第二話:忘れられ師《ロスト・ネーマー》という現実
俺達は一度案内された俺達用のログハウスに荷物を置くと、セイクさんの大きめの屋敷に案内された。
ここは以前はフィネットの屋敷だったが、元から代々村の長が住まう
そこでちょっとした茶菓子とこの村特有の苺の紅茶を出され、俺達三人とセイクさん、エスカさんでテーブルを囲んでいた。
「へぇ。あなたがここに来たがったの。どうして?」
「以前より世界樹を救った巫女、フィネット様の噂を聞いておりましたので、一度お祈りしたいと思っていたんです」
「人間なのに珍しいのう。
「実は以前、ここ出身のキュリアさんっていう森霊族の少女とお会いしまして。そこで色々と伺ったんです」
「ほう。キュリアとも知りおうておるとな」
二人の追及に無難な答えで返す中、キュリアの名を出した途端。セイクさんは長い髭を撫でながら、とても嬉しそうな顔を見せる。
「でもあの子から話を聞くって、大変じゃなかった?」
「あ、はい。それはもう」
「やっぱりねぇ。フィネット様と違って本当に口下手だもんね」
俺の苦笑に釣られて笑うエスカさん。
まあ以前来た時も「あの子はほんと、何考えてるかわからないのよね」なんて嘆いてたっけな。
「そういやエスカにゃ悪いけど、こいつらは信用足る奴だから、あんたから貰った『森の導き』を渡してあるけど、いいかい?」
「ええ。あなたが信用するんだったら構わないわ。ただ二人とも。絶対無くしたり誰かに譲っちゃダメよ?」
うまく嘘で繋いでくれたシャリアの言葉から、俺達に釘を刺すエスカ。まあ誰もがそりゃ簡単にここに来れるようじゃ、世界樹を守れないし当然だ。
「承知致しました」
「はい」
アンナと俺が素直に返事をすると、彼女はにっこりと笑みを浮かべた。
一応彼女も万霊の巫女なんだけど、フィネットと比較すると、何処か今時っていうか、やっぱり外の世界を見てきたって感じがするんだよな。
とはいえ、ここから外の世界に出ても、あまり変わらない奴もいるけどさ。誰とは言わないけど。
ふと頭に浮かんだそんな言葉を打ち消すかのように、俺は木のカップを手にすると甘い紅茶をごくりと飲み込む。
「ちなみに丁度今晩は満月だから、占術にはもってこいよ。夜月が出たら順番に占いましょ」
「ああ、いいね。そういや久々に温泉も楽しませてもらいたいんだけど」
「勿論。食事の後に入れるよう準備させるわね。因みにカズトはやっぱり混浴がいい?」
「ぶっ!!」
あまりに突然エスカさんがそんな事を言うから、俺は思わず紅茶を吹き出した。
流石に正面に座るエスカさんやセイクさんにかける訳にいかないから、咄嗟にそっぽ向いたけど。
「げほっげほっ!」
「カズト!? 大丈夫でございますか!?」
「だ、大丈夫……」
思わず咳き込んだ俺の背中を
シャリアとエスカさんはそんな俺を見て、楽しげな顔をしてる。
「カズトって随分
「こいつは本当に真面目なんだよ。別にあたしは一緒に入ってもいいんだけど。な? アンナ?」
「シャ、シャリア様! それは、流石に……」
「ばっか! ふざけるのも大概にしろって!」
「いいじゃないか。減るもんじゃなし。背中のひとつも流してやっても良いんだよ?」
「俺は絶対嫌だからな! エスカさん! 絶対混浴はお断りですから!」
「えー!? シャリア、結構いい胸してるよ? それにアンナさんもスタイル良さそうだし」
「そ、そんな事はございません!」
「カズトは気にならないの?」
「気になるとかそういう問題じゃないです! ったく、もう……」
アンナは隣で顔を真っ赤にして俯き縮こまり。俺は思わず不貞腐れた顔をする。
ってか、エスカさんさぁ。以前来た時はこんな
って事は……これ絶対、昔パーティーで二人、シャルムの事を
§ § § § §
その後は久々に村の施設を色々と見て回った。
さっきシャリアがカバーしてくれた通り、俺はここに初めて来た事になってるからな。
実際村の中でも当時顔見知りになった人達と顔を合わせたけど、誰一人俺を覚えてない。
「あんた、本当に
と、後で家に戻った時、その現実にシャリアしんみりとした顔を見せたけど、俺は「何時も通りだから気にするな」って笑ってやった。
あ、因みに俺が
流石にここに来たかった理由の説明で矛盾が生じそうだったし、一緒ながらパーティーをずっと拒む理由も知ってもらわないとって思ってさ。
『絆の力』の力があったから魔術や聖術が使えた話を聞いて、彼女も納得する所があったみたいだけど、
「カズトが何者であったとしても、
とアンナが笑顔を見せてくれたのは、ちょっと救いだったな。
§ § § § §
色々と挨拶回りや案内を受けた後、俺達三人はログハウスに戻った。
