エピローグ②:師匠の涙

 私達はのんびりとマルージュに戻ったんだけど、街に着いた途端、皆から大喝采を浴びたの。


 魔王の再来させてしまったのは私達のはずだけど、倒して無事帰ってきたのも私達。

 だから街の皆にすごく感謝されて、道すがらに感謝されたり、握手を求められたり。皆が大興奮で接してきてくれたものだから、逆に私達の方が恐縮しちゃった。


 そういえば以前魔王を倒した時は、連合軍の人達と馬車で帰って来たんだよね。

 勿論、皆同じように喜んでくれる中、馬車から笑顔で手を振っていれば良かったから、そこまで疲れたりしなかったんだけど。


 これだけ間近で喜ばれるのは、嬉しさもあるけど恥ずかしさもあって。

 私達は何とか街の方々に応えつつ、そそくさフィリーネの屋敷に戻っていったの。

 屋敷の中に入っても、暫く屋敷の敷地外で、街の人達が歓声や感謝の声をあげていたのには、流石に驚いちゃったけど。


   § § § § §


「まだやってるぜ」


 夜。皆で仲良くお風呂を済ませ、パジャマ姿のまま、それぞれのベッドの上で寛ぐ私達。

 二階の窓から見える人集りを遠間に見ながら、呆れ声をあげたミコラだけど、やっぱりその顔は魔王を倒せて少しほっとした顔をしてる。


「まあ良いじゃろ。流石にあれだけの強き気配を感じれば、魔王の存在を強く感じたじゃろうし。その上で無事じゃった事を思えば、喜ぶのも仕方あるまいて」

「そうね。それに私達も皆五体満足で帰ってきたのだし。素直に喜んでおきましょ」

「うん。良かった」


 ルッテやフィリーネ、キュリアの笑みに、私も釣られて微笑む。

 うん。誰一人欠けずに、大した怪我もなく魔王を倒せたんだもん。ちょっと信じられないけど、本当に良かった。


 互いにそんな喜びを分かち合っていると、突然部屋の扉がノックされたの。


「はい、どうぞ」

「失礼いたします」


 静かに扉を開けたメイドさんが頭を下げると、フィリーネに向き直る。


「あの、シャリア様という方が、皆様にお会いしたいというのですが……」

「え? 師匠が!?」


 思わず私はフィリーネと顔を見合わせる。

 師匠はウィバンの大商人。この間会った時も、ここに来るような話なんて何も言ってなかったんだけど……。


「もしお疲れのようでしたら、明日出直していただきますが。如何いたしましょう?」

「ロミナ。どうする?」

「きっと師匠だったらこの格好でも気にしないと思うし。良いんじゃないかな?」

「きっとそうね。すまないのだけど、シャリア様に寝間着のままでも良ければと伝えてみてもらえるかしら?」

「承知いたしました」


 フィリーネの指示に、メイドさんがまたお辞儀をした後部屋を出ていく。

 もしかして、たまたま街にいて、今回の件で私達の活躍を知ったのかな?

