第五章:絶望の先

第一話:尋問

「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらに」

「ありがとうございます」


 学園長の部屋に通された俺とトランスさんは、にこやかな笑顔の学園長、ヴァーサスと面会した。

 黒髪の中に随分と白髪が目立つ、しかし清潔そうな雰囲気を出している彼。勝手に長い白髪の老人を想像してたけど、雰囲気的に五十代ほどの人間である彼は、ぱっと見人が良さそうな感じがする。


 ヴァーサスに促され、革製のソファーに向かい合うように座った俺達は、座ったまま頭を下げた。


「お久しぶりです。ヴァーサス先生」

「いやあ、久々に君の顔が見られるとは思ってもいなかったよ。元気かい? トランス」

「はい。お陰様でこの通りです」


 ん?

 思ったより親しげだな、この二人。


「あの、お二人は知り合いなのですか?」

「そういやカズトには話してなかったな。ヴァーサス先生は在学当時、俺のいた魔術科の担任してくださった先生でな。俺やハインツも色々と教えてもらった恩師なんだよ」

「トランスは本当に優秀だったよ。やや悪ふざけが過ぎる事が多かったのは、玉にきずだったけどね」

「先生。それは言わないでください。若気の至りって奴です」


 楽しげに話すヴァーサスに、気恥ずかしそうに頭を掻くトランスさん。


 ……恩師、か。

 彼も覚悟はしてくれてる。

 だけど、本当に色々と聞いてもいいんだろうか?

 少し心が弱気になる。……けど、ここで折れるわけにはいかないよな。


「しかし王直々の調査団とは。本格的に国も重い腰を上げたという所ですか?」

「こちらも色々と手を尽くしてはいるんですが、中々成果も出ていないもので。すいませんが、以前他の冒険者に聞かれた話なんかも改めて説明いただいたりするかと思いますが。先生、何卒ご容赦ください」

「気にせずに。力になれるかは分からないが、話せる事は全てお話しよう」


 トランスさんの会話にも、笑顔を崩さないヴァーサス。

 堂々とした感じは、調査団が来た事への怯えなんて一切なさそうだな。


「申し訳ございません。聴取にあたり、周囲に話が聞き漏れるのはよろしくないので、この部屋に沈黙サイレンスを掛けさせていただいても?」

「ええ。構いませんよ」

「ありがとうございます。トランスさん。頼めますか?」

「ああ」


 俺が切り出した提案に許可を貰うと、トランスさんが巻物スクロールを使い、この部屋に沈黙サイレンスを掛ける。

 さて、ここからが本題だ。


「では先生。まず俺から色々確認させてください」


 トランスさんがそう切り出すと、彼は冒険者ギルドから仕入れた情報を確認するように、幾つかの質問をした。


 とはいえ、ヴァーサスから返る言葉は調査結果と変わらないし、追加で得られた情報もない。

 一通り聞き終えたトランスさんは、納得した表情で頷くと、「ありがとうございます」と短く礼を言った。


「カズト。お前から聞きたい事は?」

「あ、はい。すいません。気分を悪くさせるようなお話があるかもしれませんが、ご容赦を」

「……わかりました」


 俺がそう先に釘を刺すと、トランスさんと話していた時より真剣さを宿し、ヴァーサスがこっちを見る。

 ……よし。いくぞ。


「私が聞きたい事はクエストの件ではございません」

「というと?」

「はい。ハインツ様について、色々とお伺いしたく」

「ハインツについてですか?」


 予想外だったのか。少し戸惑った顔をした彼に、俺は頷く。


「ガルザ様が隠居される際、あなたがハインツ様を宮廷大魔術師に推薦したと伺いましたが、どのような理由で推薦なされたんしょうか?」

「あ、はい。彼はこの学園でも最高の成績を残しておりました。また、当時も宮廷魔術師として活動しておりましたので、適任かと思いまして」

「それまでの宮廷魔術師としての活動は把握されておりますか?」

「あ、いえ。たまに学園に顔を出してくれましたが、本人は研究所に篭ってばかりだったとは。ですが、特段城中でも悪評が立っているような事もなさそうでしたし、腕が立つのは知っておりましたので」

