第四話:光を追えば

 暫くの沈黙の後、街の住人達は一気に恐怖に騒ぎたった。

 急ぎ家に逃げ帰る者。街から逃げようとする者。

 勿論、城の前に立ち、国王達に魔王討伐を懇願する者達もいた。


 俺達は皆、何も言えぬまま謁見の間に戻ると、ダラム王は力無く玉座に座る。


「……余の、責任だな」


 絞り出すように口にした後悔。表情には落胆と口惜しさしか浮かばない。

 きっとハインツを重用し、迷いを持ちながら研究をさせた結果、こんな事になったと後悔してるんだろう。


「ダラム王……」


 ジャルさんの放心したような呟き。

 だけど、誰もその後に言葉を続けられない。


 ……皆、分かってるんだ。

 魔王を倒せる鍵は、聖勇女達。

 しかし今彼女達は、皮肉にも魔王の眼前で捕らわれの身。


 魔王を他に倒せる者なんて存在しなければ、魔王の前に立ち、聖勇女達を救うだけの力を持つ者だっていない。


 ……そう。いないんだ。


 だからこそ、声を上げる者はいない。

 魔王に戦いを挑もうと声を上げる者も。聖勇女を救おうと雄叫びを上げる者も。


 俺だってそうだ。

 俺には、あいつら程の力なんてない。

 しかも、あいつらが六人がかりで何とか倒した相手に、たった一人で挑むなんて。ただ無駄死にしろって言ってる訳でさ。


 最古龍ディア戦う時に決意できたのは、あれはまだ、ここまでの圧を本人に向けられていなかったからだ。無知だからこそ無謀でもあれたんだって、今なら分かる。


 この距離ですら感じられる、禍々しき殺意と闇。

 これを向けられた状態で勇気を振えって言われたら、俺だって尻込みもする。


 ……ロミナ達はこんな力のある奴に挑んだのか。

 そりゃ、恐怖が心に刻まれる訳だ。


 謁見の間は、通夜のような静けさ。

 誰も動けぬ中、暗雲から雨が降り出す音がした。

 遠くで聴こえる雷の音。

 あれは天候のせいなのか。それとも魔王の力なのか。


 ……何で俺は、何時もそうなんだ。

 ……何で何時も、後悔してるんだ。


 ミコラが、ロミナに話をしてパーティーに戻ればいいって提案した時、何で断ったんだ。

 確かにロミナを気遣った。だけどあそこで戻ってたら、こんな運命回避できたかもしれない。


 ここだけじゃない。

 ウィバンで素直に皆の元に戻ってたら、こんな事にならなかった。


 それこそ、ロミナを呪いから解放した時だって。ロミナ達が俺を追放した時だって。

 何で俺は、残らなかったんだ。


 俺がそうできていれば。

 もしかしたら、こんな運命にはならなかったかもしれなかったのに。


 ……馬鹿だよ、俺は。

 皆の為を勝手に思って、その結果がこれかよ。


 俺は、結局皆に、迷惑しか掛けてない。

 俺なんて、この世界に来たって、何の役にも立ってないじゃないか。

 やっぱり俺なんて、いなくたって良かったんじゃないか。


 ぎゅっと拳を握り、ぐっと歯を食いしばったっても。

 悔しさ。歯がゆさ。後悔。

 ぽっかりと心に空いた穴を埋めるのは、そんな感情だけ。

 仲間を助けられない力の無さ。助けに行く勇気の湧かない罪悪感。


 恐怖ですくんだ身体が、何も考えたくないと訴えている。そんな、絶望に押し潰されそうな気持ちになっていた時。


 ……何処からか、声が聞こえた気がした。


  ── 『……光を追わねば闇に消え。光を追えば、闇が共に消える』


 ……光を追えば……闇が共に……消える……。


  ── 『……絆を、信じてください』


 ……絆……俺にとっての、絆……。


  ── 「……占いって、未来を占ってはいるけれど、だから未来が変わらない訳ではないの。だからこそ今回の結果にも『選択』するかのような言葉があるの」


 ……未来は……選択で、変わる……。


  ──「いい? もし本当に『絶望』が絡んで来るかもしれなくても、諦めちゃダメ。それは、忘れないで」


 ……『絶望』が絡んでも……諦めるな……。


 フィネットが俺に向けた予言。

 フォネットに導かれ現れた、エスカさんの進言。 


 聞こえたのか。思い返したのか。

 それは分からない。

 だけどその言葉は、俺がいざなわれた、未来への言葉だったはずだ。


 ……俺はまだ、選択できるのか?

 ……俺がもし、選択したらどうなる?

 ……俺にとって、絆は何だ?

 ……俺にとって、仲間って何だ?

 ……俺は、どんな未来を見たかったんだ?


 ……俺は、魔王の前にある光を、追えるのか?

 ……光を追う覚悟が、できるのか?


 自問を繰り返しながら。

 俺は目を閉じ、ふぅっと息を吐き。

 腰の閃雷せんらいの柄に手を掛けて。

 鞘から少しだけ相棒を抜き、戻す。


 カチンという、鍔と鞘が合わさる澄んだ音。

 こんな中にあっても変わらない音。

 だからこそ、その音が俺の心を落ち着ける。


 ……今更かもしれない。

 だけど、俺はずっと必死になってただろ。

 ずっと死に物狂いで、無茶ばかりしてきただろ。

 何の為だ? ここで後悔するためか?


