第三話:絆を信じて

 どれ位眠ったのか。

 俺はゆっくりと目を覚ました。


 ……見えた天井。部屋がまだ明るい。って事はあまり寝られなかったのか?

 そんな不安が過るけど、思ったより頭はすっきりしてる。って事は、少しは集中して寝られたって事かもな。


 しかし……今考えると、何故フィリーネは手を貸してくれたんだろう?

 キュリア程じゃないけど、最初に比べてそこまで当たりは強くなかったけど……。


 あの時の戦いは、呪いを超える何かがあったのか? だからあんな夢を?

 ……いや。流石にそれは都合良過ぎか。


 ……ん?


  トトン! ……トン……トン!……


 寝起きの耳に届いた、何処か不安なリズムを刻む包丁の音。そして……。


「痛っ!」

「……フィリーネ。下手。『ラーフ。治してあげて』」

「う、うるさいわね。それより貴女はどうなのよ?」

「スープ、完璧」

「随分と自信があるのね。どれどれ……ってキュリア。芋が丸々入ってるだけじゃない。皮も剥いてないし……」

「シンプル。大事」

「それにしたって味気ないでしょ。まあ味が良ければ……って、貴女。これ塩と砂糖間違ってるじゃない!」

「そんな事……うえっ……」


 妙に騒がしい、寝る前に耳にした二人組の声が聞こえる気がする。


 ……おかしい。

 俺、あいつらにもう来るなって言ったよな?

 あ、もしかしてこれも夢か? きっとそうだ。そうに違いない。


 俺は天井を見たまま、頬をつねってみる。

 これぞ夢だって理解するお約そ──痛ててて。


 ……まったく。

 ため息をいた俺は、ゆっくりと上半身を起こす。

 カーテンが開いた窓からは、明るい街並みが見える。この明るさ、もう朝か。半日以上寝てたって、よっぽど寝不足だったんだな……。


「キュリア。流石にこんなの食べさせられないわよ。作り直しなさい」

「うん。あ、フィリーネ」

「何?」

「焦げ臭い」

「え? ああっ!!」


 未だ怪しい気配のする声の方を、見ていいんだろうか?

 正直あの二人、料理の才能ゼロなんだよ。

 だから自炊の時は大体、ロミナ、ルッテ、ミコラ、俺の誰かが担当してたし。


 二度寝してシカトやろうかとも思ったけど……まあ、そうもいかないんだろうな。


 諦めて俺が現実に目をやると、部屋に備え付けられた台所で、オーブンから取り出した丸焼きの鳥が真っ黒になっているのを呆然と見る、エプロン姿のキュリアとフィリーネの姿が目に留まった。


「……まったく。朝から何やってるんだよ」


 ベッドから降り、そんな呆れ声をかけつつ歩み寄ると、はっとした二人は目を泳がせ、俺から視線を逸らす。


「べ、別に。貴方の為に料理なんて作ってないわ。あ、どうせ貴方みたいな人には、焦げた鶏肉で充分でしょ? 折角だしこれ、食べる?」

「……あのなぁ。俺を嫌いなのはいい。でも、だからってわざわざここに来て、俺のじゃない飯なんて作るなよ。嫌がらせにも程があるし、それこそ勝手に飯食うコソ泥と変わらないだろ」

「う……」


 流石にぐうの音がでなかったのか。

 フィリーネが珍しく言葉を詰まらせる。


「……カズト。スープ、失敗しちゃった。ごめんなさい」

「お前は俺の為に作ろうとしたのか?」

「うん」

「ったく。悪いな、気を遣わせて」


 逆に、素直に申し訳なさそうな顔をしたのはキュリア。まあ、こっちは反省してそうだし、俺の為を思ってくれたのが少し嬉しくなって、思わず微笑んでしまう。


「で。二人は飯食べたのか? まだならお前らの分も作るし、済ませてるなら自分の分だけ作るけど」

「まだ」

「……べ、別に。私は家で食べて来たから──」


  ぐー。


 言葉を否定する音に、瞬間顔を真っ赤にするフィリーネ。

 ったく。素直じゃないな。


「なら俺が作ってやるよ。勿論毒なんか入れたりはしないし、悪いようにはしない。口に合うかは分からないけど、食ってくか?」

「うん」

「……し、仕方ないわね。そのかわり、酷いもの食べさせるようだったら承知しないわよ」


 素直なキュリアに、手厳しいフィリーネ。

 対照的な二人を見ながら、


「凄い朝食は出せないけど、味はそれなりに保証するよ。勿論、二人の努力も無駄にしないさ」


 俺は笑顔を向けると、早速場所を変わり朝食を作り始めたんだ。


   § § § § §


「どう?」

「美味しい」

「この鶏肉は……」

「それはフィリーネが焼いてくれた奴。潰した芋はキュリアがスープに使ってた奴。お前らは失敗したって思ったかもしれないけど、意外にいけるだろ?」


 俺が皆の料理を使って拵えたのは、やや甘みのある、ちょっとしたポテトサラダだ。


 フィリーネがしっかり焦がした鶏肉は、表面の焦げを削ぎ落としたら中身は全然いけそうだったから、中だけほぐして再利用した。

 多分火加減が強くて先に表面が焦げたのもあって、意外に内側はジューシーだったしな。


 キュリアのスープに入ってたのも、まさかの芋だけっていうシンプルさ。

 確かに砂糖が入ってたけど、全然煮込みも足りなくて、そこまで甘みが染みてなかったからさ。

 その芋はジャガイモみたいなもんだから、潰してマッシュポテトにして、同じく潰した茹で卵とさっきの焼いた鶏肉とえて、塩胡椒で味を整えてやったんだ。


 まあ流石にそれだけじゃ味気ないかなって、フィリーネが不揃いにカットしていた野菜を使ってちょっとしたスープを作り、買っておいたパンと淹れたての紅茶も添えて出してやった。

