第九話:光と闇の行く末

『……茶番は終えたか。では──』

「うっせえ!」


 開幕。

 そう言った瞬間。言葉を遮るように飛び込んだのはミコラだった。


 疾過ぎる踏み込みから、いきなり鼻っ面を掠めるハイキック。

 虚を突かれたのか。目を丸くした魔王をぎっとミコラが睨みつける。


「カズトの痛み、思い知らせてやる!」


 ミコラがそのまま懐に飛び込み拳と蹴りを連続で繰り出すと、魔王は咄嗟に避けるけど、完全に度肝を抜かれた顔が拭えない。


 っていうか、この時点で過去に力を貸した時の比じゃない位に疾いな。

 ミコラが強くなったのか、加護が強くなったか分からないけど、こりゃ凄いぜ。

 これに疾風エアスピードが乗ったら──。


『シルフィーネ。力を貸して』


 お。流石キュリア。空気が読めてるじゃないか。

 ってか、めっちゃ疾っ! 魔王も慌てて全力を出しにいったっぽいけど、これキュリアの術の効果もあって、ミコラがしっかり疾さに付いてってる。


「覚悟しろよ!」


 魔剣の斬撃を余裕で掻い潜ると、ミコラが一気に手数を増やすけど、そこはさすがは魔王。見事な体術で何とか腕や脚で受けてやがるな。

 ただ、その威力までは削げなくて、ジリジリと押され始めていく。


 合間に魔剣で受けてのカウンターを狙ってるっぽいけど、あれに触れるのは危険だって過去の戦いで覚えてるんだな。ミコラは華麗に寸止めして触れず、わざと反撃を誘って逆にカウンターを重ねてやがる。


 魔王は知らないだろうけどさ。

 今のミコラ、普段以上に暴れてるのに、やばい位丁寧に戦ってるんだよ。

 大技は全て相手の攻撃を誘う魅せ技。合間の隙なんて作ってない。これをあいつらと戦った日にやられてたら、俺も付け入る隙なかっただろ。

 ほんとセンスあるぜ。


『小賢しい』


 お。魔王が諦めて両手に剣を持ち替えたか。

 より素早く、より闇の波動を高めた斬撃。流石にこれは危険を察してミコラも大きく避ける動きが増える。

 だけど、そっちばっかり気にしてると──。


『なっ!?』


 惜しい!

 裏から踏み込んだロミナの奇襲は避けられたか。

 とはいえ、斬撃が奴の肩を少し抉ってるし、魔王も表情を変える程、あいつも強化されてて疾さが段違い。


 初めてかもしれないこの疾さで息を合わせるとか。見事な連携だぜ。


「ロミナ! 魔剣は任すぜ!」

「ええ! ミコラは存分に暴れて!」


 これぞ、聖勇女パーティー前衛が見せるコンビネーション。

 魔剣は触れると危険だからこそ、ロミナが攻める盾となり、魔剣に聖剣を合わせて完全に闇の波動を相殺しながら、ターゲットを自身に向けさせる動きを見せてる。


 その裏であの疾さのミコラが仕掛けたら、流石の魔王だって避け切るのは厳しそうだな。って事は……。


『ぐはっ!』


 ほーら。

 あっさり横っ腹蹴られて、勢いよく横の結界の障壁まで吹き飛ばされやがった。

 対となって立ち、凛とした顔で魔王を見つめる二人。ほんと、うちの前衛は華があるぜ。


『ふざけおって!』


 お? 立ち上がった矢先に生み出したのは、さっき俺を苦しめた闇の雷槍デス・ライトニングか。

 流石にあの威力は食らうとやばい──って、流石にお怒りの魔王様。何本呼び出す気だよありゃ。


 だけど、俺は恐れを感じない。

 俺達には最高の聖魔術師が付いているからな。


「ミコラ! ロミナ! 前に出て!」


 フィリーネが迷わず指示を出すと、二人は迷わず頷き一気に前に出る。


『空にあまねく雷よ! 我が力となれ!』


 即座に詠唱したのは魔術、雷縛らいばくの矢……だよな?