「学生時代の彼の印象は?」

「真面目で大人しいという印象です。黙々と勉学に励むタイプでしょうか」


 問いに答えを返しながら、少しずつ怪訝な顔をし始めるヴァーサス。そりゃそうだろうな。あまりに露骨な質問だしな。


「ハインツ様が、無詠唱で高度な精神系の術を駆使できる。そういった話は聞いた事はございませんか?」」

「……それが、事件と何か関係が?」


 ついに俺の問いに問いを重ねるヴァーサス。

 そこで、申し訳なさそうな顔をしたのはトランスさんだ。


「申し訳ございません、先生。俺達実は、ハインツを疑っています」

「ハインツを?」

「ええ。勿論まだ何らかの確証がある訳ではないんですが。ひとつの可能性としてです」

「いやいや。彼は研究熱心だが人を傷つけるような真似など──」

禁術きんじゅつ


 俺はヴァーサスの言葉を、その二文字で遮った。


「トランスさんより聞きました。学生時代、入学した直後に彼は禁術きんじゅつに興味を持ち、手を出そうとしたと。それを咎められて以降、それ以上の事はしなかったと聞きましたが」


 そう。

 俺はこの日の為に、先日トランスさんにハインツの事を聞いていた。

 以前、まるでハインツを信用するなと言わんばかりの事を聞かされた真意を知りたかったからな。


  ──「あいつは昔っから何処か、得体がしれないんだ」


 ってのが理由だとは言っていたけど、そのひとつが学生時代のこの事件だったらしい。

 今している研究についても、彼は俺と同じ意見を持っていた。


  ──「『自動書記オートライト』は確かに便利な側面もなくはない。だけどな。司書がそのまま書き出せばいい事を、わざわざ術を介して別に行うって、そんなの時間の浪費だろ。創作なんかじゃまだ役に立つかもしれないが、その用途だけでいったら利点が少な過ぎてな。どうしても別の意図があるって勘繰っちまうんだよ」


 その時も、こんな話をしてくれたからな。

 だからこそ、俺はここでハインツを見定める事にしたんだ。


 上級魔術が使える、禁術きんじゅつにも興味を示した宮廷大魔術師。ヴァーサスとの関係性もある男って考えても、何かあるんじゃってさ。

 ちなみに、火曜日と風曜日が彼の休暇日になっていた裏も、ジャルさん達のお陰で既に確認済み。だからこそ、俺は敢えて露骨に鎌をかけにいったんだ。


「ヴァーサス様。何かを隠されてますか?」

「……そんな事ありません。まったく。邪推にも程がありますぞ」


 俺の問いに、きつい目を向けてくるヴァーサス。

 ……まあ、ここからは嫌われ者の真骨頂だ。あまり好きなやり方じゃないけど……いくぜ。


「分かりました。ではトランスさん。ヴァーサス様を『自動書記オートライト』に掛けましょう」

「は!? おいカズト! それをこんな所で口にするな!」


 突然台本にない事を俺が口にしたからか。トランスさんが慌てて俺を咎めたけど。同時にヴァーサスの顔が歪んだのを俺は見逃さない。

 だからこそ、覚悟を決め畳み掛けた。


「別に沈黙サイレンスを掛けていますし、ヴァーサス様であれば話しても問題ないでしょう。それに、ヴァーサス様が本当に何もご存知ないなら問題ありませんよ。余計な記憶を思い出す事もなく、知らないという真実だけが分かるだけです。ただ俺はこのクエストにも疑問を持ってますから。『自動書記オートライト』の結果、正しく身の潔白が証明された方が、ヴァーサス様にとっても、我々にとっても間違いなく良いはずです」

「だからといってお前! やっていい事と悪い事が──」


 俺に食ってかかったトランスさんが、俺の目配せにはっとしてヴァーサスを見ると、彼は視線を落とし、顔を青ざめさせ、身を震わせ始めている。


 はっきりと分かる怯え。

 それは『自動書記オートライト』について知らなければ、起こり得ない反応だ。


 ……その姿が俺の良心を痛める。

 正直、本当は嫌なんだよ。こんな尋問みたいな事。


「……先生──」

「た、頼む! それだけは止めてくれ!」


 思わず恩師を呼んだトランスさんに、ヴァーサスは突然テーブルに頭を付ける程、深々と平伏した。

 未だその身を震わせたまま。


「ハインツに私がこの事を話したと知れれば、娘の命が危険に晒される! 頼む! この通りだ!」

「……ヴァーサス様。我々が知りたいのは真実です。真実が分かれば、それを盾にハインツを捕らえ、ヴァーサス様のお嬢様を助けられるかもしれません。……辛いと思いますし、勇気も要ると思いますが……話して頂けませんか?」


 俺が静かにそう願い出ると、ヴァーサスはそのままぎりっと歯ぎしりした後、ぽつりぽつりと話し始めたんだけど。


 その話は、俺とトランスさんを驚愕させるのに、十分過ぎる話だったんだ。

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