第二話:禁術
「俺は先に城に行く!」
「はい! こっちはロミナ達の方に!」
魔導学園前に止めていた馬車にトランスさんが乗り込むと、馬車は勢いよく走り出す。
俺はそれを見届ける暇なく、貴族街に向け必死に走り出していた。
ヴァーサスが語った話。
それはハインツの野望と言っても良かった。
宮廷大魔術師への推薦。
これはヴァーサスが、ハインツに
彼はヴァーサスの娘さんに、
その効果を持った腕輪は、ハインツが生み出した
それ故に、ハインツが離れていても何時でも死の引き金を引け、あいつが死ぬまでは解呪も破壊もできない相当厄介な代物だったらしい。
実際にヴァーサスに目の前で解呪を試させたっていうんだ。あいつもよっぽどの自信があったんだろう。
で、ヴァーサスが協力しなければ娘さんの命を奪うと脅され、止むなく宮廷大魔術師として推薦し、今まで奴の研究に協力するしかなかったんだそうだ。
やっと己が望むだけの研究ができる施設を自由に利用できるようになったハインツは、結果として秘密裏に施設を使い、術による『記憶の抽出』に成功したらしい。
彼は代々家に伝わる、どんな術も無詠唱で繰り出せる才能があった。
その力を利用し、四霊神に見せかけるように人々を拐い、『記憶の抽出』の被験体としていたんだけど。実は『
その研究は人の負担は相当らしく、拐ってきた被験体はすぐ壊れ使い物にならなくなる。
だからこそ、ハインツは合間を見ては人を拐い、研究を続けてたらしいんだけど、ヴァーサスは当時、何をしているか分からぬまま、力を貸し続けるしかなかったんだそうだ。
そんな中。
急にハインツから、冒険者を被験体としたいから手を貸せと脅され、彼は止むなくあんなクエストで冒険者を誘い出す手筈にしたんだそうだ。
勿論その時の冒険者達もまた、ハインツに連れて行かれ被験体になり、結果死んでしまったそうなんだけど……。
──「あの男は闇に取り憑かれ、自ら恐ろしき
そうヴァーサスが恐怖しながら語った内容が、頭から離れなかった。
冒険者の一人の記憶。それを抽出し生み出された物。それは、一体のゴブリン。
そう。
ハインツは、記憶から魔物を生み出したんだ。
魔族でもそこまで強くはないはずのゴブリン。だけど、生まれた個体の力と人間達に対する凶暴性は、まるでホブゴブリン程だったらしい。
怪物を使役する為の魔方陣の中で生み出されたそいつは、その力で残りの冒険者を斬殺したんだそうだ。
──「彼らもまだ駆け出しの冒険者。それ故に、よりゴブリンへの恐れを感じていたのだと思う。にしてもだ。記憶からより本来より強い魔族を生み出したのだぞ!? もしこの
頭を抱え、顔を青ざめさせたまま震えていたヴァーサスの怯える姿。それが今でも目に焼き付いている。
そして同時に、俺の中で酷く嫌な予感がしたんだ。
危惧する最悪の恐怖。
もしそれを記憶に強く持ち、想像できる者がいるとしたら──。
急ぎ向かったのはフィリーネの屋敷。嫌われてたから門番でも立てられたらと思ったけれど、そこまではされていなかった事にほっとする。
玄関の呼び鈴代わりの宝石に手を
……早く。早く出てくれ!
