第四章:少しずつ変わる者達

第一話:信じるか。信じないか

 キュリアを屋敷の側まで送り届けた俺は、宿に帰ると死んだように眠った……って、言いたい所だけど。残念ながらそうはいかなかった。


 うとうとする度に襲ったのは、昨日の悪夢。


 ミコラに殴られ。

 フィリーネに術で刺され。

 ルッテに炎で焼かれ。

 ロミナに斬られる。


 それが何度も俺の目を覚まさせるもんだから、結局寝不足だったりする。

 まあでも、キュリアだけは出てこなかったし、あの件があっただけでもちょっと救いだったかもな。


  ──『あの嬢ちゃんだけ、呪いの効きが悪かったのかのう?』


 なんてワースが不思議そうな声を出すけど。

 あいつらは死んだって親子。きっと絆の力がお前の呪いを越えたんだよ。


 さて。まだ眠いけどもう朝。

 流石に昨日の道着や袴はぼろぼろだし、ウィバンで買っておいた新しい奴に着替えなきゃ。


 ベッドから起き上がるも、まだ少しクラクラする。

 寝不足もあるけど、正直この二日で精神をかなり擦り減らしてるからな。何処まで気力がつか分からないけど、早くシャリア達を助けないとだし。


 あ。そういやシャリアとアンナは丸二日も宿に戻ってないのか。流石にやばいな。

 事前に受付に話して、支払い済ませてもう一週間ほど滞在期間を延長しておかないと。

 世話になってばかりだからな。たまには借りを返しておくさ。

 

 顔を洗い、ぼんやりする頭を無理矢理リセットすると、俺は支度を整え部屋を出た。


   § § § § §


  ──『しかし。お主はほんに諦めが悪いのう』


 俺が宿を出て、冒険者ギルドに向け歩き始めると、程なくしてワースがそんな言葉を掛けてきた。


  ──『普通の人間なら、昨日の時点で人間不信じゃぞ』


 おいおい。

 俺だってお前のせいで、色々不安を抱えてるんだぞ。


  ──『お主のその不安を消してやるから、諦めぬか?』


 嫌だね。


  ──『何故じゃ?』


 ……あのさ。

 ギアノスって確か賢者だったけど、お前は違うのか?


  ──『いや。儂もれっきとした賢者じゃぞ』


 ほーう。

 じゃあ、賢者ってのは馬鹿って事でいいな?


  ──『なんじゃと!?』


 だってそうだろ?

 俺が諦めない理由すら分からないんだろ? それってつまり、人の心すら分からない大馬鹿じゃないか。


  ──『そ、そんな事はない。お主がおかしいだけじゃ』


 そうか? じゃあどうやって周りと比較した?

 人間適当に拐って、同じ試練でもさせてみたのか?


  ──『……お主、まだ儂を疑っておるのか?』


 あのな。疑う要素あり過ぎだろ。

 趣味の悪い試練もそうだけど。何でいきなり根拠もなく俺がおかしいなんて言い出すんだ。そりゃよっぽど怪しいぜ。

 人に信じてもらいたいっていうなら、もう少しまともな言動をしやがれ。


 矢継ぎ早に強く不平不満を口にすると、流石のワースも黙り込む。


 ……ったく。

 人を揶揄からかってばかりだからだよ。少しはまともに人と向き合えってんだ。

 ギアノスはまだそういう所ちゃんとしてたし、よっぽど信用できたぞ。


 あいつが静かになった事に少し満足した俺は、そのまま目的地である冒険者ギルドに足を運んだ。


 魔誕の地下迷宮の調査は出来た。

 本当なら先にダラム王に報告すべきなのかもしれないけど、四霊神のワースが白か黒かは分からない。

 だったら、まずはこいつが無実だって証明しないと。


  ──『ん? 儂を信じてはおらんのじゃなかったのか?』


 ワースの不思議そうな声が再び届く。

 勿論まだグレーだ。けど、黒だと決めつけちゃいない。


 大体、俺が試練を受けられてる理由は、ギアノスが認めたからのはずで、そうじゃない普通の人間に宝神具アーティファクトを使わせるような真似はしないだろ?

 そんな事したら世界に干渉するようなもんだし、宝神具アーティファクトを守護する四霊神である意味もない。


 まあ、とはいえ。前も言ったけど、疑われるだけの要素は十分。

 だから多少疑問に思うのは、悪いけど覚悟してくれ。


  ──『……ここまでされておると言うのに。お主、何処までお人好しじゃ?』


 そうか?

 まあでも半分はただの直感。気にするなって。


 俺はワースとの会話を切り上げると、冒険者ギルドに入り、まずはクエストボードを眺めた。


 えーっと……あったあった。

 協力クエストの『行方不明者捜索クエスト』だ。


 協力クエストってのは、複数パーティーなんかで解決するクエストの事。

 代表的で一番数が多いのは、やっぱり強敵や高難度ダンジョンに挑む、共闘系クエスト。

 次に多いのが、こういった人海戦術で情報や素材を集めたりする、調査や探索、捜索や採集系のクエストだ。


 調査系も、途中経過でも有益な情報であれば中間報酬もあるし、他のクエスト参加者が調べた情報を共有しても貰えるから効率も良いんだ。

 勿論クエストが無事達成されれば、参加者に活躍に応じて報酬がちゃんと支払われるし、参加条件にランクを問わない事も多いから、実は低ランク冒険者の稼ぎにもオススメだったりする。


 俺はそのまま空いている受付を確認すると、受付嬢の前に立った。


「いらっしゃいませ」

「すいません。『行方不明者捜索クエスト』に参加したいので、手続きをお願いできますか?」

「承知しました。個人での登録ですか?

