第六話:浮いたクエスト

 移動途中に昼食を済ませ、商業地区に足を運んだ俺達三人が見たもの。

 それは昼過ぎらしい、活気ある人混みだった。


「貴方はこの状態で、離れた位置から誰か一人を術で狙い打てるかしら?」

「いや、無理だな。だからこそ接触する程の距離での詠唱が早い気はするけど。ただ、相手が誰でもいいのであれば、個人魔法を適当に放って、掛かった奴を操るなんて事もできる気もするな」

「それはリスクが高いわよ。それこそ誤って高ランクの冒険者みたいな抵抗力の高い相手に当たろうものなら、より酷く怪しまれるわ」

「まあ、確かにな……」


 フィリーネが口にした通り、この人混みで術を掛けるとした場合、何処かで傍観して、ってのはかなり難しいだろう。

 勿論探せば見晴らしのいい建物を探せもするだろうけど、結局精度や効果が落ちるし、よりバレるリスクが高くなる。


 俺達はそのまま人混みの流れに逆らう事なく、商店街を歩いていく。

 犯人が身を潜めるには最高と言わんばかりの、人が密着しそうな状況の中で歩くのはやっぱり大変だ。特に商業街で行方不明者が出た場所は、人通りが多いこんな所ばかり。


 店と店の間には、時折薄暗い細い裏路地が見えた。

 流石にそこは誰もいないけど、店の裏口に入る位の用途だからか。どこも人がすれ違うのも難しい細さ。しかも引き込もうにも大体の店の軒先にいる人が邪魔。誰かが連れ込もうとしすれば目に付くし、安易に使える場所じゃない。


 この人通りの中で殺害なんて、遺品が残ってバレるし無理。となると、やっぱりまずは気づかずに拐って、その後どうにかしてると考えるべきだよな。


 とはいえ、そもそも理由は何だ? 愉快犯か?

 ドラマなんかでよくある、警察を煽って楽しむ的な奴。

 国の衛兵達だっているし、そういう組織を馬鹿にするみたいな犯行も……。

 でもそういうのって、自己顕示欲的に犯人が名乗ったりする事が多そうだけど、ギルドの持ってる情報にそこまでの話はないよな……。


 そうなると、誰でもいいから人が必要で拐う……生贄とか、実験体?

 まあ、闇術あんじゅつに通づる奴らならありそうではあるけど、奴らだって馬鹿じゃない。

 わざわざここまで目立つ場所で集める必要があるとは思えないな。


 こんな人気ひとけの多い場所をわざわざ選ぶって事は、自信や実力があるのもひとつあるだろうけど。それこそワースみたいな不可思議な存在のせいと錯覚させる為の可能性もあるか……。

 でもそうなると、何であのクエストだけ……。本当に行方不明事件と関係があるとしたら……。


「……あまり悩み過ぎは、混乱の元よ」


 渋い顔をしながら思わず頭を掻いた俺に、掛けられたフィリーネの声。

 パーティーでもルッテと双璧を成す頭脳派だからな。ほんと、こういう時にも落ち着いてる。


「そうだな。ありがとう」

「……ふん。礼なんて良いわよ」


 礼を言ったのに、不満げな顔。

 ワースの呪いの壁はまだ厚いか。


 そうこうする内に、商業街の回れる場所を回りきり。俺達は一旦、図書館前の公園に場所を移した。


「人、凄かった」

「そうね」

「お疲れ様。付き合わせて悪かったな」


 ベンチに腰掛ける二人に、近くにあった屋台のドリンク屋で買った木のカップに入った飲み物を手渡す。


 キュリアは大好きな苺ミルク。

 フィリーネもよく彼女が飲んでいる冷たい紅茶だ。


「あ、貴方に施しを受けるのは好きじゃないけど、折角だし頂くわ」

「……美味しい」


 まるでツンデレみたいな台詞でフィリーネが俺に礼を言い……って、キュリア。飲み出すの早過ぎだろ。まあ嬉しそうだし良しとするか。


「あら。貴方、案外良い趣味してるのね。これを選ぶなんて」

「キュリア。これ、大好き」


 そりゃ、以前は一緒だったし、好きな飲み物位覚えてるよ。

 とはいえ、そんな事実を話しても、どうせキモがられる原因しか作らないからな。


「何となく好きそうかなって」


 なんて笑って誤魔化した。


「でも、ここまで収穫らしいものはないわね」


 少し遠い目をするフィリーネ。確かにここまで大きな収穫はない。


「まあ、犯人が少しでも絞れそうな推測ができただけでも十分さ。後は最後の場所を調べたら考える」

「最後って……森の?」

「ああ。フィリーネって、あの行方不明者達についても抑えてるか?」

「ええ。確か冒険者がクエストを受けて現地に行ったけど、帰ってきてないって話よね?」

「ああ。その元のクエストについては?」

「少しだけ。依頼主は魔導学園校長のヴァーサス様。どうも生徒の一人がやらかして、在庫の薬草が足りなくなったから、急遽冒険者に薬草の採取依頼を出したって資料にあったわ」

