第七話:冷たい視線。温かな涙

 街の方角。木の影から姿を現したのは、ミコラとルッテだった。

 その表情は、闘技場の時同様、何処か苛立ちを含んでいる。


「お前、俺達の仲間に何させてんだ?」


 ミコラの牽制するような低くきつい声に対し、俺は返す言葉を迷う。


 何を言えばキュリアとフィリーネを庇える?

 あいつらを仲違いさせず、俺だけを嫌われたままにするにはどうしたらいい?


 その答えがすっと出ず、何も言えずにいると。


「返事もせぬとは。先日の怪しげな力といい、二人を操ってでもおるのじゃろ?」


 ルッテが俺を睨みつつ、わなわなと杖を持つ手を震わせる。

 まあ、嫌われているはずのお前達の仲間が一緒だし、そんな判断にもなるか。

 ……ま、仕方ないな。


「ああ。悪い」

「カズト!?」


 俺は諦めたようにため息をくと、フィリーネが驚きの声を上げる。

 だけど関係ない。責められるのは俺だけで十分だ。


「俺はお前達のパーティーに入るためにも、行方不明事件を解決しないといけないからな。だから──」

「違う。私が、勝手に押しかけた」


 俺が嘘の理由を並べ立てようとした時、キュリアが俺の前に割って入った。


「は? どういう事だよ!? 何でこんな変態に手を貸してるんだよ!?」

「……だって……分からないから……」


 震えるキュリアの声。

 俺はこの声を知ってる。フィネットが死んだ時に、泣いていた時と同じ……。


「私、カズト、変な人だし、嫌いって思ってた。でも、お母様、夢で、カズトを信じろって、言った」

「え? 貴女、本気であの日見たっていう夢を理由に、この男を信じたというの?」

「……うん。だって、お母様、信じてるから」


 鼻をぐずらせ、服の袖で涙を拭ったキュリアは、じっとミコラとルッテを見つめたまま、言葉を続ける。


「皆、ただの夢だって、信じてくれなかった。でも、カズト、違うの。あんなに酷い事、沢山言ったのに。傷つけたのに。責めないし、怒らないし……お母様の事、信じてくれた」


 拙い、慣れない言葉の数々。

 不器用ながらに語られる言葉に、ミコラとルッテが視線を逸らし、バツの悪そうな顔になる。


「私、おかしいの。確かにカズト、嫌い。気持ち悪い。そう、思ってる。でも何で? カズトの事、知らなかったのに。会ったばかりなのに。どうして、そんな酷い事、思ったの? 酷い事、口にしたの? それが、分からなかった。カズト、優しいのに……。だから私、お母様の言葉、信じたの」


 ……キュリア。お前、強いな。

 流石はフィネットの娘だ。やっぱり凄いよ。

 その本音のお陰だろうな。目の前の二人は、やりきれない気持ちと、何処か浮かんだ疑念の狭間で複雑な顔をしてる 


 涙を隠さず。涙声のまま。

 言葉を震わせ、それでも必死に庇ってくれるキュリアに思わず目が潤む。


 前に聖勇女パーティーから俺を追放する話になった時、こいつが泣きながら抵抗したってミコラから聞いたけど。

 今ならわかる。それはきっと、本当だったんだって。


「……ミコラ。ルッテ。はっきり言うわ。私はキュリアにカズトを助けるように頼まれた。頼まれはしたけど……行動したのは自分の意思よ」


 俺の横を抜けキュリアの隣に並んだフィリーネは、泣いている彼女の頭を優しく撫でた後、真剣な顔を二人に向けた。


「今だって、私は心の中でずっと、何処か彼を毛嫌いしてるわ。だけど貴女達にも話したけど、私も彼を傷つけた時、酷く後悔したの。私はその理由が知りたかったのよ。勿論、行方不明事件を解決したいのもあるわ。だけど、彼を見定めたいとも思った。だから私は自ら手を貸したの。むしろ彼は私達の仲違いを心配し、私達の申し出を断った位。だからキュリアの言う通り、彼は悪くはないわ」


