第三話:謁見の間にて

 翌日。

 俺はシャリアとアンナ、トランスさんと共に、マルージュの街を回った。


 主に見て回ったのはやはりマジックアイテムや巻物スクロール、魔導鋼なんかだ。

 魔導都市らしくこういったものの生産体制が整ってるみたいで、安価に良質な物を手に入れやすいんだって、横で一緒に見守っていたアンナが教えてくれた。


 あと、交易のネックになるのがやっぱり距離。

 マルージュとウィバンとなると、食べ物や生物を運ぶには結構な金が掛かるんだ。

 一応冷蔵、冷凍機能を有する専用の付与具エンチャンターを搭載した荷馬車なんかもあるけど、その数を揃えるのだって大変だし、野盗なんかに狙われる率も跳ね上がるんだ。それだけ荷馬車自体が高価な代物だからな。


 まあ、シャリアは大商人らしくそういうのも持ってるとはいえ、台数整えるのは大変だって言ってた。

 でも。


「まあでも、ここは海から相当離れてるからね。こっちからは海産物なんかを運んでやれば、高値にはなるだろ」


 なんて悪びれず言いながらアイテム類の目利きをする彼女は、やはり商人なんだって改めて認識させられる。


 目を付けたのは魔導鋼。

 鍛治技術はウィバンでも整うけれど、やはり材料となると、中々まとまった量が整わないからな。

 後はやはり安定供給したいヒールストーン、マナストーンや、術が使えない職でも一時的に術を行使できる巻物スクロール系。


「街に流通させる物もありだけど、冒険者向けってのは需要さえ掴めば相当売れるし、他の商人との差別化もできるからね」


 そう言いながら、彼女は満足そうに笑ってた。


 こうして交易品を見繕った俺達は、それを整理し交易許可証をこしらえると、二日後。トランスさんの紹介で、ついに王との謁見を許可されたんだ。


   § § § § §


 絵画。甲冑。彫刻。骨董品。

 目に見えてお高そうな物が飾られた王の間までの長い廊下を、俺達三人はトランスさんの案内で進んでいく。


 時折すれ違う騎士や術師達の真面目な雰囲気もあって、否応いやおうなしに緊張させられる。

 とはいえ、これでもロムダート王国で王族と面会した事はあるし、一年位前、聖勇女パーティー時代にこの城に入った事もあるからな。


 ただ、当時はトランスさんはまだ顔だけ見た事があった気もするけど、ハインツなんて人物は聞いた事すらない。

 確か大魔術師は結構な年配の別の名前の人だった気がするしな。


 因みに、トランスさんが俺の事をさっぱり覚えてなかったのは、勿論絆の女神の呪い何時もの奴だ。


 王との謁見の間へ続く扉を守る重厚な鎧を着た二人の重騎士達が、扉の前に立ったままトランスさんの姿に会釈する。


「トランス様。何用にございますか?」

「こちらの商人をダラム王に面会させたい。既に王には話を通している」

「その件でしたらお伺いしております。どうぞお通りを」

「すまない」


 彼等は互いに扉の横に移動すると道を開けると、トランスさんはゆっくりと扉を開いた。

 静かに開いた扉の先。玉座まで続く赤い豪華なカーペットを、俺達はゆっくりと歩いて行く。

 実際マーガレスが王子だった頃ですら、王都ロデムの王族や家臣は温和で気さくだったけど、ここはある意味で厳格さがあるからな。


 カーペットの左右には魔術騎士や聖術師、魔術師といった風貌の家臣が並び立ち、値踏みするようにこちらを見ている。

 そんな中、俺達は玉座の前に立つと、片膝を突いてひざまづき、恭しく頭を下げた。


「ダラム王。こちらがウィンガン共和国の大商人、シャリア様にございます」

「お初にお目にかかります。シャリアと申します」


 トランスさんと並び膝を突いたシャリアが何時になく真面目な言葉を発する。

 とはいえこういうのは慣れているのだろう。緊張した雰囲気まではない。


遠路遥々えんろはるばるご苦労であった。おもてをあげるがよい」


 ダラム王の言葉に、俺達はゆっくりと顔を上げた。


 玉座に座るダラム王。

