第九話:綱渡り

 敢えて寸止めをした理由。

 それは、皆に俺に倒されるかもしれない不安を与えるためだ。


 降参させるには力を示さなきゃいけない。

 だけど俺が、こいつらを斬れるはずないだろ。

 あいつらがどんな理由で俺を嫌がってようが、俺にとっては大事な仲間だからな。


 天地の狭間でロミナを斬るのだって、本当に辛い決断だったんだ。現実でそんな事できるもんか。

 だからこそ寸止めで、俺はお前達を倒せたって示す。


 ……ま、本当は圧倒的な実力差でも見せられれば格好良いんだけど。

 残念ながら、俺にその腕はないしな。


 結局、傷つきながらの綱渡り。

 はっきり言ってダサいけど、形振なりふり構っちゃいられない。


「ふざけんなよ! これからに決まってんだろ!」


 俺が再び晒されたのは、ミコラの連撃の雨。

 だけどさっきまでと同じ。これならいけ──。


『シルフィーネ。ミコラに力を貸して』


 げっ! まじかよ!?

 キュリアの背後に現れたのは、風の精霊王シルフィーネ。そしてミコラに掛けられたのは──疾風エアスピード!?


「待ってたぜ! 幻連脚げんれんきゃく!」


 普段の威力のまま、普段以上の疾さで繰り出される連続蹴りを、俺は咄嗟に後ろに跳ねるように下がって回避する。けど、あいつは怒りをたたえた笑みを浮かべ、一気に間合いを詰める。

 くっ! 疾い!


「このままぶっ飛べ! 連転乱舞れんてんらんぶ!!」


 加速したその動きで放たれようとするあいつの奥義。

 くそっ! 間に合え!


 俺は無詠唱で、同じく風の精霊王シルフィーネの力を借り、疾風エアスピードを重ねると、あいつの拳と脚に集中した。

 ナックルにまたも柄頭つかがしらを合わせて弾き、蹴りに峰を合わせ受ける。

 間に合った!

 これなら受け切れるはず──って思ってたのに。


「ぐっ!」


 俺の動きを止める程、太腿に強い痛みをもたらしたのは、無詠唱で放たれたであろう魔術、氷の槍。


 ちっ!

 思わずフィリーネに視線を向けると、露骨に戸惑い唖然としてる。


 は? お前、何でそんな顔──。

 彼女に目を奪われたせいで、俺はもうひとつの事をしっかり忘れてた。


「がっ!?」


 突然、頭を横からぶん殴られた。

 同時にバチバチィッっていう耳障りな音と共に、視界に星が舞い、強く感電の衝撃が身体を走る。


 そのまま俺は、ミコラの放つ連撃の波に呑まれていった。

 腹。脚。腕。肩。最後に顎を強く蹴り上げられ、俺の身体がバク転するように大きく宙に浮いたけど、何とか歯を食いしばって意識は残す。


 くるりと回転する視界の中で見えたミコラの顔──お前まで、何そんな後悔した顔してんだよ。


 勢いのまま何度か地面を転がり、床にはいつくばった俺に向けられたのは、ルッテの怒りの声。


「目障りじゃ! 散るがいい!」


 同時にドラゴンの口から放たれた巨大な火球。  

 頭がくらくらして動けない。けど、まだ死ねるか!


