第二話:最後の一夜
あの話の後、俺達はシャリアに強引に連れられ、宿近くのレストランで晩餐を楽しんだ。
またも豪華なレストランで、彼女の奢り。
「もう早々こんな事してやれないしね」
なんて笑ってたけど。まあシャルムと旅する夢を重ねてたんだ。今日位は許してやらないとな。
§ § § § §
こうして、俺達三人は遅くまで食事と歓談を楽しんだ後、宿に戻ってそれぞれの部屋に戻った。
俺はそのままさっと風呂に入った後、寝巻きに着替え、両手を頭の後ろに回すと、ベッドに横になり天井を見る。
……まだマルージュに着いて数日。
随分とめまぐるしく状況が変わったよな。
俺の心の傷は、術とかで何とかするのは無理って分かって。
いきなりダラム王に謁見して、ハインツの研究を目の当たりにして。
その王は俺の記憶を持っていて、彼の依頼でまさか、四霊神に関わるかもしれない話に首を突っ込む事になるとか。
正直、ただ冒険してる時より情報量が多過ぎて、頭がパンクしそうで、また少し頭を整理しないとダメかな……なんて思うものの。
今晩は流石に、そんな気持ちにもなれなかった。
仕方ないだろ。
明日シャリア達と一緒に迷宮を見終えたら、また一人旅だからな。
次に誰かと旅するのはロミナ達か。それともその前に何か縁があるのかは分からない。けど、当面シャリア達と会う事はないだろう。
……考えてみりゃ、ウィバンに行く前にシャリア達と出会ってから、ここまでずっと一緒。パーティーを組んだ訳じゃないけど、彼女達相手にそんな気分を味わせてもらったからな。
お陰であまり鬱々とせずに済んだし、楽しくもあったからこそ、やっぱり寂しさもある。
ぼんやりとそんな事を考えちゃって、寂しさを誤魔化すように笑みを浮かべたその時。部屋のドアが三度ノックされた。
「はい」
「アンナです。入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ。いいよ」
慌てて起き上がりベッドから下りると、ドアを開けて姿を見せた、寝巻き姿のアンナが頭を下げた。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ。その……ご迷惑でなければ少し、落ち着いてお話でもと思ったのですが……」
普段と違う彼女の姿とおずおずとした態度にちょっと物珍しさを感じ、俺は思わず笑うと、
「ああ、構わないよ。入って」
そう言って彼女を部屋に招き入れた。
「紅茶でいい?」
「あ、いえ。それは
「いいって。そこに座ってて」
俺がそうアンナを促すと、彼女は申し訳なさそうに、テーブルの側の椅子に腰を下ろす。
手際良く湯を沸かし、紅茶の準備をする間、会話らしい会話はしない。
ただ、何となく彼女がずっとこちらに視線を向けているのだけは感じていた。
……そんなにじっと見られると、少し気恥ずかしいんだけど。
とりあえずそれを気にしないようにして、俺はティーセットを準備すると、彼女の前に紅茶を並べた。
「お気遣いありがとうございます」
「気にするなって。いっつもアンナにして貰ってるし、たまにはね。味の保証はしないけど」
俺がそう言うと、彼女はくすりと笑った後、カップを手にし紅茶を口にすると、窓の外の夜景を見た。
「……もうすぐ、お別れなのですね」
「そうだな。って言っても別に、今生の別れじゃないだろ」
「そうですが、やはりこの一ヶ月を考えると、寂しくもなります」
胸元でカップを手にしたまま、彼女がはぁっとため息を漏らし、切なげな顔をする。
「……ひとつ、お聞きしても良いですか?」
「ん? 何だ?」
「以前シャリア様に伺ったのですが。貴方様は街で悪漢に囲まれた際に
「……そうだったっけかな?」
「そう伺っております。その時、
真剣な瞳で尋ねてくるアンナ。
……うーん。納得して貰えるかは怪しいけど。ま、いいか。
「……俺、あの日アンナに世話になったよね。買い物の時に協力して貰ったり、街を案内して貰ったり」
「はい」
「だからかな」
「え?」
彼女が強く驚きを顔にするけど……やっぱり変な考え方なのか?
