第四話:四霊神ワース

 ポータルを抜けた先。

 そこは今までの異質なダンジョンとは違う景色を見せていた。

 全面の壁に刻まれた風格ある絵画のような彫刻。

 真新しさを強く感じる、戦いの気配すら感じられない床。


 展示物もなければ説明用のボードもない。

 壁が薄っすら光を帯びているやや薄暗いその部屋は、間違いなく今までと違う部屋。


「何だいここは!?」

「先程までと、違う?」


 シャリアとアンナの戸惑いの声が背中から聞こえ振り返る。二人はそこにいた。が、この部屋に入ったはずのポータルはそこにはない。


 不可思議な場所。

 そしてさっき聞こえた声。


「誰だ!?」


 俺は咄嗟に腰に穿いた閃雷せんらいに手を掛け構えた。

 同時にシャリアは腰の長剣ロングソードを、アンナもまたスカートの下から短剣ダガーを手にし身構える。


『そんなに緊張せんでもええわい。お主はギアノスに認められたんじゃろ? 悪いようにはせんて』


 そんな言葉が部屋に響いた後、部屋の遥か奥にあった扉が開くと、笑いながら一人の老人が姿を現した。


 緑に染まったローブを纏った、頭髪のなく、代わりに白髭を長く伸ばした老人。

 その手には先が丸まった、典型的な片手持ちの木の杖を持っている。

 その風貌は昔ながらのファンタジーでよく見る魔術師だ。


「あんたは?」


 シャリアの問い掛けに、老人はかっかっかっと笑うと。


『四霊神、ワースじゃ』


 名乗りと共に、何処か食えない笑顔をこちらに向けてきた。

 こいつは解放の宝神具アーティファクト、ギアノスの名を知っていた。って事は、本物か。


「あんた、何故俺達をこの部屋に?」

『お主が望んだんじゃろ。四霊神に会いたいと。じゃから顔を見せてやったんじゃ』

「この国でお前に会いたいって思った奴は他にもいると思うけど」

『気にもならん奴に、早々会う物好きなどおらんよ』


 笑みを絶やさず向けてくる視線。

 それは何を考えているのか読み取れない、何とも言えないものだった。


「まさか、本物の四霊神、なのですか?」

『そうじゃよ。驚いたかお嬢ちゃん』

「そりゃ驚くさ。突然こんな出迎えじゃね」


 唖然とするアンナに声を掛けたワースに、シャリアが警戒を解かずにそう返すと、そいつは俺に困った顔を向けてきた。


『カズトよ。いい加減警戒を解かんか。お嬢ちゃん達の綺麗な顔も台無しじゃし』


 飄々とした雰囲気。

 ……正直、まだ敵か味方かも分からない。けど、俺達は別に殺し合いをしにきた訳じゃないしな。


「……シャリア。アンナ。武器を仕舞ってくれ」

「いいのかい?」

「ああ」


 俺が先に構えを解くと、二人は少し戸惑いながらも、ならって武器を仕舞う。それを見た、ワースと名乗った老人は、ほっと胸を撫で下ろす。


「ワース。何であんたは俺の名を知ってるんだ?」

『ギアノスから聞いたのじゃ』

「は? ちょっと待て。何であんたはギアノスと話なんでできるんだ? お前は別の宝神具アーティファクトを守ってるんじゃないのか?」

『勿論守っておるぞ。をな』

「……は?」

『聞こえんかったかのう? 儂が宝神具アーティファクトじゃ』

「……はぁっ!? 本気で言ってるのか!?」


 ちょ、ちょっと待て。

 こいつは四霊神だって自分で言っただろ? しかもどう見たって人だ。それが宝神具アーティファクトってどういう事だよ!?

 俺の驚きを意に介さないどころか、その反応を楽しむようにワースは笑うとこう言った。


『そうじゃ。儂が四霊神であり、転移の宝神具アーティファクトなんじゃから』


 転移の、宝神具アーティファクト


「って事は、あの転移陣って──」

『無論。儂の力で生み出した物。人には真似できんて』


 髭をさすり自慢げな顔をするけど、その姿はやっぱりどう見ても人間。だけどギアノスも元は人だった。それを考えるとありえる話……なのか?

 

「転移の宝神具アーティファクトが人だってのかい。どうにも信じ難いね」


 シャリアの声が少し低くなる。

 おいおい。また牽制モードに入ってないか?


