第二話:助っ人現る?

「……ふぅ」


 俺は途中道具屋に寄り、縮尺が大きめの街の地図を数枚と、皮用紙を多めに買った後、この先数日滞在する想定で、自炊する為の食材も買い込んでから、一人宿に戻った。


 食材はこの宿自慢の保冷庫──いわゆる冷蔵庫みたいな付与具エンチャンターに閉まい、他の荷物は一旦荷物をテーブルに置くと、椅子に座り一息く。


 やっぱり寝不足は流石にきつい。頭がぼんやりして回らないのは辛すぎるな。

 本当は一日も無駄にしたくない。とはいえ後に引きずるのも嫌だし、今日だけでもしっかり寝るのがいいんだんろうけど……。


 今寝ようとして、寝られるのか?

 正直それに自信のない俺は、椅子で前屈みになると頭を掻いた。


 寝たら寝たで、また変な夢を見て起きそうだし。

 起きてたら起きてたで結局頭が回らない。

 一体どうすりゃベストなんだ?


 ……ったく。

 たかだかこんな事すら答えもだせないのか、俺は。

 自身の弱気の虫が騒ぎ、そんな情けない思いに駆られていた、その時。


 コンコンコン、というノックの音と共に、


「カズト。開けて」


 と、キュリアの声がした。

 は? あいつどうやってここに……って思ったけど。そういや以前もあったじゃないか。風の精霊シルフに聞いて、俺の泊まってた宿に来た時が。


 だけどあいつだって、ワースの呪いは残ってて、俺を事を嫌いではあるんだろ。

 辛くないのか? こんなところに顔を出して。


「カズト?」


 扉の向こうから聞こえる不安そうな声。


「あ、ああ。悪い。今開ける」


 慌てて立ち上がると、俺は部屋のドアを開けたんだけど。瞬間、そこで固まった。

 目の前にいるのはキュリア……と、フィリーネ!?

 その顔には未だ嫌悪が浮かんでる……けど、どこか申し訳無さもあるのか。俺とあった視線を逸らす。


「……やっぱり、帰るわ」

「ダメ」


 くるりと踵を返そうとするフィリーネの服を掴み止めるキュリア。

 二人が顔を見合わせると、キュリアはまたも「ダメ」と短く首を振る。


「……キュリア。無理させるな。わかってるだろ。こいつもお前と一緒で、俺を嫌ってる」

「……そうね。貴方なんて大嫌いよ。側になんていたくないわ」

「フィリーネ。この街、詳しい。カズトの、力になれる」

「そりゃ、地元だしそうだろうけど……。彼女も嫌がってるだろ」

「でも。カズトを傷つけたの、反省してる」

「え?」


 俺の驚いた顔を見て、バツの悪そうな顔をしたフィリーネが、被っている帽子のツバをぎゅっと下げ顔を隠す。


「……ちょっと、やりすぎたって……思っただけよ」


 ……ふっ。ったく。

 嫌ってる相手に、そんな同情要らないだろうに。

 だからあの時あんな顔したのか。


 彼女と視線が合わないのをいいことに、俺は少しだけ笑う。


 ……待てよ。

 フィリーネがいるのか。だったら……。


「フィリーネ。済まないけど、やり過ぎついでにひとつ頼みがあるんだけど、いいか?」

「な、何よ? まさか私を脅す気かしら?」


 不満そうな声を上げつつも、こちらに顔を向けることも、顔を見せることもなかった彼女だけど。俺が頼みを語った途端。思わずこっちに驚きの顔を向けたんだ。


   § § § § §


 俺は二人を部屋に招き入れた後、彼女達に背中を向けたまま、軽く柔軟を始めた。


「貴方、本当に本気なの?」

「ああ」

「私は貴方に術をより強く掛けて、当分目覚めないようにだってできるのよ? それこそ別の術をかけて、貴方を殺す事だってできる。それを分かっていて言っているの!?」

「ああ。頼む」


 俺の短い返事に、後ろで戸惑いの吐息が聞こえる。

 そりゃそうだ。

 突然嫌いな奴に、深き眠りの森を掛けてくれなんて言われたら、そりゃ戸惑いだってするだろうし。昨日自分を殺そうとした奴にこんな頼み事をするなんて、おかしいって思ってるに違いない。


 だけど、正直寝ないと始まらないし、頭をリセットしないといけないからな。

 だったら、強引にでも寝付けるこれが最適解だ。


 俺は最後に伸びをした後に振り返り、二人に話しかけた。


「二人共。手伝ってもらうのはこれだけでいいし、明日は来なくていいから。キュリアもこれ以上フィリーネを困らせるな。いいな?」

「でも……カズト、大変……」

「気にするなって。一人で動くのは慣れてる。大体お前だって俺を嫌いなんだろ? 心配し過ぎだぞ」


 俺の言葉にキュリアがはっきりとしょぼくれる。

 こないだもそうだけど、随分表情を見せるな。悪い物でも食べてないのか心配になるぞ?

