第一章:光と闇

第一話:迷霊の森

 ウィバンを離れて十日が経った、昨日の昼過ぎ。

 俺はウィンガン共和国の首都ウィバンからマルヴァジア公国へ向かう途中、この迷霊の森へと立ち寄った。


 この森にはその名の通り、不思議な力があってさ。

 普通に森に入って世界樹に向かおうとしても、森の精霊フォレスター達に邪魔されて、世界樹どころかライミの村にすら立ち入れない不思議な森なんだ。

 森の奥に向かっても、気付けば森を出てしまう。こんなのファンタジー小説位でしか読んだ事なかったし、話を聞いた時にはびっくりしたもんだ。


 しかも空から近寄るのも、選ばれし者以外は風の精霊シルフの力に阻まれ、世界樹や森に近づくどころか、傷すら付ける事ができないってんだから、どれだけこの地の精霊力が高いかが分かるってもんだよな。


 そんな中、俺達を乗せた早馬車は、速度を落とし、森へと続く開けた道に入って行った。

 いや、正しくは、勝手に開いた道を、だ。


 こんな森だからこそ、本来ライミの村へ続くような道なんてない。それこそ人が分け入った歩道すらな。

 ただ、ライミの村へ立ち寄る許可を得た者は『森の導き』という指輪を手にしてるんだ。


 俺は聖勇女パーティーにいた頃、キュリアがそれを持ってたから皆で森を抜けられたし、その後ライミの村でこれをフィネットから貰っててさ。

 シャリアはシャリアで以前組んでいたパーティーの仲間がこの村出身で、その関係で同じ物を持ってたんだ。


「って事はやっぱりライミの村とも交易してるのか?」

「流石に派手に交易なんて訳にはいかないよ。偶に来るのは旧友に会いたいからさ」


 なんて馬車で向かいあった赤髪の彼女は笑ったけど。


「とはいえ、ここで作ってる薬草系は品質が良いし効果も高い。そして何より精霊力が高くて日持ちもするから、行く度に少しは買わせて貰ってるけどさ」


 なんてあっけらかんと言ってのける辺り、流石は大商人って感じだ。


 ちなみに彼女は、一応今受けている護衛クエストの依頼主。

 だけど、なんかもうその辺は半分おざなりにされてる。

 だって行く先々の街や村で、俺の為に高価な宿をとるんだぜ。普通護衛の冒険者はそういう経費も報酬に含まれるとはいえ、宿なんて自分で取るもんだってのに。


 まあ、ウィバンでの一件で仲間って意識もあるし、死んだ弟と旅する夢を重ねてるって言ってたのもあるから、愚痴を言いつつも渋々受け入れているけどさ。


「しかし、不思議な森ですね」


 同じ森霊族ながら、この森の出身ではないメイドのアンナは、興味深げに窓から森を眺めている。


 確かに。木々がその枝を動かし道を作り進んでいく様は、物語で聞いた以上にファンタジーだからな。


 因みにアンナは勿論シャリアの従者……なんだけど。一応彼女とも仲間として一緒でもある。


 俺、本気で苦手なんだよ。誰かに世話してもらうとか、身分を上に見られるのって。

 まあ、だから以前、俺から仲間としてみてほしいって言った訳だけど。お陰で様付けは避けてもらえてるけど、世話の焼きっぷりは相変わらず。


 流石に一緒にいる時間も増えて慣れてはきたけど。本気でこの二人のお節介は凄くて、正直困ってるんだよな……。


「お、そろそろ着きそうだね」


 早馬車の足が遅くなったのを感じ、何処か嬉しそうな顔をするシャリア。

 きっと旧知の友との再会が嬉しいんだろうな。


 そうこうする内に、早馬車は窓から見えた間近の木々が消え、やや開けた場所に出た。

 勿論合間合間に木々はあるが、その合間を埋めるようにある幾つかの畑や花咲く草原。

 そしてその先に見える木造の家々。


 森の外で見かける村とは何処か雰囲気の違う村。

 ここがキュリアの故郷、ライミの村だ。


   § § § § §


「久方ぶりね、シャリア。また逢えて嬉しいわ」

「ああ、久しぶり。元気にしてたかい?」

「まあね。魔王軍との一戦は大変だったけど」

