第六話:魔王

 玉座の間に踏み入れると、これまた広い部屋に出た。

 地下にあるけど、天井付近は地上から出ているのか。窓があり、そこから時折稲光が差し込んでいる。


 ずっと先に見える、怪しげに光るガラスのような檻。

 その先に見える、巨大な魔方陣と結界。

 一応壁に掛かる篝火かがりびに炎が灯っているけれど、光源として頼りなさ過ぎて、薄気味悪さを倍増させている。


『……ほう。こんな所に人一人、何用だ?』


 俺がゆっくりと近づいていくと、酷く冷たい低い声がした。

 その声のする結界の向こうの玉座に、退屈そうに玉座に腰を下ろす奴がいる。

 ……やっぱり、映像で見るのと迫力が違う。

 あいつが、魔王か。


 しっかし現霊バニッシュすら効かないとか。やっぱ格が違うんだな。

 こりゃ魔力マナの無駄か。止め止め。


 苦しげな表情で、ガラスの檻の中で膝を突いていたロミナ達が、魔王の声にはっとしこっちに顔を向ける。


「……あなたは!?」

「カズ、ト……?」


 ロミナが相変わらず何処か憎々しげに……って、流石に驚きが勝ってるな。

 顔を青ざめさせたキュリアも呆然としてやがる。


「よっ。久しぶり」


 笑いながら片手を上げると、思わず立ち上がりガラスに両手を付けたミコラが、驚きながら叫んだ。


「馬鹿野郎! 何こんな所に来てんだよ!」

「何しに来たの! 早くお逃げなさい!」


 ミコラに釣られたのか。フィリーネまで珍しく焦っちゃって。司令塔がそんなでどうするんだよ。


「おいおい。折角助けに来たんだぜ。そんな言い方ないだろ?」

「お主はここに来ても馬鹿なのか!? 街で見ておらんかったのか? こやつは──」

「魔王だろ? で?」


 俺が呆れて肩をすくめてやると、ルッテまで目を見開き唖然とする。

 ま、そうなるよな。

 俺の弱さは戦ったお前達が、一番よく知ってるもんな。


「いいか? 『救世主は遅れてやってくる』。その界隈じゃ有名な言葉だぜ」

「馬鹿言わないで! そんな言葉知らないし、あなたなんかに助けてなんてもらいたくない!」


 はっきりと感じるワースの呪い。

 ロミナの言葉がほんと、心にくるな。

 しかも相変わらずつれない言葉だしさ。

 まあでも、お陰で魔王の禍々しい殺気が和らぐってもんだ。


『力無き人間が何用だ。服従の意思でも示しに来たか?』

「おいおい。その人間様が作った結界から出られてない奴が何言ってんだよ? まさかさっき殺した奴が、本気で神だったなんて思ってないだろうな?」


 出会った記念に折角あおってやったけど、魔王の奴は表情ひとつ変えない。

 はー。やっぱ分かるか。小物が吠えてるって。


 さて。

 俺は一旦檻に向かって向き直ると、抜刀術の構えを取る。


「な、何をする気だよ!?」

「まずは腕試しさ」


 ミコラが動揺した声をあげたのも関係なく、俺は迷わずガラスの檻に全力で一閃を嚙ます。


  キィィィィン!


 魔王がいるのを感じさせない、とても澄んだ音。

 残念だけど、俺の渾身の一撃でも傷ひとつ入らない。


 ったく。

 ハインツ。お前本気で凄いじゃないか。それだけ凄い研究成果を見せておきながら、何で闇術そっちの道を選んだんだよ。勿体ない。


 まあでも、今この瞬間だけは感謝してやるよ。

 魔王がここまで踏み込んでこれたら、ロミナ達がやられてたかもしれないしな。


 俺は少し落胆のため息を吐くと、魔王に視線を戻す。


「ロミナ。行方不明事件の犯人は死んだ。これで事件も解決したろ? だから俺をパーティーに入れてくれないか? シャリア達を助けたいし」

「嫌よ。大体あなたが事件を解決したわけじゃないわ」

「俺がパーティーに入れば、お前達を助けられるとしてもか?」


 さらっと俺が言うと、横目に見えたロミナ以外の四人がはっとする。転移の宝神具アーティファクトの話はルッテとミコラにしかしてなかったんだけど。あの顔だとフィリーネやキュリアに話は聞かせたっぽいか。


