第七話:絆の代償

 電光石火。

 何時の間にか間合いを詰められ、片手で迷いなく振るわれた鋭い魔剣を、必死に閃雷せんらいで止めると。火花がひとつ、ふたつ、なんて生温なまぬるさを感じないスピードで、俺の周囲に生み出されていく。


 片手なのに重い一撃。

 フェイントなんてない。ただ殺意だけが乗った純粋な剣の軌道。どれも弾き損ない、往なし損なえば死が見える。


 逆を言えば実直。これが魔王らしい強さなんだろう。でもこれならまだ、俺でも何とかできる。


 抜刀術に必要なのは疾さ。

 それを活かし俺は迷いなく、合間にカウンター気味の一撃を狙っていったんだけど。

 ほんと魔王って万能だな。こっちの太刀筋を最低限の動きで避けやがる。


 しかも合間合間に心斬しんざんうらで斬られるイメージを見せにいっても、動きはさっぱり止まらない。

 死ぬのすら恐れてないのか。そんな斬撃など来ないと理解してるのか。


 奴は無表情。熱すら感じない。

 やっぱただの武芸者じゃダメって事だよな。

 こんなんじゃ、先が思いやられる、な!


 またも命を奪いに来る袈裟斬りに、俺は敢えて ざんひらめきを重ねる。

 渾身の一撃で互いが後ろに弾かれ、勢いよく後ろに滑る。ってか、ほんと重い一撃だな、おい!


『ほう』


 少しだけ表情に感心を浮かべたけど、未だ涼しげ。

 俺にはそんな余裕はない。

 いや。余裕を作る為に、この僅かな時間と距離を使う。


 無詠唱で咄嗟に重ねたのは、風の精霊王、シルフィーネの力を借りた精霊術、疾風エアスピード風斬エアブレード


 疾さを活かすなら、疾さを伸ばす。

 避けに専念されるなら、無理矢理にでも受けさせる。それならばこのふたつ!


 再び踏み込んでくる魔王に、今度は俺も合わせて前に出る。疾さで倍近くの反撃を加えていくと、流石に奴も魔剣で受ける機会が増える。

 これなら風斬エアブレードの風圧で──って期待したんだけどな。


 魔剣に少し力を込めたのか。

 こっちの風の斬撃を、闇のオーラみたいな斬撃であっさり相殺し、疾さをあげてきやがった。

 こんなあっさり合わせられると、がっかりするだろうが!


『精霊術もこなすか。少しは楽しめるか?』

「どうだろう、なっ!」


 俺は必死。だけどまだ何とか五分で剣の打ち合いに持っていけてる。これなら──。


『余の闇術あんじゅつ、受けてみるか?』


 瞬間。にやりと口角を上げ、より狂気の赤い目が嬉しそうに細まる。

 背中に走る悪寒と「カズト!」と叫んだフィリーネの声。

 同時に強い一閃を見せた魔王に、俺は咄嗟に両腕で閃雷せんらいを抑え、受け止める。


 さっき同様に滑る身体。と同時に背後に感じた、振り返らずとも分かる迫る灼熱。

 くそっ。剣と術での挟撃かよ!? ふざけんな!


 俺が滑りながら咄嗟に選択したのは、無詠唱での光神壁こうしんへき。俺と共に滑る半球状の障壁に何かが直撃……って、何だよこれ!?

 俺が何とか踏み留まりながら、背中越しに見た物。

 それは無数の赤黒い焔の雨だった。


 障壁がそれらを次々に受け止めるも、焔の雨は際限なく迫ってくる。


 このまま耐え凌ぐか!?

 そう思ったのも束の間。


『もう少し楽しませろ。人間』


 ったく! 前からいきなり迫ってくんじゃねえ!


 俺は嬉々とした魔王の踏み込みからの袈裟斬りに、術を維持したまま一気に前に出ると、頭上で刃を刀で受け、そのまま魔剣の刃を抑えつつ滑らせながら、一気に奴の懐まで踏み込んだ。


 重い一撃で刀じゃ払えない。

 ならっ!