 この間行った時みたいに、また褒めてくれたら嬉しいな。


 なんて、私はその時のんきにそんな事を思っていたんだけど。

 ……現実は、少し違ってたの。


    § § § § §


「よ。久しぶり」


 師匠とアンナさんが部屋に入ってきた時。何時も通りに声を掛けてもらったけど。

 皆、一瞬で異変に気づいた。


 師匠は確かに笑顔だし、アンナさんは何時もどおり落ち着いた顔。

 だけど……目が、すごく赤いの。まるで泣き腫らしたみたいに。


 異変を感じつつも、全員ベッドから降りて師匠に歩み寄ると、私は普段通りに声を掛けた。


「師匠、お久しぶりです。どうしたんですか? マルージュにいるなんて」

「ちょっと野暮用があったもんでね。それより聞いたよ。あんた達、また魔王を倒したんだって?」

「私達の記憶から蘇らせちゃったので、正直複雑でしたけど。お陰様で何とか。きっと師匠が鍛えてくれたお陰です」

「そりゃあたしの教え方は完璧だしね。とはいえ、あんたの力になれたみたいで嬉しいよ」


 ……やっぱり、師匠の反応がおかしい。

 会話は何時もどおり。だけど……さっきから時々何かをぐっと堪らえようとしてる。アンナさんもそう。普段ならすまし顔で聞いているのに、たまに唇をぐっと噛んでる。


「ちなみに、あんた達五人だけで魔王を倒したのかい?」

「勿論。俺達聖勇女パーティーだけで、しっかり魔王をぶっ飛ばしてやったぜ!」


 相変わらず生意気な口調でミコラが自慢げに語る。

 普段なら、そこで小馬鹿にしながらきっと褒めてくれる所だけど……師匠から言葉が返らなかった。


「シャリア……大丈夫?」


 キュリアが心配そうに首を傾げる。

 でも、私も同じ顔をしてたと思う。


 だって……師匠がまたぐっと、歯を食いしばって俯いたから。

 ……大きなため息をき、師匠は心を落ち着けるように深呼吸すると。


「いや、別に。そっか。よくやったよ、あんた達」


 にっこりと、笑顔を向けてくれたんだと思う。

 ……だけど、そんなの笑顔じゃない。


 目に涙を溜めて。何かを堪えるように、淋しげに笑うんだもん。

 私達は誰一人欠けてもいないし、怪我もせずにいるのに。


 そんな切なげな笑顔を見た時、ふとトランスさんの言葉を思い出したの。


  ──「ちなみに、皆様方だけで、魔王を?」


 ……あの時もそう。

 まるで、私達以外の誰かがいたんじゃって言わんばかりの問いかけ。


 ……確かに、床に血は残ってた。

 だけど、私達は誰も怪我なんてした記憶はない。


 ……誰かがいたなんて記憶になかった。

 でも何故、トランスさんも、師匠も、こんな質問をしたの?

 

 私達は常に五人パーティー。それ以外の人なんていないはず。

 誰かが助けに来てくれたのだとしたら、記憶にだってあるはずなのに……。


「……シャリア殿。無礼を承知で聞くが、何かを隠しておるのか?」

「……ばーか言うんじゃないよ。弟子とその仲間が無事で嬉しかったから、ちょっと泣きそうになっただけさ」


 ルッテの質問にそう答えた師匠は、指で目尻に浮かんだ涙を拭った後、ひとつまたため息を漏らす。


「今日会えて良かったよ。あたし達は明日にはウィバンに戻らないといけなかったからさ。疲れてる所悪かったね」

「あ。いえ……」

「それじゃ、あたしは行くよ。これからも気張っていきな」


 戸惑いつつ答えたフィリーネにもう一度笑った師匠が踵を返し、手を挙げると部屋を出ていく。

 振り返らない師匠。続いて頭を下げたアンナさんが顔を上げた時。

 ……彼女は、とても落胆した顔で、泣いてたの。


 二人去って扉が閉まった時。私達は顔を見合わせたんだけど。


 ……同時に、凄く不安になった。

 私は、何か大事なことを忘れてるんじゃないか。

 師匠は、その大事な何かを知ってるんじゃないかって。


「ロミナ!?」


 私は思わず勢いよく部屋を飛び出し廊下を見渡すと、廊下の先に項垂れたように淋しげな背中で歩き去る二人が見えた。


「師匠! 待ってください!」


 慌てて呼び止めた私は、師匠達に駆け寄ったけど、二人は振り返ろうとしなかった。歩みは止めてくれたけど……。


「……師匠は、何かを知ってるんですか?」


 私の困惑を含んだ問いかけに、少しの間沈黙した師匠は、少しだけ身を震わせると、何かを堪えるように、また大きなため息を漏らす。


「……あんたは、カズトって武芸者、知ってるかい?」


 カズト……。

 私はその名前を聞いた時、心に引っかかった気がした。

 だけど、記憶を探っても、カズトっていう名前にも、武芸者の姿も、思い当たる人が浮かばない。


「……いえ」


 ぽつりとそう返すと、師匠がぎりっと歯ぎしりした後。


「……そっか。知らないなら、気にするな」


 何とか絞り出すように、そう呟いたの。


「どういう事ですか!?」


 思わず私は師匠の肩を掴んだんだけど……振り返った時に見せた、とても辛そうて、とても悲しげな師匠の涙顔を見た時。私は、返す言葉を失った。


「……忘れてるならいいんだ。それが、あいつの望みだったんだからね」


 ぐっと何かを噛み殺した後、師匠は私の手を払って廊下を歩き出す。


 ……カズト。

 ……私の知らない武芸者。

 ……それは、私が知っていた人なの?

 ……私は、何かを忘れているの?


 渦巻く疑問と不安。

 そして師匠の涙に、私はその後を追うことができなかった。

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