 俺は必死に片手を伸ばし、無詠唱で聖術、魔防壁まぼうへきを向けた。

 障壁は一瞬炎を抑え込んだ。けど、集中力が続かない。


 障壁をあっさり打ち砕かれ、炎が直撃する寸前。俺は意地で後ろに跳ね避ける。けど、目の前で爆発した火球の威力は凄まじい。


「うわぁぁぁっ!!」


 爆風で吹き飛んだ身体が、まるで紙切れのように軽々と宙を舞い。俺は勢いよく闘技場の壁に背中から叩きつけられた。


 ミコラの拳のせいで、ぬるりと頭から流れる血。

 脚に刺さった槍も炎で消え失せ、そこからも血が流れ出す。

 身体から力が抜け、壁に背をつけたまま、俺は尻餅を付くように、そのままどしゃりと座り込む。


 絶え絶えの息。

 朦朧とする頭。

 炎に晒されたせいか。焦げた匂いと火傷の熱も感じる。


 遠くに見える聖勇女達。

 ルッテもまた他の奴らと同じ。術を当てたのに喜んでなんていない。


「……もう、降参して」


 聖剣を持った腕を震わせながら、何かに怯えるロミナ。


「これ以上やったら、本当に死ぬわよ」


 そう警告するフィリーネの顔も青ざめている。


「カズト。ごめん、なさい……」


 仲間に手を貸し生み出した好機なのに、泣きそうな顔で絶望を示すキュリア。


「……くそっ」


 殴った後味の悪さでも感じてるのか。苛立ちを短く言葉にするミコラ。


「……もう、いいじゃろ。我等に絡むな」


 ため息を漏らし、憂いある表情のまま、俺という現実から目を逸らすルッテ。


  ──『止めておけ。このままでは死ぬぞ?』


 彼女たちに賛同するように、ワースの何処か重々しい声も頭に響く。


 身体が痛みで悲鳴を上げてる。

 向けられるのは哀れみの瞳と、哀れみの声ばかり。


 ……ったく。弱くて悪かったよ。

 だけどな。


「……ふざ、けるな」


 俺は、それでも握り続けた閃雷せんらいを杖代わりに、壁に背を付けたままゆっくりと立ち上がる。

 聖術、生命回復を掛けようとしたけど、集中力が続かずに、すぐに術は霧散する。


 はっ。

 そんな事すらできないのか。このポンコツが。


 背中を壁から離し。ふらりとする身体を無理矢理前傾姿勢で抑え込み。

 痛みが強く走る震える脚で踏ん張って、重い腕で閃雷相棒を鞘に戻すと、再び抜刀術の構えを見せる。


 あいつらの驚きの顔と恐怖の目。

 ……俺はまた、お前らに嫌な思いをさせてるんだな。


 パーティーを追放させて。

 解放の宝神具アーティファクトの試練で散々死んで。

 目を覚さないって泣かせて。

 パーティーをこっちから解散して。


 それでも俺を探してくれたのに。

 結局カルドとしても死にかけて。

 苦言を呈させて。喧嘩させて。

 強くなるって約束したのにこの様で。


 やっぱり、俺の事なんて放っておけば良かったんだよ。

 俺の事なんて忘れてれ、のんびり暮らしてりゃば良かったのさ。


 これ以上続ければ、より嫌な思いをさせる。

 ……でも、悪いな。


「俺は……仲間を、助けるんだ」


 そう。助けなきゃいけないんだ。

 お前達と同じ位、大切な仲間を。


「だから……降参、なんか……」


 ぎゅっと歯を食いしばり。

 ぎゅっと柄を握った俺は。


「できるか!」


 俺が今できる、全力の真空刃しんくうはを放った。

 放射状に拡がった、今までに見た事のない大きな衝撃波が、彼女達を一気に巻き込まんと、勢い良く迫る。


 こんな身体で反撃するなんて予期してなかったのか。彼女達は驚きつつも避けるができず、各々おのおのその身ひとつで身体を庇おうとする。


 そして──直撃したはずの真空刃しんくうはは、彼女達の身体に傷を残す事すらなくすり抜けると、背後の壁に激突し、大きな音と傷跡を残した。


 声を発せぬまま、後ろを振り返り唖然とするロミナ達。


 はっ。見たか。俺だけの抜刀術秘奥義。

 心斬しんざんおもて


 心を無にし、斬らないと思った物だけは斬らない技。

 勿論、お前らなんか斬ってやるもんか。

 だけど、これで分かったろ。俺は諦めてなんかない……なんてな。


 正直、それが限界だった。

 一気に身体の力が抜けた俺は、受け身も取れず、そのまま前のめりに倒れ込んだ。


 ……ったく。情けない。

 シャリア。アンナ。

 ごめん。俺……ここまで……かも……。


    § § § § §


 ……なんとなく、目の前が明るい。

 ……同時に、身体に何か温かさを感じる。


 どれ位経ったのか。

 俺はぼんやりとした夢心地のままゆっくりと瞼を開くと、見えたのは闘技場の天井だった。

 

 ……えっと、俺……まだ、生きてる?