 ……違う。


 今更後悔したって、未来は変わらない。

 だったら俺がどうしたいかなんて。そんなのひとつしかないじゃないか。


 ……だったら止まるな。

 迷ったら、また後悔するだけだ。

 まだ間に合うかもしれない。

 まだあいつらに、幸せな未来を見せてやれるかもしれないんだ。


 たったひとつの小さな音だったけど、静けさの中ではよく響いたのか。

 皆の視線が俺に集まっている。


 ……ったく。

 城のお偉いさん方が揃って注目しすぎだよ。

 ま、丁度いいか。


「ダラム王。お世話になりました」


 俺は笑顔でダラム王に向き直ると、軽く頭を下げた。

 あまりに突然の一言に、皆が未だ唖然とする中。


「カズト。其方そなたは……」


 何かに気づいたダラム王が、唖然としたまま俺を見る。悲痛な表情なんて、一国の王が簡単にするなって。


「ええ。俺は魔王が怖いんで、一足お先にここを離れます。ダラム王。折角なんであなたに助言しておきます。あなた達では魔王なんて倒せない。倒せるとしたら聖勇女達だけです。だから、あなたを始め、この街にいる者達は誰一人、絶対に魔王に挑んだりしないでください。無駄死にしますんで」

「お前! そんな言い方ないだろ!?」


 思わず怒鳴ってきたのはトランスさん。

 まったく。威勢だけはいいんだな。


「だって事実じゃないですか」

「やってみないと分からないだろ!?」

「何を今更。ここまで声ひとつあげられなかった時点でお察しだ」

「うるさい! お前だってただのCランクの武芸者じゃないか!」

「ああそうさ! 俺はCランクのただの武芸者だ! だからあんたに現実を教えてやる! 本気で魔王に勝ちたいって言うならな!」


 俺は強く叫ぶと、こいつらの前で呼び出してやったんだ。

 熱く猛った、紅きフレイムドラゴンをな。


 突然の事に、周囲からどよめきの声が漏れる中。


「……これ位の事、できるんだろうな?」


 俺は真剣な顔で、トランスさんの目を見つめた。


「な!? カズト殿……それは……」


 ジャルさんが思わず愕然としながら何とか口を開く。

 トランスさんなんて、間抜け顔でポカーンとしてら。

 いい気味だ。シャリアにも見せてやりたかったぜ。


炎の幻龍フレイム・ドラゴニア。まさかあんた、魔導都市と呼ばれるこの国で宮廷魔術師まで務めてる癖に、こんな事すらできずに聖勇女達を救うなんて、軽々しく口にしてないよな?」

「……お、おい。それ……どういう、事……だよ……」


 トランスさんの漏らした言葉が発端となり、にわかに謁見の間が騒がしくなる。


 当たり前だ。こんなのできるはずがない。

 古龍術は亜神族だけに許された術。人間も、天翔族であるトランスさんも、逆立ちしたって出来やしないんだ。


 はっ。こういうのを見ると、やっぱりスカッとするぜ。

 俺は指をぱちりと鳴らすと術を解き、ドラゴンを解放してやった。


「……カズトよ。すまない」


 ダラム王が口を真一文字に結び頭を下げると、流石に周囲もまた静かになる。

 ……ったく。あんたも優しすぎだよ。王様。


「ダラム王。深夜、新月が南天を指す頃までに何も進展がなければ、その時は覚悟を決めてください。でも、それまでは決して誰も攻め入らせないと約束してください。あなたが大事にしているここにいる人達にも。街や国の人達にも。それこそ一兵卒だって、大事な仲間や恋人、家族だっているんです。そんな人達を悲しませるには、流石にまだ早いですから」

「……分かった」

「あともうひとつ。流石に約束を忘れさせるわけにはいかないんで、記憶は消しません。ですがその代わり、今見たことわりを超えた術も。ここにいる一人の武芸者の存在も。そいつがこの先何をするのかも全て、ここだけの話です。だから、ここにいる人達は全員、それらを誰にも話さず一生を過ごしてください。お願いできますか?」

「……ああ。王として皆に守らせよう。……いや。男の約束だ」

「……国王様にそう言って貰えた事、感謝します。あと、覚えてくださっていた事も」


 俺がふっと笑うと、ダラム王も笑い返してくる。

 ま、ちょっと表情が固いが合格点だ。


「待て、カズト。記憶を消すって何だ? お前は一体何者なんだ!?」


 そのまま踵を返し歩き出そうとした俺を呼び止めるトランスさんの声。ま、いいか。ダラム王が約束したんだ。名乗ってやるよ。


「俺は、忘れられ師ロスト・ネーマー……なーんて。そう名乗ってやりたい、諦めの悪さだけはLランクの、Cランクの武芸者ですよ」


 俺は笑顔でそう名乗った後、振り返らず、そのまま歩き出し、謁見の間を一人後にした。

 うん。少しはかっこよく決まったかな。


 ……さて。

 後はちゃんと、未来の為に選択し、覚悟するだけだ。

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