第八話:見たかった夢

「……い、嫌……」


 俺の願いに、何かに怯えたような震え声で呟くロミナ。


「お前! まだそんな事言ってるのかよ!」

「ロミナ、お願い!」

「嫌いな気持ちは分かる。じゃが今は耐えよ!」

「ロミナ! カズトの願いを叶えて!」


 仲間達の涙声にも、彼女はまた「嫌……」と、弱々しい声を出す。


「……そんなに、俺が嫌いか?」

「……嫌い。でもそれだけじゃないの。もし、あなたをパーティーに入れたら、凄く後悔する。そんな嫌な予感がするの……。それが、凄く怖いの……」


 涙ながらの訴え。

 まったく。察しがいいのも困りもんだ。


 分かってる。

 きっとお前達は後悔する。

 嫌な想いをする。分かってるさ。


「……ふぅ」


 結界の向こう。つまらなそうな顔に戻った魔王を見て、俺はため息をく。


 痛みがわからなくなってきてるのは、きっと心が痛過ぎるから。

 お陰で死にかけてる実感はないけど、現実はそんなに甘くない。命を燃やし、動ける時間は限られてる。


 ……本当は、こんな決断なんてしたくない。

 けど、覚悟しなきゃな。


 ごめんな。

 俺が魔王より強けりゃ、こんな想いさせなかったのにさ。


 俯き、歯を食いしばった俺は、強く叫んだ。


「ロミナ! お前は聖勇女だろ! たった一人の嫌な奴の為に、世界の皆を見捨てる気か! どうせ嫌な奴はもうすぐ死ぬ! パーティーに入ったって、勝手に死んで抜けていく! 嫌な気持ちなんて少しの間だ! そんなのすぐ忘れられる! だから信じろ! 俺はシャリア達も、お前達も助けてみせる! だから……俺をパーティーに入れてくれ!」


 俺は命を言葉に変え、必死に叫んだ。

 