焦れる心を抑え込み、俺は誰かが出てくるのをじっと待つ。
ほんの十数秒位の筈なのに、酷く長い時間に感じた気持ちを打ち破るように、玄関がゆっくりと開くと、現れたのは家のメイドだった。
「何か御用でしょうか?」
「はい。至急フィリーネ様にお会いしたいのですが、いらっしゃいますでしょうか?」
「申し訳ございません。お嬢様でしたらお仲間の方々と出掛けておりますが」
「どちらに向かわれたんですか!?」
俺は咄嗟に門を両手で掴み、ガシャリと音を立ててしまう。それがいけなかったのか、メイドが露骨に警戒を示す。
「申し訳ございませんが、余所者にお教えなどできません」
「フィリーネ様が危険なんです! お願いです! 教えてください!」
「なりません。お引き取り下さい。でなければ衛兵を呼びますよ」
気が
「くそっ!」
やりきれない気持ちにもう一度だけ門をガシャリと揺らした後、俺は
残念ながら彼女達の行き先に当てなんてない。
もしかしたら行方不明事件の捜査をしてるかもしれないけど、ある程度現場は絞られてるって言ったって、マルージュだって広いんだ。ただ走り回って探そうとする方が難しい。
俺もキュリアみたいに
だからこそ俺は、その足で城に向け駆け出していた。
昼過ぎだってのに、まるで夕立が降りそうな黒い雲が、俺の不安を掻き立てる。
ワースの力があれば、もしかしたらあいつらの元に転移もできるかもしれないけど。
──『認められておらん者に、力は貸せんぞ』
分かってるよ!
くそっ。何時になく真剣な声出しやがって。
不安と焦りでワースに八つ当たりした自分が嫌になりつつも、俺は別の望み──トランスさんが先にハインツを捕らえ、事態を未然に防いでいる事を信じ、必死に走った。
やっと堀を越え城門に着くと、俺は門番に事情を話す。トランスさんはちゃんと俺の事を話してくれていたみたいで、彼らも急ぎ俺を謁見の間まで案内してくれたんだけど。そこではダラム王やジャルさん、トランスさんを始め、家臣達が騒めきながら話をしている最中だった。
「失礼します!」
頭も下げず声だけ。礼節がなっちゃいないけど、今はそれどころじゃない。
俺が中に駆け込むと同時に、こっちに気づいたトランスさんが見せた口惜しげな顔。瞬間、脳裏で俺の中の最悪が騒ぎ出した。
「トランスさん! 状況は!?」
「……すまん。先を越された」
「どういう事ですか!?」
思わず叫んでしまった俺に、顔色の悪いジャルさんが申し訳なさそうに口を開く。
「本日、ロミナ嬢を始めとした聖勇女パーティーの方々が城に参られたのですが、その後、ハインツと共に、街の外にある彼の別邸に向かったそうなのです」
「別邸に!?」
「……すまぬ。余が以前よりロミナ殿達と面会したいと声を掛けていたのだが、最近ロミナ嬢の体調が優れぬと聞いておってな。やっと落ち着いたとの事で、本日顔を見せてくれたのだが……」
俺は王の前だってのに、露骨な悔しさと共に思いっきり歯ぎしりをする。
きっと奴の事だ。行方不明事件の話でも餌にして、ロミナ達を誘ったに違いない。
だとしたら急いで別邸に──。
「国王! 大変です!」
俺が咄嗟に頭を切り替えようとしたその時。謁見の間に外にいた別の門番が慌てて駆け込んで来た。
「どうかしたのか!?」
「はい! 街の中に、怪しげな幻像が!」
「何だと!?」
玉座に座っていたダラム王が思わず立ち上がると、足早に謁見の間の横にあるバルコニーに向かう。
トランスさんやジャルさん、他の家臣に釣られて、俺も思わず駆け出すと、急ぎバルコニーに出た。
大図書館にある塔の最上階辺りから放たれている光が、空に怪しげな映像を浮かび上がらせている。
街中に見える住人達も、その予想だにしない光景に皆が足を止め、驚き戸惑いながら空を見上げていた。
そこに映るのは、まるでダラム王の謁見の間が再現されたかのような、広く薄暗い部屋。
部屋全体を覆うように、巨大な魔方陣が描かれ、怪しげな光を放っている。
『皆様、ごきげんよう』
玉座のある場所に悠々と腰を下ろしていたのは、漆黒の法衣に身を包んだハインツ。
奴はそんな挨拶と共に、怪しげな笑みを浮かべていた。
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