第二話:世の中そんなに甘くない
その日は俺が無難な宿を選び、互いに支払いを済ませてのんびりと一夜を明かし。
翌日。俺達はシャリアの案内で、住宅街にあるとある一軒家を訪ねた。
ちゃんとした庭もあるし、建物も落ち着いた感じの家だけど……何ていうか、宮廷魔術師が住む場所って、もっと貴族街とかそういうお高いイメージがあったからちょっと意外だ。
門に取り付けられた呼び鈴──って言っても、壁に埋まった宝石に手を
シャリアがそれを鳴らすと、暫くして家の玄関の扉が開き、二人の男女が現れた。
男性は天翔族のサラサラした栗毛が印象的なイケメン。
年齢はやっぱり二十代後半位。その着ている衣装から、魔術師だとすぐに判断できる。
隣にいるのは身軽そうな衣服に身を包んだ、少し小柄な短い金髪の獣人族の女性。彼女が娘らしい天翔族の女の子を両手で抱えていた。
女の子は四、五歳位かな? うん。
ちなみにこの世界では、異種族間結婚なんて当たり前。そして生まれてくる子は基本、どちらかの種族の子になるって決まっている。
種族間のハーフって存在はないし、そのせいで忌み嫌われるなんて事もあまりない。
「よおシャリア。久しぶりだな! やっと顔を出したか」
「待たせて悪かったね、トランス。ルーシーも元気かい?」
「もっちろん! お陰様でティーミも元気よ」
「ほんと。大きくなったね。こないだまで赤ん坊だったのに」
「シャリアが全然遊びに来ないからだよー」
「悪い悪い。仕事が忙しくってさ」
門を開けて互いに抱き合い、再会を喜ぶシャリア達三人。和やかな光景は、微笑ましい気持ちになって、こっちも頬が緩むな。
「おばちゃん、だーれ?」
きょとんとしたティーミちゃんが首を傾げると、シャリアは目を細めながら笑顔を向ける。
「あたしはお父ちゃんとお母ちゃんの友達のシャリアだよ。よろしくね」
「うん! あたし、ティーミ! よろしくね!」
元気に返事をし屈託のない笑顔を見せた彼女を見て、シャリアも何時になく優しげな顔を見せた。
「後ろの二人は?」
「ああ。こいつはあたしの家のメイドのアンナ。そしてこっちが、伝書で伝えてたカズトさ」
トランスさんの問いかけに答え、シャリアが俺達を紹介する。
「お初にお目にかかります。従者のアンナと申します」
「カズトです。初めまして」
アンナが
「……本当にそっくりだな」
「そうね。びっくりする位」
俺達が顔を上げると、夫婦の視線が俺に釘付けになっていた。元パーティーメンバーだって言ってたから、二人ともシャルムと面識があるんだろう。
「おいおい二人とも。カズトは見せ物じゃないんだよ。自己紹介位しな」
「おっと失礼。俺はトランス。こっちが妻のルーシー。そして娘のティーミだ」
「あたし達は元々、シャリアとパーティー組んでいた仲間なんだ。よろしくね」
気さくな感じで自己紹介した二人が順に差し出した手を、俺とアンナも順に手に取り握手を交わす。
「さて。立ち話もなんだ。中に入ってくれ」
トランスさんがそう言うと、ルーシーさんを連れ玄関に向かい、俺達も後に続いて家に入っていった。
§ § § § §
案内されたのは、やや広めの居間。
中央にはやや大きめのテーブルがあり、俺とシャリアはトランスさんと向かい合って座っていた。
「アンナねーちゃんすごーい!」
「ティーミ様もお見事ですよ」
「でしょでしょ? じゃーもう一回!」
アンナはティーミちゃんのお守りを買って出ており、今は窓の側にあるダーツのような的に、
アンナは暗殺者だからお手の物なのは分かるけど、母であるルーシーさんも職は盗賊だったのもあるんだろう。ティーミちゃんもしっかり的に当てる技術を身につけている。
こりゃ将来有望そうだけど、宮廷魔術師の娘がそっち寄りで良いのかはちょっと気になる所……。
「ごめんねー。ちょっとお茶切らしてて。ジュースでもいい?」
「勿論。悪いね、気を遣わせて」
「いいのいいの。来るって聞いて楽しみにしてたし」
コップに注いだジュースを皆の前に並べながら、シャリアとルーシーさんが嬉しそうな笑顔を交わす。
「さて。まずは商談の前に、カズトの話からするか」
ルーシーさんが隣の椅子に腰を下ろしたのを見届けると、トランスさんが口を開いた。
「カズトが望むのは心の傷の治療。それで合ってるよな?」
「はい」
俺が頷くと、彼の表情が早くも渋いものに変わる。
「まず結論から言う。俺が知る限り、そういった術やアイテムは存在しない」
……ま、やっぱりそうなるか。