 ぼんやりとそんな事を思った、その時。


「……おはよ」


 どこかぶっきらぼうな挨拶を耳にし、俺は視線をそっちに向けた。


「キュリア……」


 そう。

 仰向けに寝かされた俺の傍に座り、生命の精霊王ラフィーと共に、俺に手を翳していたのは涙目の彼女だった。

 身体を見回すと、さっきまであったはずの身体の傷はほぼ塞がっている。身体の痛みもない。

 この感覚、生命活性ヒーリングか。


『ラフィー。ありがと』


 俺が意識を取り戻したのを見て、彼女が生命の精霊王を解放すると、俺を覆っていた光も消えた。


「お前が……治してくれたのか?」

「うん」


 キュリアは問い掛けにこくりと頷く。

 その顔には、少しだけ安堵が見て取れる。


 俺はゆっくりと上半身を起こす。

 既に闘技場は俺達二人だけ。ロミナ達の姿はない。


「何でだ? お前も皆と一緒で、俺を嫌ってるだろ?」

「……うん。馴れ馴れしいし、変態だし、気持ち悪いし、嫌」


 ……ほんと、酷い呪いだな。

 彼女の口にしたけなし言葉に、思わず苦笑する。


「じゃあ何で助けたんだ?」

「……昨日夢で、お母様に、言われたから」

「フィネットに? 何を?」


 驚く俺に、彼女は少しだけ寂しそうに頷く。


「お母様が、あなたを信じて、助けなさいって」

「……でも、嫌いなんだろ? 助けるの嫌じゃないのか?」

「嫌。でも、お母様が、言ったから。信じようって、頑張った」

「……そっか。だからさっきもチャンスをくれたのか。……ありがとな」


 親子の絆が呪いを超えたんだろうか?

 でも本当に助かった。このまま何もできずに終わると思ってたしな。


 俺は、無意識に悲しい顔を見せるキュリアの頭を優しく撫でてやる。

 一瞬身体を緊張させた彼女は、ふっと嬉しそうな顔をすると。


「カズト。勝手に頭撫でる。やっぱり、変態」


 そんな言葉を口にした。


 しまった!

 嫌われてる相手に何やってんだ!


 慌てて頭から手を退けると、キュリアが少しだけ名残惜しそうな顔をした気もするけど、きっとこう考えるのがキモいんだ。気にするな。


「ロミナ達は先に戻ったのか?」

「うん。伝言、頼まれてる」

「伝言?」

「うん。『お互い、降参してない。だから、行方不明の事件、解決したら、パーティーに入れてあげる』って」


 トランスさんが言ってた例の事件か。でもあれ、二ヶ月経っても誰も解決できてないんだろ?


 俺はあぐらをかいた後、困った顔で頭を掻く。

 まだまだ前途多難。だけどまあ、やるしかないもんな。


 ため息と共に立ち上がると、キュリアもそれに続く。


「キュリア。ずっと俺と居るのも嫌だろ。もう大丈夫だから帰ってもいいぞ」

「……一緒にいるの、嫌。でも……もうちょっと、一緒じゃダメ?」


 おいおい。何だよその矛盾は……。


「うーん……。俺は、別にいいけど。じゃ、屋敷の近くまで送ってやるか?」

「うん」


 髪と同じ琥珀色の瞳をこちらに向けて、キュリアが少し嬉しそうな顔をする。


 予想外の展開に戸惑いはあるけど、まあいいか。

 フィネット。キュリア。ありがとな。

 お前達親子のお陰で、もう少しだけ頑張れそうだ。

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