 ……魔王が生まれた時。

 予言を思い出して気づいたんだ。

 きっと俺が死ぬ代わりに、闇は共に消えるんだろうって。

 だけど。だからこそお前達は助かり、光が世界を救えるはずなんだ。

 そんな未来を選択できるはずなんだ。


 俺が選べたもうひとつの未来はきっと、お前達を追わず、お前達が命を落として世界が魔王の物となり、俺もその闇に呑まれて消えるとでも言いたかったんだろ。


 どっちでも消えるってなら、俺はやっぱり皆に未来を残したい。

 少しの間、お前達に辛い想いをさせるかもしれないけど。悪いが辛抱してくれ。

 どうせ俺は最低な奴だ。またすぐに忘れさせてやるからさ。


「頼む! ロミナ!」


 俺は天を仰ぎ、もう一度、全てを懸けて叫んだ。

 顔を雨に濡らしたあいつの顔を、思い浮かべながら。


「……分かったわ」


 覚悟を決めたような、耳に届いた静かな、澄んだ声。


 ごめんな、ロミナ。

 そして……ありがとう。


 瞬間。

 俺にしか見えない首輪が、音もなく崩れ落ちる。

 ……これで、シャリアとアンナは救えたな。


「……くそっ! くそぉっ!!」


 記憶と共に思い出した悔しさでもあったのか。

 ガラスを叩き叫ぶミコラ。


「まったく。何故何時も、お主は……」


 涙声のまま、呆れたような物言いをし、舌打ちするルッテ。


「カズト。やだ。死んじゃ、やだ……」


 ただ、我儘わがままだけを口にするキュリア。


「貴方は馬鹿よ! 大馬鹿よ!」


 俺をけなし、強く非難するフィリーネ。

 そして……。


「あなたが、あんなに必死になってくれたのに……私は……何で……私が……あなたをこんな目に……」


 今の俺の姿に、涙声で後悔を吐露とろするロミナ。


 ……ほんと。お前達は泣き過ぎだよ。

 ……いや。泣かせすぎは俺か。


 まあいいさ。

 今だけは泣かせてやるよ……なーんて。

 そうはいかないぜ。


「おいおい。泣くなって。俺は嬉しいんだぜ」


 そう。

 俺は、やっと追いついたんだ。

 お陰でやっと、あの時の後悔から解放される。


「いいか。泣く暇があったら覚悟を決めろ。俺がお前達を勝たせるんだ。その悔しさは、全部あいつにぶつけてやれ」

『ふん。お前に何ができる。聖勇女達はそこから出ることすら叶わぬ。そしてお前もまた、動けず死を待つだけ──』

「いーや。お前は絆を見誤った。だからしっかり味合わせてやるよ。真の絆の力ってやつをな!」


 魔王の嫌味を切り返し、俺はにやりと笑った後、大声で叫んでやった。


『転移の宝神具アーティファクト、ワース! その力、俺に貸しやがれ!』

『……ようやった。儂の力、存分に使うが良い』


 玉座の間に、重々しい声が響いた直後。

 魔王が驚愕した顔で目をみはる。

 はん。ざまーみろ。いい気味だぜ。


 突如俺の前に現れたのは、檻の中にいたはずのロミナ達五人だった。


「カズト!!」


 はっとした彼女達は、状況の変化に気づき振り返ると、慌ててガラスにもたれかかったままの俺の側に駆け寄ってくれる。


 っと。

 まったく。幾ら術が届くからって、魔王様はいきなり仕掛けてくるのかよ。随分と焦ってるじゃないか。


 皆の背後から迫る焔の雨。

 折角だ。ぬか喜びでもさせてやるか。


 俺がそう思った瞬間。俺達の居た場所は一気に沢山の爆発と共に、一気に火の海に包まれた。


『……ふん。茶番など見る気も──』

「随分と余裕がないな。もしかしてお前、聖勇女達が怖いのか?」

『なっ!?』

「いいか。魔王ならスカした顔で、茶番のひとつ位見ておけよ。王の威厳がなくなるぞ」


 へへ。またいい驚き顔を見せやがった。

 焔がぶつかる直前。俺は自分と皆を結界の外の、部屋の壁際まで一瞬で移動してやったんだ。

 転移ってやっぱり便利だな。助かるぜ、ワース。


 ただ、流石に寄りかかれないときついな。

 俺は無理矢理前のめりになろうとしたんだけど、背中の痛みで顔を強く歪めてしまう。


「カズト!」

「無理しないで!」


 慌てて左右からミコラとフィリーネがしゃがみ込み、俺の背を支えてくれる。 


「馬鹿野郎! 何でだよ!? 何であんな無茶したんだよ!」

「言ったろ? お前達とパーティーを組む為だって。ま、もうちょい上手くやれると思ったんだけどな」


 俺に食ってかかるかのように、前のめりで俺を覗き込みながら、ミコラが泣き叫ぶ。

 ほんと、お前は泣き虫かよ。普段みたいに笑い飛ばせって。