「あれはメイドの務めの範疇でしかございません。それなのにですか?」
「ああ。だって俺、アンナに世話になったんだし。まあ、勿論アンナに何かあれば、シャリアが傷ついたり悲しんだりもするだろうとも思ったけど。それでも俺は、アンナにも恩義を感じたからこそ、放っておけないなって思って……。やっぱり、おかしいかな?」
「……いえ。本当にカズトらしいと思います」
自信なさげに俺が聞き返すと、アンナは目を細めた後、ゆっくりと首を振る。
「……カズトは本当に、素敵な方ですね」
「俺が? まさか」
「いえ。本当に素敵です。たったそれだけの事から、
「あれはアンナがちゃんと、ウェリックが死ぬかもしれない事を覚悟してくれたからさ。その決意があったからできただけ」
「ですが、
そこまで言った彼女が、テーブルにティーカップを戻すと。顔を赤く染め、俯き加減のまま、上目遣いで俺をじっと見つめてくる
何かを決意したような表情。
その目が少し潤んでいる気がするのは……多分、気のせいじゃないよな。
それでなくたって、アンナにこんな表情で見つめられた事なんてなくて。何処か艶のある雰囲気にドキっとさせられる。
「
彼女が太腿の上に置いた手に力を入れ、ぎゅっと寝巻きを握りしめる。
少し、言葉にする声が震えて……瞳もより潤んで……何かこっちまで緊張させられて、思わずごくり唾を呑み込んでしまう。
「そんな素敵な貴方様だからこそ、
「……俺に?」
「はい……」
恥じらいと共に一度視線を落とし、深呼吸するアンナ。
……お伝えしたい事って……いや、まさか。
これって……。
「カズト。わ、
……お?
「お……お供、させていただけないかと……思って……おります……」
お……お供かぁ。
瞬間。俺は緊張から解放され、思わずほっと安堵の息を吐いた。
いや、何かこういうシーン、アニメとかゲームで見た告白シーンみたいだったからさ。
まあ、流石に俺なんかにお慕いしてる、なんて言う事ないとは思ってたけど。
あまりに変な雰囲気だったし、危うく勝手に勘違いする所だったな……。
っていうか、口にしたアンナは俯いたまま顔を真っ赤にしてるけど……緊張から解放されたのか。肩の力が抜け、ため息を
多分、よっぽど緊張してたんだろうし、きっと勇気がいったんだろうな。
でも、そこまでして仲間として、もっと旅しかったのか? メイドって仕事もあるのに?
何となく、それを捨てて冒険だなんて、少し早計だと思うけど……。
「その、気持ちは嬉しいけどさ。アンナはシャリアのメイドだし、ウェリックだって屋敷で待ってるだろ?」
「え? あ。は、はい……」
何となく声も小さいし、反応がしどろもどろではっきりとしない。
きっと断られるって思ってるんだろうけど。
……うーん。
正直こればかりは、俺だけで決められる話じゃないんだよな。
「えっと、だから一旦、ちゃんとシャリアに相談したらどうだ? 一介の冒険者になるって、思っている程楽じゃないし。それこそ命の危険も増す中で、メイドっていう安定した職を捨てて、弟と長く離れて生きる道を選ぶんだろ? そういうのはやっぱり、ちゃんと考えた方がいいだろうし」
「……え?」
その言葉を聞いたアンナは、思わず顔を上げ俺を茫然と見つめてくる。
……うん。きっと俺も、焼きが回ったな。
「……あ、あの……お供、しても……よろしいのですか?」
「まあ、流石にシャリアは大商人としての本業があるから無理だけど。その、アンナの場合、アンナがいなくなってシャリアが困ったり、屋敷とかに支障がでないなら、かな。まあ当面二人旅になっちゃうから、旅でも不安は多いだろうけど、ロミナ達に見つけてもらって合流できれば、アンナもそれはそれで安心だろうし。まあ、そこまで辛抱できるなら……だけど……」
正直、俺はもう目が泳いで彼女を見ることもできず、頬を掻き困った顔をする事しかできない。
最近ちらちらと俺が彼女達との別れを仄めかす度、アンナは不安そうな顔してたし。何か泣かれそうな雰囲気がどうにも苦手でさ。
……情けない理由だけど。
ただ、どうやらそれはアンナも納得できる答えだったのか。
「……はい。シャリア様にちゃんとお話は致しますので、是非!」
ぱっと表情を笑顔に変えた彼女は、我慢してた涙を堪えられずに溢すと、深々と俺に頭を下げてきたんだ。
まあ、ちょっと甘いかもしれないけどさ。
きっと彼女も沢山苦労してきたんだし、少し位は
……でも……もしさっきのが告白だったら、俺はどうしてただろ?
……いやいや。
今までそんな経験ないし、俺なんかにそんな事言ってくる奴もいないだろ。
ルッテの時みたいに、
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