「そういや噂には聞いたよ。世界樹はもう大丈夫なのかい?」

「ええ。皆の力も借りて、お陰様で無事治療できてる。完全に癒すにはもう少しだけ時間は要るけど、時間の問題ね」


 早馬車を降りた所で出迎えてくれたのは、白銀色しろがねいろの髪を後ろに束ねた、白装束の似合う森霊族の女性だった。

 外見はシャリアと同じ二十台半ば位。

 キュリアやアンナ同様の端正な顔立ちは、流石美人しか生まれないとまで言われる森霊族らしいな。


 ちなみに。実は俺、この女性を知っている。

 フィネットの跡を継ぎ万霊の巫女となった、以前は巫女見習いだったエスカさんだ。

 本当は皆キュリアに万霊の巫女になって欲しかったらしいけど、あいつはロミナ達と母の仇を討つって聞かなくってさ。


 しかもこの間ロミナと話してる時に聞いたけど、世界樹の治療が落ち着いた時も、ロミナと旅に出るからって駄々こねてそれを断ったんだとか。


 流石に村の長は、彼女の脇に立つ白髪に長い髭の老人、セイクさんとなったらしいけど。巫女は結局彼女が継いだままになったらしい。


「シャリア殿。お久しゅう」

「セイク様。お久しぶりです。元気そうで何よりです」

「そりゃ、まだまだ若いもんには負けられんしの」


 流石に顔に皺も多いが、温和そうな顔は見ててホッとするな。ちなみに彼とも以前キュリア達と共に会っている。


「カズト。アンナ。紹介するよ。こっちが村の長のセイク様。そしてこっちがあたしとパーティーを組んでたSランクの万霊術師、エスカ」

「お初にお目に掛かります。シャリア様の従者、アンナと申します」

。二人の護衛を務めるカズトと申します」


 俺とアンナが軽く頭を下げると、二人はにっこりと微笑む。


「アンナ殿にカズト殿か。この村の村長を務めるセイクじゃ。よろしゅうに」

「私はエスカ。よろしくね」


 二人が差し出した手を取り、俺は普段通りの笑顔を返す。

 そして内心、改めて絆の女神の呪いを強く意識させられた。


 二人と以前会った時は、聖勇女パーティーとして共にいたからな。勿論追放前に出会っていたから、追放された今、彼等の記憶から俺はすっぽり抜け落ちてるんだ。


 ま、この手の事は慣れてるし、困る事はない。

 けど、今でもこういう時は、ちょっと切なくなる瞬間でもあったりする。


 でもエスカさんは俺がシャルムそっくりだった事で驚きはしないんだな。

 以前会った時は少しの間唖然としてたけど、俺が名乗ったら何とか我を取り戻して、挨拶してくれたけど。

 まあ話の感じからすると、伝書で俺達が来るのを先に伝えていたんだろう。


「シャリア。今回はどれ位滞在するの?」

「カズト。あんたはどうしたい?」


 エスカさんの問いかけから、シャリアが俺に話を振る。

 俺的にはフィネットの墓参りできれば満足だったし、それ以上の長居は必要ないんだけど。シャリアは何か色々仕入れを考えてそうだしな。


「あー。そこは依頼主に任せる」


 どう見ても依頼主に返す言葉じゃない馴れ馴れしさを見せた俺に、エスカは心当たりがあったのか。くすっと笑った後、俺とシャリアを見た。


「じゃあ数日ゆっくりしてよ。久しぶりに積もる話もあるし。折角だし、万霊の巫女直々に占いもしてあげるわよ?」

「お。そりゃ良いね。あんたの占い結構当たるから助かるんだよ」

「結構って何よー。百発百中よ。百発百中」


 気さくに会話する二人の仲の良さに、俺とアンナは顔を見合わせると、思わず笑みを交わすものの。こうやって旧友と会える良さを見せつけられて、少しセンチメンタルな気持ちになる。

 俺もいつかロミナ達と再会して、こんな笑顔を交わせたら良いな。


 ……なーんて。

 ちょっとわがままな願いを持つようになっただけ、俺も成長したと思っておくか。

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