 しかも、何か毎日嫌われてる度合いが薄れてる気もするけど。これも母親を絶大に信頼してるからって事なのか? だとすればフィネット様様さまさまではあるけど……。


 フィリーネはキュリアの顔を見ながら、ずっと腑に落ちない顔をしてる。

 多分、俺と似たような気持ちなのかもしれない。

 嫌いなはずのこんな奴に、何故ここまでしようとしてるのかって。


 ま、いいさ。

 まずはとっとと始めよう。まだ昼前だけど、正直かなり眠いんだ。


 俺はさっとベッドに身を移すと、そのまま布団を被り、寝る姿勢に入る。


「じゃ、フィリーネ。悪いけど頼む」

「待ちなさい。手伝う代わりに、一つ聞かせなさい」

「ん? 何だ?」

「貴方は昨日、私達に殺されかけたのよ。それなのに、何故ここまで信じられるの?」


 そりゃ、仲間だからな。

 とはいえ、そんな話をしたって、また話がねじまがって、怒鳴り散らされるのがオチだろうな。


「……俺は、仲間を助けたいだけだから。仲間を助けられるなら、それで死んでも本望だし、死ぬのも怖くない」


 ……嘘だ。

 本当は、死ぬのは怖い。

 でもやっぱり、仲間を助けたいってのは本心だから。

 そんな心の不安を気取られないよう、俺は笑う。


「それに、相手は世界を救った聖勇女様達。嫌われてようと信じられるさ」

「……本当に、後悔はないのね?」

「ああ。じゃ、おやすみ」


 俺は二人に笑いかけると目を閉じる。

 ため息に続き聴こえた、ふぅっと大きく深呼吸する音の後。ペラペラと本が捲れる音が続く。


『この世の常闇にありし深淵の力よ。の者を眠りの森に導き給え』


 耳に心地よさを届けるフィリーネの詠唱。

 同時に思考が一気に霞がかり、まどろみが俺を包む。

 やっと、これで……ゆっくりと……眠れそう、だな……。


   § § § § §


 ──眠りが深ければ夢なんて見ない。

 テレビでそんなのを見た気がしたんだけど。

 俺は、何とも変な夢を見た。


 日が落ちて、シャンデリアの明かりに照らされた、見覚えのある豪華な部屋。

 ああ。ここ、以前フィリーネの屋敷でロミナ達が寝泊まりしてた部屋だ。

 部屋にはロミナ、フィリーネ、ルッテ、ミコラの四人が各々おのおの別の場所に立ち、座っている。


 四人は皆無言のまま俯き、何処か落ち込んだ顔をしている。その姿に、少し胸が痛む。


「……ロミナ。ほんに良かったのか? キュリアを残しても」

「……そうね。今頃あの変態に酷い事をされているかもしれないわよ」


 テーブルに向かい合ったルッテとフィリーネが静かに口を開くと、窓際に立ち外をじっと見つめていたロミナがため息を漏らす。


「……うん。カズトは嫌いだけど、キュリアが残るって言ったんだし」

「だったら、俺達も残った方が良かったんじゃねーか?」


 ベッドの上であぐらをかくミコラの問いには、静かに首を振る。


「……本当はそうかもしれないけど……」


 カーテンを閉じ、くるりと振り返ったロミナは、顔を上げずこう続けた。


「ずっとあの男の側にいるの……私、耐えられなかったから」


 そのままゆっくり、彼女もミコラと別のベッドの端に腰を下ろすと、じっと自分の手を見る。


「……ロミナ。お主、あの男を斬るのを、躊躇ためらいおったじゃろ?」


 静かなルッテの問いに、ロミナが身体をびくっとさせる。だが、無言のままじっと動かない。


「……ルッテ。ロミナを責めるのは止めてあげて」

「あ、いや。すまぬ。そのつもりはないのじゃ。ただ……我も、強く後悔しておってな。彼奴あやつに炎を向けたことを」


 フィリーネにそう返し、ぐっと唇を噛んだルッテに、皆の視線が集まる。


「それまで迷いなどなかった。あんな怪しき男、この世から消えようが関係ないと。じゃが、何故だか分からぬが、あの男が炎で吹き飛んだ時、心に強く恐怖と不安が走ったんじゃ。何故、我はあんな事をした、とな」


 その言葉にロミナが力なく顔を上げ、彼女を見る。ルッテは……少し、震えてた。


「……ルッテ。貴女もなのね」

「どういう事じゃ?」

「同じよ。私だって、あの男を見るだけで虫唾が走ったし、消えて欲しいって強く思っていたわ。だけど、氷の槍で貫いた時、本気で罪悪感を覚えたのよ。私は何故、こんな事したのかって」


 そう語ったフィリーネの憂いばかりの顔を見て、あぐらをかいたまま、ミコラが釣られて悔しげな顔をする。


「ったく。お前らもかよ」

「ミコラ。お主もか?」

「……俺、あんな変態ぶっ飛ばして、スッキリしてーって本気で思ってたんだぜ。側にいるだけで気持ち悪かったし。だけど、連転乱舞れんてんらんぶを決めた時、すっげーこっちの心が痛かった。俺は誰殴ったんだ? こいつを殴って良かったのか? ってさ。あんな大っ嫌いな奴が相手だってのに」


 あぐらのまま足首を掴んでいた両手にぎゅっと力が入るミコラ。その耳がしょんぼり畳まれている。


「……皆も、同じだったんだね」

「ロミナ。お前もか?」

「うん。私、あの男が大嫌いだし、探しているカズトを名乗るなんて、何処まで酷い人なんだって思ってた。だけど……彼を斬った時、恐怖したの。私は、この人に何で刃を向けたの? 何故本気で殺そうとしたの? って、凄く後悔して。彼が私の剣で死ぬのを考えたら、凄く怖くなって。それで……」


 震える涙声で語るロミナの泣きそうな顔に釣られ、皆の顔が曇る。


 ……まったく。

 こんな都合のいい夢を見やがって。


 でも、シャリア達を助けるために、こうやって皆を傷つけてるのだとしたら……。

 やっぱり俺なんて、忘れられてる方がいいんじゃないか?


 身勝手過ぎる夢を見ながら、俺はそんな切ない気持ちでいっぱいになったんだ。

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