第八話:望まぬ戦い

 空は少しずつ夕方に変わろうとする中。

 俺はロミナ達に続いて歩いて行く。


 それから暫くして、俺達は冒険者ギルドの地下闘技場にいた。

 ロミナによって貸し切られた闘技場で、向かい合うように立つ俺と彼女達。


「ここなら、他人の目を気にしなくて良いわ」

「そうね。流石に野次馬が増えた時にはどうしようかと思ったもの」


 ロミナの冷たい言葉に、フィリーネがやれやれと疲れた顔を見せる。


「ロミナよ。それでどうするのじゃ? この気持ち悪い男は」

「……うん。キュリアが言うから、チャンスをあげる」

「お前本気か!?」


 露骨に驚いたミコラに頷いたロミナは、じっとこちらを見た。


「カズト。私達五人を倒して降参させたら、パーティーに加えてあげるわ」

「え?」


 予想外の提案に、俺が思わず驚いた顔をすると、ロミナはそれすらも不満だったのか。俺にまたもきつい視線を向けてきた。


「私達五人と同時に戦って。その代わり、あなたが降参したら、金輪際私達の前に顔を見せないで」

「ロミナ。貴方、それは流石に──」

「分かりました」


 フィリーネの言葉を遮り、俺は真剣な顔のまま頷く。


 分かってるよ。無茶だってんだろ?

 そんなの重々承知だって。お前達の実力は知ってるからな。


 だけど、ワースの呪いもさっきので大体わかった。

 ただ言葉を並べて説得しようったってだめだ。本当の事を説明をしたって、嫌われるから歪んで取られる。そこに並べたのが事実だとしても。

 何でキュリアがああ言ってくれたのかはわからない。

 だけど折角のチャンス。可能性に賭け、足掻くしかない。


 俺があまりに素直に返事した事に、フィリーネだけじゃなく、ロミナまで驚いた顔をする。


「……ふん。随分嘗められたもんじゃな」


 苛立ちと共に、ルッテの背後に現れた炎のドラゴン。彼女の古龍術、炎の幻影フレイム・ドラゴニア

 こいつの破壊力は数ヶ月前に身を持って知っている。とはいえ、まさかまたやり合う事になるなんてな。


「いいじゃねーか。こいつをぶっ飛ばせるんだろ? 思い知らせてやるよ。変態の末路ってのをさ!」


 ミコラが武道家の武器、天雷のナックルをポケットから取り出し両手に嵌めると、腕をポキポキと鳴らし、これまでのお返しと言わんばかりに、冷たい目ながら、心底嬉しそうな顔をする。

 鉄拳制裁出来るって意気込んでるな。こりゃ手加減は期待薄か。


「まったく。貴方、死にたいの?」


 呆れながら、フィリーネが神魔の魔導書を片手に取ると、ふわりとそれが宙に浮く。

 同時に浮かびあがる幾つもの雷の矢。

 魔術、雷縛らいばくの矢。この数ともなれば、体術で避けるのは至難の技だろう。


「あなたみたいな汚い人に、手加減はしないわ」


 すっと聖剣を抜き、両手で構えるロミナは、俺を汚らわしい物を見るかのように睨む。

 ……その目に怯えなし、か。

 ある意味良いだろ。あいつが苦しまなくて済むし。


 唯一、憐れみの瞳を向けてきたキュリアは。


「本当に、戦うの?」


 俺の方を見ながらそう口にする。


 ……何があったか知らないけど、そういう言い方は止めろって。俺の決意が鈍るだろ。頼むから、お前も昨日みたいに俺を罵っておけよ。


「ええ。俺はシャリア達を、助けなきゃならないから」


 ……そう。

 だから、今回は隠さない。

 俺も全力で行く。俺なりの覚悟でな。


 キュリアが、ぎゅっと唇を噛む。

 ……ったく。調子狂うだろ。覚悟を決めさせろ。


 俺は未練を息と共に吐き捨てると、皆の構えに応えるかのように、閃雷せんらいの柄に手を掛け、抜刀術の構えを取る。


 聖勇女パーティーとの戦い、か……。

 ルッテに希望を見せる為に彼女と戦い。

 ロミナを呪いから救う為、天地の狭間であいつとも戦ったけど。

 ……全員に嫌われたまま、同時に戦えってか。

 こんな日が来るなんて、夢にも思わなかったな。


 ……ワース。

 後で覚えてろよ。ったく。


 心でそう愚痴った瞬間。


「行くぜ!」


 真っ先に飛び込んできたのはミコラだった。

 武道家らしい素早い拳と蹴りのコンビネーション。俺は刀の柄頭つかがしらでナックルを止め、素早く蹴りを掻い潜る。

 そこから出される技の数々。それは間違いなく稽古の比じゃない威力と疾さ。


 だけど、俺はお前の癖を知ってる。

 熱くなるとすぐに威力重視の技に頼るだろ。だからさっきから攻撃が大振り過ぎだ。


 俺はミコラの攻撃の合間の隙に、強く刀での一閃を繰り出す。


「しまっ!」


 間隙かんげきを突かれ、焦った顔のミコラが何とか避けようとする。

 だけど、それじゃ遅いんだよ。


 俺は、迷わず放った一刀を、彼女の顔に触れる直前で寸止めする。

 避け損ねた動きから、流れで俺から距離を置いたミコラがぎりっと、悔しそうに奥歯を噛んだ。


「ミコラ。下がって!」

「ゆけ! あの男を切り刻め!」


 フィリーネの強き言葉と共に、雷縛らいばくの矢が一気に俺に向かって放たれる。同時にルッテも杖を振るうと、フレイムドラゴンが巨大な腕を連続で振るい、複数の鋼の炎爪えんそうを放つ。


 ったく!

