第四話:言葉の意味
「……光を追わねば闇に消え。光を追えば、闇が共に消える、か……」
思い返したあの晩の言葉を、俺はフィネットの墓碑の前で独りごちる。
だが、目の前に彼女が現れる事もなく、そこで何か語られるはずもない。
光と闇。
以前彼女に占って貰った際には、光は聖勇女であるロミナ。対する闇は魔王の事だった。
今も彼女は元気な姿で旅をしているはずだし、光はまた同じなのかもしれない。
だけど、じゃあ闇って何だ?
既に魔王はいない。って事は何か別の闇を指すのか?
それに、光を追っても追わずとも、光は消えるのか? だとしたらロミナが危険なのか?
……結局何も分からない中でできるのは、勝手な解釈だけ。
大体、占いに出てくる光と闇が、前回と同じとは限らないし。だから勝手に不安になっているだけ……って、思いたいんだけど。
あの時感じた胸騒ぎが、どうしても悪い意味にしか取れず。答えの分からない焦ったさに、思わず唇を噛む。
彼女達が危険なら、何としても見つけ出して助けたい。だが、それすら叶わないようにも感じるこの言葉。一体俺はどうすりゃいいんだ?
こんな事なら、ロミナに正体がバレた時に、あいつらの元に戻っておけば良かった……なーんて。今更言っても後の祭り、か。
……とはいえ。
何でフィネットも、肝心な所だけちゃんと話さないんだか。まるでキュリアみたいじゃないか。結局お前らはやっぱ親子って事か?
そんな事を心で愚痴り、思わずふっと笑みを浮かべた、その時。
「カズト?」
背後から掛けられた女性の声に振り返ると、そこにエスカさんが立っていた。
「おはようございます、エスカさん。随分朝早いんですね」
「あなたこそ。どうしたの? こんな所で」
「フィネット様に祈りを捧げに。エスカさんは?」
「私は……その……」
俺の問いに目を泳がせ迷いを見せた彼女は、俯き加減にこっちに視線を向けると、
「あなたが、ここにいるって言われて」
は?
俺はシャリアやアンナを起こさないよう出てきた筈だ。もしかして気取られたか?
「一体誰に?」
思わず素直に問い掛けると、何かを言いにくそうにしていたエスカさんが、小さな声でこう答えた。
「フィネット様が、夢で……」
「へ? 本当ですか!?」
「う、うん……」
俺の驚きように、何処か落胆した顔をする彼女。多分信じてないって取られたか。
まあいいか。今はそれどころじゃないからな。
「フィネット様からって事は、何か話でもあるって事ですか?」
「え、ええ……。怒らず、聞いてくれる?」
「はい」
バツの悪そうなエスカさんは、上目遣いに、自信なさげに話し出した。
「あのね。……昨日、私……あなたに占いの結果を告げた記憶がないの」
「そうなんですか?」
「うん」
……やっぱりか。
どうりで昨日、あんな反応を見せた訳だ。
「それでね。あの時あなたは『色々とためになりました』って言っていたでしょ? ……私、占いの結果、あなたに話してた?」
おずおずと問いかけてくるエスカさん。
……うーん。
本当の事、話すべきか?
