第四話:ハインツの研究

 数日前に初めてトランス一家と会ったあの日。

 俺達は心の傷の話をしている中で、トランスさんからハインツの事を聞いていた。


「ハインツ? そういや半年前位に宮廷大魔術師になったって聞いたけど。そいつは何者だい?」

「ハインツは魔王との戦いが終結した後。当時、宮廷大魔術師だったガルザ様が隠居なされると仰られた際、魔導学園校長ヴァーサス様より、宮廷大魔術師として推薦された男だ。元から宮廷魔術師ではあったが、昔っからずっと研究にばかり没頭しててな。基本的に会議から何から顔を出さない変わった奴だったんだよ」

「そんな奴が宮廷大魔術師なんて、公の場に出なきゃいけない役職、務まるのかい?」

「まあ、あいつは昔っからあまり積極的に人に絡もうとはしなかったが、頭は切れるやつだったからな」

「随分詳しいね」

「そりゃ、魔導学院の同期だったしな。俺は卒業後暫くはお前と冒険三昧だったけど」


 それまでの彼の表情で緊張した空気をほぐそうとしたのか。

 シャリアの言葉にトランスさんはそう言って笑ってみせる。


「そいつなら、記憶を断片的に消せるって事なのかい?」

「いや。今はまだ難しいだろう。ただ、将来的な可能性はある」

「どういう事だい?」

「それはあいつが今研究している物の成果を見れれば、少しは希望を感じられるかもしれないが……」


 やはり彼は言葉を慎重に選ぼうとしているのか、色々と歯切れの悪い喋りをする。

 とはいえ、その空気感を感じ取っているシャリアもそれに言及はしないし、俺も口出しはしない。


 ……っていうかさ。

 長年の勘なんてもの、若造の俺が持ってるわけじゃないんだけど。ただ経験上、総じて人が言葉を濁す時、あまりいい話にはならないんだよ。

 シャリアが以前、アンナが襲われた件で俺を気遣って言葉を濁したのもそう。

 そういう時に見えるもの。それは大抵気遣いだからな。 


 トランスさんがじっと真剣な顔で俺を見つめてくる。

 その隣では、ルーシーさんが少し心配そうな顔で彼を見つめている。


「……いいか? カズト。ハインツに心の傷の話はするな。話をする時は、お前があいつを信頼できると思った時だけにしろ」

「はい」

「シャリアもそれは肝に銘じろ。あと万が一、協力してほしいって話になったら絶対に断れ」

「いいのかい? ハインツって奴は気分を悪くしないか?」

「そこはうまく言葉を濁して誤魔化せ。ストレートな理由は口にするな」


 その時の強く釘を刺すトランスさんの表情を見て、俺はハインツと会うのに不安を覚えたんだ。


   § § § § §


「自己紹介が遅れました。私がこの国の宮廷大魔術師、ハインツと申します。では、早速参りましょうか」


 王の間を出た後。

 そんな言葉と共に優しい笑みを浮かべたハインツは、先導しつつ研究所までの案内を始めた。

 ハインツの後ろをシャリアとトランスさんが並んで歩き、俺とアンナは最後尾を静かに付いていく。


「ハインツは以前から、色々と術に関する研究を進めているんだ」

「おいおいトランス。相手は宮廷大魔術師様だろ? そんな話し方でいいのかい?」


 急にトランスさんが普段の喋り方をした事にシャリア疑問を呈すると、ハインツがふふっと小さく笑う。


「彼は元々同じ学校の同期。気心もしれております」

「ほんと、こいつは学校でも超優秀でさ。俺達の学年を首席で卒業したんだ」

「そういう君だって、私に次いで卒業したじゃないか」

「何時も言ってるだろ。ありゃ偶々たまたまだって」


 気恥ずかしそうに頭を掻くトランスさん。

 あの時の話が嘘な位、きさくに親しそうに話してるんだけど、あの態度は何だったんだ?


「シャリア様も普段はそのようにお話されるのであれば、わたしにも気楽にお話ください」

「ありがとうハインツ。正直こういう所はやっぱり苦手でね。堅苦しくって仕方なかったんだ」


 思わず両手を頭の後ろに回し、疲れたといった雰囲気を見せたシャリアを肩越しに見たハインツは、優しく微笑むと、改めて前を向いた。


「私の今の研究については、研究所内でお話させていただきますが、外では公言なさらぬようお願いできますか?」

「商人の基本は信頼。それは約束するよ」

「ありがとうございます」


 そんな約束を交わして暫く。

 城の一階から渡り廊下のような場所を進んで少し。城の中庭にある建物まで案内された。周囲の城との景観もそれほど変わらない建物こそ、以前も見た事がある術式研究所だ。


 ここは地上二階、地下三階の建物で、色々と新たな術を研究していると聞いている。

 一応研究自体は民間でも許可されているんだけど、それを世に送り出すには届け出もいるし検査もいる。

 それを担う施設だからこそ、相応に設備は整っているし、同時に研究もできるって訳。


 扉の前にたったハインツが一度俺達に振り返る。


「皆様。中の者達に無闇に話しかけたり、物に手を触れないようお願いいたします」


 その言葉に俺達が頷くと、


「では、こちらに」


 短くそう口にしたハインツが真面目な顔で扉を開け、中に入っていった。


「一階と地下一階では、民間より提出された巻物スクロールやポーション、新たな術式の提案に関する検品を行っています。二階は私の書斎や研究に必要な図書などを保管しております」