 量は魔王の槍といい勝負。だけどこの大きさ……矢ってよりもう、完全に槍だろ!?


『死ね!』

「やらせないわ!」


 どこぞの時代映画で見た合戦の弓の撃ち合いのように、光と闇が流星のように勢いよく天を流れ、互いにぶつかり合い、相殺される。

 少し薄暗い場所なのもあって、まるで星の輝きみたいに見えるその衝突。案外綺麗なもんだ。


 しかも魔王の闇の雷槍デス・ライトニングに威力負けせず、あの量を的確に撃ち抜く力と精度。ほんと、フィリーネの才能には惚れ惚れするよ。


 同時に踏み込んだ前衛二人も、それぞれを狙った槍を、ミコラは迷わず前に出なから掻い潜り。ロミナは聖剣で華麗に弾き、打ち砕いていく。


 そして二人はそのまま魔王に食らいつこうとしたんだけど。

 瞬間、俺の勘が急に冴えた。

 あの気配、ちょっとやばいか。


 刹那。闇のオーラが急速に魔王に集まり、そのまま一気に闇が強く周囲に放たれる。

 あれはダークドラゴンの闇のブレスを彷彿とするヤバさ。

 だから俺は、咄嗟に二人を転移の力でキュリア達の前に引き戻してやる。


「はっ!?」

「え? 何!?」


 突然視界が変わったせいか、驚いた二人が足を止めた。

 ふぅ、間に合って良かったぜ。


『貴様等は余を怒らせた。こうなれば、お前らなど、闇の呪いの中で朽ち果てさせてやる』


 闇が魔王の背中に巨人のように浮かび上がり、そいつからゆっくりと広がり、部屋を闇がどんどん侵食していく。闇に姿を消した奴の赤い眼光が光り、闇の巨人がその腕を掲げると、さっき以上の闇の焔を生み出し始めた。


 きっとあいつらも、こんな魔王の力に怯えたのかもしれない。

 だけど、今の俺達にはもう一つの切り札。最強の古龍術師もいるんだぜ。


「ルッテ。折角だ。とっておき、見せてやれ」

「……この術も、お主の力か」

「いや。それはお前達、母娘ははこの絆だ」

「フン。言いおるのう」


 俺の言葉に振り向かず、ぐっと袖で何かを拭いたルッテが、静かに口にする。


『……力をお貸しください。最古龍母上


 瞬間。俺達の頭上で、闇をかき消さんばかりの光が放たれたかと思うと、そりゃもう神秘的な白龍が現れた。

 六つの翼。すらっとした身体に靡くまっさらな毛。ゆらりゆらりと浮くその優雅さと気品さ。流石は伝説の龍、最古龍ディアの本当の姿だ。


 これがあいつが覚醒の加護で得た、古龍術最高の術。

 伝説の幻龍ハイレジェンド・ドラゴニア


『な!? この力……まさか四霊神か!?』


 その登場にはロミナ達どころか、魔王まで驚愕してるな。


「すみません。母上」

『よいのです。勇者の声に導かれし今この時だけは、召喚されし幻龍として力を貸しましょう』


 ……ん?