「ロミナ。カズトと、パーティー、組もう?」

「そうだよ! 俺達がここから出られれば、あいつをぶん殴れるだろ!」

「……嫌よ」


 キュリアとミコラがロミナに顔を向けそんな言葉を掛けるけど、彼女の心が揺らがない。

 ワースの呪いがそれだけ強いって事か。皆みたいに落ち着いて理解してもらうチャンスもなかったしな……。


「ロミナ! 意固地になっている場合じゃないでしょ!」

「そうじゃ。このままでは、我等は何もできずに朽ちるだけじゃ!」

「……絶対、嫌」


 魔王を見ている事しかできない歯がゆさと、嫌いな俺に声を掛けられている苛立ちが入り混じって、あいつの可愛い顔が台無し。

 ……ほんと。俺って嫌な奴だな。


『仲間かと思いきや、随分嫌われているようだが……』


 抑揚のない声。だけど茶番に見えるのか。魔王が少しだけ呆れた顔になる。けど、そっちは一旦後だ。


「じゃあせめてチャンスをくれよ。俺だって事件解決に奔走したんだし、お前達が解決したわけでもないんだろ?」


 俺は聖勇女様に生意気な口を聞いてみる。

 すると、彼女は視線を逸らし俯くと。


「……なら……魔王を、倒して」


 ぎゅっと、悔しげに唇を噛んだ。


「ロミナ!? 馬鹿な事を言うでない!」

「お前! あいつを見殺しにする気かよ!?」

「ロミナ。絶対ダメ」

「幾ら貴方でもそんなのは許せないわ。カズト! 間に受けないで!」


 ったく。そう来たか。

 流石の四人も、呪いがあるはずなのに俺を必死に止めてるし。口にしたロミナですら、後悔と嫌悪の狭間にあるような複雑な顔をしてる。


 ……本当、ごめんな。


「まったく。お前が一番よく知ってるだろ。絆の女神の力を借りたお前が、皆と戦ってやっと勝てた相手だってのに。ま、いいけどさ」


 ふっと笑った俺は、一歩。また一歩と歩みを進める。死の権化がいる結界に向けて。


「カズト! 何してんだ! 死ぬぞ!」

「カズト、ダメ!」

「ロミナ! はよ止めよ! あやつが殺されるぞ!」

「カズト! 戻りなさい!」

「あ……ああ……」


 各々おのおのが悲鳴を上げる中、ロミナが何処か、不安とも後悔共とれる、茫然とした声を漏らす。


 俺はあいつの優しさを知ってる。あいつがこんな奴じゃないって知ってる。だからこそ、そんな声が漏れたんだろ。


 俺にとっちゃ、それで充分だ。


「お前ら気にするな。どっちにしろ俺はシャリア達もお前達も救いたいし。それに俺が魔王を倒せたら、本当に救世主だしな」


 正直そんなの、万が一の可能性だろう。

 俺は結局、他の冒険者の持つ技や術を『絆の力』で手に入れてるだけ。

 魔力マナだって腕前だって、結局人並みでしかないからな。


 ま。それでも俺が魔王を倒せたら、それはそれで皆を救えるんだ。これでも昔、最古龍ディアに一人で挑もうと意気込んだしな。やる気だけは一丁前だぜ。


 魔王から目を逸らさず、俺はじっと見つめたまま、結界に踏み入る。

 どうやら魔王以外は出入り自由か。とはいえ相手が相手。逃げる事なんて考えてられないだろうけどな。


 魔王はといえば、あまり楽しそうな目はしていない。まあ、聖勇女様みたいな凄味なんてゼロ。当然か。


 結界に入った俺は、一旦歩みを止める。