 背中に見える翼の通り、天翔族の王だ。

 王冠を被り、白く長い白髪と髭をたくわえたやや年配のこの御仁。何気に聖魔術師でありながら、騎士として剣術も扱える上級職の二職持ちだったりする。

 相変わらずその風貌や風格は、ザ・国王って感じだ。


 その脇に立つのは、一人は補佐する人間の大臣だ。

 確かジャルさんって言ったかな? 以前も居たっけな。

 そしてもう一人……俺の記憶にない眼鏡を掛けた、これまた人間の男性。トランスさんと同じ位の年齢か? 線の細さに端正な顔立ち。オールバックに整えた髪型。これまた随分なイケメンだな。

 服装的には魔術師……って事は、こいつがきっとハインツか。


 視線の端、並んでいる家臣達の中に、以前宮廷大魔術師だったガルザって人もいる。

 まあこの人もかなりの御老体だったから、隠居してその座を譲ったって聞いた。


 そして……ダラム王も家臣達も、やっぱり俺の顔を見て表情ひとつ変えない。つまり俺が聖勇女パーティーを離れた時に、俺に対する記憶を失ってるって事だ。

 実は俺、ここで結構な事やらかしてるんだけどな……。

 まあ、当時はその件で、いたくダラム王に気に入られたけど。


「ウィバン出身の、今やこの大陸でも並ぶ者が少ない大商人の噂、余も耳にしておる」

「有り難い御言葉。身に余る光栄にございます。ですが、残念ながら私は一介の商人。他の者とそれ程変わりません」

「そう謙遜なさるな。トランス。シャリア殿はこの度、我が国マルージュにて交易をしたいとの話で良かったか」

「はい。こちらを」


 すっと立ち上がったトランスさんは、王の前に立つと交易許可証を手渡す。

 ダラム王はその内容をじっと見ていたが、途中で「ほぅ」と短く声を上げ、口角を上げる。


「ここまでの距離もあるが、ウィバンでも有名な高級魚、ログマも交易の品に選ぶか」

「はい。ウィンガン共和国といえば海に面し、潤沢な海産物も多くございます。マルヴァジア公国は山と森に囲まれておりますが、海産物とは縁遠い国。ですので、貴重であるそれらをこちらからの交易の品とし、代わりとしてマルヴァジア公国で確保できる、質の良い魔導鋼や巻物スクロールを仕入れさせて頂きたいと考えました」

「ふむ。以前公務でウィバンを訪問したが、ログマを使った魚料理は本当に忘れえぬ程に美味であった。それがこの国でも味わえるというなら願ったりだな。ジャル。こちらの手続きを進めてくれ」

「ははっ」


 ダラム王は隣に立っていた大臣に交易許可証を受け取ると、頭を下げそそくさと王の間より去っていく。


「さて。用件はそれだけか?」

「僭越ながらもうひとつ、お願いがございます」

「何だ?」

「シャリア様に、ハインツ様の研究されております、『自動書記オートライト』の技術についてお見せできればと……」


 ダラム王の言葉に、トランスさんが恐縮しながらそう進言すると、ぴくりとハインツらしき男の眉が動く。


「それは何故なにゆえだ?」

「今はまだ研究段階にございますが、将来実用化が形となれば、新たな交易の品として貢献できるのではと考えておりまして。それをシャリア様に見定めていただきたく」

「ふーむ……」


 トランスさんの言葉に、長い髭をなぞり少し考え込んだダラム王は、そのまま視線を隣に立つ眼鏡の男に向けた。


「ハインツ。構わぬか?」

「……王の御命令とあらば」

「よろしい。トランス。ハインツと共にシャリア殿一行を案内してやれ」

「はっ。ありがとうございます」

「但し」


 トランスさんの表情が緩んだ直後。続いた言葉に周囲に緊張が走る。

 ん? 何か引っ掛かる所でもあったか?


 そんな俺の心の内を他所に、ダラム王はじっと俺達三人を見つめた後。


「折角の機会。シャリア殿達とも少し話をしたい。トランス。案内を終えたら我が部屋に三人をお連れせよ」


 そう言って、ふっと笑ってみせたんだ。

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