「おい、ディア。勇者って、誰だよ?」

『貴方以外におりませんよ』


 ふっと目を細めた笑ったディアは、次の瞬間、強く光り輝く。


 ったく。

 随分褒めてくれちゃって。じゃ、最古龍の凄さ、しっかり見届けるか。


『魔王よ。貴方の孤独の闇。恐るるに足りません』


 輝きで生まれた光が一気に部屋を覆っていき、巨人が投げつけた焔はあっさりと光に阻まれ爆散する。

 慌てて巨人は両腕を突き出し光を押し返そうと、闇を放ち続ける。


 バチバチッという耳障りな音。ロミナの呪いを解いた時と同じ音か。だけど、やはり拮抗は一瞬。

 一気に闇は光に呑まれていき。


『ぐわっ!』


 魔王の周囲を覆っていた闇も、背後に立っていた巨人すらも、いともあっさりと祓われて、魔王が情けない姿を晒した。

 眩しさに目を顰めるその姿に、威厳なんてないし隙だらけ。

 そりゃ、ミコラも迷うはずないよな。


「これが、カズトの痛みだぁぁぁっ!!」

『ぐがっ! ぎあっ! ごはっ!』


 目にも留まらぬ疾さで踏み込んで。目で追うのもやっとの連転乱舞れんてんらんぶを一気に撃ち込むミコラ。魔王はもう避けも受けも間に合ってなくて、顔を歪め、打たれ続けるばかり。


  ──『カズト。貴方には、本当に感謝しております』


 目を奪われる流れるような技を眺めていると、心にディアの声が届く。


 なーに、こっちこそ。

 お前が俺に宝神具アーティファクトの試練を示してくれなきゃ、ロミナ達を助けられなかったんだ。お互い様だ。


 ふっと笑った俺の目が、一瞬霞む。

 ははっ。そろそろ終焉か。

 だけど、この戦いだけは最期まで目に焼きつけるんだ。俺が望んだ夢の行く末をな。


「……ロミナ。見せてくれよ。お前の、あの技を」

「……うん」


 彼女が頷き聖剣を下段に構えると、刀身がディアの生み出した光以上の輝きを見せ始める。


「どりゃぁぁっ!!」

『がはっ!!』


 ミコラがフィニッシュとなる蹴りを魔王の腹に叩き込むと、奴は結界の障壁に叩きつけられ、血を吐いた。


「ロミナ! いっちまえ!」


 叫びと共に後ろに跳ね、道を開けるルッテ。


『ふざけ──があぁぁぁぁぁっ!』

「悪あがきは良しなさい!」


 踏みとどまった魔王を逃さないかのように、その身に無数に刺さったのは、魔族を抑え込む光の楔。フィリーネの聖術、封じのくさびか。

 魔王すら捉え抑え込むなんて、流石はロデムで宮廷魔術師にもなった聖魔術師だな。


 それでも魔王は必死に闇の焔を生み出そうとしたけれど、それらは突如、空中で形となる前に弾け飛んだ。


「カズト、傷つけた。許さない」


 何時の間にか魔王の下に描かれた、赤く光る魔方陣。あれは……生命の精霊王ラフィーの力を借りた、呪術破壊カースブレイクか!?


 そうか。

 闇術あんじゅつは結局呪いが根幹にある。だから闇の焔もこれで弾けるのか。

 遠隔で魔方陣を描くとか、流石は万霊術師キュリア。随分と立派になったじゃないか。これならフィネットも安心だな。


 これで、魔王は手を出す事も、逃げる事もできない。後は……。


「聖剣よ! その力で闇を祓い、皆を未来に導いて!」


 ロミナの聖勇女らしい強き願い。


 救世主は遅れてやってくる、なーんて格好つけて言ってみたけどさ。


 ロミナ。

 やっぱりお前が救世主だよ。


「輝け! 最後の勇気ファイナル・ブレイブ!」


 願いと共に斬り上げた聖剣から放たれし、激しい光の奔流。俺に向けられた時の比じゃない威力の技が、一瞬で魔王を貫き光で包み込む。


『がぁぁぁっ! 余が! 余が負けるなどぉぉっ!』


 負けるに決まってるだろ。

 絆のない奴に。誰も信じられない奴に。

 こいつらが負ける訳ないからな。


『ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 より強くなった光が魔王の姿を完全に覆い、消えて行く断末魔と共に、その姿が見えなくなる。そして──空気を震わす眩しき光と温かな風が、魔王が生まれた時と真逆の衝撃を放つ。

 そして。

 光が消えた時、魔王も消え去っていた。


 ……はっ。

 どうだ魔王。これが絆の力だ。

 これに懲りて、二度とこの世界に顔なんか出すなよ。

 この世界に、お前なんて要らないんだから。

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