「はい。あ、因みに今確認できる全ての情報の写しも頂けませんか?」

「かしこまりました。ギルドカードをお預かりします」

「はい」


 俺がギルドカードを渡すと、受付嬢は一度奥の部屋に下がる。クエスト登録と説明だけならすぐなんだけど、情報の準備なんかもあるからな。


 彼女が奥に引っ込んでしばらく。


「大変お待たせいたしました。こちらがお預かりしたギルドカード。こちらが現在有益と判断された情報一式となります。クエストの説明は必要でしょうか?」

「いえ。あ、ちなみに今までに何方か見つかった方はいますか?」

「残念ながら、そのような報告はまだ入っておりません」

「では犯人の目星なんかも」

「はい。今の所、それに関する有力な情報もございません」

「そうですか。ありがとうございます」


 少々申し訳なさそうな受付嬢に笑みを見せ頭を下げると、俺はそれらを鞄に仕舞い、冒険者ギルドを出た。

 そのままその足で近くの喫茶店に入ると、俺は紅茶を注文した後テーブルに付き、貰った情報に目を通し始める。


 行方不明者は総勢二十二名。どれも目撃者はなし。

 仕事や年齢に法則性もないか。


 次に、被害者の当日の行動理由っと……。

 うーん。

 仕事。買い出し。クエストなんかもあるけど、どれもぱっと見は自然に見える。


 一緒に入っている地図は、行先を伝えた場所、または最後の目撃場所が印されてるけど……案外縮尺の小さい地図だな。

 仕方ない。後から住所でも見ながらでかい地図にでも書き出すか。

 ……ふーん。

 一回は街の外でも起きてるのか。

 ここも含めて、後で現場に足を運んでみないとだな。


 ……ちっ。

 ちょっとまだ頭がぼんやりするな。今日は一旦宿に戻って、休みながら整理するか。


 俺がじっとそんな事を考え、生欠伸なまあくびしながら資料を眺めていると。


  ──『お主。何故そんなに落ち着いておる?』


 ワースがふと、そんな言葉を掛けてきた。

 ん? どういう意味だ?


  ──『邪魔して悪いが、気になったのじゃ。昨日仲間だと思っている奴に殺されかけたのじゃろ? しかしお主は既に、そんな事などなかったかのように事件だけを考えておる。それでなくても心に多くの不安も辛さも持っておろうに。何故そこまで落ち着けるのじゃ?』


 ……うーん。

 俺は少し答えに窮し、頼んだ紅茶を口にした後、少し考え込んだ。


 ……落ち着いてるかどうか、そもそも分からないけどさ。

 俺が今為したいのは、シャリア達を助ける事。

 だから、そっちに集中してるだけかな。


  ──『何故、そこまでできるのじゃ?』


 言わなかったか?

 あいつらは仲間だからだよ。


  ──『ほんにそれだけか?』


 ああ。

 そうだな。


  ──『ではもうひとつ聞く。何故メイドのお嬢ちゃんの弟や、それこそ向こうの世界に現れた、絆の女神を助けようとしたのじゃ。此奴等こやつらは当時仲間でなかった者ばかり。お嬢ちゃんの弟はまだしも、女神を助ける為にわざわざ呪いで力を授かり、この世界に来るなど、よっぽどの理由があるんじゃろ?』


 ……あー、確かに。

 あの時はどっちも仲間じゃなかったか。


  ──『お主はやはり変じゃ。何故絆の女神とこっちの世界に来る気になった? 何故あのお嬢ちゃんの願いを聞いた?』


 あまりに色々聞いてくるもんだから、俺は自然と呆れ笑いを浮かべる。って言っても、ワースにじゃないけど。


 信じるか信じないかは勝手だけど、教えてやるよ。


 俺が二人を助けた理由はな。

 ……笑ってなかったからだ。


  ──『……は?』


 あのな。

 本当だから仕方ないだろ。


 アーシェが俺の前の姿を現して、俺に力を貸せって言った時さ。自慢げに女神だってアピールこそしたけど、あいつはその後一度も笑わなかった。


 弟との生い立ちを話し、俺に弟を殺してほしいって話をしたアンナだってそうだ。

 勿論そんな話で笑えなんてしないだろうけど。

 彼女は切ない顔ばっかり見せて、笑ってなかった。


 何かさ。それが嫌だったんだよ。

 アーシェの時は、シスターが人の役に立つ人間になれって教えを説いてたのもあるし、アンナにも世話になってた恩義もある。

 でも同時に、力になったら笑ってくれるかなって、そう思ったんだよ。


  ──『……本気で言っておるのか?』


 だから別に信じろなんて言わない。

 でも誰だって、相手に笑っててほしいって思うだろ?

 呪いのせいで嫌われてるロミナ達にだって、本当は笑ってて貰いたいんだよ。

 それって普通じゃないのか?


  ──『……やはり、お主は変わり者じゃ』


 ははーん。賢者様は違うんだな。

 まったく。うるせーよ。こんな話してたから、完全に集中力切れたじゃないか。

 お陰でまた眠気が強くなったろ。


 俺はカップの紅茶を飲み干すと、出そうになった欠伸あくびを堪え、そのまま店を出た。


 ……しっかし。こういう考え、そんなに変なのか?

 皆が笑ってくれてる方が、俺は絶対に嬉しいんだけどな……。

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