第五話:犯人像
俺は次に、フィリーネ達がまとめてくれた地図をじっと眺めてみた。
多少行方不明となった場所が集中している所はある。倉庫街に、商業街。図書館付近もか。
ただざっと見る限り、そっちの可能性はなさそうか?
「フィリーネ。キュリア。大体でいいんだけど、この行方不明となりえそうな場所を結ぶような魔方陣、記憶にないか?」
地図を見たまま俺が声を掛けると、少しの沈黙の後。
「……ない」
「そうね。特にそんな模様にはなっていなさそうだけれど」
二人から返ったのは否定だった。
彼女達は聖魔術師に万霊術師と、術者として魔方陣にも長けている上級職。だからこそ何か知識がないかって思ったけど、そこは空振りか。
よく漫画とかアニメであるだろ?
街自体を魔方陣で囲み、恐ろしい儀式とかするって奴。
現場となる数も多いから気にしたんだけど。まあそうじゃないならその方がいいからな。
「ありがとう。じゃ、後はちょっと現場とかを見てくるか。二人共。後は戻ってゆっくりしてくれ」
「いや。一緒に、行く」
「勿論私も行くわ。文句は言わせないわよ?」
「利害の話はわかるけど、流石にそれは止めておけって。変な奴と歩いてるとか噂が立ってもいいのか?」
俺が敢えてそう牽制すると、露骨にげっと嫌な顔をしたのはフィリーネだった。
嫌いな奴なんだからそりゃそうなる訳だし、俺だってこいつらに嫌な時間なんて経験させたくないんだよ。
だってこれ、記憶に残るんだしな……。
キュリアもきっと昨日のは気の迷いで、今日のこの言葉を聞けば──。
「私、行く」
──そっちかよ。
ふんすと両拳を小さく握り、今までになく、彼女なりにやる気を出している。
こんな反応、以前はしなかったのに。
ワースの呪いとフィネットの言葉が入り混じって、変なスイッチでも入ってるのか?
まあでも、お前はそういう方が可愛げあるし、感情が分かる分安心できるけど。
俺を嫌いなはずの彼女の変貌に唖然とするフィリーネだったけど、流石に諦めたのか。ため息を
「……し、仕方ないわね。キュリアも放っておけないし、一緒に行くわよ」
だけど、そういう反応ってのは妙に空回りするもんなのか。
「フィリーネ。帰って。私、大丈夫。一昨日もカズトと、二人だけだったし」
なんて、あっさりと理由を断たれてしまった。
「え? キュリア?」
「あの夜、皆、先に帰ったよ? でもカズト、キモいけど優しかった。だから、大丈夫」
「あ、そ、そう。で、でも私達をこき使う酷い奴なのよ?」
「大丈夫」
何処からくる自信か分からないけど、真剣な顔で断言するキュリアに、ここまでフィリーネが動揺し、しどろもどろになっているのなんて初めてかもしれない。
俺はそんな貴重な光景に、思わずくすっと笑う。
本当はこのままフィリーネを置いていってもいいんだけど、彼女だって覚悟を決めたんだしな。助け舟位は出しておくか。
「キュリアは大丈夫そうだけど、俺はまだこの街に不慣れだし、地元だからこそ分かる事もあるかもしれない。悪いんだけど、良かったら力を貸してくれないか?」
「ば、馬鹿ね。さ、最初からそう素直になりなさいよ。本当は嫌だけど、し、仕方ないから力を貸してあげるわ」
視線を明後日の方に逸らし、口を尖らせつつぶつくさそんな返事をするフィリーネ。ま、やっぱり顔は真っ赤だけど。
まあ、これで多少機嫌直してくれりゃいいけど、なんて思いながら、俺は「ああ、頼む」って返してやったんだ。
§ § § § §
簡単に支度を済ませると、俺達三人は地図に示した街の中の現場付近を、フィリーネの案内で順番に巡って行った。
最初に見回ったのは倉庫街。
ここは商隊が到着したりすると賑わったりもするんだけど、基本的に大きな倉庫が多いのもあって、日常的にバンバン倉庫に保管した物を動かしたりって事は殆どない。
だから、衛兵の巡回なんかはたまにあるものの、基本的にはこの街らしからぬ静けさだ。まあ王都ロデムの倉庫街とそんなに変わらないな。
「これだけ人がいなかったら、やり放題よね」
「確かにな。殺すも拐うもしやすそうだし、流石にこっちは参考にならなそうだな」
まあだからこそ、最初にこっち周辺から眺めに来たんだけどな。
俺達はここに留まりはせず、一通り現場付近を眺めた後、その足のまま商業街へと歩き始めたんだけど。途中フィリーネがこんな質問をしてきた。
「カズト。貴方は犯人はどんな相手だと考えているの?」
「そうだな。術が使える奴かな。絞るなら、魔術か
「貴方に賛同しているみたいで嫌だけど、同感ね」
「どうして?」
キュリアが首を傾げると、フィリーネは少し自慢気に説明を始めた。
「この先の商業街はとにかく人が多いわ。そんな中で、誰かをいきなり拐うための行動を取るのは難しすぎるのよ。例えば突然人が倒れるとか、それこそ、声を上げるとか。そういった行動を取られると目立つし、ばれる原因にもなる。姿を消せれば良いかもしれないけど、勇術である
そこまで話した彼女は、それでもすっきりとしない表情を見せた。
まあ、何が言いたいかは俺にもわかる。
「詠唱、だろ?」
「……ええ。精神に影響を与える術はすべて詠唱が必要。しかも声を抑えるほど、術としての効果も下がるわ。不謹慎かもだけど、私が犯人だったら魔術や
そうなんだよ。
さっきフィリーネが話した通り、詠唱が効果に大きく影響を与えるけど、アイテム系は詠唱なしで使える代物だからな。
ってなると結局、一番怪しいのは、彼女もちらりと話した通り、例外となる
──『お主もしつこいわ! 儂は断じてやっておらんぞ!』
はいはい。分かった分かった。
「ちなみに、フィリーネの知っている魔法で特殊なものってないのか? それこそ術の詠唱を不要にできる自己強化とか」
俺はダメ元で聞いてみた。
絆の力でフィリーネの使える術は、パーティーに入っていた時点のものなら俺も使えるんだけど、そういった術はなかったからな。知識で何かあれば、位の軽い気持ちで聞いたんだけど。
瞬間。
彼女は少し、ためらいを見せた。
ん? 何かあるのか?
思わず横を歩きながら、じっと彼女を見つめていると。
「……貴方に話すのは、流石に気がひけるわね」
どこか苦々しい顔で俺を見返してきた。
アーシェのお陰か。うまく接していければ、ワースの呪いの中でも関係改善はできるのかもしれないって思ってはいるんだけど。
彼女達から垣間見える、呪いによる嫌悪がちらつく度、やっぱり少し、心が弱気になる。
「いいよ。無理はさせたくない」
思わずそんな言葉と笑みを見せつつ、その距離感に対する歯がゆさに、ちょっと寂しさを感じていると。
「カズト。元気だそ?」
何かを察したのか。突然心配そうな顔でキュリアがそう慰めてくれた。
何故か距離感がどんどんなくなっているこいつに、ほんと救われてるな。
「ありがとな。キュリア」
真剣な目をする彼女の頭を軽く撫でた俺は、言葉通りに彼女から元気をもらい、そのまま歩き続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます