第五話:道を征く

 城を出て、雨の中歩いていく。


 城の衛兵達に促されたのか。先程まで声を上げていた人達の姿も消え、普段なら人で賑わう通りは、人っ子一人いない。


 たまに衛兵達が、せわしなく通り過ぎていく。雨の中でもこんな有事だからな。何ができるわけでなくとも、人々を落ち着かせるため奔走してるんだろう。


 門から街を出て、森に入る。

 まだ夕方なんて随分先なはずなのに、暗雲のせいで夜かと勘違いしそうな暗さ。


 じっとりと道着と袴が雨で重くなっていく。

 ……まるで、俺の心みたいだな。


 この先にいるのが分かる、恐ろしい程の狂気。

 背中を守ってくれる奴もいなきゃ、前に立ってくれる奴もいない。

 たった一人なんだぜ。そりゃ心だって重くもなるさ。


 前々から言ってるけど、俺は世界を救うなんて宿命を背負えるほど、心も身体も強くもないんだ。

 アーシェが女神に戻れたのだって、どっちかといえばロミナのお陰であって、俺の功績なんて大したことないし。


 それがどうだ。

 これから魔王の前に立って。ロミナ達を助けて、世界を救ってもらわなきゃいけない。

 そんな状況に首突っ込もうとしてるなんてな。

 さっき皆の前で勝手に啖呵たんかを切ったけど、ほんと何してるんだって、自分に呆れるよ。


 結局、行方不明事件の首謀者は死んで、俺の手で事件は解決できなくなった。でも、せめてロミナ達も、シャリア達も助けたい。

 その為には、何とかあいつらとパーティーを組むしかないんだよな。

 もし組めれば、俺にもチャンスがあるはずなんだ。シャリア達も、ロミナ達も救い出すチャンスが。


 ……正直、未だどうすればいいかは分からない。

 だけど、俺は光を追うんだ。フィネットの予言を信じて。


 ハインツの屋敷に近づくにつれて、雷鳴が随分と激しく轟くようになり、周囲の木々が枯れ始めているのに気づく。

 ……よくファンタジーであるんだよな。魔王のあまりの強さに、生き物が勝手に絶望し、命を絶つなんて話が。


 この光景がそれかはわからないけど、中々に絶望を煽る。

 勿論、深い闇ばかり感じる殺意も、より強くなっていく。こんなの普通の人が間近で感じたら、気が狂うんじゃないだろうか。


 実際俺も、勇気を振るうだけじゃ歩けなかった。そこに何もなく、ただ魔王の前に立てなんて言われたら、絶対無理だった。


 だから俺はきっと、あの時聖勇女パーティーを追放されたんだ。

 それだけ頼りなかったんだろ。


 暗雲立ちこめる空の下、俺はやっと、ハインツの屋敷の前に立つ。

 古びた屋敷の前に立つずぶ濡れの武芸者。

 どんなホラーゲームだって感じだな。ちょっと和洋折衷過ぎるけど。


 俺はゆっくりと扉を開ける。妙に古びた感じの軋む音と共に。

 すると、エントランスに不自然に存在する、下り階段が見えた。

 ……あの先に、魔王がいる。

 強い気配が、そこから感じられる。


 念の為、現霊バニッシュを掛け気配を消す。これで奇襲のひとつでも掛けられりゃいいんだけど。

 そんな淡い期待をしながら、俺はゆっくりと建物に入っていった。


 禍々しく、息苦しすぎる空気。

 ……こんな中で、ロミナ達は無事なんだろうか。

 そんな不安が心に過るけど、そこだけは信じろ。

 占いだって、光を追えばって言ってたろ。そこに光がなきゃ、追うことだってできないんだから。


 一歩、一歩。屋敷の中にゆっくりと踏み出す。

 床がギシッ。ギシッと嫌な音が耳に届く。まあ現霊バニッシュを掛けてると、こんな音も聞こえるのは俺だけなんだけどな。

 ってかハインツ。お前宮廷大魔術師だったんだし、それなりに給料貰ってたんだろ? 家のメンテナンス位ちゃんとしておけよ。不気味で仕方ないって。


 目の前で口を開いている下り階段。

 俺はそのまま歩みを止めず、ゆっくりと降りる。

 肌を撫でる空気が、常に背筋を凍らせる。この先にある存在に、心が警鐘を鳴らす。


  ──『お主。死ぬ気か?』


 ……って。

 ワース。お前かよ。


  ──『今お前が逃げても、誰も責めはせんぞ』


 何を今更。もうロミナ達は目と鼻の先なんだよ。


  ──『仕方ないじゃろ。お嬢ちゃん達が止めろ止めろとうるさくて敵わん』


 ……その割に随分真剣な声で話すな。

 どうした? 急に同情でもしたか?


  ──『……そうかもしれんのう』


 はっ。どういう風の吹き回しだよ。


  ──『……試練など捨てよ。お嬢ちゃん達もちゃんと返してやる』


 ……ははーん。

 お前実は、女に弱いんだろ?