「ただ、まったく何もできないかといえばそうでもない。ただ、リスクが多過ぎて薦めたくはない」
「というのは……」
「心の傷ってのは、大半は思い出であり記憶なんだ。だからその時の記憶を消せば、実際にその苦しみからは解放されるだろうな」
さらっと語りながらも、トランスさんの眉間に皺が寄る。
「ただ、記憶を弄るってのは、そんな簡単なもんじゃない」
「そこにリスクがあるって事ですよね?」
「ああ。記憶ってのは、覚えてる覚えてないに関わらず、記憶する流れがある」
「流れ?」
「ああ。例えば朝起きて寝るまで。その間ずっと意識があったら、印象の強弱はあるが、それは全て記憶に残るんだ。そして今、この世界にある記憶を操作する術ってのは殆どない。あっても記憶を消す位だ」
「記憶に直接って訳じゃなきゃ、催眠ってのもあるだろ?」
「あれは記憶操作の術でも例外だ。人が記憶を探る力を
シャリアの言葉に、トランスさんは首を振りながらそう説明する。
「じゃあ、俺の記憶の一部だけを消せば──」
「って思うよな? だけど人が記憶する過程ってのは、そんなシンプルなもんじゃないんだ。さっきも言ったが、記憶には流れがある。もし消す時にそのピンポイントの記憶を消せれば、カズトの望む事は可能だ。だけど、実際には記憶を消そうとすると、出来上がった流れを全て巻き込んでしまうんだ」
「流れを、全て……」
「そう。例えばその日一日を丸々忘れることはできても、誰かの記憶だけを消すとか、ピンポイントな短時間を消すなんて事はできない。それだけ記憶への干渉ってのは難しいんだ」
……正直、術ってもっと便利かと思ってたけど、そうでもないのか。
そう考えると、ピンポイントに狙い撃って、俺の記憶だけを消せる
これも、絆の女神だから成しえられる奇跡って事か……。
「じゃあつまり、その日一日とかの記憶を犠牲にすれば、消す事はできると……」
「まあ、上手くいけばな」
「上手くいけば?」
思わず復唱した俺に、トランスさんが何処か申し訳なさそうな顔を向けてくる。
「さっきのはあくまで仕組みの話だ。実際には……例えば寝たからと言って、本当に記憶の流れがそこで切れるかも分からないんだ」
「え?」
「寝た時に夢を見れば、夢の記憶は残る。眠りが浅く寝ぼけている時に、ぼんやりと感じた外の世界の何かを記憶する可能性もある。勿論、逆に日中起き続けてても、実は記憶できない何かに見舞われたら、そこで流れが途切れる事だってある。結局、その流れが何処から何処まであるか。それは正直誰も分からないし、術を使っても突き止められないんだ。それこそ一歩間違えば、今までの人生の記憶が、まとめて全部消える可能性だってある」
今までの記憶が……全部……。
ロミナ達で例えるなら、ピンポイントに俺だけの記憶って訳じゃなく、そこまで生きてきた他の皆との記憶までも消える可能性があるって事……。
……はぁ。こりゃ駄目だな。
世の中そんなに甘くないって事か……。
思わずため息を漏らした俺を見て、シャリアが表情に陰を落とす。
多分彼女も、流石にもう少し可能性はあるって思ってたのかもな。
「……ごめんよカズト。ここまでどうにもならないなんて……」
「いいって。それならそれで、何とか心を鍛えて強くなりゃいいだけさ」
気落ちするシャリアに笑ったけど……正直、その表情が堅いって自分でも分かる。
まあ、滅茶苦茶期待したって訳じゃないけど、まあちょっとは期待してたから、少なからずショックだったし……。
「ねえねえトランス? 本当にどうしようもないの?」
俺達の落胆っぷりを感じて、ルーシーさんが思わずトランスさんに縋るような瞳を向けると、トランスは少し頭を掻く。
「……一応、可能性……とまでは言えないが、ちょっとした当てはある」
「え?」
俺とシャリアが思わず顔を見合わせると、思わず羨望を強めた眼差しをトランスさんに向ける。
だが、その表情は冴えないというか……露骨に薦めたくない表情をしてるし、言葉も歯切れが悪い。
「……シャリア。まずは俺と行動して、交易できそうな物を見定めてくれ。
「そりゃいいけど。それでどうする?」
「国王に話を通し、交易の許可を得る進言をしようと思う。そうすれば、その時にお前達も城に入れるし、そいつの研究を目にできるだろ」
「そいつの研究? 誰だいそりゃ?」
シャリアが思わず首を傾げると。トランスさんは真剣な顔で、こう答えた。
「公国の宮廷大魔術師、ハインツだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます