第五話:再び旅路へ

 俺達はそれから数日、ライミの村に滞在し、のんびりと過ごした。


 本当にここは時間の流れが違う感じでさ。

 多少時間を持て余す事もあったけど、早馬車の旅ってやや広い馬車とはいえ、基本退屈だからな。

 それに比べたら身体を伸ばしてゆっくりできたり、好きな時にのんびりベッドで横になれるってのは幸せなんだなってやっぱり思う。


 シャリアは話に聞いてた薬草類を見繕って購入したり、セイクさんやエスカさんと歓談したりと何かと慌ただしかった。

 とはいえこれだって、どちらかと言えば仕事っていう程でもないだろうし、仲間と話せる楽しさもあるんだろう。


 シャリアがそんな状況の中、アンナは彼女の指示で俺の側にいる。

 彼女も普段のメイドとはかけ離れた落ち着き過ぎる環境に時間を持て余してそうだったせいか。


「折角の機会ですし、わたくしと稽古でも如何でしょうか?」


 なんて話をされたので、合間合間で少し付き合って貰った。


 アンナの得物えもの封神ほうしんの島でも使っていた鎖の鞭。

 これって対峙すると分かるけど、結構癖のある武器でさ。


 鞭としての打撃だけじゃなく、その長い鎖でこっちの武器を絡めて奪い取ったり動きを止めるなんて事もできるし。防御面でも打ち合うだけじゃなくって、持ち手と鎖を両手で持って直接巻き取ろうとしたり受けたりなんて事もできるんだ。


 しかもアンナはそういった動きにかなり精通していて、相手してても結構気が抜けない。

 互いに傷つけ合う事はしないとはいえ、実戦的だからな。

 とにかく変則的な動きの鞭を集中して弾き、隙を作って踏み込もうと目論むんだけど。アンナは暗殺者らしい素早い身のこなしで、なるべく刀の届きそうにない距離を維持する辺り、思わずこっちが舌を巻く程巧者な戦い方をするんだ。


 暫く稽古でも打ち合い、互いに息が上がった所で、俺達は休憩の為、ログハウス前のベンチに腰を下ろす。


「流石はカズトですね。わたくしよりランクが低い方で、ここまでわたくしの攻めを凌がれる方はおりませんでした」

「そうか?」

「ええ。そろそろカズトも、上のランクを目指しても良いのではないですか?」


 アンナはこんな褒め言葉を笑顔で話してくれたけどさ。


「いやいや。正直アンナについていくのも必死だったんだ。まだまだこの辺がお似合いだって」


 ほんと、ロミナやミコラと稽古する位には集中してないと、あっさりペース掴まれて何もできなそうだったからな。

 まだまだ実力も足りないし、やっぱりCランク位が丁度いいさ。


 ……しかし、長閑のどかな時間。木々の谷間から見える青空。

 心地よい微風そよかぜを感じながら、こうやって和やかにアンナと話してると、平和とか安らぎしか感じないんだけどな。

 本当に絶望とかってのが迫ってるのか? なんて。たまに不安に感じてしまう。


「……カズト。何か、お悩みでも?」

「え?」


 ふと隣を見ると、心配そうな顔でアンナが俺を見上げている。

 思い詰めてたのが、何時の間にか顔に出てたか……。


「あ、いや。護衛任務中だってのに、こんなにのんびりしてていいのかなーってさ」

「確かにそうかもしれませんが、シャリア様もこういった旅を望んでらっしゃると思いますから」

「確かにな。ここにしてもマルージュにしても、あいつの友達の再会の旅みたいになってるもんな」

「そうですね」


 思わずそんな事を言って、俺達は互いに笑い合う。

 まあ確かに、こういう気ままな時間は、味わっておくに越した事ないからな。


   § § § § §


 翌朝。

 俺達三人は早馬車の前にやって来た。

 今日は出発の日。村人達と共に、セイクさんやエスカさんも顔を出してくれていた。


「セイク。エスカ。元気でやりな」

「シャリアもね。アンナやカズトをあまり困らせちゃダメよ?」

「大丈夫だって」

「カズトよ。またフィネット様に祈りを捧げたくなったら、何時でも顔を出すんじゃぞ」

「ありがとうございます。村の皆様に、精霊の加護がありますように」


 俺の言葉にセイクは笑顔を見せたけど、エスカさんの方は、真剣な目で小さく頷いてくる。


 大丈夫。分かってるって。

 俺が笑顔で頷き返すと、彼女もやっと笑ってくれた。


   § § § § §


 こうして俺達は、再び迷霊の森を抜け街道に戻ると、マルヴァジア公国の首都マルージュに向けて進み出したんだけど。


 森を離れて暫くしてから、シャリアが突然こう尋ねて来た。


「カズト。あんた、エスカと何かあったのかい?」

「は? どうして?」

「二人してアイコンタクトしてただろ。あたしに何か隠そうたって無駄だよ」


 ……ちぇっ。やっぱりばれてたか。

 まあアイコンタクトっていっても、エスカさんの態度が露骨だったしな。ばれるとは思ってたよ。


「……別に。何もないって」

「何だいその怪しい間は。……ははーん。さてはあんた、エスカに告白されたね?」

「えぇっ!?」


 してやったりのドヤ顔を向けてくるシャリアの言葉に、アンナが両手を口に当て強く驚きを見せる。


 って、おいおい。

 何でそんな話になるんだよ!?


「そんな事ないって! 大体エスカさんがどうしてそんな行動する必要あるんだよ?」

「そりゃ、あいつ結構な面食いでさー。何気にシャルムに想いを馳せてた頃もあったし」

「マジで!?」

「ああ、おおマジさ。だからあの子ならあんたに食いつくかなーって──」

「ないない!」


 俺が大声で否定したのを見て、シャリアがそれまでの冗談がなかったような真剣な顔をすると、


「じゃ、何があったんだい?」


 じっとこっちを目を逸らさず見つめてくる。


 ……ったく。

 この人商人だけあって、こういうメリハリ効いた会話で雰囲気作るの上手すぎだろ。

 仕方ない。話しておくか。


「……ったく。俺はただ、エスカさんから口止めされただけだって」

「何をだい?」


 問い掛けに対して窓の外を見るようにそっぽを向くと、頬杖を突きため息を漏らし、俺は観念したように理由を語って聞かせた。


「……彼女がシャリアを占った時に空気が違かったのは、悪戯だってさ」

「……は!?」

「何時も占う度に小馬鹿にされたから、その仕返しに真面目な振りしたって。彼女に秘密にしろって言われててさ……」


 呆れた振りしてもう一度ため息をくと。


「エスカの奴……。今度会ったら覚えておきなよ」


 ここまで心配したのを裏切られた気持ちからか。

 わなわなと拳を震わせ怒りを見せている。


 まあ、隠してた事だし、事実は事実。

 今は流石にあの話は二人にできないし、エスカさんには悪いけど、今回はこれで誤魔化させて貰った。


 そんなシャリアの隣ではアンナがホッとした顔……って、何でそんな顔なんだ?

 隣でシャリアが怒りを堪えるのに必死なんだぞ?


 ……うーん。

 まあ、よく分からないけど、とりあえずは良しとするか。

 当面あそこには顔出さないだろうし、バレもしないだろ。


 こうして、俺達は改めて首都マルージュを目指したんだけど。


 ──この時。

 俺はまだ、あの言葉の本当の意味に、気づいていなかったんだ。

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