 以前来た時は中に入ってなかったんだけど、こりゃ確かに凄い。

 区画分けされたエリア毎に、色々とごちゃごちゃした器具でポーションの中身を確認したり、巻物スクロールを使って術を撃ち放ったり。慌ただしく検品を進める光景は中々新鮮で圧巻だ。


 そのまま建物奥の螺旋階段で地下へ通りていくと、地下二階の広間にある扉の前で足を止めた。扉から離れた場所には、更に下に降りる階段が見える。


「地下三階は研究、検品用の品々の倉庫。そして我が国の魔法研究は、こちらにて行っております」


 地下二階の扉は、はっきりと何か術が付与された鉄の扉。

 その脇の壁にある水晶にハインツが手をかざすと、その扉は音もなくゆっくりと開いた。


「どうぞ」


 ハインツに続いて扉を抜けると、幅の広く、明るい長い廊下が続いていた。

 壁には時折扉や窓があり、先程同様中で色々とやっている。

 ただ、見える研究光景はおどろおどろしいなんて気配は一切なく、何ていうかすごく落ち着いた感じに見える。

 前に現代世界で見たCMによくあった、薬剤メーカーの研究シーンみたいな感じっていうんだろうか。


「ここでは様々な研究をしておりますが、トランスが王に進言した研究は、この廊下の最も奥の部屋で行っております」

「ちなみにどんな研究か、聞いてもいいかい?」

「はい。私が行っている研究は、『記憶の抽出』です」

「『記憶の抽出』?」


 シャリアの疑問の声に。


「詳しくは実際見ていただいた方が良いでしょう」


 ハインツはそう返すと、廊下の突き当りの部屋の扉を、先程と同じようにして開け、奥に入っていった。


 やや広い部屋も明るい部屋なのだが。ちょっとその光景は変わっていた。

 部屋の奥にある、半円状の青白い障壁を生み出している床の魔方陣の中に、一人の研究員が座っている。

 椅子には手摺りに水晶が付いていて、そこに彼は手を載せている。


 それ以外は目を閉じじっとしているだけなのだが、よく見ると額に汗を滲ませ、何かに耐えるような表情を見せていた。


 そして、その魔方陣から繋がる床の文様の先にある、小さな魔方陣の中にある小さな丸テーブル。

 その上にある羊皮紙の上で、誰も手にしていない羽ペンが、勝手に踊るように文字を書き連ねていく。


「何だいありゃ?」


 シャリアがそんな声を出すけど、そりゃそうなるさ。

 俺も思わず唖然としたくらいだ。


 研究の場よりやや距離を開け足を止めたハインツが笑顔で振り返る。


「あれが私の研究のひとつ。『自動書記オートライト』です」

「『自動書記オートライト』……さっきトランスが言っていた奴だね」

「はい。魔方陣の上にいる彼が強く思った事を、そのまま文章として紙に書き出しているのです。創作から記憶の内容まで、思い浮かべられる物なら何でも文章として書き起こせます」

「へー。これが実用化されたら、書記官が軒並み要らなくなりそうだね」

「いえ。そういった話を見聞きして記憶するべき人が必要ですからね。彼らが仕事にあぶれる事はございませんよ」


 そんな説明を受けている内に、魔方陣の中の人が大きく息を吐くと、椅子の手すりに付いていた水晶から手を離す。

 すると、彼の足元の魔方陣の光は消え、羽ペンもすっとペン立てに戻っていった。


「こちらへ」


 ハインツに従い、俺達は先程まで何かが書かれていた紙のあるテーブルを囲む。

 そこには達筆な文字で、何かの物語を小説にしたような文章が並んでいた。


 イメージを言葉にしたのか。やや文章がちぐはぐな所がある。ただそれでも、かなりいい精度で文章として読めるものにはなっていた。


「へ~。これがあいつが思い浮かべた文章なのかい?」

「ええ。今回彼には、幼い頃の想い出を思い浮かべていただきました」

「……だから、『記憶の抽出』……」


 あまりの驚きに思わずそう呟いてしまった俺に、ハインツが嬉しそうに目を細める。


「はい。記憶にあるものでそれを思い浮かべられるのであれば、そこだけを抽出して記録できるのです」

「へ~。これだったらもう十分に実用化できそうじゃないか」

「いえ。まだ術の対象となる者への負担も強く、今はせいぜい書き出す為に術を掛けておけるのは一、二フィン。それでは使用に堪えられません」

「ちなみに、記憶にないものは書き出せないのかい?」

「想像できるものであれば可能です。ですが、例えば記憶を失った者が、思い出せない消えた記憶を書き出す事は、流石に」


 まあ、記憶を書き出すのも頭に思い浮かべるんだから、確かに記憶になければ書き出せないか。


 シャリアの食いつきっぷりから見ても、これは確かにすごい研究だ。

 これが実用化されれば、本当に革新的な物になるだろう。


 ……けど。

 俺はこの研究を、どうしても好意的に捉える事ができなかったんだ。 

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