 そのまま一気に魔王に体を委ねるように背中を預け、くるりと転身し、流転るてんを咬まして背後に抜けようと試みる。


 って、疾風エアスピードまで重ねてるのに、迷わず振り返って捉えてくるのかよ!


『遅い』

「うるせえ!」


 一か八か。魔王の刃の軌道を無視して、疾風はやての舞での踏み込みを選ぶ。

 数歩の距離を一気に開け、同時に振り返りざまに刀を返す。それが何とか魔剣の刃を弾くと、俺は少し滑りながら、低い姿勢で踏み留まった。


 俺に向け放たれていた焔の雨が、魔王に降り注ぐ。しかし闇術あんじゅつで生み出された物ゆえか。魔王は激しい爆発と炎を浴びながら、涼しい顔をしてやがる。


 ……ったく。酷い強さだな。

 一旦俺は光神壁こうしんへきを解くと、迫る魔王とまた、刃を交えた。


 しかしほんと、何処の死にゲーのボス戦だよ。

 多角的な焔と共に迫る、魔王と狂気の剣。

 俺は魔術、水属付与を閃雷せんらいに重ね、奴の剣と焔を同時に捌く。


 剣で落とせる焔は弾いて逸らし。間に合わなそうな奴は無詠唱の聖術、魔防壁まぼうへきで何とか止める。


 合間の斬撃は必死に刀で受け、往なしてるけど。受け身一辺倒過ぎて、魔王に攻撃する隙がない。


 くそっ。

 このチート野郎が!


『手を変え品を変え、よく耐える』

「そっちこそ! 随分と、華やかな、演出じゃ、ないの!」


 息つく暇もない。

 魔力マナも一気に消費してる。

 だけど命魔転化めいまてんかなんかしたら、動きが鈍って死が迫る。


 正直ジリ貧。けど止まれるか!

 勝つ為に全てを出し切れ!


 俺は魔王ごと焔から守る光神壁こうしんへきで包み、迫る焔を一気に止めると、奴の魔剣での薙ぎ払いを低い姿勢で潜り、ざんひらめきで胴に向け刀を薙ぎ払う。

 同時に重ねし心斬しんざんうら

 これが俺の、全力の殺意!


 これすらあいつは紙一重で見切り、反撃に入ろうとしてる。が、ここだ!


 俺は最高の一撃を止め、もうひとつのざんひらめきを、ついせんの二の太刀として放った。


 こんなのできる自信なかったけど、人間案外何とかなるもんだ。

 迷いなき一刀は流石に魔王の表情を変え、奴を大きく仰け反らす。

 風の斬撃が奴の顔を掠め、頬に傷を付けると、魔王は少し距離を置いた後、感心した顔をした。


『ほう。中々。何がお前をここまでさせる?』

「絆に、決まってんだろ」


 息が荒い俺の顔を見て、涼しげだった顔を笑みに変えた魔王の目が、より赤く光る。


『ではその絆。先に絶やすか』


 と。奴の頭上に、今までにない巨大な焔が生み出された。赤黒い焔。そこに蠢く熱量に、強い恐怖が走る。


『止められるか? 人間』


 魔王が俺に一気に踏み込むと同時に、頭上の焔が俺と反対。ロミナ達の捕らわれた檻に向けゆっくりと向かっていく。


 くそっ!

 流石のあの檻でも、あんなの止められる訳ないだろ!


 俺は何とか魔王を掻い潜ろうと、我武者羅に刀を振るう。しかし奴は俺の刀を弾きつつ、素早い剣撃で俺を通さないよう牽制をしてくる。

 ちっ! このままじゃ!


彼奴あやつらと共に、死ぬか?』


 焦れた心を見透かすように、魔王が囁く。


「ふざけるな!」


 俺は歯を食いしばり、一気に魔王に踏み込んだ。

 奴の素早過ぎる薙ぎ払い。

 俺は瞬間、ぎりぎりで流転るてんを合わせ前に出た。

 腕を掠める斬撃と同時に走る痛み。

 きっさきが掠めただけでこの激痛かよ!


 それでも奴の脇を抜け、無理矢理前に踏み込んだ瞬間。次に走ったのは背中への激痛。

 袈裟斬り。

 だけど、真っ二つにされた訳じゃない!


