第九話:可能性

「あのよ。許せとは言わねー。だけど……わりぃ」

「……ほんにすまん。幾らお主が試練の元にあったとはいえ、随分と酷い事をしたな……」


 露骨に気落ちする二人。

 だけど、その言葉と表情だけで充分救われた気がして、俺は涙を拭うとふっと笑う。


「気にするな。宝神具アーティファクトの試練なんて大抵こんなもんだし、寧ろお前達に迷惑を掛けたのは俺だ。済まなかったな」

「構わぬ。我等も大事な事を知れたからの」

「へっ。そうだな」


 あいつらも涙を拭い笑いあった俺達は、気持ちを落ち着けるべく、互いに飲み物を口にした。


「さて。すまんが本題に戻らせてもらうぞ」

「ああ」

「シャリア達の件は行方不明事件と関連がない。それは二人が宝神具アーティファクトの試練で捕らわれていると分かっておるからか?」

「そうだ。しかも転移の宝神具アーティファクトであるワースは、本人が四霊神でもある」

「なぬ!? そんな事があるというのか!?」

「俺も奴の口から聞いただけ。けど、人外らしい特殊な力もあったし、その実力も本物。俺が逆立ちしたって勝てる気がしなかったから、多分な」

「そんなに強えーのかよ!?」


 ミコラの驚きに、俺は頷く。


「そしてワース本人は、四霊神だからこそ、この世界に関わるような行動はしないって言ってた」

「それで、犯人は別と思うたのか」

「ああ」

「ふーむ……」


 俺の頷きに、ルッテが顎に手をやり考え込む。


「そういやお前、俺達とパーティー組む為にその事件を解決しないといけないんだろ? 当てはあるのかよ?」

「なくはないけど正直微妙だ。フィリーネと魔術を使える術者じゃないかって推測はしたけど、まだ全然証拠が足りないしな」


 俺の渋い顔に、二人も少し落胆した顔をする。が、次の瞬間。はっとしたミコラが何かを閃いた顔をした。


「なあ。お前は俺達とパーティー組んでシャリア達を助けたいんだろ? だったら先にロミナにも事情を話して、ささっとパーティーに戻りゃいいんじゃねーか?」

「ふむ、確かに。ワースの与えし試練がそれで達せるのであれば、お主にとって願ったり叶ったりではないか。さすれば我等も協力しやすくなる」

「な? そうだろ? そうだろ?」


 納得するルッテに、自慢げな顔をするミコラ。

 確かにそうではあるんだけど……俺は、唇を噛むと、首を横に振る。


「へ? 何でだよ!? お前にも悪い話じゃねーだろ!?」

「確かに俺にとってはな。だけど……ロミナはこの間俺を傷つけたショックで寝込んでるんだろ? そんな状況でこの話を聞かせるのは、できれば避けたい」

「ロミナとて別に、話が聞けぬ訳ではあるまい。何をそんなに心配しておる?」

「……実は俺。解呪の宝神具アーティファクトの試練で、あいつに斬られて何度も殺されてるんだ」

「はぁっ!?」

「何じゃと!?」


 突然の言葉に、二人が愕然とする。

 

「まあ夢みたいな世界で、現実じゃなかったんだけど。でも、その時の事をロミナも覚えてて、俺を傷つけたって苦しんでたんだ。きっと今回も無意識にそれが重なって、あいつも怖くなったんだと思う。そこに俺が顔を出して、またその時の事を思い出させるのも流石に辛いだろ」