「ああ。あれが本当に今回の件に関係するのかを調べる」

「どうして?」


 俺の言葉に、彼女が不思議そうな顔を向けてくる。


「まあ、そこは移動しながら話すよ。今は頭も休めておこう」


 俺も自分のために買った冷たい水をぐいっと飲む。実は俺にとって、何かヒントがあるならここかもって思ってるからな。


   § § § § §


 少し雲が増えて陽が陰る中。

 俺達は外壁の外に出て、冒険者が行方不明になったと思われる森に足を踏み入れた。


 森といってもそこまで木々が密集しておらず、意外に明るい印象を持つその場所を歩きながら、俺は二人に話をした。


「ゴブリンなんかは案外知性的だろ? だから人を殺せばその身包みぐるみも持って帰る。勿論、野盗なんかでもそうだ。このクエストはそういう意味で、行方不明事件と関連がない可能性ってのも考えられるよな?」

「確かにそうかもしれないけれど、街からこの距離よ?」


 フィリーネの驚きも最もだ。

 木々の合間から見える、遠間に見えるマルージュの外壁。ここまで街からそれほど遠くない場所に危険なんてあるかって話でさ。

 まあ、そういう意味でキュリアが同行してるのが役に立つんだけど。


「キュリア。悪いけどちょっと頼みがある」

「何?」

「シルフに頼んで、この近辺一体でゴブリンとか、野盗の野営跡みたいのがないかって、調べてもらったりできないかな?」

「うん。やってみる」


 素直に頷いたキュリアは、空に向け顔を上げると、浮かび上がった何体かの風の精霊シルフと話を始めた。


「もしそういう危険があるのなら、それが原因と割り切って調査対象から外すつもり?」

「どちらかと言えば、逆かな」

「逆?」

「ああ。俺はこのクエストが行方不明事件に絡んでいる確証が欲しいんだ」

「確証って……どうして?」

「このクエストが、他の事件に比べて浮きすぎてるし、内容に違和感があるんだ」

「……貴方。焦れったいわよ」


 さっさと説明しなさいと言わんばかりの圧を表情に見せるフィリーネに苦笑すると、俺は内容を話し出した。


「悪い悪い。確かに薬草の採取依頼ってクエストとしてはよくある。だけど対象の薬草って別にそこまで希少って訳じゃないし。この辺の安全を考えたら、割高になる冒険者に頼むより、薬師くすしに頼んで買う方が、価格的にも時間的にも効率良いと思わないか?」

「購入だけじゃ足りなくて、何とかかき集めたかかっただけじゃないかしら?」

「それなら尚の事、採取のプロに頼んだほうがいいだろ? しかもそのクエスト、協力クエストじゃないんだぜ」


 俺の言葉にはっとした彼女は、慌てて背中の鞄からクエストに関する資料を再確認する。


「本当……。こんなクエストだから協力クエストだって勝手に思い込んでたわ」

「まあこれだけは他の事件と違うからな。他の奴も学園長は疑ったろうし、話を聞いて納得したからこそ、それ以上の情報はなかったんだろう。でも、もし事件と関係性があるなら、もしかしたらこれが鍵になるかもしれないなって」

「……貴方まさか、ヴァーサス様を疑ってるの?」


 やはり母校の校長が依頼主なのもあってか。フィリーネの表情が怪訝そうなものになる。また嫌われそうだけど、こればかりは仕方ない。


「あくまで全て可能性。色々考えてるだけさ」


 話を濁すように俺は返すけど、彼女は分かってるんだろう。露骨に歯がゆさを浮かべている。

 こういう時、ちょっと申し訳ない気持ちになるけど。シャリア達を助けるためだし、疑うべき所は徹底して捜査してみないとな。


 俺も少し切ない気持ちになっていると、隣でシルフと話していたキュリアが、はっとすると俺を見た。


「カズト。ここ、離れよ!」


 顔を青ざめさせ、少し必死さを感じる。

 まさか、何か危険でもあったのか!? 

 

「どうした!? 何かやばい奴でもいたのか!?」

「ヤバくない。でも、行こ!」

「キュリア? どういう事なの!?」


 流石にフィリーネも言葉の意味が分からず、俺と顔を見合わせ戸惑う。

 ヤバくないけど離れないといけない相手……もしかして……。


 ふっと脳裏に過った相手。確かにあいつらなら、そうなるかもしれない。


「……フィリーネ。キュリアと先に行け」

「え?」

「いいから急げ」

「ダメ。カズトも」

「俺は大丈夫。それよりお前らが心配だ。だから急げ」

「……キュリア。行くわよ」

「ダメ! カズトも行くの!」


 俺の表情が険しくなったのに気づいたフィリーネがそう促すも、動かない俺の袖を掴み、キュリアが必死に抵抗する。


 ……ったく。気を遣わせてるな。

 まあ仕方ない。もしもの時は俺だけ何かありゃいい。こいつらは悪くないんだからな。


 俺は目を閉じると相手の気配を探る。


 ……二人。そっちか。

 覚悟を決めると、キュリア達を庇うように、奴等が来る方に身を挟んで身体を向ける。

 刀に手はかけない。そしてじっと、歩いてくる二人が来るのをじっと待つ。


「カズト! カズト!」


 今まで見た事のない必死さを見せるキュリア。

 声も涙声になってる。


 ……ほんと。俺ってつくづく嫌な奴だ。そりゃ嫌われるな。

 だけどきっと、遅かれ早かれ接触はあっただろ。

 だったら今でいい。本当はキュリア達を巻き込みたくはなかったけど。


 気配を殺す事すらせず、じっとその方向を見ていると。


「ったく。じっと見てんじゃねーよ、気持ち悪い」

「ほんに。最悪じゃ」


 はっきりと嫌そうな声を上げた二人組が、そこに現れた。

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