第三話:生み出されし絶望
俺達は声も出せぬまま、マルージュの空に浮かび上がっている映像を茫然と見つめていた。
『皆様に最高の知らせですよ。ついにこの世界が、再び恐怖の闇に包まれる時が来たのですから』
ハインツのどこか楽しげな声と共に、映りし視界がぐるりと向きを変え、ハインツのいた魔方陣の外にある、怪しげな装置を映し出す。
ガラスのような透明の壁に覆われた檻のようなもの。足元には見慣れない複雑な魔方陣が描かれ、赤黒く光っている。
そして、中に捕らわれていた者達を見た瞬間。
「皆!」
俺は思わず叫んでいた。
『出せ! 出しやがれ!』
ドンドンと強く壁を殴る怒りの形相のミコラ。
あれだけ本気で殴ってて壊せないって事は、きっと足元の魔方陣で弱体化してるに違いない。
『止めよ、ミコラ』
『無駄な足掻きはやめましょう。力は温存なさい』
彼女を制止しつつ、歯がゆさと苛立たしさを見せるフィリーネとルッテ。
ただじっと無表情にハインツを見つめるキュリア。
そして、険しい表情をしたロミナ。
『ハインツ。あなたは一体何をする気なの!?』
気丈に叫んだロミナに、返ったのは怪しげな笑い声。
『いえね。聖勇女様達にご協力頂こうと思ったのですよ』
『何をじゃ?』
『魔王の復活』
『何ですって!?』
フィリーネの叫びも最もだろう。それこそが、俺やトランスさんに浮かんだ最悪のシナリオだからだ。
『この世界で唯一、あなた達は魔王と戦い生き残りし者。つまり、記憶に真の魔王を持っているのですよ』
『魔王を甦らせて、何をする気じゃ?』
『勿論。世界を我が手中に収めます』
『あら。貴方が魔王を服従させようとでも言うのかしら?』
『ええ。その為に宮廷大魔術師となり、秘密裏に色々と研究させていただきましたから。私のいる魔方陣。これは魔族が表に出られぬようにした結界であり、服従をもさせられる複合魔方陣。他の者には描けぬ、私だからこそできた代物なのです。そして今、皆様がいる複合魔方陣もそう。ひとつはあなた方の力を奪う
『
唖然とするロミナの呟きに、何処か狂気じみたハインツの声が続く。
『はい。この魔方陣にて魔王を生み出し、このつまらない世界を再び恐怖と混沌に
『ふざけないで! 私達はあなたになんて協力なんてしない!』
『残念ですが、あなた方の強き想いなど無駄なのですよ。折角です。実際にお見せしましょう。皆様。魔王との戦い、如何でしたか? その強さに恐怖もあったのではありませんか? あの時は絆の女神が姿を変えた幻獣がいたと言いますが、今この場にはおりません。もし目の前に魔王が現れたら、あなた方は、倒せるのでしょうか?』
静かに、何処か
床にあった魔方陣の光がより強くなったかと思うと。
『ぐっ! な、何だ!?』
『何じゃ、この、感じは……』
『……嫌……駄目……』
『貴方! な、何を!』
ミコラ、ルッテ、キュリア、フィリーネが突如苦悶の表情と共に膝を突く。
唯一立っているロミナも、痛みで顔を強く歪めている。
『や、止めなさい! こんな事!』
『聖勇女様。あなたは止められませんよね。魔王を思い浮かべてしまったのだから。忘れもしない、あなた方を苦しめた、最も恐れし魔王を姿を』
苦しむ彼女達を捕らえた檻の上にある水晶が怪しく光ると、黒き稲妻を放つ。
それを追うように映像はまたもぐるりと向きを変えると、稲妻は玉座の後ろにある祭壇上に浮かんだ水晶に流れ込み、それが闇の稲妻に包まれ、少しずつ何かを形取り始めた。
ハインツはゆっくりと立ち上がると、祭壇に一歩一歩近づいていく。
『さあ刮目なさい。再び現れし、魔王の姿を!』
黒き稲妻の前に立ったハインツが、狂酔した笑みを浮かべ両腕を広げると、瞬間。
水晶が激しく砕け散った音と共に、俺達は城のバルコニーに居ながらも、強く禍々しい波動を感じ取った。
はっとして見つめた先。
それは冒険者が行方不明になった森の先の崖にある、一軒の古臭い屋敷から伝わってくる。
禍々しさの中にある、高貴さ。
同時に、身の毛もよだつ程に、はっきりと伝わる殺意。
俺は奴に会う前に、パーティーを追放された。
だけど……そんな俺でも理解した。そこに生まれし、最悪の存在を。
映像が少し乱れた後。
祭壇の上に立つ者がいた。
灰色がかった肌。
時折闇の放電を放つ、漆黒のローブ。
額と頭の脇より伸びる三本の角。
恐ろしく冷たい瞳を見せる、線の細い男。
……あれが……魔王……。
誰もが声を上げられぬ中。
魔王はゆっくりと己の手を見つめる。その姿に満足そうに目を細めたハインツは、ゆっくりと口を開いた。
『魔王よ。よくぞお戻りになられました』
『……戻った、とは』
『あなたは聖勇女に一度敗れ、この世を去りましたが、私の力で甦ったのです』
『ほう。……お主、何者だ?』
『創造神、ハインツ』
『人が、神を名乗るか』
『ええ。あなたを蘇らせたのですから』
嬉しそうなハインツに、無表情のままの魔王。
これ、絶対にヤバいだろ……。
あまりにはっきりと伝わる死を直感させる程の波動に、気持ちが折れかかる俺を他所に、二人は語り続ける。
『この魔方陣……余を逃さぬ結界に、余を服従させる為の陣、か?』
『流石は
『これで、余はお主に手出しできず、
『はい。我が家臣となり、是非世界を混沌に陥れていただきたいのです』
『……ふっ。面白い』
初めてにやりと
……くそっ。
これ、最悪な二人を組ませたって事かよ……。
魔王がハインツの脇をゆっくりと抜け、祭壇を下り始める。と、その瞬間。
『が、余興にもならん』
『なっ!?』
何時の間に現れたのか。ハインツは背後から
『な、何故……抵抗……でき……』
震えながら振り返り、目を見開き、信じられないといった目を向けたハインツに、魔王は肩越しに視線だけを向け、鼻で
『服従など、力無き者ができる訳なかろう。お主は余の力を理解しながら、何故その差に気づけなかった。素直に我が
その言葉と共に、雷槍を掴みハインツから抜き取ると、それを合図としたかのように、血を吐いた彼がそのまま祭壇に倒れ伏す。
そして、あいつは絶命したのか。その身がゆっくりと光の塵となり、黒き法衣だけを残し、消えた。
そのまま魔王は槍を何処かに構え、投げ放つ。
瞬間、何かが触れ感電したような音と爆発音が耳に届いた。
……まさか!? ロミナ達が!?
最悪を想像した俺だったが。
『……フン。小賢しい創造神も、術の腕だけは確か、か』
鼻で
魔王が、この映像を送っているであろう何かを見つけると、再び冷たい瞳を向ける。
『……丁度良い。人間達よ、聞いておろう。余は復活した。暫しこの結界から出られぬが、今晩はお
そう言うや否や。
魔王が映像を映す何かに手を向けると、次の瞬間、映像は強く乱れ、そのまま消失した。
住人も。家臣も。そして国王も。誰もが言葉を失う中。
俺もまた、ただ何も言えず、強い殺意に震えながら、奥歯をぐっと噛む事しかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます