第八話:溢れし後悔の先に

「しっかし、幾ら俺達だけで話したいって言ってもよー」

「よもやこんな場所を選ぶとは。金で我らを懐柔する気か?」

「そういう訳じゃない。けど、ミコラ」

「ん?」

「お前、流石に食いすぎだろ?」

「同感じゃ。今のお主に説得力などなかろう」

「だってめっちゃうめーんだぜ? もぐもぐ。あ、ルッテも食うか?」

「いらんわ。まったく……」


 目の前で美味そうにステーキを平らげるミコラを、呆れ顔で見るルッテと俺。

 彼女たちといるここは、マルージュでも有名な高級レストランのVIPルームだ。


 豪華な部屋の中、俺達は三人だけで出された料理を食べつつ向かい合っている。

 って言っても、ガッツリ食ってるのはミコラだけ。俺とルッテは紅茶だけを頼んでいる。一応俺の奢りだけど……ミコラ。本気で遠慮くらい知れって。


 因みに、正直こういう所は慣れないって散々言ってきたけど、同時に内密の話をするなら適切だって学んだからこそ、ここを選んでみた。

 この辺の知識はシャリアのお陰だな。


「……さて。此奴こやつは置いておき、話をしても良いか?」

「……ああ」


 紅茶を口に運んだ後、ルッテが真剣な瞳をこっちに向けてくる。まだ嫌悪されてる感じはするけど、フィリーネ同様、風当たりは弱まった気はする。


「お主がキュリア達といた理由は納得した。で、行方不明事件を本気で解決する気か?」

「ああ。悪いが何としてもパーティーを組んで貰わないといけないしな」

「理由は拐われたシャリア達を助ける為と言っておったが、それはまことか?」

「信じて貰えるか分からないけど、本当だ」

という事は、それは行方不明事件に絡んでおるのか?」

「……いや。可能性はゼロじゃないけど、まず違うと思ってる」

「随分まどろっこしい言い回しじゃねーか。どういう事だよ?」


 カチャカチャとナイフとフォークを鳴らしながら、ステーキを切り分ける不機嫌そうなミコラ。


 これを説明しようとするのは恐ろしく難しい。

 っていうか、話を信じてもらえなきゃ始まらないからな……。


 ワースの呪い。

 この壁を越えないと、真実は伝わらない。

 とはいえ、あの戦いの前だったらこんなチャンスもなかったんだし。ダメ元でもいくしかないよな。


「話に入る前に、お前らの気分が悪くなる話をさせてくれ」

「おいおい。飯が不味くなるような話じゃねーだろーな?」

「悪い。そうかもな」

「だったらなし──」

「何じゃ? 言うてみい」

「ルッテ! お前っ!?」

「お主は無視して肉でも食うておればよいわ」


 驚くミコラを遮り、ルッテが真剣な視線を俺に向けてくる。フィリーネと同じ、何かを見定める覚悟の目……。


 咎められたミコラは舌打ちした後、一旦ナイフとフォークを置くと、つまらなそうに両手を頭の後ろに回し、じっとこっちを見た。


「すまん。続きを話すがよい」

「ああ。まず、これを見てくれ」


 俺は自身の道着の袖に仕舞っていたある物をすっと机に置くと、それを見たルッテとミコラは思わず目を丸くする。


「おい!? それ、カズトのギルドカードじゃねーか!」

「お主どこでこれを!? 盗みでも働いたのか!?」


 そう。

 俺が出したのは俺自身のギルドカードだ。

 これにはちゃんと俺の肖像も入ってる。だけどこいつらは俺のだと思ってない。って事は、やっぱり別人に見えるのか。


「お前達には別人に見えてるだろうけど、それはれっきとした俺のギルドカードだ」

「ふざけんなよ! ロミナが言ってたんだぞ! お前はあいつの知ってるカズトじゃないって」

「事実、肖像と似ても似つかぬではないか!」

「ああ。それが転移の宝神具アーティファクトの試練で受けてる呪いだ。お前らに意味なく嫌われてるのもな」


 その言葉に、より目をみはったのはルッテだった。


「お主、宝神具アーティファクトを知っておるのか!?」

「ああ。全員じゃないけど、四霊神の事もな」

「おい! 口から出まかせを言ってんじゃねーよ!」


 思わず椅子から立ち上がり、怒りに任せてバンっとテーブルを叩くミコラ。


 ……ここまでは想定内。

 ここからだ。

 これで呪いが揺らがなきゃ、俺の負け。

 ……できれば話したくなかったんだけど。

 やるしか、ないよな。


「じゃ、ここから出まかせを言い続けてやるから、耳をかっぽじってよーく聞けよ」


 彼女達から視線を逸らさず、俺は語り始めた。


「最古龍ディア。解呪の宝神具アーティファクトを護る四霊神でありルッテの母親。これはミコラも知ってるよな?」

「なっ!?」


 ミコラが強く驚き、ルッテも唖然として声がでない。

 そりゃそうだ。これを知っている奴は、本当に限られてるからな。


「魔王を倒したロミナが、死の間際に受けた魔王の呪いで死の淵を彷徨う中。お前達とフィリーネは、フォズ遺跡で彼女に会って、そこで宝神具アーティファクトを借りて王都ロデムに戻り、無事ロミナの呪いを解いたんだよな?」

「お主、何故それを……」


 思わず呟くルッテに 俺はふっと笑う。


「カズトを探す為にお前達が旅を始めた後、お前達はシャリア達と封神ほうしんの島に向かったよな。そこで一緒になったカルドって奴は、ロミナを助ける為に死に掛けてさ。帰りの船で目覚めたカルドに、ルッテは苦言を呈し、ミコラは逆に庇って仲違いしかけてたろ。よーく覚えてるぜ」