「……確かに。今のロミナにお主を理解してもらうというのは、ちと酷か」

「ああ。だからまずは暫くの間、俺一人で事件を追おうと思ってる」

「……それが良いな。まあ、彼奴あやつもそこまで弱くはない。落ち着くまで暫しの辛抱じゃ」

「そういう事なら、まあしゃーないかー」


 俺の想いを汲み取り、残念そうな顔で同情するルッテ。ミコラも流石に今のロミナの状況を知っているせいだろう。落胆しつつも素直に受け入れてくれた。


「でもよー。何か糸口位ないと埒があかねーんじゃねーか?」

「まだ俺一人でもできることはあるから、まずはやれるだけの事はするさ。フィリーネも事件についてはかなり心配してたし」

「……ふん。やはり笑うと気持ち悪いと思うてしまうな」

「そうなんだよなー。俺、実は本気でカズトを嫌いだったなんて事、ないよな?」

「……どうだろうな。もしそうだったらごめんな」


 そうじゃないって信じたいけど。

 本当に嫌われてたら……俺、どうすりゃいいんだろうな……。


「……カズトよ。そんな顔をするでない。我等にも悪気はないんじゃ。済まぬが暫し我慢せい」


 心に生まれた不安が顔に出たのか。ルッテが少し申し訳なさそうな顔をする。


 ……ったく。

 幾ら本音を話したからって、弱くなりすぎだろ、俺。

 しっかりしろって。


「そうだな。気を遣わせて悪い」

「まー、肉食わせてもらった分は良く思ってやるからさ。感謝しろよ」


 おいおい。お前ははほんと現金だな。

 まあでも、昔のようにこうやって、冗談混じりにそう言ってくれると、気が紛れるってもんだ。


   § § § § §


 流石にあまり夜遅くなってもいけないと、俺達は飯も程々に店を出て、解散する事にした。


「まずはうまくやれ」

「ああ。ありがとう。ロミナの事は頼むな」

「任せとけって。じゃーな!」


 俺と手を振り合った二人が、通りの影に消えるのを見届けると、俺はひとつ安堵のため息をく。


 何とか、信じてもらえて本当に良かった。

 後は肝心のロミナか。

 パーティーはリーダーが認めないと加入も脱退もできないから、どうしてもその壁を越えないとだけど……。また、あいつを傷つけるんだろうか……。

 そんな不安が募るけど、後は信じるしかない。


 互いに傷ついても、認めてもらえる事を。 

 そのためにも、なんとか事件を解決しないと。


  ──『お主も、中々やり手じゃのう』


 ワースが感心するようにそう口にしたけど、信じてもらうなら、俺とあいつら以外知り得ない話が一番信憑性を増すんじゃって、咄嗟に思っただけさ。


 でも、試練が始まった矢先の反応じゃ、話しても受け入れてもらえる気がしなかったし。こうやって話す勇気も持てなかった。

 結局、情けない俺を信じてくれた、あいつらのお陰さ。


  ──『さて。この先どうなるのか。引き続き、高みの見物でもさせてもらうかの』


 何処か楽しげなワースの声。

 あざけたってより、普通に喜ばしげに聞こえたけど。きっと気のせいだろ。


   § § § § §


 翌日。

 俺はトランスさんに取り次いで貰い、再びダラム王と謁見した。

 勿論、おおやけにって訳にいかないからな。この間同様、城の応接間でだ。


 今回は何故かそこにトランスさんに大臣のジャルさんまで同席してたんで戸惑ったけど。


「余が許可しておる。話せる範囲で話してやってくれぬか?」


 と、ダラム王に頼まれたのもあり、俺は自身の中で話してもいいと判断した部分について、ゆっくりと話をした。


 まず話したのは、事件に対する曜日の隔たりだ。

 紙に書いた内容を説明し、推論を展開した上で。


「可能であれば、上級魔術が使えそうなこの街に住む術師で、この日が自由だった人物を調べて貰えませんか?」


 と、三人に頭を下げた。


「カズト殿。上級魔術限定とは、どのような理由かお聞かせ願えますかな?」


 そんなジャルさんの最もな疑問に応え、俺は商業街の現場についての話をして聞かせた。


 人混みという状況と路地へ引き込む難しさ。

 その観点から、術を使い精神的に虜にしたり、操ったり。そんな魔術や闇術あんじゅつが使える者が犯人じゃないかと踏んだと説明した。

 勿論、闇術あんじゅつを使う奴なんて表立って宣言する奴は皆無。そっちは調べようがないから、上級魔術を使える人に限定した事も付け加える。


「しかし、精神系の術は距離の影響を大きく受けるし、人混みでばれずに詠唱なんて出来ないんじゃないか?」

「そこなんですが……」


 トランスさんの言葉に対し、俺はそこに触れていいものか少し迷った後、覚悟を決め静かに問い掛ける。


「自分が知る限り、精神系の術は詠唱必須です。ですが、このことわりを回避できるような術式って、研究されてたり誰かができるって事、ございませんか?」


 その言葉に、三人が顔を見合わせる。

 俺はフィリーネのあの時の反応から、その可能性があると踏んだ。勿論俺も術師としての知識なんてそこまであるわけじゃないから、理由なんてわからないけど。


 三人は戸惑いを見せた後。


「……ジャル。カズトは余が信頼する者。話して聞かせよ」


 ダラム王に促され、ジャルさんは表情を引き締めると。


「この事はどうか、ご内密に」


 そう前置きした上で話し始めた。


「このマルージュに住む古くからの術師の家系には、いにしえよりそれぞれの家に代々伝わる、独自の力や術、才を家毎に持っております」

「術や才を……」

「はい。ただ、それらは門外不出。その家の者以外は知る事や授かる事のできないものであり、同時におおやけにする必要はないという暗黙の了解が、いにしえの盟約によりなされているのです」

「つまりそれって、独自の術や独自の才能として、無詠唱で精神系の術を駆使できる人がいるかも知れないという事ですか?」

「我々も見たわけではありませんが、可能性という意味ではその通りです。ただこの盟約は、各家かくいえを守るべく交わされたもの。その為、ダラム王を始めとした王族ですら、踏み入れぬ領域なのです」


 ……つまり、可能性はあるけど、それを追求できないし知らないって事だよな。まあ、追えない以上は別の角度で調べるしかないか。


「あまりお役に立てず心苦しいのですが。我々が話せるのはここまでにございます」

「いえ。ありがとうございます。お陰様で、自身の推測に可能性があるって分かっただけでも進展です」


 俺は不安を見せないように笑みを返した後。


「ちなみに、もうひとつお願いがあるのですが……」


 そんな事を口にすると、三人にとある依頼をした。そこでもまた三人が顔を見合わせたが。


「……ダラム王。私が行って交渉してもよろしいですか?」


 そう自ら宣言したのはトランスさんだった。

 彼の真剣な顔に、ダラム王が頷く。


「うむ。トランス。お主に任せる。但しこの話は他言無用。ジャル。お主もだ。良いな」

「かしこまりました」


 ……よし。

 これで、もうひとつの疑念への調査ができそうだ。これすらダメならちょっと手詰まりもあり得たからな。


 俺はほっと一息くと、三人に感謝の意を伝えて、頭を下げたんだ。

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