話して頂けませんか?」


 皆でじっとダラム王を見つめると、王はふっと優しい顔を見せた後。


「苦難に立ち向かう姿は、やはり聖勇女一行らしい。では、余が知る限りの全てを聞かせよう。カズトという一人の武芸者と、貴女等きじょらの物語を」


 こう言って、私達に話してくれたの。

 カズトと私達の事を。

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