 こんな同時攻撃、武芸者じゃ避けれないだろって!


『神聖なる光の壁よ! その神々しく強き輝きにて、全ての力を打ち消したまえ!』


 俺は迷わず詠唱と共に両腕を伸ばし、光神壁こうしんへきで自身の周囲を半球状の障壁で覆うと、直後に障壁に激突した雷の矢と灼熱の爪は、それに遮られ弾け飛び、爆散した。


「なぬっ!?」

「二職持ち!?」


 予想外の俺の術に、ルッテとフィリーネが驚愕する。けど、そんな顔を堪能する暇もなく、一気に踏み込み袈裟斬りを仕掛けてきた奴がいた。ロミナだ。


 殺意を感じる強い振りに、思わず俺の身体が強張る。


 動け! シャリア達を助けるんだろ!


 俺は心で叫ぶとそれを何とか受け流す。が、勿論ロミナは止まらない。

 迷いなく振るわれる剣撃。俺は命に関わるものだけを弾き、掠める牽制は無視して掠らせる。

 全部受け切るって約束したってのに。正直ここまでの殺気を向けられちゃ、今の俺が出来るのはこれがギリギリだ。


 しっかし。呪いとはいえ、ここまで嫌われるなんてな。

 身体に傷が生まれ、身体と心に同時に痛みと恐怖、哀しみが走る。


 ったく! どんだけ弱いんだよ俺は!

 もっと強くなれ! ロミナと約束しただろうが!


 歯を食いしばり痛みに堪え、俺は怒涛のように襲う剣撃を必死に捌きながら、たった一閃に全てを懸けるべく、その軌道を見定め、弾き、避ける。

 耳に届く、剣と太刀の弾きあう音。


「ロミナに喰らい付いてる!?」


 ミコラの驚きの声。だけどそんなのは耳に残らない。そりゃそうだ。


「あなたなんて嫌い! あなたなんていなくなって!」


 ロミナがそう叫びながら、怒りに任せて剣を振ってるんだから。


 まるでギアノスの試練。

 あの日の苦い想い出が重なるけれど、ここは天地の狭間じゃない闘技場。食らったら死ぬだけの現実リアルな世界。


 まだ死ねるか!

 俺はシャリア達を助けないといけないんだ!

 

 必死にそんな想いで恐怖を誤魔化そうとしたのに、俺の身体は動きを鈍らせる。

 くそっ! だったらまず、不利でも気持ちで五分を取れ!


「消えて!」


 強く振りかぶった大振りの剣。

 俺はそれを喰らう覚悟で身をギリギリまで引きつつ、先に喉元に鋒を寸止めで突き付ける。


 ま、でも結局寸止め。

 彼女の剣が止まるわけじゃない。


 瞬間。

 身体が死を拒否し、後ろに飛び退く。でも、それじゃ遅いのは知っている。

 触れた剣が肩に刺さり、きっさきが胸まで傷を付けていき。吹き出す血を浴びたロミナが瞬間、動きを止める。顔を青ざめ、身を震わせながら。


 肩に刺さった剣先からしたら、もっと深い怪我を覚悟してたけど……ロミナが、躊躇したのか?


 とはいえ、致命傷じゃないにせよ、それは十分な傷。 

 一気に後方に身を引いた俺は、思わず片膝を突き肩を押さえた。

 ぬるりと赤い物が手に付く嫌な感触。

 ちっ。案外血が出たな。焼けるように痛みが走りやがる。


 顔を顰めながら、俺は自身の魔力マナの余力を確認して、新たな術を繰り出した。


『ラフィー。力を貸してくれ』


 瞬間、俺の傍に姿を表したのは生命の精霊王ラフィー。そして彼女は俺に応え、精霊術、生命活性ヒーリングで俺の傷を回復していく。


 即時回復じゃないけど、何たって精霊王の力を借りてるからな。一気に傷が塞がっていき、痛みを多少抑えてくれる。勿論失った血は戻らないけどな。


「精霊術まで使うっていうの!?」

此奴こやつ、一体何者じゃ!?」


 フィリーネやルッテが愕然とした顔をする中、俺はゆっくりと立ち上がると、再び構えを取る。


「まだ、終わりじゃないですよね」


 泥だらけの袴に、血まみれの道着。

 命を削るかのようなすれすれの戦いに、早くも息が上がる。

 この惨めな感じ。あいつらが俺のランクを知ったら、やっぱり格下のCランクだったって煽られそうだ。


 酷い有様の俺は、それでも迷わず、再び刀に手を掛けた。


 降参なんか出来ない。この機を逃す訳にはいかない。だから俺は……やるだけだ。

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