『ほう。生を犠牲に踏み込むか』


 はっ! 当ったり前だ!

 俺は、それでも全力で踏み込んだ。

 振り返らず、あいつらの捕らわれた檻に。


「馬鹿! 来るんじゃねえ!」

「カズト、ダメ……」

「ちゃんと魔王を見よ!」

「私達なんて忘れなさい!」


 皆が顔を青ざめさせる中、結界を抜けた焔がゆっくりと皆に迫る。


「カズト! 逃げて!」


 ロミナまでもが叫んだけど、俺は無視して結界を抜け、術を唱えながら走りこむ。


『世界を包む聖なる光よ! その神々しき輝きにて、禍々しき闇の焔を吹き飛ばせ!』


 そのまま俺は、檻に向け勢いよく転身して背中を叩きつけると、両腕を焔に向け突き出した。


 俺が放ったのは聖術、聖光せいこう奔流ほんりゅう


 俺が生み出した巨大な光の球が空で焔に激突した瞬間。互いに爆発を起こし、激しく空気を揺らすと、そのまま消失した。


 へへっ。どうだ、魔王。

 瞬間。思い出したように痛んだ背中に顔を歪めると、ずりずりと床に尻を付き、天を見上げたままほっとした瞬間。


「カズト!」

「んがっ!!」


 耳をつんざくロミナの悲鳴と共に、俺を更なる激痛が襲った。


 右肩に。左腕に。腹に。右の脛に。左の太腿に。

 深々と刺さったのは、闇の雷槍デス・ライトニング

 宝神具アーティファクトの試練でロミナに殺された時に近い、死を直感するような激痛に、一瞬意識が飛びかける。

 

 それでも何とか意識を保ち、魔王を見ると。

 奴は俺に手を伸ばしたまま、冷たい瞳を向けていた。


『絆など感じるからこそ、お前達は弱い。分かったか、人間』


 その手を下ろすと、刺さった雷槍は消え。

 塞ぐ物がなくなった傷から血が吹き出した。

 勢いはすぐ弱くなる。が、流れ出る嫌な感触が、俺の中で何かを失わせていくような気がした。


「うるせえ! ま、だぁぁぁぁっ!」


 命の危険を察し、俺は咄嗟に腹に手を当て命気瞬復めいきしゅんふくを掛けた。

 いや、掛けたはずだった。


 だけど、即時に回復が出来るはずのその術は、傷口を抉るように拡げようとし、思わず俺は叫び声をあげてしまう。


『お前の奮闘振りに敬意を表し、反呪の回復カース・ヒールを与えてやった。光栄に思え』


 反呪のカース回復ヒール……。


「回復を、反転させる、呪い……かよ」

『そうだ。この呪いはお前が死ぬか、余が死なねば消えぬ。だが、呪いに掛かる者がいる間は、他者には掛けられん。つまりお前が必死に生きれば、聖勇女達にこの呪いが降りかかる事はない。どうだ? 絆を感じる者として、その身で聖勇女の役に立てる。堪らんだろう?』


 ……はっ。

 つまり、俺は死ぬまで回復魔法に掛からないわけか。しかも魔王の呪いだ。どうせ呪術破壊カースブレイクも効かないんだろ。

 いや。もしかしたら呪いを解けるかもしれないけど、身体に掛かる負担で、結局俺が先に命を落とすだけか。


「う、嘘じゃ……」

「カズト、死んじゃう……」

「だから言ったんだ! 何で俺達なんか助けたんだよ!」

「カズト……嫌よ。貴方が……そんな……」

「……あ……ああ……」


 背中から聞こえる絶叫と失意。


 ……結局、お前達の代わりになんかなれない。

 力不足なんて知ってたさ。そんなもんは。

 しかも、絆の女神の呪いに宝神具アーティファクトの呪い。おまけに魔王にまで呪いを受けるとか。何処まで呪われ体質だっての。


 一度死んだ事があるせいか。何となく直感で察する。

 ……この感覚。間に合わない。


 でもまだ、命はある。

 だから俺は、自分の弱さに呆れ笑いを浮かべると、こう言ったんだ。


「ロミナ。俺を、パーティーに入れてくれ」


 ってな。

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