第六話:虚しさの傷

 地上に出た俺が、迷わず足を運んだのは貴族街だった。

 前にも言ったけど、この街にはフィリーネの実家がある。もしロミナ達が何処かを宿にするなら、きっとここじゃないかと踏んだんだ。


 門の奥に見える豪勢な建物。

 やっぱり今見ても、この屋敷の豪華さは外観を見ただけでも十分分かる。


 そういや、フィリーネがロミナ達と旅するようになったのって何でだったっけ?

 ……あー、思い出した。

 確か、ルッテと共に冒険者ギルドで、正規冒険者として登録して貰った時の同期だって言ってたな。


 この世界の冒険者ギルドに加入するのは、簡単にぱぱっとはいかないんだ。

 ちゃんと選んだ職業についての講習や実技試験があって、それをこなして正規冒険者としての心構えなんかを学ぶ必要がある。勿論実力があったり、同等の研修を学ぶ機会があれば免除されたりもするけど。


 ロミナって、元々マルージュより東の方の出身なんだけど、ロミナとルッテがロミナの両親と村で暮らしている時、魔王軍の偵察部隊に村を焼かれたらしくって。


 生き残った二人は、ロミナの親の仇を討ちたいって意思もあって、まずは冒険者になるべく、ここマルージュまでやって来たらしいんだけど、その時に古流術師っていう珍しい職業だったルッテにフィリーネが興味を持ったって言ってたな。


 それをきっかけに講習期間を一緒に過ごしたらしいんだけど、その時にロミナの生い立ちなんかも聞いて、あいつが同情して、ギルド加入と同時に仲間になったらしい。


  ──「べ、別に本当は貴方達じゃなくても良いのだけど。ま、まあ良いわ。仲間になってあげても」


 なんて、何処か気恥ずかしさを誤魔化しつつ言ってたのが面白かったってルッテは笑ってたけど、フィリーネらしいって凄い思ったっけな。


 何処か素直じゃないし、だけど何気に人情家。

 まあ、聖勇女パーティーはほんと、皆癖はあるけど人は良いからな。

 だからあれだけ性格が違っても、仲良く──。


「貴方。ここで何をしているの?」


 と。

 昔を懐かしみつつ道端からぼんやりと彼女の屋敷を見ていると、横から突然聞き覚えのある、はっきりと苛立ちを感じる声がした。


 思わずはっとして振り返ると、そこに立っていたのは、フィリーネ……だけじゃなかった。

 ロミナ。ミコラ。ルッテ。キュリア。


 そう。

 そこには聖勇女パーティーが揃い踏みしてたんだけど。俺はこの時、喜びなんて感情はまったく生まれなかった。


 フィリーネは訝しんだ顔ってより、強い警戒と牽制を見せている。

 勿論、他の皆もだ。はっきりと、嫌な者を見ている。そんな強い気持ちだけをひしひしと感じる。


 それだけじゃない。

 他のメンバーは記憶が消えているから分かるけど、睨むように俺を見ているロミナからも、俺を覚えているような雰囲気を一切感じない。


「あ……いえ……。その、凄い屋敷だなって、目を奪われてて」


 憎悪すら感じる皆の冷たい瞳。

 俺は、そんな視線にたじろぎながらも、何とか硬い笑顔でそんな言葉を返したんだけど。瞬間、がっと食いかかって襟元を掴み、背にしていた壁に強く俺を押し付けてきたのはミコラだった。