……うん。話すべきだな。
正直今の俺じゃあの言葉の意味が分からないし、フィネットが彼女を導いたのなら、何かそこにヒントがあるのかもしれないし。
「はい。『光を追わねば闇に消え。光を追えば、闇が共に消える』。あなたは……いえ。多分あれはフィネット様が、あなたの身体を借りて伝えてきた気がします」
「フィネット様が!?」
「……信じていただけるか、分かりませんが」
俺の言葉に、彼女ははっきりと戸惑いを見せる。
そりゃそうだろう。急に霊に取り憑かれたみたいな話をされたんだ。真夏の怪談じゃあるまいし、ゾッとしたりだってするよな……って、俺はそう思ってたんだけど。
彼女の表情は驚きや恐怖ではなく、突如真剣さと険しさを増した。
「水晶の色は?」
「白と黒が入れ替わるように現れました。何ていうか、綺麗に交互に入れ替わるってより、せめぎ合ってるという印象でしたね」
俺の与えた情報を聞いた彼女は、少し顎に手を当て考え込む。顔を少し、青ざめさせながら。
「……カズト。これから言う話は推測でしかないわ。だから、シャリア達にも口にしないで」
「はい」
「あと、あなたも思い詰めたりしないで聞いて欲しいんだけど。いい?」
「ええ。分かりました」
凛とした、万霊の巫女に相応しい表情を見せたエスカさんに、俺も真剣な顔で頷いた。
「白と黒。それが示すのは『希望』と『絶望』。それがせめぎ合うように見えたというのであれば、それは今、均衡しているそれらが
「均衡が崩れる?」
「ええ。残念だけど、はっきりとした意味は分からないわ。言葉の通り、選択次第で闇も消える。それは分かるけれど、光はどちらでも消えるのか。それとも別の何かが消えるのか。それは分からないの」
「別の何かが、消える……」
「そうよ。知ってるかもしれないけど、占いの結果は曖昧な事が多いの。だから語られた言葉に主語がないでしょ?」
……言われてみれば。
確かに誰がとか何がって情報は、かなり不足してるな。
「ただ……」
視線を地に伏せ、少し
「ふたつ。忘れないで欲しい事があるわ」
「ふたつ、ですか?」
「ええ。ひとつは、私が……いえ。フィネット様が占った相手はあなた。だからこそ、遅かれ早かれあなたはこういう状況に巻き込まれるかもしれないって事は、覚悟しておいた方がいいと思う」
「……言われてみれば確かにそうですね。もうひとつは?」
「……占いって、未来を占ってはいるけれど、だから未来が変わらない訳ではないの。だからこそ今回の結果にも『選択』するかのような言葉があるの。いい? もし本当に『絶望』が絡んで来るかもしれなくても、諦めちゃダメ。それは、忘れないで」
真剣さの中に浮かぶ憂い。
それだけで、エスカさんが俺の身を案じている事が分かる。
……ふっ。
シャリアの仲間だからか。シャルムに似てるからか。
それは分からないけど、有り難い話だな。
俺は小さく笑うと、再び振り返り、フィネットの墓碑を見た。
「大丈夫ですよ。俺、冒険者としてはCランクですけど、諦めの悪さはLランクにも負けませんから」
そうさ。
だから俺は、ロミナの呪いを解く為に抗う覚悟もしたし、ウェリックやロミナを助ける為に命だって懸けたんだ。
それに、絆の女神様もついてるしな。
俺の言葉に、背後のエスカさんもふっと短く息を吐くと、こんな事を言ってきた。
「……やっぱり似てるわね」
「え?」
思わず振り返った俺に、彼女は笑う。
「シャリアから聞いてたけど、そんな所まで似てるのね。シャルムに」
「そうなんですか?」
「ええ。真面目で。諦めが悪くて。常に必死で。常に前向きで。口調こそ違うけれど、本当にそっくり」
エスカさんが少し寂しげに遠い目をした後、目を細めはにかむ。
……きっと、
シャルム。お前は幸せだな。こうやって今でも忘れずにいて貰えてさ。
俺もそんな彼女に微笑み返したんだけど。その時ふっと思い出した事があった。
「……あ、そういえば。エスカさんにひとつ伺いたい事が」
「え? 何?」
「あの、シャリアがあなたが占いをしてた時に、雰囲気が昔と随分違かったって言っていたんですけど。それも記憶になかったんですか?」
「あー、あれね」
俺の問いかけを聞き、彼女は表情を一転し、ふふっと鼻で笑う。
「一応私も万霊の巫女だし、それっぽい所見せただけ」
「そうなんですか?」
「ええ。だって昔っからいっつも『あんたは軽い感じで占うから、信用していいか分からないね』なーんて馬鹿にするのよ? だからそのお返し。あ、これもシャリアには内緒ね」
物真似を交えつつ、にんまりと笑ったエスカさんは、指を口の前で立て、しーっと秘密にさせるポーズを取る。
なんかこういう所はやっぱり、二人が仲間だったんだなって感じがするな。
「分かりましたよ。あの人も色々ご迷惑かけたでしょうし、仕返ししてやってください」
何となく昔の二人の関係を勝手に想像し、俺は思わず笑うと、この話を秘密にする約束を交わす。
……しかし。
光と闇。希望と絶望、か……。
俺はその言葉に不穏な気持ちを覚えつつも、それを心の奥底に仕舞った。
どうせその時にならなきゃ意味も分からなきゃ、答えも分からないしな。
……ま。いざ絶望が迫ったら、それを希望に変えてやるだけだ。
流石に世界を救うなんて話でもないだろうしさ。
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