流石に寝室は二部屋あり、俺は個室を、二人は相部屋を使う事に決め、一旦荷物整理の為部屋に籠る。
旅の道具ばかり詰め込んでいるし、永住する訳じゃないんだからそこまでしなくても、なんて思うかもしれないけど。
これでも冒険中に何かあっちゃいけないから、こういう時間に
勿論、こっちに来る前は刀の手入れなんてちゃんとは知らなかった。
時代劇なんかで刀をふさふさの筆っぽいのでぽんぽんしたり、紙で刀を拭ってるイメージ位はあったけど。実際こっちに来て教わったのは、それに近い事だった。
刀の柄を止めている目釘を抜いて、鞘から刀を抜いた後、手入れ用の布で古い油を拭い。
砥石を砂のように削った打ち
更に今度は油を染みさせた布で刀身を拭いて、最後に刃こぼれや錆がないかを見る。
一応砥石で研ぐ技も武芸者という職に就く際教わっているけど、何たって
だから基本は鍛冶屋に頼んで研いで貰ってるんだ。
正直ウィバンにいた時は聖術師の格好だったから、こいつの出番ってウェリックとの一戦以来なかったし、早馬車での旅路も殆ど戦闘なんてなかったけど。
一応この機会にシャリアやアンナに手合わせを頼んでるから、ひび割れとか欠けたりしてないか注意深く見る。
……うん。刃こぼれはないし、大丈夫そうだ。
§ § § § §
そうこうしている内に、気づけば外も暗くなった頃。
セイクさんのご厚意で、長老の家で夕食ご馳走になり。その後噂の温泉も堪能させてもらった。
勿論混浴でもなきゃ覗きもしてないからな!
そして温泉を上がって一息
そこまでの道すがらは、光の精霊フラスの力が宿った石台に乗った水晶が周囲を淡く照らし出していて、夜の怖さより神秘的な雰囲気がある。
木々を削り出して作られたその祠は、一応精霊達への祈祷なんかも行う場所なだけあって、しっかりとした装飾も施された建物だ。
「ここから一人一人占うから、二人は外で待ってて」
「じゃ、後でな」
そう言って、最初に祠に入って行ったのはシャリア。
俺とアンナはその間、祠の前にある、蔦の絡まった屋根の付いたベンチに並んで腰を下ろした。
「……森霊族とは本来、このような場所に住われているのですね」
ぽつりと呟いたアンナに、俺は顔を向ける。
何処か不思議そうなものを見る目で周囲に目を向けている彼女は、何処か惚けた雰囲気を見せている。
「まあ……今じゃ普通に外の世界の村や街で暮らしてる人も多いだろうけど。本来はその名の通り、森に暮らす種族なんだろうな」
俺は言葉を選びながらそう返した。
以前ウェリックを殺して欲しいって話をされた時に、彼女の生い立ちは聞いてる。
幼い時にどこに住んでいたかなんて聞いてないけど、その頃に両親を殺された記憶なんて思い出させちゃいけないからな。
「カズトは、どのような場所で育ったのですか?」
と、そんな事を考えていたら、アンナの方が逆にそれを問いかけてきた。
「俺? 俺は……海沿いの孤児院」
「孤児院、ですか?」
「ああ。物心つく前に両親が事故で死んじゃったらしくて」
「……申し訳ございません。お聞きしてはいけませんでしたね……」
俺がさらっと告白した内容に、思わず気落ちするアンナ。
相変わらず優しいというか、繊細というか。
「いいって。俺、そこまで深刻に思ってないからさ」
「……お気遣いありがとうございます」
俺がそう言って笑ってやると、彼女も安堵したのか微笑み返してくれる。
「そういやアンナはどういう街や村が好きなんだ? やっぱりウィバン?」
「そうですね。あそこは既に第二の故郷みたいなものですし、海風も心地良く住み心地も良いですから。カズトはどうなのですか?」
「俺は……これって場所がないんだよね」
「孤児院のある故郷などは?」
「あー。あそこはちょっと理由あって戻れなくって。それで今は根なし草だからさ。あんまりどこかで安住したいとか考えてなくって」
そう言って頭を掻いたんだけど、アンナは何かを勘違いしたのか、またも表情に影を落とす。
「アンナ。だから気にするなって。別に俺が話せるから話してるんだし、別に寂しいとか感じてないからさ」
まあ、こっちに来る覚悟は自分で決めたし。本気で今でも戻りたいとは思ってないしな。
……たださ。
こうやって自身の過去を振り返って、異世界に来た事を再認識し。誰かにはっきり忘れられているのを目の当たりにすると、改めて思うんだよ。
俺はやっぱり、
……忘れられるのは慣れてるはずなんだけど。
最近ふっと、忘れられたくないって思うようになったのは、やっぱり
まったく。
きっとロミナ達のせいだな。困ったもんだぜ。
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