 これで少しは朝食らしくなっただろ。


 因みに、これでも孤児院ではシスターの手伝いでよく料理はしてたからな。その経験が地味にこの世界でも役に立ってたりする。


「貴方みたいな人にここまでの事をされるのは、癪に障るわね……」


 何とも複雑な顔で、フィリーネがそんな皮肉を言ったけど。まあ褒め言葉と思っておくか。

 隣では無言でキュリアが黙々と食べてるけど、何となく目がきらきらさせてるし、きっと気に入ってくれたんだろう。


   § § § § §


 一通り食事を済ませた俺は、紅茶を飲んで一息いた二人を見る。


「そういや、何でまた顔出したんだよ。俺はもう来なくていいって言ったろ?」


 その言葉に、二人は一度顔を見合わせると、俺に真面目な顔を向けた。


「私、カズト、助けたい」

「おいおい。そんな事したらロミナ達と仲違いしないか? あんな変な奴に手を貸すなんてってさ」

「確かにそれはあり得るわね」


 キュリアに苦言を呈した俺に、賛同したのは意外にもフィリーネだ。


「だろ? だったら──」

「でも、それとこれとは別よ。昨日から貴方に馴れ馴れしく話しかけられているのを我慢しているんだもの。多少の覚悟はしてるわよ」

「うん。馴れ馴れしい。私と二人の時から」


 ……あ。

 よくよく考えたら、あの戦いの後キュリアと話してる時には素で話してたな……。

 いや、まあキュリアがちょっと普段と同じだったから釣られただけど、その、な。


「……悪い」

「いいわ。キュリアはその方が嬉しそうだし、もう貴方にそこを正すのも面倒だもの」

「うん。凄く馴れ馴れしいけど、嫌じゃない」


 ……うーん。なんていうか、嫌われてるのかいないのか。変に混乱するな、この感じは。


「だから、貴方に協力させなさい。本音は嫌だけど、利害は一致しているのだから」

「利害の一致?」


 俺が問い直すと、フィリーネは少し心配そうな顔を見せる。


「私の故郷でずっと行方不明事件が起こり続けるなんて、放っておけないわ。両親や従者達が被害者にならないか。毎日気が気でないもの」


 確かに。

 旅をしている冒険者はいい。だけど住んでいる奴らにとっちゃ明日は我が身かもしれないし。実家があるフィリーネにとっても、大きな心配事なんだろう。


 にしてもだ。


「それなら俺じゃなくってロミナ達と行動すりゃいいじゃないか。それこそ俺が解決する前に犯人を見つければ、俺をパーティーに入れなくて済むし、それこそ嫌な奴の側のいなくて済むだろ?」


 彼女達にとっての正論を敢えて投げかけてみると、フィリーネの目がまたも泳ぐと、視線を逸らしたまま俯いてしまう。

 何か言いたげ。でも、言いたくない。そんな葛藤をしているように見えるけど……。


「いいか? 無理はするな。嫌いな奴の側にいるなんて、嫌に決まってるんだ。大体キュリアはまだしも、お前は俺に肩入れする理由なんてないだろ?」

「……私は、知りたいのよ」


 ぎゅっと奥歯を噛んだフィリーネが口惜しそうにそんな事を言うと、俺に真剣な眼差しを向けて来る。


「私も、キュリアも。ロミナやルッテ、ミコラだって。私達は皆、貴方が大っ嫌いよ。だけど……あの時私達は貴方を傷つけた時、皆が後悔したの。だから私は……その理由を、知りたいのよ」


 ……嘘、だろ……。

 俺は思わず目をみはった。


 確かに戦いの最中、お前らは後悔を見せてたけど、そんな事あるのか?

 大体さっき見たのだって、俺の妄想した夢だったんじゃないのか?

 俺が今でもワースの呪いの中にあるのは、首輪で分かってるってのに……。


 動揺を隠せないまま、そんな事を考えていた時。

 ふと心に、あのフィネットの言葉が過った。


  ──『……絆を、信じてください』


 ……確かに俺は、ワースの呪いで嫌われ、傷つこうと、仲間との絆を信じてた。それが俺にとっての唯一の希望だったから。


 ……もしかして、それが今に繋がってるのか?

 だとしたら、皆が悔やむ夢を見せたのは……アーシェ。お前か?

 お前が絆の力で、少しでも何かを変えようとしてくれてるのか? 気づかせようとしてるのか?


 そんな力を感じた訳じゃない。

 本当に急にそう思っただけ。

 だけど……もしかしたら……。


 少しだけ目が潤む。

 たかぶる感情を、大きなため息でねじ伏せ、ぐっと歯を食いしばる。


 ……まだだ。

 全てが希望に変わったわけじゃない。だけど……キュリア。フィリーネ。ごめんな。


「……分かった」


 俺の言葉に、またも顔を見合わせる二人。

 きっと一緒じゃ辛いだろうけど。本当は嫌だろうけど。


「済まないけど、少しだけ、二人の力を貸してくれ」


 それでも、シャリア達を助けたいから。

 お前達といつか元の関係に戻りたいから。


 俺はそう強く決意して、二人に頭を下げたんだ。

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