「ふざけないで! 貴方は何故何時もそうなの!? 何故パーティーに戻っても、こうやって離れて行こうとするのよ!」

「ははっ、悪い。でも、これが最期だ。安心しろ」


 俺を支え、泣きながら俺を叱咤するフィリーネ。

 お前はいっつもキツイな。まあでも、それも照れ隠しや優しさの裏返しみたいなもんだったよな。


「カズト、嫌。カズトと、離れたくない……」

「……ごめんな。でも、そう言ってくれるだけで、助けた甲斐があったよ」


 腕の側に座って涙するキュリアを、優しく撫でてやる。

 お前も随分表情見せるようになったよな。そろそろフィネットみたいに優しく笑えるだろ。いい事だ。


「……すまぬ。やはり、我は笑えなさそうじゃ」

「その内また笑えるさ。今は真剣な顔でいいぜ。魔王様の御前だしな」


 横に立ったまま、悔しげな顔で視線を逸らすルッテ。

 ほんと悪かったよ。笑えない事ばっかりしてさ。

 まあでも、すぐまた、すっきり笑えるようになるさ。


「ごめんなさい! 私が! 私があんな無茶を言ったから! だから……だからこんな事に……」


 絶望した顔で傍に座り、泣きながら己を悔いるロミナ。

 ……ごめんな。試練が絡む度、お前に辛い想いばっかりさせてさ。

 だけど……これが、最期だから。


「気にするな。俺が助けに入った時は、こっちからパーティーに戻ってやるって約束も守れたし。それに、やっと夢も叶いそうだしな」

「……夢?」

「ああ。俺はずっと後悔してたんだぜ。一緒に魔王討伐に行けなかった事をさ」


 俺の言葉に、五人がはっとする。

 何だよ。お前らまで俺を楽しませる気かよ。まったく。


 ちゃんと笑えたか分からない。

 だけど俺は、全力で笑ってやった。


「さあ。俺の夢を叶えてくれよ。俺が共に魔王討伐に挑んで。お前達に最高の力を貸して。お前達が魔王を恐れる事なく、奴をさくっと倒す。そんな夢をさ」

「……うん」


 皆がぐっと何かを堪えると。ロミナの声に続いて涙を拭き、真剣な顔で頷く。


 ……さて。じゃ、俺もやるとするか。

 瞬間。俺の視界が一気に玉座の間を俯瞰した視点に移る。


 『絆の加護』。

 パーティーに入っている仲間にだけ、様々な恩恵の加護を与えられる、絆の女神の呪いの対価に得た力だ。


 周囲の敵や味方、地形まで見ながら、リアルタイムに仲間に加護を与えられる、ゲーム好きだった俺に最高に合ったこの加護も、今日が使い納めか。


 ゆっくり立ち上がった五人が俺の前で陣形を組み、魔王に向き直る。

 ロミナとミコラが前に。キュリアとフィリーネがその後ろ。

 殿しんがり、俺を護るように立ったのはルッテ。


 普段なら俺がロミナ達とキュリア達の間に立って、後衛の護りを兼ねるんだけど。今日は特等席で高みの見物だ。


 さて。決戦だからな。

 久々だけど思いっきり行くぜ。


 まずは個別に加護を割り振る。

 一人一人にひとつだけ、強く能力を伸ばせる加護を付与できるんだ。


 勿論ミコラとロミナには疾風はやての加護。

 キュリア、フィリーネには魔力の加護を。

 そして、ルッテにはとっておき。覚醒の加護を与えてやる。

 この加護がある間、新たな術を使える特殊な加護だけど、効果は蓋を開けてからのお楽しみだ。


 次は範囲効果の加護。

 こいつは場所を指定して、範囲内の仲間に掛けられる加護だ。


 それぞれの加護をひとつずつ配置して、重複して色々な効果を重ねられる代わりに、仲間が移動するのに合わせて範囲を指定し直す必要が──って、何だこりゃ!?

 以前は精々半径三メートル位だったのに。今日はどれも、魔王を捕らえている結界以上の大きさになってるじゃないか。


 おいおい、アーシェ。

 最期に大盤振る舞いか!?

 まあいいや。だったら全部重ねてやれ。


 攻撃。防御。術向上。術抵抗。折角だし色々ガンガン置いてやる。これで動かない後衛も、動く前衛も全ての加護の恩恵受けられる。


 さて、これで準備完了。どうなるか楽しみだ。

 俺は俯瞰から戻ると、皆に笑いかけてやる。


「皆。後は、頼むぜ」


 少し、喋るのが息苦しくなってきたか。

 だけどまだだ。最後まで見届けないと。


 何たって念願の魔王討伐戦。

 最高のメンバーと最高のクエスト。楽しみしかないもんな。


 さあ、行こうぜ。

 これが俺が見たかった、俺達の最期の戦いだ。

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