第七話:希望を捨てて

 ロミナ達と再会したその日。

 俺は部屋に戻ると、心の不安を祓うべく、ベッドの横に座り、ただじっと静かに瞑想だけを続けた。


 ……二人の為に、時間を掛けたくないのもあったけど。

 何となく、時間を掛けるほど状況は悪くなりそうだと直感的に感じて、勝負は明日に決めた。


 情けない程弱い俺の臆病な心が、それまでに折れる訳にはいかないからな。

 だから俺は、寝る事もせず、色々な覚悟をした。


 あいつらにより嫌われるのも。

 あいつらにけなされるのも。

 敢えて俺は、それを受け入れる覚悟で自分で心を追い詰めて。


 そして、代わりに必死に決意した。

 シャリアとアンナだけは、助けるって。


  ──『そこまでせんでも、諦めればお主は楽になるぞ』


 なんてワースが誘惑してきたけど、ふざけるな。

 俺は太腿の上で組んでいた手に、ぎゅっと力を込める。


 ずっと心にシャリアやアンナに対する後悔を持って、生き続けるなんてできるか。

 どうなろうが、あいつらを助ける。

 それだけは、諦めないからな。


    § § § § §


 翌日。

 俺はまた、フィリーネの屋敷の前の道端から、建物を眺めていた。

 なんていうか。ほんと、これだけ見てたらただのストーカー。酷く落ちぶれたもんだ。


 だけど、正直こうでもしないと会えないと思ってたからな。

 勿論昨日の今日。より嫌悪されるのも覚悟の上だ。


 因みに、昨日の時点で何かいいアイデアがあったのかといえば、そんな事は一切ない。

 っていうか、昨日の時点で呪いをはっきり理解したし、それでも結局パーティーに入ろうとするなら、会って話をしないと始まらない。

 そうなると結局、当たって砕けるしかないからな。勿論、砕けたくはないけど。


 こうして俺は、朝からじっとしたまま、そこに立ち続けた。

 マルージュの気候って暑すぎず寒すぎずで快適。

 とはいえ、今日は風もないし、陽射しも強い……はずだったんだけど。昼前に急に雨雲が天を覆い、そのまま雨が降り始めた。


 しまった。こんなの予想してなかった。

 俺は普段通りの武芸者の格好。雨具も用意してないから身体が雨に晒される。少し風も吹いて来て、一気に肌寒さも増す。


 だけど。

 俺はじっと、その場を離れなかった。

 雨なんだし、出直せば良いって思ったりもしたのに。


 昼を過ぎ、腹が鳴る。

 だけど俺は動かない。ずぶ濡れの身体に肌寒さを強く感じて、思わず身を震わせるけど堪え忍ぶ。


 とはいえ、頭が少しぼーっとしてくる。

 何で俺、こんな事してるんだ? なんて思いも過ぎる。だってあいつらが雨の中出掛ける訳ないだろ。よっぽどの理由でもなきゃさ。


 それでもじっと耐えていると、雨が止み、雲が流れ。少しずつ日差しが戻ってきた。

 時間にしたら三時位か? 気づけば随分日が傾いている。空には俺の鬱々とした気持ちも知らず、鮮やかな虹が掛かる。


 そんなギャップに思わず苦笑しながらじっと立っていると。暫くして、屋敷の扉が開いた。


 出てきたのはロミナ達五人。

 その顔に浮かべているのは、はっきりと分かるより強い嫌悪。


 彼女達は敷地の門から出てくると、迷わずに俺の前に立った。


「貴方。私達も寛大ではないわ。そろそろ衛兵にでも突き出されたいのかしら?」


 両腕を組んで、強い不満を見せ俺を睨むフィリーネ。他の面々の視線も同じ。


 ……で? だからなんだってんだ。


「俺は、聖勇女パーティーの皆さんに、お願いがあって来ました」


 俺を睨むフィリーネに真剣な瞳を向ける。


「……私達は、あなたに関わりたくなんてない」

「ほんとだよ。昨日だけならまだしも、今日なんてずっとここに張り付いてんじゃねーか。気持ち悪いったらありゃしねーよ」


 ロミナとミコラが露骨に嫌そうな顔を見せると。


「ほんに。幾ら何でも、我らとて我慢にも限度がある。……お主、死にたいか?」 

 

 脅し文句のように、ルッテがそうきつい口調で責める。

 そんな中。ただ一人、じっと俺を無表情に見つめていたキュリアは。


「……願いって、何?」


 静かにそう尋ねてきた。


「え?」


 予想外だったのか。俺だけじゃなく、他のメンバーまで思わず驚いて彼女を見たけど、キュリアはじっと俺から視線を逸らそうとしない。


 ……何か心変わりがあったのか?