 俺はそこまで語ると、情けなさにため息をく。

 ……ほんと、一体何してきたんだよ。

 勝手にお前らの事思ったつもりで、自分勝手に……。


「何でお前……カルドの事まで……」


 放心したように呟くミコラ。

 何処か俺に憂いの瞳を向けてきたルッテは、大きなため息をく。


「お主。まさか本当にカズトであり、カルドじゃったというのか?」


 同情の強い視線に、胸がぎゅっと苦しくなる。

 思い返す後悔を何とか歯を食いしばって堪えると、何とか笑ったんだけど。


「……出まかせだって、言っただろ」

「では何故、お主は泣いておるのじゃ」


 その言葉に、俺ははっとする。

 ……笑ったはずなのに。確かに俺は、泣いていた。


 ……ちっ。

 我慢できると思ったのに。

 やっぱり、俺は弱過ぎるな。


「……お前達が言う通り。俺は酷いし、最低な奴だからな」


 震える声を抑えられず、俺はぎりっと奥歯を噛む。吐いた言葉が胸を刺し。空いた穴からずっと心の奥底に仕舞ってた想いが溢れ出す。


「……俺はずっと、お前達の側にいない方がいいって思ってた。お前達にパーティーを追放されて、一度忘れられた寂しさもあったし、いつか忘れられる恐怖もあった。だけど何より、俺なんていなくたって、お前達は幸せになるって思ってた。思い込まなきゃ旅立てなかった。だから、記憶から消える覚悟で一人で旅をしてたのに。偶然お前達に逢う度に、優しさ。楽しさ。温かさに懐かしくなり、恋しくなってさ。何時かまた戻れたらなんて、ちょっと淡い期待を持った途端、このざまだ」


 気づけばもう、止められなかった。

 溢れる言葉も。溢れる涙も。

 テーブルに目を落としたまま、俺は後悔を口にする事しか、できなかった。


「転移の宝神具アーティファクトの試練でお前達に嫌われ、別人と思われて。でも信じてもらってパーティーに入れなきゃ、シャリア達は一生捕えられた水晶から出られない。だから俺はお前らの前に現れ、都合よくパーティーに入れろなんて言った。お前達に嫌われ、お前達に傷つけられても、何とかしないとって思ってな。……だけど、本当はそれが辛かった! 結局俺はお前らを傷つけて! 俺自身も傷ついて! 不安と罪悪感ばかりだった! ……お前達が言う通り、俺は最低だよ。自分勝手な想いと理由でお前達の元を離れた癖に。こんな時だけ戻りたいとか。ふざけるなって。最低だって。自分で、分かってんだよ……」


 だから嫌だったんだ。

 俺は、過去を振り返りたくなんてなかったんだ。


 後悔ばっかりしてる自分が嫌で。

 振り返ったらきっと、心が耐えられなくなるって分かってて。だから俺は前に進む事だけを考え、必死にそれを誤魔化したんだ。

 ワースにだって強がってみせたんだ。


 ……そう。

 分かってたんだ。


 こうなったのも、ワースのせいじゃない。

 結局は自分のせいなんだって。


 強く歯ぎしりし、俯く情けない俺を前に。


「……あの時の気持ち悪さ。そういう事かよ」


 椅子に腰を下ろしたミコラが、ぽつりとそう呟いた。


「闘技場でやり合った時、寸止めしたお前にすげーイラッとしたけど、同時に何で殴り返さないんだってすげー不思議に思ってさ。そのあとお前をぶん殴った時も、本気で強く後悔した。全然スッキリしねーし。後味悪いだけ。それがずっと気になってたんだよ。フィリーネと同じようにな」

「我も同じじゃ。じゃが、やっと合点がいったわ。我等もまた、以前の旅の記憶に誰かいた事を知り、それがカズトだと信じておる。じゃから無意識にお主だと気づき、後悔したのじゃろう」


 ため息と共に、ルッテが呆れた声で言う。


「まったく。ほんに馬鹿者じゃ。以前母上より聞いたぞ。カズトは以前パーティーを組んで以来ずっと、我等の事ばかり考え、必死に戦い、励まし続けたと。宝神具アーティファクトの試練でも、死ぬ程の苦しみを味わいながら、それでもなお諦めなかったと。……お主はずっと、我等を想い。我等の為に傷つき。それでも我等を助け。今もまたシャリア達の為、宝神具アーティファクトの試練で苦しんでおったのか」


 ルッテの悟ったような言葉に、俺は呆然としたままゆっくりと顔をあげる。


「キュリアは夢の事もあったろうけど、それをいち早く感じたんだろうな。あいつが泣くの、殆ど記憶にねーし」

「そうじゃの。フィリーネも理由なき行動はせぬ。先程話しておった見定めたい気持ちが本心。お主がキュリア同様、本当のカズトかもしれぬと思ったのじゃろうて」

「ミコラ……ルッテ……」


 二人共、少し目を潤ませながら、笑う。


「見てると嫌な気分になるけど、呪いだってなら我慢してやる。本当はすぐにでもお前から離れたいけどな」

「そうじゃな。ここまで我等を知り苦しむ者など、お主位しかおらんじゃろ。なあ? カズトよ」


 俺はその時、どんな顔をしていたか分からない。

 だけど、必死に笑顔だけ向けようとした。

 ちゃんと笑えたかなんて、分からなかったけどな。

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