「おめーさー。誰だかわかんねーけど、こんな所にいるんじゃねーよ。見てて吐き気がする」


 こいつが敵に怒りを見せる時と同じ顔。

 俺より少し背は低いけど、獣人族らしく俺よりも力がある。

 襟を締めつけるように道着を掴んだまま、ミコラが壁に押し付けたまま俺を持ち上げたせいで、喉に道着が食い込み、呼吸を邪魔してくる。


「変態、キモい。何でこんな所、いるの?」

「ほんにそうじゃ。お主のような奴が生きているというのも癪じゃが、我等とて鬼ではない。我等の前からとっとと消えよ」


 続けざまに掛けられた、キュリアとルッテの言葉にも棘なんてレベルじゃないきつい言葉が存分に含まれていた。

 俺は苦しさに顔を歪めながらも、そんな二人の苦々しさの強い顔を見る。


 と。


「がっ!」


 ミコラが少しだけ俺の背と壁の間に空間を作ると、鋭く壁に叩きつけ、そのまま襟から手を離した。


「げほっ。げほっ」


 急な出来事と、一気に叩きつけられて息が一瞬止まった俺は、そのままそこに尻もちをつくと、目の前に立つ五人を見上げてしまう。


「誰かは知らないけど、こういう事はもう止めて。今度顔を見たらただじゃおかないから」


 俺を見下すように、ロミナがじっと俺を睨む。

 まるで、俺なんて覚えていないみたいに。


 ……結局俺は、そんな厳しい言葉の数々を前にして。


「す、すいません」


 こう言って、ただ頭を下げる事しかできなかった。


「皆、行こう」

「ええ」


 ロミナの言葉に頷いた面々が、俺の前を通り過ぎると屋敷に向かって行く。


「うげ。あいつ、まだ見てるぜ」

「何か、怖い」

「まったく。あんな奴を目にするなど、厄日じゃのう」


 ちらちらと肩越しに俺を見るミコラ達三人の、ひそひそと口にされる言葉の数々。


「三人とも。視線を合わせないで」

「そうだよ。あんなのに絡まれたらろくでもない事になるからね」


 門を開けたフィリーネと、並んだロミナはこちらに視線を向けず、三人にそんな警戒する言葉を向けると、そのまま敷地に入り屋敷の中に入って行き。

 道には俺と、その一部始終に目を奪われた野次馬だけが残された。


 ……。

 俺はしばらくその場で茫然とし、声のひとつも出せなかった。


 周囲にも同じように「あのお屋敷、本当に凄いよな」なんて言いながら見ている奴等もいたんだ。実際フィリーネの家はそれ位には目立つし、それを咎めるような事をわざわざ彼女の家の者がしたりもしない。


 だけど……俺にだけ厳しい声が掛けられた。

 しかも、ロミナは俺の顔を知っているはずなのに、その雰囲気はやっぱり赤の他人。


 ……いや、ただの赤の他人ならまだ良い方だ。

 あいつらは皆、露骨に俺を嫌ってた。


  ──『流石は儂の呪いじゃの。どうじゃ? 良い試練じゃろ?』


 ……ふざけやがって……なんて、ワースに愚痴のひとつも言ってやりたかったけど。俺はあまりのショックに、何も言えなかった。


 俺の心にあるあいつらとのギャップ。

 その大きさと、今まで掛けられたことのない言葉の数々。

 それが、ここまでショックだなんて。


 ……あいつらと初めて出会った時、皆を助けに入ったってのもあるかもしれない。


 だけど。ロミナは優しくパーティーに誘ってくれて。

 最初は戸惑っていたフィリーネやミコラだって、ここまで理不尽に俺を責めなかった。

 ルッテは新しい玩具おもちゃを手に入れたかのように楽しげに興味を示し。

 キュリアは淡々とした挨拶を交わしただけだけど、やっぱりここまでの事は口にしなかった。


 この程度で何がっかりしてるんだって、思う奴もいるのかもしれないけど。

 結局俺は、ずっと勝手にあいつ等に気を許し、甘えてたって事なんだろう。


 ──この場所にいちゃいけない。

 そう思ったっていうより、ここにいるだけで虚しさの傷が大きくなりそうで。

 何とも言えぬ顔のまま、俺はゆっくりと立ち上がり、野次馬を掻き分け、逃げるようにその場を歩き出す。


 ……情けない。

 ……絆があったはずの仲間なのに。

 ……ワースの呪いの効果だって分かってるのに。

 ……宝神具アーティファクトの試練が、生温い物じゃないって分かってたはずなのに。


 俺は、失意を隠し切れなかった。


 俺の為に泣いてくれたはずなのに、あれは嘘だったのかと心で疑い。

 俺と一緒に笑ったはずなのに、本当は側にいたくなかったんじゃないかって、そんな不安だけが大きくなる。


 街中を流れる風と共に、心に強く吹き荒れる臆病風が、耳元で囁く。


  ──「お前は、ロミナを呪いから助けた時に望んだじゃないか。赤の他人って関係をさ」


 ……確かにそうだった。

 俺がいなくたって、あいつらは聖勇女パーティーとしてうまくやってたじゃないか。

 元々あいつらに俺なんて必要なかったって、ずっと思ってたじゃないか。


 ネガティブな気持ちばかりが、俺の心を満たそうとする。

 でも……俺は、ぐっとその気持ちを無理矢理噛み殺した。


 俺は、助けないといけない。

 シャリアとアンナを。


 だから……。

 何時の間にか滲んでいた涙を胴着の袖で拭うと、俺は口を真一文字にして、弱気を必死に抑え込む。


 あいつ等に嫌われてようが。あいつ等に恨まれようが。

 もう、それでも構わない。


 本当に呪いが解けるのかだって怪しい。

 本当は皆、心の奥底でずっと、こんな気持を持ってたのかもしれない。

 この先、もっと嫌われて。この先、もっと酷い目に遭うかもしれない。

 このまま、呪いが解けてもずっと、嫌われたままって事も、あるかもしれない。


 ……それでも。

 シャリア達を助けなきゃいけない。いや、助けたいから。

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