 一瞬心に希望を持ちそうになるけど、俺はそんな想いをすぐに捨てた。

 呪いが甘くないのは昨日ので知ってる。彼女の気紛れに感謝はするけどな。


 真剣な顔を崩すことなく、俺は願いを語る。


「……一日……いや。たった数分でも良いから、俺をあなた達のパーティーに入れてください」

「数分? 馬っ鹿じゃねーの? そんな意味ない事してどうすんだよ?」

「……助けたい仲間が、いるんです」


 心底嫌そうな声を出したミコラだったが、俺の言葉にその耳をぴくんと動かし驚きを示す。


「俺は今、仲間であるシャリアとアンナをある人に拐われてます。そして二人を助けられる為に提示された条件が、あなた達のパーティーに入る事なんです」

「シャリアとアンナ!?」


 淡々と口にした俺に、強い驚きを見せたのはロミナだ。だけど……。


「あなた、まさか師匠達の事まで調べて、嘘をついてまで私達に取り入ろうとしてるの!?」


 プライベートな情報を口にして、情に訴えようと思われたんだろうな。聖勇女らしからぬ怒りをより強めた彼女。

 ……まあ、そうなる気はしたよ。


「まったく馬鹿げておる。そんな話、どうやって信じろというんじゃ。流石に思慮が足りな過ぎるじゃろ」


 話にならないって顔をするルッテ。

 だけど仕方ないだろ。


「……俺にとっては、真実ですから」


 そこまで口にした俺は、すっとその場に正座すると、石畳に頭をつけ平伏した。


「どうか、お願いします」


 じんわりと袴に泥水が染みる。

 惨めなくらい、額をつける。

 濡れた身体が寒さに震える。

 だけど俺は、じっと頭を下げた。


 呆れたため息が耳に届く。

 いや、呆れより苛立ちの方が強いか。


 断られる現実と、それでも食らいつく覚悟を心に決めた、その時。


「……ロミナ。チャンス、あげて」


 突然、キュリアがそんな事を言った。


「はぁっ!? キュリア、何言ってんだよ!?」

「そうじゃ! こんな変質者の戯れ言に耳を貸す必要なぞないじゃろ!」

「そうよ。何で私達がそこまでしなければいけないのよ!?」


 ぽつりと呟いた彼女の言葉が火種となり、ミコラ、ルッテ、フィリーネが強く抵抗する声が聞こえる。

 そんな中。キュリアはまた、


「……チャンス、あげて」


 まるで己の意思を譲らないと言わんばかりに、ぽつりとそう言った。


 何だ? キュリアに何の心変わりがあった?

 もしかしてそこに、希望があるのか?


 ……いや。そんなのは捨てろ。

 下手な希望を持って油断して、後でてのひら返されて、心を折られる訳にはいかないんだから。


 しばらくの沈黙。

 気づけば、周囲に野次馬ができているのか。余計な言葉まで耳に届く。


「あの見すぼらしい武芸者は何をしているのかしら?」

「男がこんな場所で頭を下げるとか。恥ずかしくないのかね」


 その大半は俺に対する罵倒や非難の囁き。

 だけど、肝心のロミナ達の声がない。


「……あなた。名前は?」

「……カズト」


 ロミナの問いに答えを返す。


「おい、ロミナ。こいつ、俺達の探してる奴の名前まで知ってやがるぜ」

「幾ら我等がその者を忘れているとはいえ、こんな奴ではないのは分かる。そうじゃろ? ロミナ」

「うん。この人じゃない。絶対に」


 少し憎しみを感じるロミナの声が、俺の存在を否定する。

 心が強く痛むけど、俺はじっとしたまま、それを堪えた。


「……立って」


 一度大きなため息をいた後。

 ロミナの言葉に俺がゆっくりと顔をあげると、未だ憎々しげな視線を向けていた彼女は俺から視線を逸らすと、仲間に目配せをする。


「皆。付いてきて。カズト、あなたもよ」


 そう言って歩き出すロミナ。

 ルッテ達は困った顔をしながら、その後を付いていく。


 ……どこへ行く気だ?

 そんな疑問を心に持ちながら、俺もまた、ゆっくりと立ち上がると、離れていく聖勇女パーティーの背中を追うように、その場を離れたんだ。

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