 そこに立った時、感じたからだ。これより近づけば、俺が死ぬ。そんなヤバさを。

 それでも踏み込むには、乗り越えるだけの覚悟と気構えがいる。


 ……きっと心斬しんざんうらで牽制されるってこういう感じなんだろうな。自分でも随分恐ろしい技を覚えたもんだぜ。


『お前は弱い。それでもやるつもりか?』

「そうだな」

『死を恐れるなら、お前を見捨てる聖勇女に肩入れなどせず、余に服従してはどうだ?』

「服従の先に何があるのさ?」

『平和だ』

「平和?」

『そうだ。全てが余の前に平伏ひれふせば、争いなどなくなる。従わず争う者、余に抗う者は滅すればよいだけ。人間達との不毛な争いも、それで無くなろう』

「魔族は争わないとでもいうのか?」

『言ったであろう? 争い、抗う者は滅する。例え魔族同士であろうともな』

「つまり力で支配するだけって事か。それってお前ひとりの世界と何が違うんだ?」

『変わらぬ。だからこそ、争い、抗う者が絶えなければ、世界全てを滅ぼせばよい。そうすれば、平和の世とはなろう』


 ……ある意味徹底している訳か。

 まあ、確かにそれもまた平和って言えばそうかもしれないし、ギアノスが「魔王は世界を滅ぼす為に、その名に世界を背負う」なんて言ってたのも、ある意味頷ける。


『今のお前は聖勇女にすらさげすまれ、憎まれている。服従すれば、お前をそんな世界から救ってやるぞ』


 誘惑って訳じゃない。裏なんてないストレートな言葉。きっとこれが魔王故の、揺るがない信念なんだろ。

 ロミナ達が声を上げないのも、それが事実だって分かってるからだ。


 まったく。慈悲深い魔王様だぜ。

 ……けどな。


「悪い。やっぱ俺には合わなそうだ。絆も感じられそうにないし」


 俺は鼻で笑うと、静かに抜刀術の構えを取る。


『絆などという脆き物に頼るとは。結局、ただの人か』

「そういう事。でも、絆も満更じゃないんだぜ。俺はそれに、何度も助けられたからな」

『あの聖勇女とも、絆があるとでも?』

「勿論。だからあいつは俺に、チャンスをくれたんだよ」

『余を倒せなどと、世迷いごとをいう女にか?』

「そうさ。希望に前向きな願い。可愛いじゃないか」

『……そうか』


 ゆっくり魔王が玉座より立ち上がると、すっと片手を横に伸ばす。

 同時にそこに闇の稲妻が、放電するような音を立て集まったかと思うと、禍々しさを感じる漆黒さを持つ、一本の長剣ロングソードへと姿を変えた。

 聖剣とは真逆の、漆黒の怪しき輝き。魔剣とでも呼ぶのが相応しいかもな。


『まだ新月まで時はある。暫し余興に付き合ってやろう』

「寛大な心に感謝するよ。魔王様」


 俺が言葉を掛けた瞬間、膨れ上がる殺意。

 もう存在自体が殺意の塊。こりゃ死神も真っ青だ。


 背中に流れる冷たい汗。

 腕なんてずっと鳥肌が立ちっぱなし。

 身の毛もよだつってレベルじゃねえだろ。

 

 ……だけど、恐れなんてするか。

 ロミナに剣を向けられる方が、よっぽど怖かったからな。


 未だ耳にする雷鳴。

 俺達が構えて暫く。


 より大きな雷鳴と、窓から入った強き稲光、が俺達の影を強く浮き上がらせた、その瞬間。


 俺はついに、魔王と剣を交えたんだ。

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