 流石に仲間二人の言葉が刺さったのか。ミコラとルッテもどうすればいいか分からない顔をしてるな。

 ……まあでも、お前らがこいつらを心配する気持ちもよくわかる。ずっと一緒の仲間なんだもんな。


「……まったく。キュリア。フィリーネ。お前達は二人と戻れ。そして、俺が事件を解決するまで、もう顔を出すな」


 二人がはっとして振り返った所で、俺は笑ってやる。


「お前達は仲間に心配かけすぎだ。いいか? 大事にする奴の順番を間違えるな。ここまで手助けして貰えば、後は一人でも何とかできる。だから協力して貰うのはここまででいい」

「何言っているの! まだ捜査は大して進展してないじゃない!」

「私。カズトと一緒に、頑張りたい」

「いいんだよ。俺が解明しなきゃ、お前達のパーティーに加えてもらえない。だから後は何とかするし、お前達の協力も無駄にはしないさ。ただ、もしうまくいったら、本当に少しの時間でだけで良いから、お前達のパーティーに加われるよう、ロミナに一緒に頼んでくれ」


 ……正直、本気でキュリアとフィリーネの言葉が嬉しくて、泣きそうになったけど。ぐっと溢れそうな未練を飲み込み、俺は軽く二人に頭を下げると、そのままミコラ達に向き直る。


「悪いな。ミコラ。ルッテ。そういう訳で、二人は許してやってくれないか?」

「……別に。お前以外を責めるつもりはねーよ」

「そうじゃな。とはいえ、二人が我等に内緒で動いていたのを、簡単に許せというのも癪じゃ。じゃからお主。代わりに我等につらを貸せ」


 突然のルッテからの提案に、俺は少し首を傾げる。わざわざ俺を呼び止める理由……あー。そういう事か。


「別にいいけど。俺を殴って済むならそれで──」

「馬鹿にすんじゃねーよ! まったく……」

「今それをすればキュリア達が哀しむじゃろうが。ロミナの事もある。キュリアとフィリーネは先に戻って面倒を見ておれ。無論、ここでの話は彼奴あやつには内密にな」


 あ、そういえば。

 今ここにいないのは、ロミナだけだな。


「そういや、ロミナは今どうしてるんだ?」

「それ聞いてどうする気だよ? また顔出して困らせようってんじゃねーだろうな?」

「あ、いや。一人だけいないから、何かあったのかなって」


 ミコラのドスが聞いた声に思わずたじろぎつつそう返すと、ルッテがため息をく。


「……彼奴あやつは少し寝込んでおる。お主を傷つけたショックでな」

「俺を傷つけた、ショックで……」


 ワースは言っていた。

 俺は、本当のカズトとは別人に映っているって。


 だけどこいつらは、俺を傷つけて後悔や疑問を持った……。って事は、ロミナも俺がカズトに見えないはずなのに、何かを感じ取ったのか。

 もしかすると、あの試練の記憶が重なって……。


 ふと、ウィバンでの別れの前。

 闘技場での事を思い出す。


 あの時も苦しんでた。だから俺は受け切ってやるって言ったのに。

 結局、今もまだそんな約束すら果たせず、心の傷を負ったまま。俺が弱いから、あいつの剣を止めきれず、あいつの心も傷つけてばかり。


 ……ったく。

 俺は悔しくなって、思わず舌打ちする。


「……カズト」


 振り返ったキュリアの心配そうな顔。

 いや、彼女だけじゃない。フィリーネも、ミコラも、ルッテまでも。俺が何時の間にか見せていた悔しそうな顔を、憐れみの目で見つめてくる。


「……ああ、悪い。責めたかったら責めてくれ」

「……そうしてやりたいのは山々だけどよ。あれはロミナが戦いを決断したんだ。流石に自業自得だって」

「……ま、そうじゃな。何。心も身体も疲弊しとるだけ。暫く休ませておけば元気になろうて」


 無理矢理納得するように、二人が静かに口にする。

 正直、初日や二日目と比べたらまだ話ができそうな空気に、ちょっとほっとしてるけど……俺と何を話そうってんだろうか。

 そんな不安を心に持ちながら、俺はじっとルッテ達を見つめていたんだ。

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