「シャリア。落ち着け」

「ああ。落ち着いてるよ。ただね。この食えない雰囲気に人を小馬鹿にした態度。あたしはそれが信じられないのさ」

「確かにそうかもしれない。だけどここは我慢してくれ」

「それなら聞いてみな。こいつが本物だってなら、この街で起きてる行方不明事件の被害者が何処にいるか、知ってるんじゃないか?」


 話す毎に熱を帯びる口調。

 流石に落ち着けって言いたい所だけど。確かにこいつが転移の宝神具アーティファクトなのが本当なら、その可能性も捨てきれない。

 つまり、こいつが転移の宝神具アーティファクトだと嘘を吐いてても、本当にそうだったとしても、どちらにしろ疑わしいって事だ。


 とはいえ、流石に言いがかりにも聞こえるその言葉が癪に触ったのか。ワースは少しむっとする。


『ほんに。お嬢ちゃんがおると、こやつと落ち着いて話もできんな。お嬢ちゃん達、先に帰らんか?』

「嫌だね。帰らせるってなら力尽ちからずくできな。アンナ」

「はい」


 シャリアの掛け声でまたも武器を構える二人。


「馬鹿! だから待てって! ワースもちょっとだけ我慢してくれ!」


 咄嗟に彼らの間に割って入り、俺はワースの方を見たんだけど。


『カズト。お主は甘いし、判断が遅いわい』


 ため息と共にそう口にした瞬間。シャリアとアンナがそれぞれの得物を手に、ワースに斬りかかっていた。

 そしてその刃が奴に触れる直前──二人が消えた!?


「シャリア!? アンナ!?」


 思わず叫んだけど、応える声はない。

 驚愕と同時に、俺は咄嗟に刀に手を掛けワースに身構える。

 ……けど、そこから動けなかった。


『まったく。お主、四霊神とはどんな存在か、忘れた訳ではあるまい?』


 既に俺の首元には、ワースの杖の先が突き付けられている。

 目に留まらない動き。この感じ……あの時のディアと、同じ……。


『落ち着けという言葉も分からんとは。お前はギアノスが視せた幻影のディアの動き、偽りと侮っておったか?』


 ……マジ、かよ……。

 俺は背中に冷たいものを感じる。

 そりゃそうだ。

 あれは幻影だからこその動きだって思ってたのに。ディアも本当はあの動きが出来たってのかよ……。


『まったく。お主らの命を奪うやもしれん幻影を見せていない事位、感謝してほしいもんじゃがのう』


 呆れ声と共に、呆然とした俺の頭を杖で頭を軽く小突いたワースは、ふっと瞬間移動するように移動し、また俺との距離を取った。


『少しは信じたか? カズト』

「あ、ああ……。それより、シャリアとアンナは?」

『ここじゃ』


 ワースはローブの袖をがさごそと漁ると、そこから掌よりやや大きな水晶を取り出す。


「シャリア! アンナ!」


 その中に閉じ込められ、音もなくドンドンと水晶を叩くシャリアとアンナの姿に、俺は思わず叫ぶ。が、ワースはそれに動じる事もなく、じっとこちらを見た。


『この中はお主がギアノスの試練で訪れた天地の狭間と同じく、生死の時は進まぬ。安心せい』

「生死の、時?」

『そうじゃ。天地の狭間はそこに入った瞬間の姿で人を留める。だから飢えもしなければ、腹も減らん。だからこそあの時、お主は死ねんかったのじゃよ。死んだと思った瞬間、生の時に戻されてな』


 つまり、あの時俺がロミナに殺され続けたのは、あそこにいたからって事か……。

 当時の事を強く思い出し、一瞬身体に恐怖が走る。


「……二人を、どうするつもりだ?」

『どうもせん……と言いたい所じゃが。ギアノスが認めたお主を試す道具とでもするか』

「……何をする気だ?」


 俺が歯がゆさを見せながらワースを見ると、彼はかっかっかっと笑う。


『そんなに怖い顔をせんでもええ。殺したりはせんよ。但し、お主が試練を越えられなければ、二人はずっとこの中じゃ』


 悪意は感じない。

 だけど、悪びれもしないワースの表情に、俺はぐっと奥歯を噛む。


 正直、戦って勝てる気なんてしない。

 かと言って、別の方法で助けられる手立てもない以上、今はこいつに従うしかないだろう。

 水晶の中の二人も、この会話は聞こえてるんだろう。愕然とした顔で俺を見つめている。


 二人を何とか助けないといけないけど、解放の宝神具アーティファクトの試練の厳しさを知ってる俺は、流石に少し身構える。

 ……いや。

 そうであっても、何としても二人を助けないといけない。日和ひよってなんかいられるか。


「……何をすればいいんだ?」


 心に走る恐怖を、ぎゅっと握りしめた拳で誤魔化しそう尋ねると。


『なーに。単純じゃよ。聖勇女達とパーティーを組むだけじゃ』


 ワースは相変わらずの笑みのまま、そんな事を口にしたんだ。

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