第二章:マルージュでの事件
第一話:魔導都市マルージュ
迷霊の森を抜けて一週間ほど。
その日の夕陽が山の影に沈みかけた頃。俺達はついに、マルヴァジア公国の首都マルージュへとやってきた。
門の側の駐車場に早馬車を止めると、俺達は馬車を下りる。
ここからでも見える街並みは、どちらかといえばロムダート王国の首都ロデムを思い出す、やはり西洋的な感じなんだけど。あっちにはない幾つか特徴的な建物もある。
西の外壁の門から正面を真っ直ぐいった、切り立った崖を背にした城は、公国のシンボルであるマルージュ城。
その手前にある、広い敷地の中に立つやや大きめの、四階建て程の建物は、この都市でも有名な魔導学園だ。
ここでは術師を目指す者達が集う若者向けの学校で、他国も含めた優秀な宮廷魔術師なんかも輩出する名門校。ちなみにフィリーネはこの学校に通っていたらしい。
そしてもうひとつ。
やはり術師系の人間って探究心の塊みたいな人が多かったらしくて、魔導書だけじゃなく歴史書やら地図やら図鑑やら、挙句に果てには童話やらの創作物なんかも充実していたりする。
実際この大きさの図書館はこの大陸一とまで言われてるからな。
そういや以前、マーガレスもロデムにここまでの図書館が欲しいと口にしてたっけ。
まあ、知識は財産なんてよく言ったもんで。やっぱりそういうのも国には有益って事なんだろう。
ちなみに俺は以前、聖勇女パーティーに入っていた頃にここに来た事がある。
学園に通っていただけあって、ここにはフィリーネの実家もあったりするんだ。
元々術師系寄りの能力が高い天翔族は、昔からここに住む人も多いらしくてさ。
彼女も何気に良家のお嬢様。
以前厚意でパーティー皆で泊まらせてもらった事があるけど、あれはシャリアの屋敷とは別な意味での豪華な部屋で、何気に緊張したっけ。
「さて……」
軽く辺りを見回した俺は、くるりと振り返り、背後で早馬車から下りたシャリアとアンナを見た。
「シャリア。これで護衛任務は終わりだよな。クエスト完了報告書を貰えるか?」
「いいけど、あんたそれ受け取ったら、『これでお別れだ』とか言うんだろ?」
「流石。よく分かってるな」
シャリアの言葉にさらっと答えて笑みを見せた俺に対し、彼女は呆れ顔をする。
「あんたさ。ここで心の傷を治す方法を探すんだろ?」
「ああ。そうだけど」
「当てはあるのかい?」
「いや。でもここなら図書館なんかもあるし。自分で色々調べたりしてみるさ。お前は仕事で旧友と会うんだろ? だったらここで別れてもいいと思うんだけど」
正直、ややおざなりな護衛任務ではあったけど、これであいつは仕事を果たして帰れるんだし。
俺はそんな気持ちで彼女を見てたんだけど。シャリアはやれやれと首を振ると、おどけてみせた。
「アンナ。あの図書館にある本の数、知ってるね?」
「はい。蔵書数は四千万冊を優に超えます」
「へ? 四千万?」
あれ? そんなにあったっけ?
前皆でここに来た時にはそこまで説明聞いてなかったけど、そんなにかよ……。
「で、でも司書さんとかもいるんだろ? だったら目的を話せば──」
「あんたね。色々な交易に手を出してるあたしが知る限りでも、そんなレアなアイテムは記憶にないんだよ? たかだか司書がそこまで理解して、さっと本を見繕える訳ないだろ」
ま、まあ……確かに心の傷っていうか、魂に受けた傷を治したいなんて言って、どうにかなりはしないか……。だけど、ずっとシャリア達に世話になりっぱなしってのもなあ……。
俺が答えを言いあぐねていると、シャリアは相変わらず、自慢気に笑う。
「旅立つ前に言ったろ? あたしの仲間が
「そうは言うけど。契約も終わってるのにまた宿まで取られるとか、そういって世話ばかりされるのは嫌なんだよ。大体ウィバンからずっと世話されてばっかりだぞ。俺だって冒険者なんだから」
「だったらあんたが決めた宿に別室取って、互いに支払いつつあたし達が休むってなら良いって事かい?」
「そ、そういうわけじゃなくってさ……」
何ていうか、どうにもこの人に口で勝てる気がしない。
だけどやっぱり、本気で世話されっぱなしだしっていう申し訳なさはあるんだよ。今回の護衛なんて完全に俺の為の移動みたいなもんじゃないか。
がしがしと頭を掻き、何とも言えない顔をした俺に、アンナがこんな言葉を掛けてきた。
「カズトがシャリア様に頼り切りになる心苦しさはお察し致します。ですが、ロミナ様達と再会したいと思うのであれば、その傷を治すのもお早い方が良いのではありませんか?」
真剣な表情を向けてくるアンナ。
一応、
手掛かりも何もないよりは、少しでも可能性のある方があいつらを待たせなくて済むかもな。
情けないけど、俺はシャリアみたいなコネも知識もないし……。
「カズト。別に取って食うわけじゃない。だけどここであんたが望む物を探すの位は協力させな。そういうのでコネ作っときゃ、いざという時色々役に立つし、そうすりゃあんたも何時かはSランクだ」
「別にランクはそのままでいいって」
「あんたは将来Lランクのパーティーに入るんだろ? そろそろランクも相応しくなっときなよ」
「そんなのなくたって人間関係は変わらないんだからいいって。まあ……コネの件は仕方ないし、頼っておくよ」
街も既に薄暗くなり、俺達を照らすのは魔術で光る街灯だけ。
早馬車の前の明かりに照らされる二人は、その言葉に互いに視線を向け笑顔を交わす。
一人街灯の灯りから外れた俺も、薄らとした中笑顔を向けたけど……。占いの事もあって、本当は二人と距離を置きたかったなとちょっと後悔もしてたのは、ここだけの秘密だ。
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