第三章:疑心暗鬼

第一話:理由

 あの後、ダラム王との会話を終え城を出た俺は、夕闇に包まれた街をのんびり宿に向かって歩いていった。


 仕事を終え、早くも酒場で酔っ払っている者から、家族で家路に向かう者まで。様々な人達が平和そうに歩いている。

 そんな中、人気ひとけの多い通りから、細い裏路地に入る道付近まで、時折見かける軽装の衛兵達。

 昨日は気づかなかったが、こうやって見ると確かに多いな。


 こんな状況下で人が行方不明になる事件、か……。

 俺は頭の中でその事件について考えていた。


 俺は確かに四霊神を全員は知らない。

 だから悪戯半分に人を拐う奴がいる可能性も否定はしない。否定はしないんだけど……。


 普通、こういう事件には理由が付き物だ。

 人を拐うなんて場合、その大半は恨みだったり、最悪拐った人を闇市とかで人身売買するなり、相応に理由があるはず。


 だけど、実はこの世界の王都や首都ってのは、本当にそういう闇市なんて物を許さないし、誰かが裏で手を回すのですら憚られる物だ。

 何たって人身売買は死罪のひとつだからな。

 だから、幼い頃のアンナやウェリックの件だって、おおやけの話って訳じゃない。


 マルージュはシャリアも言っていた通り、治安の良さでは隣国の中でも群を抜いている。

 正直そんな場所でリスクを背負うなら、辺境の街や村の方がよっぽど狙いやすいだろうし。

 そもそも不特定多数を狙った誘拐事件ってのはかなり珍しいんだ。


 だけど……四霊神が犯人だと仮定した場合、そもそも何故人なんて拐うんだ?


 戯れだとしたって、急にここ二ヶ月ってのも変だし、拐った人達をどうしてるかも怪しい。

 となれば、何かの贄とか……いや、それなら尚の事なんで今なんだって話だし、儀式をするのにのんびり人集めるより、一気に人を集めて済ますような気がする。


 となると、何かの研究か?

 人体実験……あまり考えたくない話だけど、

そういう事をしている可能性も……って言っても、この説は正直、四霊神とか犯人が分からないと何とも言えないか……。


 そんな時、ふと脳裏にハインツが思い浮かぶ。

 だけど、研究所では職員達が自ら実験に協力しているように見えた。

 そんな中で、わざわざそこまでの事はしないような気もする。

 ばれたらそれこそ大変な訳だしさ。


 ……多分、あいつの研究を俺が心良く思ってないから、こんな事を考えるのかもな。

 勝手に悪役と考えてしまった後ろめたさに、思わず首を振る。


 まるで街の景色のように、心が闇に包まれ始めるのを誤魔化すように、俺は少し歩みを早めて宿を目指す。


 そして少しして無事宿に着いて、一応その足でシャリア達の部屋に挨拶に行ったんだけど……。


「カズト。シャリア様がお待ちですので、一度中にお入り下さい」


 と、応対したアンナに、否応なく部屋に引き込まれたんだ。


   § § § § §


「お帰り。さて、色々話を聞かせてもらうよ」

「……拒否権は」

「なし」


 宿の窓際の部屋。

 夜景が見える小さなテーブルに向かい座っていたシャリアが、悪びれずにんまりと笑う。

 まあ、突然俺だけ国王に呼び止められたんだ。話の内容に興味も沸くか。


 しっかし……何処まで話すのが良いんだ?

 正直あまりに予想外の展開だったし、事件の方にばかり頭を取られてて、言い訳を考えてなかったんだよな。


 俺は渋々彼女の向かいの椅子に腰を下ろすと向かい合う。

 それを見届けて、アンナが何時ものようにテーブルにティーセットを準備し始めたんだけど。


「……カズト。表情が冴えませんね」


 と、少し不安げな顔を見せた。


「確かに。何か大変な話でもされたのかい?」


 同じく空気を読んだシャリアも、さっきまでの冗談っぽい笑みから一転し、真剣な顔を見せる。


 ……うーん。

 俺、何時の間にこんなに表情に出るようになったんだ? やっぱり仲間って事で二人に心を許しすぎてるんだろうか?

 ……まあ、仕方ない。


 俺は二人に、話せる範囲の事を話して聞かせた。


 俺が以前ロミナ達と共にダラム王に会っていて、あの人が付与具エンチャンターのお陰で呪いの影響を受けなかった事。

 その為に俺の事を覚えていた事。

 行方不明事件の事について、ハインツの推論も可能性にあると考え、俺に軽い調査を依頼してきた事。


 流石にダラム王もハインツに懐疑的な雰囲気だった事や、俺が四霊神に会ったことがある話は伏せた。

 勿論、黒歴史の事もだ。絶対にいじられるしさ。


「あんた、国王にまでコネがあったなんてね。私の出る幕なんてなかったんじゃないかい?」

「いやいや。流石に俺のこと覚えてるなんて思ってなかったから。ちなみにシャリアは、ダラム王の母親の形見のネックレスについて、噂とか知ってるか?」

「確か代々伝わるこの世界でも最高級の物だってのは聞いた事あるよ。それが対呪の付与具エンチャンターだとしたら、この世界に数個あるかないかって程の代物だろうね」

「やっぱりそうだよな……」


 何となく、あのネックレス位の付与具エンチャンターがあれば、パーティーを離れても皆が覚えてて貰えるかな? なんて思ったけど。

 やっぱりそんなに甘くないよな。


「それで、王の依頼は受けたのかい?」

「ああ。軽く観光名所を覗くだけの話だしな。シャリア達は話もまとまったし、後は街を離れるんだろ?」

「またその話をするのかい」

「そりゃそうだ。トランスさんの話でも心の傷は期待薄なんだろ。そうなったら後はもう自分で何とかするだけだし。お前だって本業が動き出すんだから一旦ウィバンに戻るんだろ? だったらこれ以上は迷惑もかけられないって」

「……まあ、確かにね」


 自身が思ったより力になれなかったせいか。彼女の顔が曇る。脇に立つアンナも何処か気落ちした表情だ。


「なら、最後にあんたの迷宮調査に付き合わせな。旅の思い出にさ」

「だけどただ働きだぞ?」

「別に観光気分で良いんだろ? な。アンナ」

「……はい、そうですね」


 何処か寂しげな笑みでそう口にするシャリアに、やはり寂しげに微笑むアンナ。


 まあ、確かにウィバンで世話になった時期も考えたら一ヶ月位行動を共にしてたし、情を感じてはくれてるのかもな。

 とはいえ、シャリアも仕事を放り投げて、ずっとこうもしてられないだろうし、アンナだってメイドの本業もあれば、ウェリックと一緒にもいたいだろうしさ。

 

 少しだけしんみりしながらも、


「じゃ、悪いけど明日は一緒に来てくれ」


 俺はそう言って、気丈に笑ったんだ。

 二人に感謝をしながらさ。

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