 悪いけど、まっぴらごめんだ。


  ──『今までと、もう状況が違うじゃろ?』


 ほーう。じゃあ何だ。

 ここまで俺達をもてあそんで、ロミナ達にまで辛い思いをさせておいて。今更なかった事にするのかよ。ふざけるな。


 俺は絶対に試練を超えてやるからな。

 覚悟しとけ。


  ──『それは悪かったと思うておる。じゃが、今はそんな状況ではあるまい』


 いーや。そんな状況なんだよ。

 勿論、試練なしにシャリア達を解放してくれるってなら、それはそれで頼む。俺が試練を達成できなくて、ずっとそのままってんじゃ可哀想だしな。


 だけど。

 今の俺は、絶対に試練を成し遂げなきゃいけないんだ。


  ──『何故じゃ?』


 決まってるだろ。

 ロミナ達を助けて、魔王に勝つ為だ。


  ──『本気か?』


 本気じゃなきゃここまで来るかよ。

 心はびびりまくってるけどさ。


 いいか?

 もし試練を達成したら、ちゃんと二人を解放し、俺に力を貸してくれ。


  ──『……分かっておる。その代わり……死ぬでないぞ』


 なーに心配そうな声出して。お前らしくもない。

 ここまで散々人を小馬鹿にしてきたろ。元気出せよ。


 ま、生きるか死ぬかは分からない。

 けど、善処はするからさ。


 しっかし。

 ここにきて誰かと話せると思ってなかったな。

 お陰で少し気持ちが楽になったよ。ありがとな、ワース。


 ……後は、覚悟だけだ。

 ロミナ達に会う。ロミナ達を助ける。そして、魔王を倒すんだ。


 ……俺さ。

 本当にあいつらに感謝してるんだぜ。


 現代では親もなく、ただ無気力に孤児院で暮らし、学校に通ってた。

 どっちかといえばラノベやアニメ、漫画なんかの英雄譚に憧れる、地味で大人しい部類の奴だったし。

 あまり人と一緒にいるってのが得意じゃなくってさ。それ故に人を避けるタイプだったから、孤児院の中ですら、まともな友達なんていなかった。


 この世界に来た時も、アシェはいてくれたけど、入ったパーティーの殆どで色々苦労して。実力不足だって何度も追放もされて。

 仲間だって思える程の気持ちを、結局アシェ以外に持てなかった。


 そんな中、ロミナ達と偶然出会って。お前達がパーティーに入れてくれて。俺は初めて、パーティーの良さと、仲間ってのを知ったんだ。


 俺は『絆の加護』で支援こそできるけど、一個人としては絶対足手まといだったのに。


 それでも俺と旅してくれて。俺と笑ってくれて。

 時に俺に弱い所なんかも見せてくれたよな。


 俺、そういう経験は初めてでさ。

 だからこそ、聖勇女パーティーとしての約一年は、人生で最高の日々だった。


 勿論、弱いからこそ大変な事も沢山あったし、女子ばかりの中で困る事も多かった。

 けど、俺はお前達に感謝してたからこそ、本気で仲間でいたい。仲間であろうって思って、俺なりに頑張ってこれたんだ。


 追放されたのだって、俺からしたら涙が出るような理由。一緒にいれなくなる寂しさはあったけど、それでも俺は感謝したんだ。お前達の優しさにさ。


 だから。


 離れようが。

 忘れられようが。


 俺はお前達の役に立ちたかったんだ。

 仲間であり続けたかったんだ。


 結局俺は自分のせいで、沢山お前達を苦しめ、傷つけちゃったけど。

 こんな奴が仲間だなんて、おこがましいかもしれないけど。


 それでも俺は、今でも本当に感謝してるんだ。


 魔王討伐直前まで、一緒にいてくれた事も。

 ルッテ達三人とパーティーを再度組んだ時の温かい言葉も。

 ロミナが俺の事を少しだけ覚えててくれて、俺を追って皆で旅してくれてた事もさ。 


 だから。

 俺は傷つけた分。せめてお前達が、平和な世界で幸せになる未来を見せてやりたい。

 仲間になってくれた恩を、返してやりたいんだ。


 結局、俺は弱い。

 だけど、お前達との絆だけは信じてる。

 何たって、絆の女神様の力でここにいるんだしな。運命的だろ?


 だから、俺は歩みを止めず、光を追うんだ。

 後悔し続けたあの時の夢も、叶えたいしな。


 ……アーシェ。

 お前も、もしもの時は力を貸してくれ。

 何があったって、絆を信じてやるからさ。


 階段を降り、目の前に広がる長い廊下……って、おいおい。マルージュ城の謁見の間に向かう廊下と同じ作りじゃないか。ハインツってほんと、趣味悪かったんだな。


 コツコツと静かな足音と、冷えすぎた、心まで恐怖で凍りそうな空気。

 ……俺ってやっぱり何かおかしいんだろうな。この中を歩けるってさ。

 しかも魔王と一緒にいるのは、まだ嫌われたままのロミナ達だろ?

 俺ってそんなマゾい性格だったのかって、思わず呆れた気持ちになる。


 ま。それでもいいさ。

 こんな性格じゃなきゃ、わがままで癖の強い聖勇女パーティーと、一緒に旅なんかできなかっただろうしな。


 廊下の先。既に扉の開いた部屋が見える。

 この先に、魔王のいる玉座の間があるのか。


 気持ち悪いほどの威圧感。

 思わず足を止め、逃げ出したくなる。

 だけど、そんなのできるか。

 あいつらを失いたくないんだから。


 俺、やっぱり死ぬより怖いんだよ。

 あいつらを失うのは。


 だから、やってやるさ。

 魔王だろうが何だろうが、恐れてやるもんか。

 俺はただ、信じる道を征くんだから。

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